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自動人形編
第4話 最初のペンギン
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学校にいる時の恵美は独りだ。彼女を理解する者はいない。その理由は彼女の振る舞いが原因だった。
教師に対して常に主張が激しく喧嘩腰。協調性がなく、男子が相手でも喧嘩早い。運動は苦手だが学問は好成績。不良とは格付け難い傍若無人の問題児である。
そんな彼女を快く思わない人間は男女共に多い。端から見れば、虐められているように見える位、彼女は教室で孤立している。
少年の名は加藤健太。学級委員で責任感のある彼が皆の代わりに恵美の横暴を咎める。双子の姉であり恵美の親友である茜が仲裁であり、身勝手な恵美にもそこはかとなく注意を促す。大体の事件はここで納まり、他のクラスメイトが口を出すことはない。その均衡により恵美の学校生活または、クラスの平和は保たれている。
恵美はこの二人を喧しく思っている。そもそも自分に非があるとは考えていない。何故皆がするからと言う理由で自分も従わなければいけないのか。疑問に思ったことや自分が正しいと思ったことを何故正直に言ってはいけないのか。集団行動に強い嫌悪を抱いている。
茜と健太はそんな恵美が心配でならなかった。幼稚園からの付き合いだが、恵美には自分の価値観を人に押し付ける癖があった。
世話の掛かる妹とでも思って、仲裁すると今度はこちらに噛み付く始末。本来であれば、知らぬふりでもすればいいが、困った人には優しく、頼み事には能動的な辺り、憎むに憎めない。
大きな世話と思われようが、この二人が止めないと、恵美は本当に虐められてしまう。
そんなことは露知らず、恵美に取っての学校とは、何とも居心地の悪い所であった。
レティは性格の悪いことに、恵美のクラスでの振る舞いや交友関係を眺めては、世渡り下手な彼女の受難を暇潰しの道具にしている。だが、談笑の相手となるカシミアの姿は其処にはない。もし、彼女が居たのなら、愉悦に浸るレティを咎めるだろう。
カシミアはロッテが率いる薔薇の貴族に脱退を申し出る為、暫しの暇を貰い旅立った。筋を通すこと自体はレティのモットーであるが勿論反対はした。何せ手の内を知ったカシミアが組織に戻る行為はリスクしかない。レティのスキル・死の直感を敵対組織に知られては攻略の材料になってしまう。攻略された自動人形は人間でも倒せる程無力である。
しかし恵美は許可した。無論、レティの都合など考えず、直感だけで言ったことだ。他人を数日でここまで信用してしまうのも考えものである。
そこで一番驚いたのはカシミアであった。まさか許可が下りるとは思っていなかったのか、尻窄みになりながらも、感謝の言葉を並べた。そして恵美に対して態度が変わった。彼女は、対価として薔薇の貴族がどの様な組織であるのか、また極秘情報を恵美に明かした。
もしこの事が、これから戻ろうとしている組織に知られれば、間違いなくカシミアの命はない。それを察した恵美は対価を拒んだが、必ず恵美の元に帰って来ることへの確固たる信念を示しておかねばならないと、カシミアは思ったのだろう。
カシミアが明かした情報は以下の通りである。
現在。薔薇の貴族は、東京日本橋の一等地にビルを構え、100体以上の自動人形で構成されている。組織元いロッテの目的は人間を選別し自分の理想郷を築き上げることであった。美への執着から、醜いものを悪としているその倫理思想は破綻していて、彼女の価値基準に満たないものは等しく殺される。
カシミアは組織の幹部的地位にいたが、本人曰く隣接する団員のスキルと戦闘技術は自分の比ではない。
次の情報はレティを驚かせた。在籍している団員の5名は彼女の宿敵であった。原初の自動人形「タイプ・スレイヤー」。人間を殺すことのみを理由に作られた彼らは、その性を設計理念に刻み、今日まで人類の脅威であり続けた。レティ誕生の理由ともなっており、彼らを破壊尽くすまでレティの使命は終わらない。
レティはカシミアに「シャルノス」と云う自動人形の所在を尋ねると、カシミアは驚いた様に返事をした。ロッテの側近を務める自動人形にその名があった。事実を知るとレティは表情を曇らせ彼との過去を思い出した。
1645年ロンドン。木造が立ち並ぶ満月の夜。レティとそれは死闘を繰り広げていた。
当時レティはその名を持っていないが、敢えてレティと呼ぶことにする。
風貌はお洒落などとは程遠く、古い布を一枚羽織っているだけ。屋根伝いを駆け抜けるレティは、身の丈に合わない大きな鋏を武器にして戦っている。
その鋏は端から武器としての形をしており、通常の物に加え外側にも刃が付いている。殺意を全面的に醸し出した、俗に諸刃と云う。それが二刀重なれば大剣と成り、または外して双剣と成り、上下を差換え双頭刃とも成った。勿論鋏としても使える。
レティは既に70年間、タイプ・スレイヤーをこの鋏で狩り続けてきた。しかし、今日の相手は普段に増して、一つ二つ上回るような自動人形であった。
タイプ・スレイヤー、鉄腕のシャルノス。ベネチアンマスクを付けたヨーロピアンな風貌。
