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美樹二十歳、不穏分子の出現
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この場は美樹の社長就任を祝うパーティーの為、本来公社の社員でもない美久が出席する義理は無かった。しかし加積八人衆を筆頭に、公社と関わるうちに知り合いになった社員や関係者も多く、美久は何人もの人間に挨拶してから、大叔父である倉田和典代議士夫婦の所に顔を見せた。
「大叔父さん、照江さん、麗ちゃん。今日は揃って出向いてくださって、ありがとうございます」
スーツ姿の美久が頭を下げると、まだまだ現役の和典は、豪快に笑いながら頷く。
「やあ、美久君! 最近、益々頼もしくなったな! いやぁ、結構結構」
「本当に。麗のお婿さんには、勿体ない位ね」
「恐縮です」
「だから私は、こんな胡散臭い奴とは結婚しないって言ってるでしょう!? 第一、まだ高校生なのに」
祖父母に言われて渋々付いて来たフォーマルドレス姿の麗は、憤然として文句を口にしたが、そんな彼女の抗議は半ば無視された。
「そう言えば美久君は今年受験だが、進学先は決めたのかな?」
「はい、来年は姉と同じく、東成大の法学部に在籍する事になります」
「はっ! 何言ってんの? まだ受験もしていないのに、既に入学する気になってるなんて、思い上がりも甚だしいわ!」
普通であれば麗の主張は尤もなのだが、事が藤宮家に関わる事になると話は違った。
「全く、麗ったら……。美樹ちゃんが東成大を受験する時にも、同じような事を言っていたわね。見事首席入学して、新入生代表として挨拶する事になったと知った時には、愕然としていたけど」
「それはっ!」
溜め息混じりの祖母の指摘に、麗は顔色を変えながら弁解しようとしたが、和典の呆れ顔での台詞が続く。
「それ以前にも、彼女が高校に進学しないで結婚すると聞いた時、『何それ? 私の親戚にそんな頭の悪い人がいるなんて知られたら恥ずかしいから、縁を切って貰える?』とか言っていたが。お前は二十歳そこそこで、こんな政財界の大物が顔を揃えるパーティーを、主催者として仕切る事ができるのか?」
「……っ!」
先程から会場内を縦横無尽に動き回り、大物相手に臆する事無く挨拶や売り込みをしている美樹は、素人目にもただ者には見えない存在感を醸し出しており、それを認めざるを得なかった麗は、口を噤んで小さく歯軋りした。それを見た美久が、さすがに彼女が気の毒になってその場をとりなす。
「お二人とも、その位で。幾ら何でも規格外の姉と比較するのは、彼女にとって酷ですよ」
「まあ、確かにな。今回は社会勉強のつもりで、麗を連れてきたんだ」
「美樹ちゃんと同等になりなさいとは言わないけれど、美久君の足を引っ張らない程度には、社交を勉強しておきなさいね?」
「…………」
「それでは、また後で顔を出します。公社関係の知り合いで、何人かご挨拶しなければいけない人が残っていますので」
「ああ、また後で」
「頑張ってね」
いかにも面白く無さそうに、無言でそっぽを向いた麗を見て、美久は笑いを堪えながら頭を下げてその場を離れた。
(やれやれ、すっかり機嫌を損ねたな。姉さんと比較されたら無理もないが。……そういえばおちびさん達は、大人しくしてるかな?)
