蒼き魔装《ティタニス》の侍女騎士 〜メイドですがお嬢様を守るためにロボに乗ります〜

阿澄飛鳥

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第4話 もう一度、名前を呼んで

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 気が付くと、そこは青空の下だった。どこまでも広く、何ひとつ阻むものがない晴天の空。

 ウィナはゆっくりと周囲の風景を見回した。

 周囲は木々に覆われ、正面には赤く塗られた門のようなものがあり、その下を石畳の道が通っている。その道を目で追っていくと、奥には木造らしき建物が鎮座しているのが見えた。

 不思議と心地の良い風が頬を撫でる。

 これは夢の中だろうか。たった一人、見知らぬ場所で気がついたというのに、ウィナは動揺することなくそう思った。

 建物の様式はもちろんの事、揺れる木の葉の形、鳥のさえずりの音色、鼻を抜ける空気の香り、そのどれもが生まれ育ったライニーズの街とは異なる。

 ウィナは自らの姿を見下ろす。そこにはしっかりと地面があり、自分の足で立ち、メイド服を着こんだいつもの体があった。体を捻ればスカートがなびいて布の擦れる音がするし、指先を見れば先日手入れをした爪の光沢は健在である。

「なんかいつもと違うわね」

 試しに声を出してみると、なんら変わりない己の声が響いた。もしかしたら夢の中ではないのかもしれない。そんな思考が頭の中にちらつく。だとすればなぜ自分はここにいるのだろう。

 ウィナは吸い込まれるように石畳を歩きだした。ふらふらと赤い門のような物をくぐった辺りで、何かを擦るような乾いた音に気づく。

 見れば木造の建物の横に人がいる。少女だ。音の正体はその少女が箒で地面を掃き掃除している音だった。

 この建物の住民なのだろうか、と少女をウィナはまじまじと観察する。どこか神秘的な印象を感じさせる赤と白を基調とした装飾の少ないドレスは、街では見かけないデザインだ。濡れ羽色の髪を風に揺らし、丁寧な仕草に大人びて見えるが、歳はウィナとそう変わらないだろう。

 ウィナがしばし立ち尽くしていると彼女はこちらに気がついたか、ふと顔を上げた。目が合う。そして突然の訪問者に驚いた様子もなく、頬を緩ませた。

『こんにちは。ウィナフレッド・ディカーニカ』

「え……」

 ウィナは硬直して吐息を漏らす。

「どこかで会った? ていうか、もしかして夢じゃない?」

『はい。その認識を肯定します』

 少女は笑みを保ちながらウィナの疑問に答えた。その笑顔に、明確に言葉にできない違和感を感じて身構えて――すぐにその正体に気づく。

 声に抑揚がない。

 少女の声は、事務的な文章を読み上げるような平坦で冷たい印象を受ける音色だった。だが、その声の主はむしろ柔らかさを感じる表情で、人懐っこい雰囲気を纏っている。

 その声と表情の食い違いが、ウィナを警戒させていた。

「ま、待ってごめん。ちょっとワケわかんなくて! アタシ、なんでこんなとこに……」

 不安が胸の中で膨張してゆく。息苦しさを覚え、知らずにうち胸を押さえると、額に冷や汗が伝った。

 ――アタシ、今までなにしてたんだっけ!?

 目の前の少女への警戒もさることながら、これが夢の中ではないことを段々と認識し始めて、ウィナはここに来て焦りを感じていた。

『はい。当方はウィナフレッドの情緒の鎮静を待ちます』

 そこに冷静な声が響く。少女はゆっくりとこちらに歩み寄ると、しゃがみこんでウィナの顔を覗き込んだ。

『安心を。ここにはウィナフレッドに危害を加える存在はいません』

 少女は心配そうに眉を寄せる。その顔はお人形のように整っていて可愛らしい。遠目ではわからなかったが、少女は紅い瞳を持っていた。混じりっ気のない純粋な紅玉は、ウィナの視線を釘付けにするには十分な美しさだった。