手袋の上からでも解る硬い拳は、殺意を纏わせる。体の捩りと機構で回転する拳は、当時にはないはずの技術であった。
螺旋に渦巻く鋼の拳。触れれば、岩さえ砕けそうだ。加えて足運びも独特であった。摺り足を踏み込み。中国拳法をレティは知らなかった。
レティは鋏を二刀に変え、シャルノスに斬り掛かる。これまで通り死の直感で先読みをする戦法を取った。シャルノスの腕が振り上げられた瞬間に懐へ飛び込み、スキルによる未來視を使い寸前で避ける。
胸部に触れぬかの擦れ擦れで鉄拳を受け流し、敵の心臓部に刃を突き立てる必勝パターンであった。
しかし、シャルノスも寸前で躱したのだ。意識は攻撃に向き、その隙に割り込んだレティの動きは、相手から見て消えたように見える。
シャルノスの避け方は不自然であり、レティが未来を変えた事により、急遽対応した様子にも見えた。初見で見破られたレティの攻撃はそれ以降通用しなかった。
そこからは散々である。スキルを逆手に取られ、常に即死を狙った攻撃がレティを襲う。未来視が伝える警告の情景が、常に頭に流れ込んできて戦闘に集中できない。防戦一方である。更には妙手を絡め、スキルの対象外となる攻撃も加えてきた。
スキルが暴かれてはならない理由は正にこのことである。強力な能力を保有すれば、その力を使わない手はない。そして何時しか、スキルそのものに依存し、それなしでは戦えなくなってしまうのだ。
それが最強の一手ならまだしも、スキルには必ず穴がある。弱点さえ知られなければ一見無敵だが、攻略をされればこの始末である。スキルに頼る自動人形の寿命は短い。
次の一手を考えるより先にシャルノスの鉄拳はレティの腹部に打ち込まれていた。自動人形は衝撃に弱く、魔晶石と躯体の繋がりが不安定になる。この時、自動人形はノックバックを起こし確定で5秒間無防備になる。
止めとなる次の攻撃は魔晶石を打ち抜き、確実に命を絶つだろう。精神が躯体との繋がりを絶たれ、暗闇と静寂の世界でレティの思考は恐怖に満ちていた。見ることも感じることも出来ない、ただ祈るだけの5秒間は余りに長い。
しかし、死は現実にはならなかった。敵は眼前で構えているままだ。シャルノスはこの時、確実にレティの息の根を止めることができた筈である。何故そうしなかったのか理解できなかった。
「小娘よ。何故同胞である我々を付け狙う。弱き者は淘汰されて当然であるが、お前の真意が測れない。教えてくれ。共に歩み寄ることはできないのか?」
「どの口で言っている。貴様らオートマトンを駆逐する為に、私は作られた。お前は何人の人間を殺してきた?歩み寄るべきはお前達だ。なぜ人を殺すのだ。その気持ちがあれば私だって戦わずに済むのだぞ。」
「それはできない。我々は殺しを強いられている。生きている限り、本能が殺しを求めてしまうのだ。」
「ならば、話は終わりだ!私は貴様らを一人残らず破壊し尽くす。」
「それにしてはまだ、力量不足だ。私を殺したければ後100年は修行しろ。」
黙れ!
レティの鋏は双頭刃の型に変わり、機械的な回転を起こしながらシャルノスに目掛け猛進する。
「良い技だ。さしずめ大車輪とでも名付けようか。」
シャルノスが直前で大きく踏み込み足場が盛り上がる。その衝撃により回転するレティは浮され無防備になった。この衝撃を駆使する技は、武術を知らない彼女に取って魔法の様な扱いである。
シャルノスは渾身の一撃を彼女に叩き込んだ。
「小娘よ。私は何時でも相手になるぞ。何なら、戦い方も教えよう。だからもっと強くなれ。」
螺旋甲
蹴り抜く脚力を乗せた回転する拳。全身の力が無駄なく一点になり弾丸と化す。レティの腹部を容赦なく貫き、貫通先に激しい裂傷を刻み込み絶望的な苦痛を与えた。精神が未熟な彼女にその無慈悲に押し寄せる激痛を堪えられることはなく、声も出せずにその場に崩れ落ちた。悶絶を超え、表現できない程の痛みは、彼女を失意の底に落とした。
その先の記憶はなく気付いた時は、ある町娘に拾われていた。それが初めて長く過ごした人間との出会いであり、その期間は20年であったが、この話は別の機会に語るとしよう。
そうこう思い返しているうちに、恵美の居る教室の様子が騒がしくなっている。恵美と健太がまた揉めているようだ。どうやらクラスの決め事で、恵美の意見が通らなかったみたいだ。この二人が本当は仲が良いのではないかと思えるぐらい、一日の衝突する機会が多い。
次の自習の時間、校庭で遊ぶか教室で課題をやるかで、恵美だけが課題の自習を選んだようだ。
多数決に対して、恵美は断固として自分の意思を曲げない。茜が彼女の肩を持ちつつも集団行動も大切な事だと宥めるが、恵美は困惑すらした。
プリントと言う選択肢がある以上、教師がすでに用意していると言うことだ。折角作ってもらった物を無駄にはしたくない。恵美の歳不相応かつ横暴な振る舞いにクラスメイト達は困惑を禁じ得ない。
両親共に恵美の気を使い過ぎる癖が心配の種であり、学校で孤立していることも知っている。遠慮、気遣い、勘繰りが空回りする6才の恵美を教師でさえ薄気味悪いと思っている。まるで偏屈な大人を相手にしているようである。それに加え長いものにも巻かれないと云う精神は、協調性の欠如として認識されてしまう。普通と言う概念が、恵美を異端と格付ける。
