天然クールな騎士団長のアブないマッサージ

うこと

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挿話 ルネの入浴事情2

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 階段の踊り場に現れたのは、隊服に身を包んだジュストだ。
 書類仕事のため四階の執務室にいたはずだが、騒ぐ声は上階にまで響いていたらしい。

 踊り場から周囲を見回したジュストは、ルネを見るなり血相を変えて階段を駆け下りてきた。

 ジュストはルネとドニの間に割って入るように立つと、自身の隊服のジャケットを手早く脱いでルネの肩にかけた。

「ル……団長、服はどうしました」

 優しい手つきとは裏腹に、ジュストは額に青筋を立ててこちらを見下ろしている。
 
「着替えを忘れた」
「着てきた服があるでしょう」
「あるけど……部屋に戻るだけだからいいかなと」

 ジュストは額に手を当て、これ見よがしに大きな溜め息をついてから唇を引き結んだ。
 皆の手前、説教は一旦保留にしてくれるようだ。

 ルネは半歩横にずれて、いまだに鼻を押さえているドニの顔を覗き込んだ。

「ドニ、出血は止まった?」
「えっ⁉ あッ、はい! 大丈夫です!」

 見たところ体調は悪くなさそうだが、しばらく安静にすべきだろう。
 責任をもって介抱してやりたいが、この格好ではかえって迷惑になるだけだ。

「皆、休息時間に騒がせてすまない。俺がいては落ち着かないだろうから、誰かドニを見てやってくれないか」
「じゃあ自分が!」

 すぐに名乗り出たのは、先ほど布巾を渡してくれたアダンだ。
 隊長であるアダンとは顔を合わせる回数は比較的多い。
 生真面目そうな外見とは裏腹に、表情がくるくる変わる面白い人物だとルネは評価していた。

「アダン、ありがとう」

 アダンは頬を染めながら少年のように顔をほころばせた。
 布巾のことといい、アダンの優しさと気遣いに助けられてばかりだ。
 ルネは胸の中でもう一度アダンに感謝をした。

「ドニ、お大事に」
 
 ジュストとの会話で、ルネが服を着ていなかった経緯も皆に伝わっただろう。
 騒ぎを収めるためにも早くこの場を立ち去るべきだ。
 ルネは階段へと足早に向かった。

 男の裸など見慣れているはずの皆が騒ぎ出したのは、自分が団長という立場だからなのかもしれない。
 それに、暑いから服を着ないのと、着替えを忘れて着るものがないのとでは状況が違う。
 皆の模範となるべき人物が子どものようなミスをしていては、文句を言いたくなるのも当然だ。

 己の行動を自省しながら、一段一段階段を上っていく。

 後を付いてくるジュストは押し黙ったままだ。
 怒っているのか、もしくは呆れているのかもしれない。

 上階に行くにつれ廊下の喧騒が小さくなっていき、三階まで上がってくるとほとんど聞こえなくなった。
 皆騒ぎに飽きて食事に戻ったのだろう。

 四階に着くなり隣に並んだジュストは、ルネの頭を軽く小突いた。

「お前さ、本当に気を付けろよ」
「反省はしている」
「……どこまで分かってんだか」
「団長の立場が軽んじられるような行為は慎めということだろう」

 ルネが答えると、ジュストは意味ありげな眼差しをこちらに向けた。
 これ以外の回答はないと思うが、何か不足しているのだろうか。

 やがてジュストは小さく嘆息をして、視線を前方に戻した。
 
「……まあ、そういうことだ。なんなら、明日から俺が着替えを準備してやろうか」
「いらない」
「なら、本気で気を付けろよ」
「分かった」

 ゆっくり首を縦に振ると、ジュストはようやく厳しい表情を崩した。
 
 ジュストがここまでルネを心配するのは、幼馴染ということもあるが、長年ルネの家族を近くで見てきたからなのだろう。

 幼少の頃にあった誘拐未遂事件以後、家族も使用人も皆、大袈裟に感じるほどルネを大切にしてくれた。

 そんなヴィレール家に頻繁に遊びに来ていたジュストはその影響を受け、自然とルネを庇護の対象として見てしまうのだろう。

 いつまでも甘えていてはならないと思う反面、居心地の良さについ頼ってしまう。

 今日感じたいくつかの反省点を頭に浮かべていると、いつの間にか自室の前へと辿り着いていた。

「そうだ、上着」
 
 ジュストが肩に掛けてくれたジャケットを脱ごうとしたとき、嗅ぎ慣れた香りが鼻腔をくすぐった。
 何とはなしにそのまま肩口に鼻を寄せてみると、再び後頭部を小突かれた。

「そんなに汚くねーから」
「そうじゃなくて……ジュストの匂いがするなと思って」
「……ッ、お前、ホントさぁ……」

 ほんの一瞬ジュストが動揺したように見えたが、一度まばたきをすると、いつもの呆れ顔に戻っていた。

 悪い意味ではなく、ルネにとってはむしろ安心する匂いなのだが、 そういったニュアンスまでは伝わらなかったようだ。

 とはいえ、わざわざ言い直す話でもないだろう。
 伝えれば余計に呆れさせてしまうことは想像に難くない。

 これ以上ジュストに迷惑をかける前に、さっさと退散しよう。
 ルネは肩に羽織っていた上着を脱ぎ、ジュストに手渡した。
 脱いだ途端、ひんやりとした空気が肌を刺す。 

「……風邪引かないうちに早く着替えろよ」
「うん」

 脇に抱えていたズボンのポケットから部屋の鍵を探っている最中、ふと小さな疑問があったことを思い出した。

「そういえば、えろいってどういう意味かジュストは知ってる?」
「はぁ……!?」
「俺の裸がえろいって言ってるのが聞こえたんだけど、意味が分からなくて」

 ルネの疑問に、ジュストはあからさまに顔をしかめた。
 
「……絶対教えねえ」

 予想通り、いい意味ではないらしい。
 ジュストはルネが傷付かないよう気遣ってくれているのだろう。

 だが、意味がわかれば「えろい」状態を防げるかもしれない。
 団長の威厳を保てというなら、なおさら知っておくべきだ。

「じゃあ他の人に聞いてみる」
「はァ!? 絶ッ対駄目だ! 絶対聞くな!」
「どうしても?」
「どうしても! お前が覚えなくてもいい言葉なんだよ!」

 ジュストがここまで引き留めるとは、どうやら想像よりも相手を貶める言葉のようだ。
 気にはなるが、自分のためにこれほど強く反対するジュストに嫌な思いをさせたくはない。
 
「わかった、もう聞かない」

 ルネがうなずいてみせると、ジュストはほっと胸を撫でおろしたように見えた。

「……ちなみに、それ、誰が言ってた」
「さあ」
「……そうか。ほら、さっさと着替えて寝ろ」
「うん。おやすみ、ジュスト」

 ジュストと別れ部屋に入ると、ソファの上に持っていくはずの着替えが置いてあるのが目に入った。

 これさえ忘れなければ、皆に迷惑をかけることはなかったのだ。
 それに、「えろい」と貶められることで、ジュストにまで不快な思いをさせてしまった。

 心優しいジュストに余計な心配をかけないよう、気を引き締めなければと改めて思ったルネであった。
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