陸斗と真論の世話を美那に任せていた美久は、ふと気になって妹達を探して視線を彷徨わせたが、その時点までは年少組の周囲は平穏そのものだった。
子供達用に予め会場内には低いテーブルと子供用椅子が設置してあり、美那達はビュッフェ形式のテーブルから取り分けてきたケーキや料理を、上機嫌で堪能していた。
子供達にもちゃんと護衛役の女性社員が付いており、彼女に料理を持って来て貰っていたが、何やら同僚から耳打ちされた彼女が断りを入れてその場を離れてから、真論の皿が空になっている事に気がついた美那が、声をかける。
「真論ちゃん、苺のケーキ、気に入った?」
「うん! おいし~の!」
「それじゃあ、お代わりを持って来てあげる」
「ありがと~!」
「陸斗君、ちょっと真論ちゃんを見ていてね?」
「うん、だいじょうぶ。まかせて」
美那に頼まれた陸斗は自信満々で頷き、早速真論の世話を焼く。
「あ、まろんちゃん。かおにクリームがついてるから、とってあげる。うごかないでね?」
「うん」
「よし、きれいになった」
「ど~も!」
紙ナプキンで、陸斗が真論の口の横に付いていたクリームを拭き取ったその時、いきなり二人組の男が現れ、椅子に座っていた真論を乱暴に抱え上げた。
「おい、クソガキ、ちょっとこい」
「え?」
「あ、おじさん! まろんちゃんに、何するんだよ!」
真論はキョトンとしただけだったが、陸斗は顔色を変えて彼女を抱え上げた男の脚に組み付いて叫んだ。しかしもう一人の男に力ずくで引き剥がされた上に、乱暴に蹴り転がされる。
「黙れ、ガキ!」
「うわっ! いてて……」
「陸斗!? 貴様ら、何をする!」
その騒ぎで近くにいた公社の社員達は、寺島を筆頭に駆け寄ろうとしたが、左手で真論を胸の所で抱えた男が、彼女の頭に拳銃を突き付けながら恫喝するという暴挙に出た。
「五月蝿い、黙れ! こいつが目に入らないか!?」
「お前達、正気か! そんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」
しかし事態は悪化の一途を辿り、会場中のあちこちで悲鳴が上がった。
「きゃあ!」
「うわっ、何だ!?」
「動くな!」
「全員、おとなしくしろ!」
真論達の方に意識が向いていた隙に、他に招待客の五人が人質に取られ、まんまと出し抜かれた形になった警備担当者達は、小さく悪態を吐いた。
「ちっ! あいつら……」
「どこの連中だ。不審者は侵入していないし、招待客やその同伴者だよな」
「こんな所で徒党を組むとは……、命が惜しくないとみえる」
そして慎重に暴漢達の様子を窺いつつ、彼らは目線で上司の指示を仰ぐと、会場の反対側から悠然とした足取りでやって来た美樹が、真論を拘束している男達に向かって呆れ気味に声をかけた。
「ちょっとあなた達。空気が読めないにも程があるわよ? 今は、パーティーの真っ最中なんだけど。タチの悪いアトラクションを、頼んだ覚えは無いわ」
しかし美樹の台詞は男達に全く感銘を与えなかったらしく、苛立たしげに言い返してきた。
「全く、何の冗談だ。お前みたいなケツの青い女が、公社のトップだと?」
「馬鹿馬鹿しくて、笑い話にもならんな」
「笑い話になるわけ無いわよ。これが現実だもの。要は世の中にあんた達みたいな頭の軽い年寄りが多いから、私みたいな若い美人が責任を負わされるのよね。無能なら無能らしく、私に感謝なさい」
「何だと!?」
「女だと思って大目に見ていれば、貴様!!」
そこで声を荒げた男達以上に、狼狽と困惑が入り混じった怒声が沸き起こった。
「龍之介! お前、そこで何をやっている!? それに田名部、南雲! 龍之介を止めるのが、お前達の役目だろうが!」
「長瀬! 衣笠! 鹿野! 白河! お前達も、何のつもりだ!? 今すぐ全員を解放しろ!」
その声に美樹が意外そうな顔つきで背後を振り返ると、発言した当事者達が血相を変えて彼女に近付いて来ていた。
「橘さん、由井さん。あいつらはお二人の同行者ですか?」
確信しながらも一応尋ねてみると、旧知の二人は顔を強張らせながら謝罪してくる。
「ああ、面目ない。龍之介は私の孫なんだ。パーティーの後半にでも、美樹ちゃんに引き合わせるつもりだったんだ」
「あれはうちの若い者達の中でも、特に目をかけていた連中で……。後々の為に、今回君と引き合わせておこうと思って、同伴してきたんだが……」
「確かに最近、由井の所の人間と、付き合いがあるとは思っていたが」
「まさか、こんなろくでもない事を企んでいたとは……」
「どうやら私に挨拶したいだけでは無くて、色々と思うところがあったみたいですね」
「すまん、美樹ちゃん」
「本当に申し訳ない」
