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過去編 家庭教師ジスラン2
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正午から二時間ほど過ぎた頃、ノアがやってきてジスランの来訪を告げた。
ノアを伴い応接室へ向かうルネは、いつもより心なしか急ぎ足だ。
四階建ての城館のうち、二階には書庫や客室のほか、広さの異なる応接室がいくつかある。
そのうち一番奥の一室がいつもルネが使用している部屋だ。
「失礼いたします。ルネ様をお連れしました」
ノックをしてから一呼吸置いたのち、ノアが扉を開いた。
二人掛けの大きなソファに座っていたジスランは、立ち上がってルネを出迎えた。
「こんにちは、ルネ様」
緑がかった長い黒髪をゆったりと束ねた髪型と丸い眼鏡は、ジスランの穏やかな人柄によく調和している。
いつもと変わらぬジスランの姿に自然と安堵の息が漏れ、ルネは自分が自覚以上に緊張していることに気が付いた。
あまり物怖じしない性格だと思っていたが、突然起きた身体の変化に不安が湧き上がるのは当然のことかもしれない。
「ジスラン先生、よろしくお願いいたします」
挨拶を返すと、ジスランはこちらこそと笑みを浮かべた。
ノアが退出してから、二人は書斎机の方へと移動した。
応接室には低いテーブルを挟んで二対の豪奢なロングソファが設置されているほか、二人で使用しても十分な大きさの机と椅子も用意されている。
講義の際に使用するのは専らこちらの机だ。
ルネはいつも通りに椅子に腰かけると、ジスランはルネの横に立って脇に抱えていた書物を机の上に置いた。
「ルネ様、大人になられたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます……なのかな。まだあまり実感はありません」
「初めはそんなものですよ」
ジスランは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
ジスランとはかれこれ四年以上の付き合いになるが、真顔よりも笑顔でいる時間が多く感じるほど、彼はいつも温和な笑みでルネを見守ってくれている。
また、年齢が十二歳も離れているにもかかわらず、ルネを子ども扱いすることなく、一人の人間として丁寧に接してくれる。
ルネはそんなジスランを尊敬し、兄のように思い慕っていた。
「ルノー様からは、ルネ様は性教育に関して何も教わっていない状態と聞いておりますのが、実際どの程度ご存知でいらっしゃいますか」
ジスランの問いかけに、ルネは小さく首を傾げた。
性教育と聞いても、あまりピンと来ていないというのが実情だ。
思い返してみると、十数年生きてきた中で、体つきや社会的役割が異なるという男女の区別以外に「性」というものを意識したことは一度もなかった。
「大人になると、ここから白い液体が出るとしか……」
おずおずと自らの下腹部に手を当てると、ジスランは優しい目元を更に和らげた。
何も知らないルネが自身を恥じぬよう、気遣ってくれているのだろう。
「なるほど。では、どのようにして女性が妊娠するかは知っていますか?」
ルネの男女の知識は、幼い頃読んだ童話で止まっている。
恋に落ちた騎士と姫が幾多の困難を乗り越えて結婚し、子どもが生まれて幸せに暮らしたという定番の物語だ。
自ら書庫に赴くようになってからは、自然と恋愛主体の物語は選ばなくなった。
身近な女性は母や使用人といった大人だけで、遊び相手は兄と弟、それに幼馴染のジュストだけだ。
恋愛感情が生まれる環境になく、ルネにそういった話題を持ち掛けてくる人もいない。
ルネが性というものに興味を持たなかったのは必然とも言えた。
今も興味がないのは変わっておらず、知りたいのは自身の身体についてであり、結婚や妊娠といったものは遠い将来の話としか思えなかった。
「いえ……結婚をした男女の間にできるとしか」
ルネが首を横に振ると、ジスランは承知しましたと頷いた。
「焦る必要はありません。一つひとつ覚えていきましょう」
「はい、先生」
ジスランは長い指先で、机の上の書物をパラパラとめくった。
開かれたページには、第二次性徴という文字と人体の絵や図が並んでいる。
ジスランは書物の図解を指差しながら、男性の成長と先日ルネに起こった現象を丁寧に説明してくれた。
ジスランの話は初めて聞く言葉で溢れていた。
説明を聞いても、自分の身体の中で子種が作られているという実感は湧かなかった。
しかも、性交という行為をすれば、今の自分でも女性を妊娠させることができてしまうという。
