28 / 46
第2章
調査部隊
しおりを挟むマレーシュに現れた悪魔の門の事件から、一月半ほど経った頃。
俺はマナと共に、故郷であるホーストンに戻って来ていた。
この日の空は薄い雲が太陽を隠し、辺りは涼しい風が流れている。その風は墓に掛けられた花の輪を優しく揺らしていた。
住人みんなが一つになり町の復興を目指していたホーストンは、謎の病が急速に広がり僅か数日の間に人々は次々と倒れ……死んでいった。事態のあまりの早さに医者も回復魔道士も為す術が無く、亡くなった者を見送る事しか出来なかったらしい。
この病はすでに沈静化している。だから俺達も此処に居れるのだが、病は自然に治った訳でも、魔法で治したわけでもない。ほんの一部の人を除いて、みんな死 んでしまったのだ。
マナの母親もその病に命を奪われた1人だった。
「この町は、もう……死んだのかな?」
母親の墓に向かって手を合わせていたマナが言った。
もうこの町には住人は居ない、それはもう町とは呼べないだろう。このまま廃墟と化し自然へと還っていくだけだ。
「……そうかも知れないな」
その言葉を聞くと、マナはうつむき体を小さく震わせながら泣いた。
家族も、故郷も、全部無くなってしまった。心の依代を突然失い、今はただただ泣くことしか出来ない。
ホーストンは変わり果ててしまった。死んだのは人だけの話では無い。猫や犬といった動物も居なくなり、植物も枯れ始め緑豊かだった景色は、今は薄い茶色に染まっている。
キャスタルの研究室のメンバーが原因を調べているが、未だになにも分かっていない様だ。
マナの母親の墓に手を合わせ、「おばさん、あの約束これからも守るよ」と念じるとマナを連れ死んだ故郷を後にした。
王国の首都、キャスタルでも異変が起こっていた。
人の海と言われるほどの活気を誇っていた街の商店通りは、今では人が減り以前の様な活気はなりを潜めている。
きっかけは小さなデマだったが、次第にその話題からこの国が戦争状態になっている事、悪魔の門の事などが一般の人に知れ渡ってしまい、最初は富裕層が、そしてそれに続いて商人達がここに居ては身に危険が及ぶと考え、キャスタルから別の国へと去って行った。
そのため人口は減り、 物の流通が滞り、国力が衰退し始めていた。
国王は周辺諸国に援軍と支援の協力を願ったが、各国はキャスタルに協力をすれば、その敵国バルバロの怒りを買い自国もキャスタルと同じ目に合う事を恐れ協力には首を横に振っていた。
キャスタル内部でもこの戦争について、降伏派と徹底抗戦派に考えの違う者が二つに別れ、内戦の起こりえないと否定が出来ない情勢になりつつある。
軍はこれ以上、国力が削られる前に攻めに打って出ることを決定した。それに先行して潜入部隊がバルバロへ動員され、攻め手を探っている。
「これは負け戦ではないかね?」
研究室の椅子に座り、茶をすすりながらケイムが言った。
「なんでだよ! 正面から戦ってみなきゃ分かんねぇ だろ」
「キャスタルの全軍を守りを捨て攻めに使っても、勝つ見込みは半分もないだろう。それにデマの情報を流し、国力を削いだのも恐らくバルバロの工作員だ。既に静かに制圧されつつあるんだよこの国は」
アンジは強く机を叩いた。
「お前は頭良いかも知れねぇけど、どうしてそんなに冷静でいられるんだよ! この国が無くなっちまうかも知れねぇんだぞ!」
「だからこそでは無いかね? 抗い続ければこの国は破壊され尽されるだろう。しかし降伏すれば、国は変われど町や人は残る。君はこの国が焼け野原になるのを望んでいるのかね?」
「そんな事望んでるわけねぇだろ! でも悪魔の門で今までに殺された人、町、残された人の想いはどうするんだよ。抑えられない憎しみ を持ったまま降伏なんて出来わけねぇだろ!」
「その感情に任せた上、結果的にすべてを失ってもいいのかね! もう少し冷静に考えろ馬鹿が!」
「何だとてめぇ!」
拳を握りしめケイムに向き合いうアンジ。
「ちょ、ちょっとやめてよ二人とも! ここで喧嘩しても意味ないでしょ」
その時、扉を叩く音がした。
ケイムが「どうぞ」と言うと、部屋に入って来たのはキャスタル軍の司令官であった。意外な人物の来訪に、研究室の人間全てに緊張が走る。
「張り詰めた空気だな。揉め事か?」
「……いえ、その様な事は」
「まぁいい」
「司令官殿はどのようなご用件でここへ?」
「知っているとは思うが、我が国はバルバロへ攻め入る事を決 めた。だが、兵の数が少ない。そこで君たち研究室の人員もすべて戦闘に加わってもらう」
「それは……これから悪魔の門に襲われる町や村は見捨てると言う事でしょうか?」
「そうだ、すべてを攻めに回さねば勝ちは無い。調査部隊は本日をもって解体。明日からは一兵として活躍してもらう」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる