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~ 骸誕生 ~
しおりを挟むああ、胸がうずきやがる
久しぶりだ、こんなに胸が熱く燃え焦げそうになる感覚は
姉さん あんたが死んだ夜以来、俺はこうして苦しみを繰り返し味わっているんだ。
夜の闇に浮かぶ満月の下、地面にのたうち回る、全身が焼け焦げ灰のような肉体を持つ男の名は骸
姉さんは俺がこの世で唯一尊敬した人間
骸は苦しみの中、満月を背に過去の思い出の中に没入していく事になる
あの時一人の俺は死んだ
小さな頃から神童と呼ばれ育った男がいた。
その男は四つの時に刀を持ってから、人生たった一度たりとも負けたことはなく、四十にまでなる。
もちろんその間も努力を惜しまず、一日たりとも刀の稽古を怠ったことなどない、彼は天才であり大変な努力家であった。
そんな彼が骸に敗北することになるのは、まだ骸、若干七つの年である。
その、少年 骸と名のる前の名は 平芯
純粋、無垢な少年であった。
これは骸の過去の物語
「平芯、あんた道場の師範に勝ったのね」
「姉さんよそよそしいな、姉さんはとっくにあの人を超えていたの僕は知ってるよ、遠慮して勝たなかったんでしょ」
「あはは、ばれてたか」
短い黒髪をなびかせ姉の杏は笑った。
「僕が今勝てない人は姉さん一人、姉さんは本当の天才だよ」
杏は大きな美しい瞳でジッと平芯を見つめる
顔が赤くなる平芯
「何だよ姉さん」
「平芯、将来あなたか、私が、この国で一番の剣豪になることになるわ、私には分かるの」
「わたし達はなにかが特別、私にはそう感じるの」
平芯はじっと杏の美しい瞳を見つめた。
「どっちが強くなるんだろうね、私にはそれしか興味がないわ」
杏は明るく活発であったが常に何処か寂しげな瞳を浮かべているように、平芯の目にはうつっていた。
「それは、姉さんだよ僕なんか姉さんの足元にも及ばないから」
杏は再び大きな瞳を輝かせ平芯を見つめ
「きっと私が負けることがあるとしたらあなたしかいない、そんな気がするの、光栄な最後よ」
杏が発したその声はとても小さく、平芯に向かって囁いた言葉ではなかった様にも思えた。
目はこちらを見つめていたが、自分を見てはいないのが分かった。
一体どういう意図で言った言葉だったのか?
この時の平芯に深く突き刺ささることとなった謎
僕なんかが姉さんに勝てる訳がないんだ
姉さんこそ天下を取る刀使い、最高の剣豪
姉の杏は本当に強かった、名だたる剣豪達と刀を交わすが相手になるものはおらず、無論負けることなどなかった。
そんな姉の背中を見るたび、平芯も負けじと刀を振るう。
「僕にだって姉さんと同じ血が流れてる、姉さんに少しでも追いつかなきゃいけない」
平芯も必死に姉の姿を追うこととなる。
時は流れ八年が経つ
それは、とても激しい雨の降る夜であった。
「うっ、嘘だそんなの嘘だ」
突然の姉の告白に平芯は平常心を保つことは不可能となる
「姉さんが死ぬだって?嘘だよね姉さん?」
杏は平芯をジッと見つめ目を離さず
「本当よ、あともって一週間、自分の身体くらい自分で分かるわ」
杏の身体は病魔に蝕まれていて、衰弱する自身の身体が残り少ない事を杏は悟っていた。
もしかしたら姉さんはずっと昔から気付いていたのかも知れない
そんな想いが頭をよぎる。
「姉さん死んでどうすんだ?一体僕はこれから何を目標に生きれば良いんだ?姉さん以外に僕に勝てる奴はいない」
「平芯」
その言葉は杏の胸に強く突き刺さる、平芯の将来への心配、確かにこの子は強すぎる、きっとどれだけ刀の道を突き進み精進しても、まず相手がいない。
この世から私がいなくなった後
平芯はどうなる?
それは杏も同じく抱えてきた問題
しかし、杏には平芯がいた、実は杏も平芯に支えられていたのだ。
姉はすぐに目を開き平芯に力強く言い放つ
「本当にそうかしら?」
「平芯に勝てるのは私しかいない?」
この時、杏はこれから自身の身に起こる事、相手の身に起こるであろう全ての可能性を覚悟し、言葉を発する
全ては覚悟の上
その先はどちらに転んでも
永遠に続く
地獄
終わり抜けられないであろう
罪悪感
しかし
それすらも凌駕する
ひとつの疑問
どちらが強い?
