天然クールな騎士団長のアブないマッサージ

うこと

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 ルノーが心配しているのはルネの手腕に対してではなく、優れた容姿が元でトラブルに巻き込まれないかどうかだ。

 恙なく職責を全うしている姿を見せれば安心すると考えているようだが、会場中の視線――とりわけ同性から秋波を送られる様子を目の当りにすれば、安心どころかルノーの心痛は増すばかりだろう。

 不埒な視線に気を付けろと忠告したところで、ルネには理解できまい。
 本来、性教育の講義で身に付けているはずの基礎的な知識すら持っていないのだから。

 ルネが男の持つ性的な衝動や欲望を理解していないのは、あの家庭教師の男が原因だ。
 ルネの身体を暴くため、自身に都合の悪いことは教えなかったことは想像に難くない。

 瞬間的に込み上がってきた怒りを収めるべく、ジュストは小さく息を吐いた。

「……ま、あんまり根を詰めるなよ。お前の顔を見れるだけで皆喜ぶだろうから」

 うん、と頷いたルネの口元は、僅かに弧を描いていた。
 敬愛する兄のことを思い出しているのだろう。

 ふと懐かしい気持ちになり、ジュストは腕を伸ばして艶やかな髪に触れた。

 幼少の頃、ルノーを真似て何かにつけてルネの頭を撫でていたのを思い出す。

 絹のような心地良い手触りは昔のままだが、自分の心境は随分変わってしまった。
 ルノーのようにルネを喜ばせたいと思っていた純粋な自分はもういない。

 触れる度に溢れ出すのが愛おしさだけであれば、もう少し気軽に触れられるのかもしれない。
 だが、今は髪を撫でるのが精一杯だ。

「――あ、そうだ。俺もジュストに話があったんだった」

 人に慣れた猫のように大人しく撫でられていたルネが、はっとこちらを見上げた。

「話?」
「……うん」

 ルネの長い睫毛が遠慮がちに揺れたのを見て、胸の奥がざわついた。

 良い話ではなさそうだが、先延ばしにしたところで嫌な話が消えてくれる訳ではない。
 逃げても無意味だと腹を括ったジュストは、口を噤んで次の言葉を待った。

「マッサージのことなんだけど、ジュスト以外としないっていう約束を取り消したいんだ」
「――は?」

 自分でも驚くほど低く冷たい声が出た。

 ジュストが取り繕う余裕がなかったのも無理はない。
 約束の取り消しを望むのは、アダンと性行為をしたいと主張しているのと同義だからだ。

 朝から抑え込んできた怒りが腹を突き破って沸々と全身に巡っていくのを、ジュストはどこか冷めた気持ちで感じていた。

「駄目に決まってるだろう」

 ジュストが理由を告げずに否定を突き付けると、ルネはほんの僅かだが顔を強張らせる。
 その度にルネの信頼が少しずつ失われていく気がするが、今度ばかりはどうしたって受け入れられるはずがない。

 あの約束がなければ、ルネの姿が見えないだけで気が触れてしまいそうだ。

「でも、あの時俺が冷静な状態じゃなかったのは、お前も分かっているだろう」

 ルネが何も考えられないように、腹の中の性感帯を執拗に突き上げて半ば強引に約束を取り付けたのは記憶に新しい。

 だが、どんな形であれルネは了承したのだ。
 今更約束を無かったことになどしてやるものか。

「……それでも、お前は頷いた。約束は約束だ」
「うん。だから、一方的に反故にしようとは思っていない。でも、交渉のテーブルに付くくらいはしてくれてもいいんじゃないか」

 こちらを見上げるルネは、目を逸らしたくなるほど真っ直ぐな瞳をしている。

 こうなったルネは非常に厄介だ。
 ジュストが交渉に応じなければ、今朝と同じく納得できる理由を求めてくるに違いない。

「……アダンに何か言われたのか」

 ジュストは仕方なく忌々しい名前を口にした。
 今はとりあえず、話を聞きながらルネを説得する方法を探っていくしかなさそうだ。

「俺とジュストがマッサージするのは嫌なんだって」
「はぁ? そんなのあいつに関係ねえだろ!」

「それを言ったら、アダンとのことだってジュストに関係ないはずだ」
「俺とあいつじゃ立場が違う」

「でも……ジュストも、俺とアダンがマッサージするのは嫌なんだろう」

 確信めいた声音だった。

 どれほどルネが鈍くても、「他の奴とは二度とするな」という言葉はそれ以外に解釈しようがない。
 恋情に気付かれたかと背筋に冷たい汗が流れたが、ジュストはすぐに気を取り直した。

 もし気付いているとしたら、同様の台詞を吐いたアダンの感情も察したことになる。
 人一倍相手の心情を気遣うルネが、それを平然と口にできるはずがない。

 嫌だと思う理由までは理解していないと見るのが妥当だ。
 ならば、否定する意味はない。

「……そうだよ」

 マッサージ中は丸腰のため命を狙われたら反撃できないとか、妙な噂が広まる恐れがある等々、それらしい理由はいくつか用意してある。

 だから何を言われても対処できると思っていたが、ルネの返答はジュストの想像を超えていた。

「だったら、話は簡単だ。どっちともしなければいい」
「――なっ! 何でそうなるんだよ! アダンの言うことなんか無視すりゃいいだろ!」

「一度聞いてしまったら、なかったことにはできないだろう」
「俺と、出会って半年程度の奴を同列に扱うってのか!」

 ルネが平等を重んじる性格だとしても、自分とアダンの言葉とが同じ比重だと言われ納得できるはずがない。
 爪が皮膚に食い込むほど強く拳を握りしめながら、ジュストはルネの目を見据えた。

「そういう問題じゃないだろう」

 俺にとってはそういう問題だ――喉元まで出かかった子どもじみた言葉を、ジュストはどうにか呑み込んだ。

 口を閉ざしたジュストを見上げるルネの表情は、冷静そのものだ。
 だが、微かに揺れている眼差しは、困惑しているようでもあり、自らを責めているようでもあった。

「……ジュストは、俺がアダンとマッサージをするのは嫌で、アダンはその逆で。俺は二人に嫌な思いをしてほしくない。この状況で、全員の意を汲んだ選択肢が他にあるのなら教えてくれないか」
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