彼女自身、本当は自分が異常なだけなのかと疑いかけている。今此処で強制すべきことなのかと思い悩んでいる。何も誰かを害したくてやっている訳でもない。自分の正義が誰も幸福にしないなら、この考えを止めてしまおうかと葛藤している。普通と称される部類に、自ら型に嵌めてしまおうかと思っている。
このままでは始まったばかりの学校生活の雲行きが怪しくなる一方である。
レティは思う。自動人形が要因なら直ぐにでも駆けつけるが、相手は人間。しかも子供ともなれば恵美が自分で解決すべきことだ。その殊勝な答えを肯定してあげてもいいが、私は護衛であって友達ではない。いつまでも一緒に居られる訳でもない。自分の問題は自分で解決できる力を身につけなければならない。
少なくても、他人とは違う意見を持ち、それを今後も主張し続けるのなら、知識と見識を養わなければならない。何より、恵美自身が彼らを理解していないのに、自分だけ理解を求めようだなんて考えは、今後の大きな課題である。
本当は仲良くしたいであろう。それなのに大勢から非難され続ければ、いずれ恵美の強情も折れるだろう。だが、それが集団の輪に入ることであり、愚かなことだとは私は思わない。
「可哀想なエミィ。理解者がいないって事は辛いぞ。」
可哀想と思われ悲劇を決め込んでいる内は、人は何者にも成れない。
追い詰められた恵美はクラスの連中に言い放った。肝が据わっているのか、目に一切の涙も浮かべていない。
「違うおかしいのはお前達だ!学校は勉強する所だ!先生が作ったプリントをやらないで遊ぶなんておかしいよ!」
生徒の自主性を重んじていた教師だったが、手に負えなくなる前に一喝しその場を収める。
「八雲さん、人間は一人では生きていけないのよ。あなたが毎日お勉強を頑張っているのは知っているわ。でも、なんでみんなと何かするってなると、そう頑なに意地を張り出すの?」
何故コイツは私を責めるのか。恵美はそう言わんばかりの表情で教師を睨み付けた。教師は恵美一人を集団で責める生徒達にも相応の注意をする。
「八雲さんも先生に気を使わないでみんなと遊んでいいのよ。できる?」
恵美は思った。なら最初からプリントなんて作らなければいいのだ。最初から校庭での運動をお前が決定していれば、そもそもこの状況にはならなかった。私も余計な反感を買わずに済んだ筈だ。
あれもこれも後から言いたいことが溢れてくる。今此処でこの教師と言い合いを始めてしまおうかと考えたが、状況事態が無駄であると知り諦めた。と云うより、いい加減疲れた。
「・・・ぜんしょします」
放課後の帰り道。独り寂しく俯きながら歩く恵美の頭上を、レティは両手を広げ電線で綱渡りする。恵美はレティを見上げ、今日の反省をする。自分だけが正しいとは思ってはいないが、どうしてああも上手く行かないのか。恵美は自分の考えに賛同を求めるが、知らんと一言で済まされムッとなる。
「それよりエミィは勉強が嫌いなんじゃなかったのかい?」
「嫌いだよ。でも学校は勉強するところだから、ちゃんと勉強するの。」
考えが硬いと思いながらも、レティは皮肉に殊勝な考えだと返す。その意味を問われ、更に砕いた意味を伝えた。
恵美が、なら何故皆から嫌われるのかと文句をぶつけるとレティは笑って答えた。
「私は悪い事だとは思わないさ。ただ、子供って言うのはバカなぐらいが好かれるのかも知れないな。」
ならバカのふりをすれば良いのか。その答えに正解なんて無いと言っても、恵美にはまだ理解できないだろう。その点、彼女は子供らしい。
レティはそんな恵美の境遇をマチルダの幼い頃と重ねて似ていると言うと、今日の嫌なことより断然興味があると話を強請まれた。
「アイツは頭が良く機械いじりは得意だったが、それでも勉強は大の苦手であったよ。さらに頑固者で気に入らないと直ぐに手が出る性格は手を焼いたよ。」
恵美も喧嘩はするがマチルダはその比ではなかった様だ。
「エミィのはかわいいもんだな。あのマチルダが君と同じ歳の頃は、鉄パイプで友人の頭を血が出るほど殴っていたからな。」
恵美がヤバいねと言うとレティも同じ言葉を返した。
話が変わるが、馴染み深い鳥でも色違いはごく稀に存在する。人は面白がるが、仲間にからすれば気持ち悪いものであり、群れにも入れず1羽寂しく死ぬ。珍鳥と恵美に違いがあれば身体的欠点ではないことであり、意識次第で集団の輪に入って行けることだ。
多数決の世界に生きる以上避けられない摂理。恵美がどんなに正しかろうが、彼女以外の人間が否定すれば善は悪に変わる。周りが正しいと言えば、嘘でさえ真実にされる。恵美に立ち塞がる壁とはそう云った不条理なものだ。
楽に生きたければ、人間は烏合の衆であればいい。この世界で云う悪とは独りになることなのだから。人は一人でも生きられるが、孤独では生きていけない。
しかし、先頭を切って海に飛び込む鳥もいる。皆が後に続いて導かれる様に海に身を投げるのだ。恵美が最初のペンギンになるには人望と経験が足りない。一番に何かを成そうとするなら、時として大海を知り知識を深めなければ、ただの変わり者として群れから弾かれるのみ。
レティはほくそ笑む。恵美が生きるにはこの国は狭いのかも知れない。
東京日本橋にあるそのビルは、自動人形の巣窟であった。最上階のフロアは洞窟のように薄暗く、一面に植え付けられたクリスタルは青白い光を淡く放ち、高い天井に影を映す。
真偽は定かではないが、名は言えずとも誰もが一度は見たことがあるような絵画が所狭しと並べられ、このフロアそのものが芸術性を帯びている。しかし、美術館のような気の休まる空間であることは決してない。
中央の玉座まではレッドカーペットの敷かれた長い階段になっており、それもまた統一性の無い宝石や貴金属が散りばめられている。
その玉座に頬杖を付く自動人形とその側近に当る従者がいる。ベネチアンマスクの男、鉄腕のシャルノス。風貌は現代の執事風に変わっている。
玉座に座る自動人形は赤いドレスを身に纏っている。光を帯びる赤い瞳、緩やかなウェーブのかかったセミロングの金髪、レティと同じ60センチの自動人形。従者に渡される宝石で花占いをするかのように眺めては放り投げ、気に入るものが出るまでそれを繰り返す。階段に散りばめられた金品財宝は彼女が捨てたものだ。
深紅の薔薇ロッテ。薔薇の貴族の団長であり、この世全ての美を愛する者。
カシミアは階段の下で平伏する。同様にその後ろで跪く数体の自動人形はどれも強者の風格を纏っている。後方に戦闘狂、前方に悪魔、カシミアは短い人生の終わりを覚悟した。
ロッテは彼女の帰還を労い優しく微笑みかけるが、その笑みは完璧であり故に不自然であった。恐れるカシミアが近況を報告しようとすると、ロッテは手をかざし阻んだ。
「挑む前から罠を仕掛けておきながら、見破られ惨敗。更に情けをかけられ鹵獲された···とても美しい結末とは言えないわね。」
次々に渡される宝石は、どれも気に入らない。寧ろ見もしないで放り投げ、ただカシミアを笑顔で見つめている。硬直するカシミアは蛇に睨まれた蛙の様に、常に戦慄が治まらない。
「まさかバレないとでも思っていたの?掟を忘れた訳でも無いでしょうに···」
ロッテが指を二度引き、シャルノスに暗唱させる。
「薔薇の貴族3つの掟···一つ、優雅であれ。二つ、理想となれ。三つ、自由であれ。お前はこの一つを破った。よって処刑する。」
そこまでは言っていないし勝手に決めるなと、ロッテは笑顔のまま彼を小突いた。
「実際、禁を破ったのはあなたが初めてよ。」
破ったところでどう処罰するか考えていなかった様で、下唇に指を当て考える。実際自由を謳っておきながら、掟と言うのも堅苦しい。
少考の結果。ロッテは条件付きでカシミアの脱退を許した。掟の違反者としてカシミアに三日間の金庫刑を言い渡し、敢えてレティと交わした約束を守れない様に仕向けた。約束事を重んじるカシミアに適した罰だ。
それではあまりにも軽すぎると団員はどよめき出す。中には異を立てる者や、口論する者も出始めた。ロッテは騒々しい団員を澄ました顔で暫く眺めていたが、次第に苛立ちを見せる。余りの騒々しさに不意に舌打ちを鳴らした。
すると、場が凍り付き誰もが戦慄した。何故ここまで怖れられ、皆が彼女に従順なのかは知らないが、彼らは直ぐに元の位置で跪く。ロッテは歯止めが効かなくなる彼らに、心底辟易する。
怖がらすつもりはないもののこの際だ。同じことを二度言わすなと言わんばかりに、ひじ掛けに指を打ち続ける。それが緊迫した空気に一定の感覚で刻まれていき、音が止む頃には完全な静謐を取り戻す。自由過ぎる団員にロッテはため息を吐くものの、自分の采配に思い留まる。
皆の言いたいことは解らんでも無いが、ロッテ自身かわいい団員に罰を与えるなんてしたくは無いのだ。それなのにカシミアを始め、血の気が多い連中だけで構成され、勝手に戒律まがいの掟を作ったこの組織に嫌気が差す。
ロッテのスキル「狂気のカリスマ」はそんなならず者を呼び寄せ、条件を満たせば従わせる能力だ。雑兵なら敵味方問わず、その姿を見ただけで跪かせる強力なスキルだが、これ程の強者を束ねるとなると、中々上手くいかない。
忠誠心が強く好戦的なカシミアも、レティに敗れてから雰囲気が変わってしまった。要因を探るなら、カシミアを引き抜いたレティにある。「彼女に敗れると自動人形は温和しくなってしまうのか?」ロッテは疑問に思った。
世界で唯一、同胞を破壊する為だけに作られた自動人形、と云う肩書にも興味が沸いた。
「タイプ・パニッシャー、レティ。特にタイプ·スレイヤーからは散々恨みを買っているでしょうね···」
ロッテは無造作に選んだダイヤモンドの指輪をそれなりに気に入り微笑んだ。人間用の指輪をお気に召したところで、自分が身に付けられる訳でもない。彼女はそれを宙に投げて、袖から這い出た棘の鞭で打ち砕いた。美しくても自分には似合わない。そんな些細な不満が破壊に繋がった。
そしてそれをきっかけにロッテは、後付けの理由で自分を納得させた。自分の団員に手を出したレティが、この宝石程度の魅力しかないものなら、これと同様に粉々に砕いてやろう。そいつの魔晶石がどの様に輝くか、一興ではないか。
団員達は思う。この中で最も狂気に満ちているのはこの人だ。当人は優しい団長を気取っているが、この畏怖の念だけは何時如何なる時も消えはしない。また何か恐ろしい事を考えてらっしゃる。団員は皆、ロッテの采配に裏があると思い込み押し黙った。
一瞬で儚く消えたが、スノードームの様に舞降りた宝石の霧を眺め、深紅の薔薇ロッテは満足気に微笑む。彼女が何かするとなると、毎度のこと団員は肝を冷やした。
深紅の瞳が怪しく光る。
「こうなると楽しみね。その子・・・早く来ないかしら。」
教師に対して常に主張が激しく喧嘩腰。協調性がなく、男子が相手でも喧嘩早い。運動は苦手だが学問は好成績。不良とは格付け難い傍若無人の問題児である。
そんな彼女を快く思わない人間は男女共に多い。端から見れば、虐められているように見える位、彼女は教室で孤立している。
少年の名は加藤健太。学級委員で責任感のある彼が皆の代わりに恵美の横暴を咎める。双子の姉であり恵美の親友である茜が仲裁であり、身勝手な恵美にもそこはかとなく注意を促す。大体の事件はここで納まり、他のクラスメイトが口を出すことはない。その均衡により恵美の学校生活または、クラスの平和は保たれている。
恵美はこの二人を喧しく思っている。そもそも自分に非があるとは考えていない。何故皆がするからと言う理由で自分も従わなければいけないのか。疑問に思ったことや自分が正しいと思ったことを何故正直に言ってはいけないのか。集団行動に強い嫌悪を抱いている。
茜と健太はそんな恵美が心配でならなかった。幼稚園からの付き合いだが、恵美には自分の価値観を人に押し付ける癖があった。
世話の掛かる妹とでも思って、仲裁すると今度はこちらに噛み付く始末。本来であれば、知らぬふりでもすればいいが、困った人には優しく、頼み事には能動的な辺り、憎むに憎めない。
大きな世話と思われようが、この二人が止めないと、恵美は本当に虐められてしまう。
そんなことは露知らず、恵美に取っての学校とは、何とも居心地の悪い所であった。
レティは性格の悪いことに、恵美のクラスでの振る舞いや交友関係を眺めては、世渡り下手な彼女の受難を暇潰しの道具にしている。だが、談笑の相手となるカシミアの姿は其処にはない。もし、彼女が居たのなら、愉悦に浸るレティを咎めるだろう。
カシミアはロッテが率いる薔薇の貴族に脱退を申し出る為、暫しの暇を貰い旅立った。筋を通すこと自体はレティのモットーであるが勿論反対はした。何せ手の内を知ったカシミアが組織に戻る行為はリスクしかない。レティのスキル・死の直感を敵対組織に知られては攻略の材料になってしまう。攻略された自動人形は人間でも倒せる程無力である。
しかし恵美は許可した。無論、レティの都合など考えず、直感だけで言ったことだ。他人を数日でここまで信用してしまうのも考えものである。
そこで一番驚いたのはカシミアであった。まさか許可が下りるとは思っていなかったのか、尻窄みになりながらも、感謝の言葉を並べた。そして恵美に対して態度が変わった。彼女は、対価として薔薇の貴族がどの様な組織であるのか、また極秘情報を恵美に明かした。
もしこの事が、これから戻ろうとしている組織に知られれば、間違いなくカシミアの命はない。それを察した恵美は対価を拒んだが、必ず恵美の元に帰って来ることへの確固たる信念を示しておかねばならないと、カシミアは思ったのだろう。
カシミアが明かした情報は以下の通りである。
現在。薔薇の貴族は、東京日本橋の一等地にビルを構え、100体以上の自動人形で構成されている。組織元いロッテの目的は人間を選別し自分の理想郷を築き上げることであった。美への執着から、醜いものを悪としているその倫理思想は破綻していて、彼女の価値基準に満たないものは等しく殺される。
カシミアは組織の幹部的地位にいたが、本人曰く隣接する団員のスキルと戦闘技術は自分の比ではない。
次の情報はレティを驚かせた。在籍している団員の5名は彼女の宿敵であった。原初の自動人形「タイプ・スレイヤー」。人間を殺すことのみを理由に作られた彼らは、その性を設計理念に刻み、今日まで人類の脅威であり続けた。レティ誕生の理由ともなっており、彼らを破壊尽くすまでレティの使命は終わらない。
レティはカシミアに「シャルノス」と云う自動人形の所在を尋ねると、カシミアは驚いた様に返事をした。ロッテの側近を務める自動人形にその名があった。事実を知るとレティは表情を曇らせ彼との過去を思い出した。
1645年ロンドン。木造が立ち並ぶ満月の夜。レティとそれは死闘を繰り広げていた。
当時レティはその名を持っていないが、敢えてレティと呼ぶことにする。
風貌はお洒落などとは程遠く、古い布を一枚羽織っているだけ。屋根伝いを駆け抜けるレティは、身の丈に合わない大きな鋏を武器にして戦っている。
その鋏は端から武器としての形をしており、通常の物に加え外側にも刃が付いている。殺意を全面的に醸し出した、俗に諸刃と云う。それが二刀重なれば大剣と成り、または外して双剣と成り、上下を差換え双頭刃とも成った。勿論鋏としても使える。
レティは既に70年間、タイプ・スレイヤーをこの鋏で狩り続けてきた。しかし、今日の相手は普段に増して、一つ二つ上回るような自動人形であった。
タイプ・スレイヤー、鉄腕のシャルノス。ベネチアンマスクを付けたヨーロピアンな風貌。
手袋の上からでも解る硬い拳は、殺意を纏わせる。体の捩りと機構で回転する拳は、当時にはないはずの技術であった。
螺旋に渦巻く鋼の拳。触れれば、岩さえ砕けそうだ。加えて足運びも独特であった。摺り足を踏み込み。中国拳法をレティは知らなかった。