精神的に未熟なまま、身体だけが先に大人になっていくことに、ルネは漠然と落ち着かない心地になった。
「性交の手法については、必要になった時に改めて講義しましょうか」
「はい」
ルネの不安げな表情を察してくれたのだろう。
ジスランの提案にルネはほっと胸を撫でおろした。
「ここまでで、何か質問はございますか?」
「あの、先生。精液は寝ている間に排出されるのが普通なのでしょうか」
「いえ、体質にもよりますが、精子を溜めたままにしておくのが主な原因と考えられています。……では、ルネ様。ここからは具体的にお教えしますので、ソファに移りましょう」
具体的という言葉に、落ち着いたばかりの心臓が小さく跳ねる。
ジスランに促されるまま、ルネは少しの緊張をもってソファへと移動した。
ソファに腰を下ろすと、ジスランは隣には座らずルネの真正面に立った。
「睡眠時の射精……夢精を防ぐには、定期的にマッサージをする必要があります」
「マッサージ?」
「はい。ルネ様はご自身でここに触れたことはありますか?」
「……用を足す時と入浴時以外にはありません」
ルネにとっては今の今まで、陰茎はただの排泄器官でしかなかったのだ。
それ以外の用途で触れたことなど、あるはずもない。
実際に下着を汚した経験がなければ、同じ器官から精液が出てくるとはとても信じられなかっただろう。
「承知いたしました。触れ慣れていらっしゃらないなら、初めは私が手本を見せた方が良さそうですね。では、ルネ様。ズボンと下着を膝のあたりまで下ろしていただけますか」
「……え? ここで、ですか?」
「ええ。皆初めは教師の指導のもと、実際にやってみて感覚を掴んでいくのですよ。男性同士ですから恥ずかしがる必要はありません」
とっさに戸惑いの声を上げしまったものの、ジスランの言うことはもっともだ。
マッサージの手技を座学で習得するのは難しそうだし、効率も悪い。
むやみに肌を人に見せてはいけないとルノーから厳しく言い渡されているが、あくまで「不必要に」という意味にすぎない。
それに、ジュストが数年後に通う予定の士官学校や王城の騎士団宿舎など、寝食を共にする場所では集団で風呂に入ると聞いたことがある。
ジスランの言う通り、同性同士であれば肌を見せても問題はないのだろう。
「……分かりました」
応接室という場所で局部を出す気恥しさは消せないが、ここで躊躇っていても仕方がない。
ルネは覚悟を決めると、ソファから立ち上がって衣服を膝の上まで下ろした。
ノアを伴い応接室へ向かうルネは、いつもより心なしか急ぎ足だ。
四階建ての城館のうち、二階には書庫や客室のほか、広さの異なる応接室がいくつかある。
そのうち一番奥の一室がいつもルネが使用している部屋だ。
「失礼いたします。ルネ様をお連れしました」
ノックをしてから一呼吸置いたのち、ノアが扉を開いた。
二人掛けの大きなソファに座っていたジスランは、立ち上がってルネを出迎えた。
「こんにちは、ルネ様」
緑がかった長い黒髪をゆったりと束ねた髪型と丸い眼鏡は、ジスランの穏やかな人柄によく調和している。
いつもと変わらぬジスランの姿に自然と安堵の息が漏れ、ルネは自分が自覚以上に緊張していることに気が付いた。
あまり物怖じしない性格だと思っていたが、突然起きた身体の変化に不安が湧き上がるのは当然のことかもしれない。
「ジスラン先生、よろしくお願いいたします」
挨拶を返すと、ジスランはこちらこそと笑みを浮かべた。
ノアが退出してから、二人は書斎机の方へと移動した。
応接室には低いテーブルを挟んで二対の豪奢なロングソファが設置されているほか、二人で使用しても十分な大きさの机と椅子も用意されている。
講義の際に使用するのは専らこちらの机だ。
ルネはいつも通りに椅子に腰かけると、ジスランはルネの横に立って脇に抱えていた書物を机の上に置いた。
「ルネ様、大人になられたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます……なのかな。まだあまり実感はありません」
「初めはそんなものですよ」
ジスランは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
ジスランとはかれこれ四年以上の付き合いになるが、真顔よりも笑顔でいる時間が多く感じるほど、彼はいつも温和な笑みでルネを見守ってくれている。
また、年齢が十二歳も離れているにもかかわらず、ルネを子ども扱いすることなく、一人の人間として丁寧に接してくれる。
ルネはそんなジスランを尊敬し、兄のように思い慕っていた。
「ルノー様からは、ルネ様は性教育に関して何も教わっていない状態と聞いておりますのが、実際どの程度ご存知でいらっしゃいますか」