本当にそれが理由だったかは実は定かではない
だが
姉杏は、なんとこの時
刀を抜いた、最愛の弟に向け
無論、本気で斬り捨てる覚悟を持って
姉の選んだ道それは、二人で斬り合う事
ザーッ ザーッ ザーッ
「刀を抜いて平芯、決着をつけよう」
「なっ、何を言ってるんだ姉さん?」
「平芯私は死ぬ前に知りたい、最後の願い」
「あなたと私どちらが強いか」
「こんな時に何を言ってるんだ姉さん、姉さんは病気なんだ、はやく家に帰って身体を休めないと」
姉は弟に刀を向けた
「冗談だろ?姉さん気でもふれたのか?」
「私は本気であなたを斬るつもり、抜かなきゃ死ぬわよ」
「姉さん、分かった決着をつけよう、でも命をかけた斬り合いなんて、出来ない」
「笑わせないで、平芯、あなたはこの状況下じゃなきゃ全力などだせない」
スパンッ
平芯の頬は切れ、血が噴き出す。
ガタガタ 平芯は自身の 脚が震えだしたのに気づく
姉さんは本気だ
こっ、殺される
それは、生まれて初めて自分よりも強い相手と命をかけた向き合いだった。
ガタガタ ガタガタ
身体中が震え平芯の目から涙が流れる
「平芯、あなた」
杏は平芯の姿を見て言った。
「本当に嬉しそう」
「えっ?」
自身でも気がつかなかった。
震えだす身体とは裏腹に平芯は笑っていたのだ。
僕は本当はこんな時を望んでいたのか?
自分より強い者との命のやりとり
「参る」杏が刀を振りかざす
ビュンビュン キィン キィン
「姉さんはやっぱり凄い、本当に凄い」
平芯は闘いながら今までに感じた事のない高揚感を覚える
こんな相手は今までにいなかった、本当に僕が斬られそうだなんて
ああ
ああ
ああ
最高だ
楽しすぎる
いつまでも、この時が永遠に続いてくれ
終わりたくない
平芯の肉体は至福の最中、人生初の射精を経験していたのだ。
ああっ、後0.1秒判断が遅れたら、死んでた。
あっ、ああっ あと4度斜めの角度で受けたら腕が切り落とされてた
ああっ
ああっ
ドビュッ
うへへへへ
平芯は狂ったように笑いだした
こんなに面白い事がこの世にあったのか
生と死の極限、底の見えない崖の上、細い糸の上を歩いている様な感覚
しかし、これは闘い、糸の上を歩くのとは確実に違うのは相手がいる
ああ 死ぬか 生きるかの命を賭けたやりとり
姉さんも同じ気持ちでいるのかい?
姉にとっても生まれて初めて自分が強いと思う相手との命のやりとり
どんな気持ちだったのだろうか?
キィン
「平芯強くなったのね、誇りに思うわ」
「次で決着よ、どっちが勝っても負けても恨みっこなし」
その言葉に平芯は我にかえる
ハッ 出来ない 出来るわけない
僕の愛してる姉さんだぞ
姉さんは僕を斬れるのか?
ザーッ ザーッ ザーッ
「姉さんもう、充分だ 決着はつけられない」
ハッ
平芯の目の前には刀があった
死ぬ
うわああああああああっ
スパンッ
「見事」
ザーッ ザーッ ザーッ
平芯の目の前に転がるのは上半身と下半身が真っ二つに分かれた杏の姿だった。
「うわあああああああああああああああああーっ」
平芯は声にならない声をあげた。
「平芯、ごめんね 、私はあなたに斬られて嬉しかった、最高の最後よ」
「姉さん、姉さん」
「正直に言ってくれ、俺を本当に殺すつもりで刀を振ったか?」
姉は答えなかった。
「平芯、愛してる」
一生涯の謎
姉は本当にどちらが強いか知りたく僕と闘ったのか?
それとも僕の為?だとしたらどういう理由?
強く在ると言う事を教える為?
あの優しい姉が僕を斬れるはずがない、自分が避けられるであろう最大限の攻撃を繰り出していただけに違いない?
それとも本気で斬りに?あれが本性だったのか?
平芯は頭を両手で抱えた
姉の真意の謎
杏は二度と動くことはなかった
僕が姉さんを斬った
僕が姉さんを殺したんだ
それだけは現実
平芯はその場に立ち尽くし、暫く何がなんだか分からなかった。
いや、これは現実?夢?
目の前に転がる姉の死体
平芯は自身を呪い直後、自身の身体に火を放つ
姉さん僕もすぐ行くよ
これは姉さんを斬った己への戒め
全身を炎が包み、どれだけの間、炎の中でのたうち回り喘いでいただろう。
だが平芯は生きていた、普通の人間が死ぬであろう火傷量を遥かに超えていたにもかかわらず死ななかったのだ。
肉体をこれでもかと焼き尽くされ、残った皮膚は闇夜の様に真っ黒く
その姿はまるで心まで燃えつくしてしまった平芯の気持ちを表しているよう
無
もう何もない
僕には何もない
姉も
僕も
今までの自分の身体も
僕と闘える相手も
僕を満足させる者すらも
その真っ黒い身体に残ったものは
絶望だけ
「うおおおおおおおおおおおおおおおーーっ」
僕は平芯なんかではない
全ては燃えた
平芯は死んだ
そうだ
あの炎に焼かれ姉さんと共に死んだ
俺は地獄を歩く屍
そう、骸だ
歩く死体
骸
こうして骸は誕生した。
平芯わずか15の歳の出来事。
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