レティは鋏を二刀に変え、シャルノスに斬り掛かる。これまで通り死の直感で先読みをする戦法を取った。シャルノスの腕が振り上げられた瞬間に懐へ飛び込み、スキルによる未來視を使い寸前で避ける。
胸部に触れぬかの擦れ擦れで鉄拳を受け流し、敵の心臓部に刃を突き立てる必勝パターンであった。
しかし、シャルノスも寸前で躱したのだ。意識は攻撃に向き、その隙に割り込んだレティの動きは、相手から見て消えたように見える。
シャルノスの避け方は不自然であり、レティが未来を変えた事により、急遽対応した様子にも見えた。初見で見破られたレティの攻撃はそれ以降通用しなかった。
そこからは散々である。スキルを逆手に取られ、常に即死を狙った攻撃がレティを襲う。未来視が伝える警告の情景が、常に頭に流れ込んできて戦闘に集中できない。防戦一方である。更には妙手を絡め、スキルの対象外となる攻撃も加えてきた。
スキルが暴かれてはならない理由は正にこのことである。強力な能力を保有すれば、その力を使わない手はない。そして何時しか、スキルそのものに依存し、それなしでは戦えなくなってしまうのだ。
それが最強の一手ならまだしも、スキルには必ず穴がある。弱点さえ知られなければ一見無敵だが、攻略をされればこの始末である。スキルに頼る自動人形の寿命は短い。
次の一手を考えるより先にシャルノスの鉄拳はレティの腹部に打ち込まれていた。自動人形は衝撃に弱く、魔晶石と躯体の繋がりが不安定になる。この時、自動人形はノックバックを起こし確定で5秒間無防備になる。
止めとなる次の攻撃は魔晶石を打ち抜き、確実に命を絶つだろう。精神が躯体との繋がりを絶たれ、暗闇と静寂の世界でレティの思考は恐怖に満ちていた。見ることも感じることも出来ない、ただ祈るだけの5秒間は余りに長い。
しかし、死は現実にはならなかった。敵は眼前で構えているままだ。シャルノスはこの時、確実にレティの息の根を止めることができた筈である。何故そうしなかったのか理解できなかった。
「小娘よ。何故同胞である我々を付け狙う。弱き者は淘汰されて当然であるが、お前の真意が測れない。教えてくれ。共に歩み寄ることはできないのか?」
「どの口で言っている。貴様らオートマトンを駆逐する為に、私は作られた。お前は何人の人間を殺してきた?歩み寄るべきはお前達だ。なぜ人を殺すのだ。その気持ちがあれば私だって戦わずに済むのだぞ。」
「それはできない。我々は殺しを強いられている。生きている限り、本能が殺しを求めてしまうのだ。」
「ならば、話は終わりだ!私は貴様らを一人残らず破壊し尽くす。」
「それにしてはまだ、力量不足だ。私を殺したければ後100年は修行しろ。」
黙れ!
レティの鋏は双頭刃の型に変わり、機械的な回転を起こしながらシャルノスに目掛け猛進する。
「良い技だ。さしずめ大車輪とでも名付けようか。」
シャルノスが直前で大きく踏み込み足場が盛り上がる。その衝撃により回転するレティは浮され無防備になった。この衝撃を駆使する技は、武術を知らない彼女に取って魔法の様な扱いである。
シャルノスは渾身の一撃を彼女に叩き込んだ。
「小娘よ。私は何時でも相手になるぞ。何なら、戦い方も教えよう。だからもっと強くなれ。」
螺旋甲
蹴り抜く脚力を乗せた回転する拳。全身の力が無駄なく一点になり弾丸と化す。レティの腹部を容赦なく貫き、貫通先に激しい裂傷を刻み込み絶望的な苦痛を与えた。精神が未熟な彼女にその無慈悲に押し寄せる激痛を堪えられることはなく、声も出せずにその場に崩れ落ちた。悶絶を超え、表現できない程の痛みは、彼女を失意の底に落とした。
その先の記憶はなく気付いた時は、ある町娘に拾われていた。それが初めて長く過ごした人間との出会いであり、その期間は20年であったが、この話は別の機会に語るとしよう。
そうこう思い返しているうちに、恵美の居る教室の様子が騒がしくなっている。恵美と健太がまた揉めているようだ。どうやらクラスの決め事で、恵美の意見が通らなかったみたいだ。この二人が本当は仲が良いのではないかと思えるぐらい、一日の衝突する機会が多い。
次の自習の時間、校庭で遊ぶか教室で課題をやるかで、恵美だけが課題の自習を選んだようだ。
多数決に対して、恵美は断固として自分の意思を曲げない。茜が彼女の肩を持ちつつも集団行動も大切な事だと宥めるが、恵美は困惑すらした。
プリントと言う選択肢がある以上、教師がすでに用意していると言うことだ。折角作ってもらった物を無駄にはしたくない。恵美の歳不相応かつ横暴な振る舞いにクラスメイト達は困惑を禁じ得ない。
両親共に恵美の気を使い過ぎる癖が心配の種であり、学校で孤立していることも知っている。遠慮、気遣い、勘繰りが空回りする6才の恵美を教師でさえ薄気味悪いと思っている。まるで偏屈な大人を相手にしているようである。それに加え長いものにも巻かれないと云う精神は、協調性の欠如として認識されてしまう。普通と言う概念が、恵美を異端と格付ける。
彼女自身、本当は自分が異常なだけなのかと疑いかけている。今此処で強制すべきことなのかと思い悩んでいる。何も誰かを害したくてやっている訳でもない。自分の正義が誰も幸福にしないなら、この考えを止めてしまおうかと葛藤している。普通と称される部類に、自ら型に嵌めてしまおうかと思っている。
このままでは始まったばかりの学校生活の雲行きが怪しくなる一方である。
レティは思う。自動人形が要因なら直ぐにでも駆けつけるが、相手は人間。しかも子供ともなれば恵美が自分で解決すべきことだ。その殊勝な答えを肯定してあげてもいいが、私は護衛であって友達ではない。いつまでも一緒に居られる訳でもない。自分の問題は自分で解決できる力を身につけなければならない。
少なくても、他人とは違う意見を持ち、それを今後も主張し続けるのなら、知識と見識を養わなければならない。何より、恵美自身が彼らを理解していないのに、自分だけ理解を求めようだなんて考えは、今後の大きな課題である。
本当は仲良くしたいであろう。それなのに大勢から非難され続ければ、いずれ恵美の強情も折れるだろう。だが、それが集団の輪に入ることであり、愚かなことだとは私は思わない。
「可哀想なエミィ。理解者がいないって事は辛いぞ。」
可哀想と思われ悲劇を決め込んでいる内は、人は何者にも成れない。
追い詰められた恵美はクラスの連中に言い放った。肝が据わっているのか、目に一切の涙も浮かべていない。
「違うおかしいのはお前達だ!学校は勉強する所だ!先生が作ったプリントをやらないで遊ぶなんておかしいよ!」
生徒の自主性を重んじていた教師だったが、手に負えなくなる前に一喝しその場を収める。
「八雲さん、人間は一人では生きていけないのよ。あなたが毎日お勉強を頑張っているのは知っているわ。でも、なんでみんなと何かするってなると、そう頑なに意地を張り出すの?」
何故コイツは私を責めるのか。恵美はそう言わんばかりの表情で教師を睨み付けた。教師は恵美一人を集団で責める生徒達にも相応の注意をする。
「八雲さんも先生に気を使わないでみんなと遊んでいいのよ。できる?」
恵美は思った。なら最初からプリントなんて作らなければいいのだ。最初から校庭での運動をお前が決定していれば、そもそもこの状況にはならなかった。私も余計な反感を買わずに済んだ筈だ。
あれもこれも後から言いたいことが溢れてくる。今此処でこの教師と言い合いを始めてしまおうかと考えたが、状況事態が無駄であると知り諦めた。と云うより、いい加減疲れた。
「・・・ぜんしょします」
放課後の帰り道。独り寂しく俯きながら歩く恵美の頭上を、レティは両手を広げ電線で綱渡りする。恵美はレティを見上げ、今日の反省をする。自分だけが正しいとは思ってはいないが、どうしてああも上手く行かないのか。恵美は自分の考えに賛同を求めるが、知らんと一言で済まされムッとなる。
「それよりエミィは勉強が嫌いなんじゃなかったのかい?」
「嫌いだよ。でも学校は勉強するところだから、ちゃんと勉強するの。」
考えが硬いと思いながらも、レティは皮肉に殊勝な考えだと返す。その意味を問われ、更に砕いた意味を伝えた。
恵美が、なら何故皆から嫌われるのかと文句をぶつけるとレティは笑って答えた。
「私は悪い事だとは思わないさ。ただ、子供って言うのはバカなぐらいが好かれるのかも知れないな。」
ならバカのふりをすれば良いのか。その答えに正解なんて無いと言っても、恵美にはまだ理解できないだろう。その点、彼女は子供らしい。
レティはそんな恵美の境遇をマチルダの幼い頃と重ねて似ていると言うと、今日の嫌なことより断然興味があると話を強請まれた。
「アイツは頭が良く機械いじりは得意だったが、それでも勉強は大の苦手であったよ。さらに頑固者で気に入らないと直ぐに手が出る性格は手を焼いたよ。」
恵美も喧嘩はするがマチルダはその比ではなかった様だ。
「エミィのはかわいいもんだな。あのマチルダが君と同じ歳の頃は、鉄パイプで友人の頭を血が出るほど殴っていたからな。」
恵美がヤバいねと言うとレティも同じ言葉を返した。
話が変わるが、馴染み深い鳥でも色違いはごく稀に存在する。人は面白がるが、仲間にからすれば気持ち悪いものであり、群れにも入れず1羽寂しく死ぬ。珍鳥と恵美に違いがあれば身体的欠点ではないことであり、意識次第で集団の輪に入って行けることだ。
多数決の世界に生きる以上避けられない摂理。恵美がどんなに正しかろうが、彼女以外の人間が否定すれば善は悪に変わる。周りが正しいと言えば、嘘でさえ真実にされる。恵美に立ち塞がる壁とはそう云った不条理なものだ。
楽に生きたければ、人間は烏合の衆であればいい。この世界で云う悪とは独りになることなのだから。人は一人でも生きられるが、孤独では生きていけない。
しかし、先頭を切って海に飛び込む鳥もいる。皆が後に続いて導かれる様に海に身を投げるのだ。恵美が最初のペンギンになるには人望と経験が足りない。一番に何かを成そうとするなら、時として大海を知り知識を深めなければ、ただの変わり者として群れから弾かれるのみ。
レティはほくそ笑む。恵美が生きるにはこの国は狭いのかも知れない。
東京日本橋にあるそのビルは、自動人形の巣窟であった。最上階のフロアは洞窟のように薄暗く、一面に植え付けられたクリスタルは青白い光を淡く放ち、高い天井に影を映す。
真偽は定かではないが、名は言えずとも誰もが一度は見たことがあるような絵画が所狭しと並べられ、このフロアそのものが芸術性を帯びている。しかし、美術館のような気の休まる空間であることは決してない。