ジスランの問いかけに、ルネは小さく首を傾げた。
性教育と聞いても、あまりピンと来ていないというのが実情だ。
思い返してみると、十数年生きてきた中で、体つきや社会的役割が異なるという男女の区別以外に「性」というものを意識したことは一度もなかった。
「大人になると、ここから白い液体が出るとしか……」
おずおずと自らの下腹部に手を当てると、ジスランは優しい目元を更に和らげた。
何も知らないルネが自身を恥じぬよう、気遣ってくれているのだろう。
「なるほど。では、どのようにして女性が妊娠するかは知っていますか?」
ルネの男女の知識は、幼い頃読んだ童話で止まっている。
恋に落ちた騎士と姫が幾多の困難を乗り越えて結婚し、子どもが生まれて幸せに暮らしたという定番の物語だ。
自ら書庫に赴くようになってからは、自然と恋愛主体の物語は選ばなくなった。
身近な女性は母や使用人といった大人だけで、遊び相手は兄と弟、それに幼馴染のジュストだけだ。
恋愛感情が生まれる環境になく、ルネにそういった話題を持ち掛けてくる人もいない。
ルネが性というものに興味を持たなかったのは必然とも言えた。
今も興味がないのは変わっておらず、知りたいのは自身の身体についてであり、結婚や妊娠といったものは遠い将来の話としか思えなかった。
「いえ……結婚をした男女の間にできるとしか」
ルネが首を横に振ると、ジスランは承知しましたと頷いた。
「焦る必要はありません。一つひとつ覚えていきましょう」
「はい、先生」
ジスランは長い指先で、机の上の書物をパラパラとめくった。
開かれたページには、第二次性徴という文字と人体の絵や図が並んでいる。
ジスランは書物の図解を指差しながら、男性の成長と先日ルネに起こった現象を丁寧に説明してくれた。
ジスランの話は初めて聞く言葉で溢れていた。
説明を聞いても、自分の身体の中で子種が作られているという実感は湧かなかった。
しかも、性交という行為をすれば、今の自分でも女性を妊娠させることができてしまうという。
精神的に未熟なまま、身体だけが先に大人になっていくことに、ルネは漠然と落ち着かない心地になった。
「性交の手法については、必要になった時に改めて講義しましょうか」
「はい」
ルネの不安げな表情を察してくれたのだろう。
ジスランの提案にルネはほっと胸を撫でおろした。
「ここまでで、何か質問はございますか?」
「あの、先生。精液は寝ている間に排出されるのが普通なのでしょうか」
「いえ、体質にもよりますが、精子を溜めたままにしておくのが主な原因と考えられています。……では、ルネ様。ここからは具体的にお教えしますので、ソファに移りましょう」
具体的という言葉に、落ち着いたばかりの心臓が小さく跳ねる。
ジスランに促されるまま、ルネは少しの緊張をもってソファへと移動した。
ソファに腰を下ろすと、ジスランは隣には座らずルネの真正面に立った。
「睡眠時の射精……夢精を防ぐには、定期的にマッサージをする必要があります」
「マッサージ?」
「はい。ルネ様はご自身でここに触れたことはありますか?」
「……用を足す時と入浴時以外にはありません」
ルネにとっては今の今まで、陰茎はただの排泄器官でしかなかったのだ。
それ以外の用途で触れたことなど、あるはずもない。
実際に下着を汚した経験がなければ、同じ器官から精液が出てくるとはとても信じられなかっただろう。
「承知いたしました。触れ慣れていらっしゃらないなら、初めは私が手本を見せた方が良さそうですね。では、ルネ様。ズボンと下着を膝のあたりまで下ろしていただけますか」
「……え? ここで、ですか?」
「ええ。皆初めは教師の指導のもと、実際にやってみて感覚を掴んでいくのですよ。男性同士ですから恥ずかしがる必要はありません」
とっさに戸惑いの声を上げしまったものの、ジスランの言うことはもっともだ。
マッサージの手技を座学で習得するのは難しそうだし、効率も悪い。
むやみに肌を人に見せてはいけないとルノーから厳しく言い渡されているが、あくまで「不必要に」という意味にすぎない。
それに、ジュストが数年後に通う予定の士官学校や王城の騎士団宿舎など、寝食を共にする場所では集団で風呂に入ると聞いたことがある。
ジスランの言う通り、同性同士であれば肌を見せても問題はないのだろう。
「……分かりました」
応接室という場所で局部を出す気恥しさは消せないが、ここで躊躇っていても仕方がない。
ルネは覚悟を決めると、ソファから立ち上がって衣服を膝の上まで下ろした。
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