 どれくらいそうしていたかわからない。いつの間にかに胸の苦しさは解れていて、言葉の通り、彼女はウィナを待っていてくれていたようだ。

 我へと返ったウィナに、少女は小首をかしげて笑いかけてくる。

「ご、ごめん。取り乱して……」

 少女は首を小さく振った。

『いいえ。未知の場所、存在に混乱、恐怖することは当然の反応です』

 彼女は言いながら立ち上がると、お腹辺りで手を合わせ一礼する。

『申し遅れました。当方のことは【ミコト】と呼称してください』

「ミコト」

『はい。ウィナフレッド』

 ミコトは噛み締めるようにウィナの名を呼び返した。木々を揺らす風の音が止み、静けさが通り過ぎる。

 ゆっくりと少女の手が胸元に引き寄せられ、握り締められた。

 そして、わずかに顔を俯けた少女の目から――涙が落ちる。

「あ」

 思わず声が出る。地面に涙が吸い込まれるのを見届けて、視線を戻すと少女は微笑んだまま落涙の跡を頬に残していた。

「――ど、どうしたの!? アタシ、変なこと言ったかな?」
 
 弾かれたように素早く駆け寄ってハンカチを少女の顔に当てる。

 遠慮がちにハンカチを受け取ったミコトは、ひとしきり涙を拭うと頭を垂れた。

『ありがとうございます。ウィナフレッド』

 やはりミコトの声に抑揚はない。だが泣き腫らした目は見ているだけでこちらが悲しくなってきそうである。

 礼を言われてウィナが反応に困っていると、ミコトは深く頷いた。

『当方は【嬉しい】と感じました』

「え?」

『当方はこれまで長い間、誰かに名前を呼ばれたことがありませんでした。他者と名を呼び合い、言葉を交わし、意志を伝え合うことを【嬉しい】【愛おしい】と感じています』

 ウィナから受け取った青いハンカチを鼻に当てたまま、そう少女は語る。

「そ、そんなに嬉しかった?」

 途惑いながらの問いにミコトはこくんと頷いた。その正直な仕草にウィナは頬をほころばせる。

「よかった」

『はい。誤解を与えてしまいました』

「いいんだって。アタシもさっき混乱してたし。慌てちゃった。ごめん」

『いいえ。ウィナフレッドが謝罪をする必要はありません』

 ウィナは笑いを漏らした。

 出会ってほんの少ししか経っていないのにお互いに謝ってばかりだ。しかし、そのおかげで少しだけわかり合えたように思えたのが嬉しくて、笑いという形で出てしまった。

 そんなウィナを見てミコトも笑う。

 声はない。泣いている時であっても鼻を啜る音も、嗚咽もなかったのだから、そういうものなのだろう。

 ひとしきり笑った後、ウィナは一息つくと周囲を見回してから、それで、と前置きして言った。

「……ここはドコ?」





「ねぇミコト。アタシ、気がついたらここにいたんだけど何か知らない?」

『ウィナフレッドは元いた場所への帰還の方法を求めていると推測します』

「うん。帰らないと心配なんだ」

 ミコトは頷く。

『はい。当方がお手伝いします』

「本当に!?」

 手を上げて喜ぶとミコトは石畳の奥を見やった。その動きに何か気がかりがあるとみて、ウィナは促すように小首を傾げる。

『ウィナフレッド。可能であれば祈りを捧げてください。ここは神を祀り、祈りを捧げる場所です』

 そう遠慮がちに手で指し示したのは木造の建物だ。

 そうだった、とウィナは納得する。ここがなんと呼ばれる場所かはわからないが、礼拝堂のように何かに祈る場所だということは夢で見たことがある。

「いいよ。お邪魔するね」

 請け負うと、ミコトは先導して歩き始めた。

「この辺はどの神様が主流なの?」

 祈る前に大事なことをウィナは問いかける。

 ウィナの知っている礼拝堂に描かれる神――火神エトネ、水神レゼ、風神ケライス、土神イシスの四柱はそのいずれにも上下のない横並びの神々だ。しかし、その地域によって賜る恩恵が違うため、日常の中で感謝を伝える神に差が出る。故に他の街の礼拝堂で祈る際にはその土地の話を聞かねばならなかった。

 ライニーズの出身者は誰もがアイナからそう教わる。恐らく帝国内ではそれが常識だろう。しかし――。

『ウィナフレッドの信じる神です。この場所に祀られる神は祈る人間が決めます』

 返答が期待していたものとは異なり、ウィナは困ったように眉をよせる。

「む……。そう言われると難しいな。アタシ、魔法使えないから」

 魔法とは神の力を祈りにより賜り、自らの心象を具現化する奇跡だ。その根底には天上より見守る神が力を貸してくれるという信心があり、人間は魔法を使うことで神の存在を確信している。それ故にウィナは神との接点が他者よりも少ない。