中央の玉座まではレッドカーペットの敷かれた長い階段になっており、それもまた統一性の無い宝石や貴金属が散りばめられている。
その玉座に頬杖を付く自動人形とその側近に当る従者がいる。ベネチアンマスクの男、鉄腕のシャルノス。風貌は現代の執事風に変わっている。
玉座に座る自動人形は赤いドレスを身に纏っている。光を帯びる赤い瞳、緩やかなウェーブのかかったセミロングの金髪、レティと同じ60センチの自動人形。従者に渡される宝石で花占いをするかのように眺めては放り投げ、気に入るものが出るまでそれを繰り返す。階段に散りばめられた金品財宝は彼女が捨てたものだ。
深紅の薔薇ロッテ。薔薇の貴族の団長であり、この世全ての美を愛する者。
カシミアは階段の下で平伏する。同様にその後ろで跪く数体の自動人形はどれも強者の風格を纏っている。後方に戦闘狂、前方に悪魔、カシミアは短い人生の終わりを覚悟した。
ロッテは彼女の帰還を労い優しく微笑みかけるが、その笑みは完璧であり故に不自然であった。恐れるカシミアが近況を報告しようとすると、ロッテは手をかざし阻んだ。
「挑む前から罠を仕掛けておきながら、見破られ惨敗。更に情けをかけられ鹵獲された···とても美しい結末とは言えないわね。」
次々に渡される宝石は、どれも気に入らない。寧ろ見もしないで放り投げ、ただカシミアを笑顔で見つめている。硬直するカシミアは蛇に睨まれた蛙の様に、常に戦慄が治まらない。
「まさかバレないとでも思っていたの?掟を忘れた訳でも無いでしょうに···」
ロッテが指を二度引き、シャルノスに暗唱させる。
「薔薇の貴族3つの掟···一つ、優雅であれ。二つ、理想となれ。三つ、自由であれ。お前はこの一つを破った。よって処刑する。」
そこまでは言っていないし勝手に決めるなと、ロッテは笑顔のまま彼を小突いた。
「実際、禁を破ったのはあなたが初めてよ。」
破ったところでどう処罰するか考えていなかった様で、下唇に指を当て考える。実際自由を謳っておきながら、掟と言うのも堅苦しい。
少考の結果。ロッテは条件付きでカシミアの脱退を許した。掟の違反者としてカシミアに三日間の金庫刑を言い渡し、敢えてレティと交わした約束を守れない様に仕向けた。約束事を重んじるカシミアに適した罰だ。
それではあまりにも軽すぎると団員はどよめき出す。中には異を立てる者や、口論する者も出始めた。ロッテは騒々しい団員を澄ました顔で暫く眺めていたが、次第に苛立ちを見せる。余りの騒々しさに不意に舌打ちを鳴らした。
すると、場が凍り付き誰もが戦慄した。何故ここまで怖れられ、皆が彼女に従順なのかは知らないが、彼らは直ぐに元の位置で跪く。ロッテは歯止めが効かなくなる彼らに、心底辟易する。
怖がらすつもりはないもののこの際だ。同じことを二度言わすなと言わんばかりに、ひじ掛けに指を打ち続ける。それが緊迫した空気に一定の感覚で刻まれていき、音が止む頃には完全な静謐を取り戻す。自由過ぎる団員にロッテはため息を吐くものの、自分の采配に思い留まる。
皆の言いたいことは解らんでも無いが、ロッテ自身かわいい団員に罰を与えるなんてしたくは無いのだ。それなのにカシミアを始め、血の気が多い連中だけで構成され、勝手に戒律まがいの掟を作ったこの組織に嫌気が差す。
ロッテのスキル「狂気のカリスマ」はそんなならず者を呼び寄せ、条件を満たせば従わせる能力だ。雑兵なら敵味方問わず、その姿を見ただけで跪かせる強力なスキルだが、これ程の強者を束ねるとなると、中々上手くいかない。
忠誠心が強く好戦的なカシミアも、レティに敗れてから雰囲気が変わってしまった。要因を探るなら、カシミアを引き抜いたレティにある。「彼女に敗れると自動人形は温和しくなってしまうのか?」ロッテは疑問に思った。
世界で唯一、同胞を破壊する為だけに作られた自動人形、と云う肩書にも興味が沸いた。
「タイプ・パニッシャー、レティ。特にタイプ·スレイヤーからは散々恨みを買っているでしょうね···」
ロッテは無造作に選んだダイヤモンドの指輪をそれなりに気に入り微笑んだ。人間用の指輪をお気に召したところで、自分が身に付けられる訳でもない。彼女はそれを宙に投げて、袖から這い出た棘の鞭で打ち砕いた。美しくても自分には似合わない。そんな些細な不満が破壊に繋がった。
そしてそれをきっかけにロッテは、後付けの理由で自分を納得させた。自分の団員に手を出したレティが、この宝石程度の魅力しかないものなら、これと同様に粉々に砕いてやろう。そいつの魔晶石がどの様に輝くか、一興ではないか。
団員達は思う。この中で最も狂気に満ちているのはこの人だ。当人は優しい団長を気取っているが、この畏怖の念だけは何時如何なる時も消えはしない。また何か恐ろしい事を考えてらっしゃる。団員は皆、ロッテの采配に裏があると思い込み押し黙った。
一瞬で儚く消えたが、スノードームの様に舞降りた宝石の霧を眺め、深紅の薔薇ロッテは満足気に微笑む。彼女が何かするとなると、毎度のこと団員は肝を冷やした。
深紅の瞳が怪しく光る。
「こうなると楽しみね。その子・・・早く来ないかしら。」
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