美樹は苦笑いしただけだったが、老境の二人は益々面目なさげに頭を下げた。するとこの間蚊帳の外に置かれていた男が、声を張り上げる。
「何をごちゃごちゃ言ってる! 娘の命が惜しかったら、桜査警公社を俺に譲れ!」
真論を抱えたままの男がそう叫ぶと同時に、一人だけ人質を取らずに銃を構えていた男が、ポケットからボールペンと折り畳まれた用紙を取り出し、それを比較的美樹の近くにあるテーブルに広げて置く。
何やら譲渡契約書らしいそれを一瞥した美樹は、呆れ果てながら男に再度声をかけた。
「……やっぱり馬鹿ね。知らないみたいだから教えてあげるけど、明らかな脅迫行為による売買や譲渡契約は、無効にできるのよ? これだけの衆人環視の中で人質なんか取って、何を考えているのよ」
「五月蝿い! 公社の社長が公の場で後れを取ったって言う事実は、変わらんだろうが!!」
それを聞いた美樹は、大して感銘を受けない様子で小さく頷く。
「要するに……、実際に公社を手に入れる入れないの問題じゃなくて、面子の問題なのね。桜査警公社の社長に一泡吹かせたっていう、実績が欲しいわけか……。だけどあんた達。その計画には、大穴があるんだけど」
「は? 大穴だと?」
「桜査警公社の株は全て非公開株で、私はそのうち7%しか保持していないのよね。仮に私があんたに保持している株式を全て譲渡しても、あんたは株の90%を保持している会長の意向には、逆らえない事になるんだけど?」
「何だと? そんな話は聞いていないぞ!?」
「一応聞くけど、お母さん、……じゃなくて会長、どうします?」
本気で驚いている男達を半ば放棄し、美樹は肩を竦めながら背後にいる筈の母親に向かってよびかけると、いつの間にか人垣の最前列に出ていた美子は、すこぶる冷静に答えた。
「今更何を言っているの、美樹。公社は、あなただけの物では無いのよ? その経営責任者となれば、数多くの社員の人生を預かる責務があるでしょう」
「それは、分かっているつもりだけど?」
「幾ら根性が悪くて性格が破綻していても、社員を路頭に迷わせない程度に頭が切れて統率力がある人間なら社長職を任せて構わないわ。だけど性格も頭も悪い人間に、公社の舵取りを任せるわけにはいきません。社員を、路頭に迷わせる訳にはいかないもの」
「ごもっともです」
「そう言う訳だから美樹、真論。構わないから、徹底的にやっておしまいなさい」
美子が娘と孫に向かってあっさり許可を出した為、それを聞いた美樹は嬉々として頷き、真論も素直に返事をする。
「了解! そうこなくっちゃ!」
「は~い!」
「きっ、貴様ら! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!?」
(あいつら、終わったな。本来ストッパーの会長に、完全に見放されたぞ)
そして公社の関係者達が密かに頭を抱える中、全く状況を分かっていないようにみえる真論が、頭に銃を突き付けられながら、一見意味不明な行動に出た。
「ぶら~ん、ぶら~ん、ポイッ! ぶら~ん、ぶら~ん、ポイッ! あしたのおてんき、はれと、あめ~! きゃはははははっ!」
「このガキ! 大人しくしていろ!」
両手で男の腕に掴まりながら、下半身を揺らした真論は、器用に履いているエナメルの靴の踵を反対の足のつま先で引っ掛け、それを前に向かって次々に放り投げた。
大抵の者達は笑っている真論の行為を、自分の置かれている状況が分かっていない故だと判断したが、彼女を良く知る者達は、逃げるのに邪魔になる履き慣れない硬い靴を、脱いだのだと判断した。
「さて、美樹。どうする?」
真論の様子を見て内心安堵しながら和真が小声で尋ねると、美樹は男達から目を離さないまま囁き返した。
「どうもこうも……。お母さんにも言われたし、この場をきっちり制圧してみせるしかないでしょうが。見せ物として面白がっている連中も、それなりにいる事だしね」
「確かに。出来の悪い出し物を見せられて、不快に思っている招待客の方が多いと思うがな」
「あの様子なら、真論は状況をしっかり理解しているから大丈夫よ」
そこでお互いの認識を一致させた和真は、話を進めた。
「そうなると取り敢えず、連中の注意を他に逸らさないとな」
「一目で公社の社員と分かる人間が何かしても、当然警戒されるに決まっているし、適任者は限られるわよね」
「そうだな。だがあいつなら口に出して言わなくても、既に分かっているようだが?」
和真が軽く首を動かして視線を向けた先には、警戒を怠らずにこちらに視線を向けている美久がおり、美樹は弟に目で訴えた。
(美久、こっちで一々指示を出さなくても、やる事は分かっているわよね?)