「正直、上にいる神様がアタシのことを見てくれてるかわかんないし、そうでなくとも幸せだから」

 ウィナは足を止めて誤魔化すように笑った。

『ではウィナフレッドを救ってくれた存在はいますか?』

 そう言ってミコトが顔を覗き込んでくる。屈んだ拍子に肩から滑り落ちる黒髪の瑞々しさに目を奪われながら、思いついたことを言った。

「救ってくれた人……。お母さんとお父さん?」

 あっ、と口に出してからウィナは補足する。

「本当の両親じゃないんだ。でも、小さいときに助けてくれたの。街でも色んな人の英雄だったから」

 ウィナは話す間、胸に手を当てていた。既に亡くしてから七年の月日が経つが、未だに両親のことを話すとじんと鼻の奥が痺れ、声が震えそうになる。

「だから……アタシは誰かにとって、ああいう風になりたいって……思ってた」

 なんとか泣かずに言い終えることができた。気がつくと、胸に当てていた手の上に、ミコトが白い指を重ねている。

『ウィナフレッドの神は、この胸の中に存在していると理解しました』

 その言葉にウィナははっとした。当てられる手が熱く感じられる。

「アタシの胸の中の、神様」

『はい。ウィナフレッドだけの神です』

「そんなのいいのかな。勝手に」

『はい。当方はウィナフレッドの祈りを肯定します』

「そんなこと言われたの、初めてだよ」

 言いつつ視線を自分の胸に落とすと、ミコトの手が名残惜しそうにそっと離れた。視線で追うと片方の手にはウィナが渡した青いハンカチが大切そうに握られている。

「それ、欲しかったらあげる」

 そう言うとミコトは目を丸くして手元のハンカチを眺めた。

「アタシのリボンも同じ色なんだ。勤めてるお家の色なんだけども」

 ウィナは後頭部に結わいたリボンを示す。ミコトはそれを見て何かを言おうとしたが、言葉を選ぶように視線を彷徨わせた。そして、たどたどしく一音一音をなぞるように口にする。

『【おそろい】』

「そう、お揃い!」

 大きく声を上げてしまってから少しだけ気恥ずかしくなり、「あはは」と照れ隠しに頬を掻く。

 ミコトは声を出さずに笑ってから、もう一度ハンカチを愛おしそうに眺め、ゆっくりと胸に抱きしめた。

『――当方はここへウィナフレッドを呼んだことを、最善だったと再認識しました』

 ん? と首をかしげた瞬間。

 ――その時、澄んだ鈴がした。

「……腕輪?」

 いつの間にかにウィナの左手首に腕輪が巻き付いていた。白を基調として、表面には青いラインで複雑な紋様が刻まれている。紋様の中には小さな鈴が四つ埋め込まれた厚みのある腕輪だ。

『その腕輪を、ウィナフレッドへ』

 ミコトは何かを決意したように真っ直ぐとこちらに視線を寄こした。

「えっ!? いやいや、こんなのもらえな――」

『その腕輪の本質は縁です。金銭的価値、美術的価値ではありません』

 彼女は一歩だけ引き下がる。

『ウィナフレッドが内なる神に祈りを捧げるとき、当方も祈りを捧げることを許してください』

「ミコトが?」

『はい。ウィナフレッドのために』

「……どうして?」

 ウィナは腕輪をさすりながら問いかけた。

 決して彼女の気持ちを拒否したいわけではない。だが、なぜ会って間もない自分なのかを確かめたかった。

『ウィナフレッドは名を呼んでくれました』

 ミコトの足はさらにもう一歩下がる。

『深い祈りの中から、当方を引き起こしてくれました』

 二人の間には互いが手を伸ばして、やっと届くかの距離ができた。

 そこでウィナは視界がぼやけていることに気づく。単にぼやけているだけではなく、白い靄のように世界が包まれていた。そんな視界の中、ミコトの姿だけははっきりとしていて、思わずウィナは手を伸ばし、叫ぶ。

「――!」

 叫んだつもりが、声が出ない。今まで確かにあったはずの地面の感覚も、木々の揺れる音も、身体を包んでいた柔らかい風も、朧げに散るように消えてゆく。

 そのうち、ただただ無垢な白に覆われるだけの世界の中で、ミコトが口を動かすところだけが見えた。もう声は聞こえない。だが感じた。言葉ではなく、想いとして。冷淡だが、ほんの少しだけ優しさを伴って。

 ――もし許してくれるのならばもう一度、名を呼んでください。今度は器の名ではなく、当方の名を。

 塗り潰された白い世界が、ウィナの意識と共に暗転した。
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