(時間稼ぎと、連中の注意を引けば良いんだろう? 真論も状況は分かっているみたいだし、ここは協力して貰うよ)
姉とアイコンタクトを済ませた美久は、そこで何食わぬ顔で前に進み出た。
「大叔父さん、照江さん、麗ちゃん。今日は揃って出向いてくださって、ありがとうございます」
スーツ姿の美久が頭を下げると、まだまだ現役の和典は、豪快に笑いながら頷く。
「やあ、美久君! 最近、益々頼もしくなったな! いやぁ、結構結構」
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「恐縮です」
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祖父母に言われて渋々付いて来たフォーマルドレス姿の麗は、憤然として文句を口にしたが、そんな彼女の抗議は半ば無視された。
「そう言えば美久君は今年受験だが、進学先は決めたのかな?」
「はい、来年は姉と同じく、東成大の法学部に在籍する事になります」
「はっ! 何言ってんの? まだ受験もしていないのに、既に入学する気になってるなんて、思い上がりも甚だしいわ!」
普通であれば麗の主張は尤もなのだが、事が藤宮家に関わる事になると話は違った。
「全く、麗ったら……。美樹ちゃんが東成大を受験する時にも、同じような事を言っていたわね。見事首席入学して、新入生代表として挨拶する事になったと知った時には、愕然としていたけど」
「それはっ!」
溜め息混じりの祖母の指摘に、麗は顔色を変えながら弁解しようとしたが、和典の呆れ顔での台詞が続く。
「それ以前にも、彼女が高校に進学しないで結婚すると聞いた時、『何それ? 私の親戚にそんな頭の悪い人がいるなんて知られたら恥ずかしいから、縁を切って貰える?』とか言っていたが。お前は二十歳そこそこで、こんな政財界の大物が顔を揃えるパーティーを、主催者として仕切る事ができるのか?」
「……っ!」
先程から会場内を縦横無尽に動き回り、大物相手に臆する事無く挨拶や売り込みをしている美樹は、素人目にもただ者には見えない存在感を醸し出しており、それを認めざるを得なかった麗は、口を噤んで小さく歯軋りした。それを見た美久が、さすがに彼女が気の毒になってその場をとりなす。
「お二人とも、その位で。幾ら何でも規格外の姉と比較するのは、彼女にとって酷ですよ」
「まあ、確かにな。今回は社会勉強のつもりで、麗を連れてきたんだ」
「美樹ちゃんと同等になりなさいとは言わないけれど、美久君の足を引っ張らない程度には、社交を勉強しておきなさいね?」
「…………」
「それでは、また後で顔を出します。公社関係の知り合いで、何人かご挨拶しなければいけない人が残っていますので」
「ああ、また後で」
「頑張ってね」
いかにも面白く無さそうに、無言でそっぽを向いた麗を見て、美久は笑いを堪えながら頭を下げてその場を離れた。
(やれやれ、すっかり機嫌を損ねたな。姉さんと比較されたら無理もないが。……そういえばおちびさん達は、大人しくしてるかな?)
陸斗と真論の世話を美那に任せていた美久は、ふと気になって妹達を探して視線を彷徨わせたが、その時点までは年少組の周囲は平穏そのものだった。
子供達用に予め会場内には低いテーブルと子供用椅子が設置してあり、美那達はビュッフェ形式のテーブルから取り分けてきたケーキや料理を、上機嫌で堪能していた。
子供達にもちゃんと護衛役の女性社員が付いており、彼女に料理を持って来て貰っていたが、何やら同僚から耳打ちされた彼女が断りを入れてその場を離れてから、真論の皿が空になっている事に気がついた美那が、声をかける。
「真論ちゃん、苺のケーキ、気に入った?」
「うん! おいし~の!」
「それじゃあ、お代わりを持って来てあげる」
「ありがと~!」
「陸斗君、ちょっと真論ちゃんを見ていてね?」
「うん、だいじょうぶ。まかせて」
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「あ、まろんちゃん。かおにクリームがついてるから、とってあげる。うごかないでね?」
「うん」
「よし、きれいになった」
「ど~も!」
紙ナプキンで、陸斗が真論の口の横に付いていたクリームを拭き取ったその時、いきなり二人組の男が現れ、椅子に座っていた真論を乱暴に抱え上げた。
「おい、クソガキ、ちょっとこい」
「え?」
「あ、おじさん! まろんちゃんに、何するんだよ!」
真論はキョトンとしただけだったが、陸斗は顔色を変えて彼女を抱え上げた男の脚に組み付いて叫んだ。しかしもう一人の男に力ずくで引き剥がされた上に、乱暴に蹴り転がされる。
「黙れ、ガキ!」
「うわっ! いてて……」
「陸斗!? 貴様ら、何をする!」
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「五月蝿い、黙れ! こいつが目に入らないか!?」
「お前達、正気か! そんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」
しかし事態は悪化の一途を辿り、会場中のあちこちで悲鳴が上がった。
「きゃあ!」
「うわっ、何だ!?」
「動くな!」
「全員、おとなしくしろ!」
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「ちっ! あいつら……」
「どこの連中だ。不審者は侵入していないし、招待客やその同伴者だよな」
「こんな所で徒党を組むとは……、命が惜しくないとみえる」
そして慎重に暴漢達の様子を窺いつつ、彼らは目線で上司の指示を仰ぐと、会場の反対側から悠然とした足取りでやって来た美樹が、真論を拘束している男達に向かって呆れ気味に声をかけた。
「ちょっとあなた達。空気が読めないにも程があるわよ? 今は、パーティーの真っ最中なんだけど。タチの悪いアトラクションを、頼んだ覚えは無いわ」
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「馬鹿馬鹿しくて、笑い話にもならんな」
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「何だと!?」
「女だと思って大目に見ていれば、貴様!!」
そこで声を荒げた男達以上に、狼狽と困惑が入り混じった怒声が沸き起こった。
「龍之介! お前、そこで何をやっている!? それに田名部、南雲! 龍之介を止めるのが、お前達の役目だろうが!」
「長瀬! 衣笠! 鹿野! 白河! お前達も、何のつもりだ!? 今すぐ全員を解放しろ!」
その声に美樹が意外そうな顔つきで背後を振り返ると、発言した当事者達が血相を変えて彼女に近付いて来ていた。
「橘さん、由井さん。あいつらはお二人の同行者ですか?」
確信しながらも一応尋ねてみると、旧知の二人は顔を強張らせながら謝罪してくる。
「ああ、面目ない。龍之介は私の孫なんだ。パーティーの後半にでも、美樹ちゃんに引き合わせるつもりだったんだ」
「あれはうちの若い者達の中でも、特に目をかけていた連中で……。後々の為に、今回君と引き合わせておこうと思って、同伴してきたんだが……」
「確かに最近、由井の所の人間と、付き合いがあるとは思っていたが」
「まさか、こんなろくでもない事を企んでいたとは……」
「どうやら私に挨拶したいだけでは無くて、色々と思うところがあったみたいですね」
「すまん、美樹ちゃん」
「本当に申し訳ない」
美樹は苦笑いしただけだったが、老境の二人は益々面目なさげに頭を下げた。するとこの間蚊帳の外に置かれていた男が、声を張り上げる。
「何をごちゃごちゃ言ってる! 娘の命が惜しかったら、桜査警公社を俺に譲れ!」
真論を抱えたままの男がそう叫ぶと同時に、一人だけ人質を取らずに銃を構えていた男が、ポケットからボールペンと折り畳まれた用紙を取り出し、それを比較的美樹の近くにあるテーブルに広げて置く。
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それを聞いた美樹は、大して感銘を受けない様子で小さく頷く。
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「このガキ! 大人しくしていろ!」
両手で男の腕に掴まりながら、下半身を揺らした真論は、器用に履いているエナメルの靴の踵を反対の足のつま先で引っ掛け、それを前に向かって次々に放り投げた。
大抵の者達は笑っている真論の行為を、自分の置かれている状況が分かっていない故だと判断したが、彼女を良く知る者達は、逃げるのに邪魔になる履き慣れない硬い靴を、脱いだのだと判断した。
「さて、美樹。どうする?」
真論の様子を見て内心安堵しながら和真が小声で尋ねると、美樹は男達から目を離さないまま囁き返した。
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