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自動人形編
第8話 眠る人形
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薔薇の貴族からカシミアを奪還して早2ヵ月。夏の暑さはピークを迎えこの頃レティの眠りを妨げる。
当時、日本の夏は扇風機一つで乗り越えられたものだったが、衣替えすらないロンドンに比べれば暑がるのも無理はない。流石に我慢ならんとタオルケットを蹴り飛ばし、大輔お手製のベッドから飛び起きた。
恵美の部屋なのに本人の姿おろかレティ以外に誰もいない。
リビングに降りても同様に恵美の姿はなく、母のダリアが神妙な面持ちで新聞を眺めていた。
ダリアが言うに、恵美は夏休みの宿題を始末するために出掛けたそうだ。流石にカシミアも動向しているそうなので、慌てて駆けつける必要もないだろう。と言うか、ここ最近恵美の護衛はカシミアに一任して自分は好きな時に好きなだけ惰眠を貪っている。
そんなレティにダリアは用件があると言い、少女を抱えてはテーブルの上に乗せた。流石に文句の一つでも言われるのかと思ったが、彼女は競馬の新聞を折り畳み他所にやると、陽気な笑みを浮かべては婦人服の紙袋を漁る。そして中から出てきたのはレティが最初に着ていたお気に入りの青いドレスだった。
バロメとの戦闘で修復不可能なまでに引き裂かれたそれを、分解して型取りをしなおして同じ色の新しい生地で完璧に再現してくれたのだ。
ダリアの元の職業はデザイナーであり、結婚するまでは人気の職人でファンも何人かいたそうだ。
そんな彼女の力作だ。レティが感動するのは当然のことで、歓喜のあまり跳び跳ねたぐらいだ。
今すぐ試着したいと強請るも、一人で服が着られないレティは満悦な表情を隠しながらもダリアにその身を委ねた。嬉しいのか恥ずかしいのか、着付けが進まないので、ダリアはレティの手をこじ開ける。
恵美に見られるとまた馬鹿にされそうとレティが言うが、ここにはダリアの他には誰もいない。少女のような笑顔を見せるレティに、ダリアも自然と微笑んで言った。
「何年生きても乙女ね。」
レティは笑いながら肯定すると、自動人形の本質を語る。
魔晶石には人為的に設定された精神年齢があり、精神による成長に制約がある。レティの年齢設定は15から17才ぐらいで、最も多感で環境に影響を受けやすい年頃。
何かを察したダリアがそれは不憫であると言うと、レティは静かに微笑んだ。
時代に置いていかれ、友に先立たれ、その心は未成熟のまま、400年と戦い続ける。人為的だか知らないが随分酷いことをする。
「でもそれだと、レティちゃん自身受け入れられないことが多かったんじゃないの?」
レティは笑いながら「歳だけ食った子供だから逃げ癖も治らない」と言うと、ダリアは黙ったまま少女の髪を梳かした。着付けが終わると彼女はレティを軽く抱きしめ、それから鏡を用意した。
お気に入りのドレスを身に纏ったレティは大層ご満悦で、自分の姿を2回3回と前後交互に眺めた。その後、感謝の気持ちを込めてダリアの手の甲にキスをした。
「誰かに見せつけたいな。」
そう言ったレティは早々に家を出た。
恵美は清水坂公園で蝉の脱け殻をスケッチしている。それを見守るカシミアは木々の間に糸を張り、ハンカチの敷物の上で優雅に鎮座している。
そこにレティが飛び込むと、カシミヤは林から飛び出るほど跳ねた。彼女は舌打ちをしてレティの遅い起床に嫌みを言うと共に、たまには恵美の護衛も交代して欲しいと言った。
平謝りをするレティはオレガノの所在を尋ねるとカシミアは更にため息を吐いた。
彼女曰く、オレガノは毎日朝から晩まで港やビル街で情報収集に狩出ている。恵美やカシミアには自然に起きるまでレティを起こさないでくれと毎日釘を刺して出かけるそうだ。
「あのオカマさんはお姉様に甘すぎますわ」と、愚痴を垂れている。
そんなことより白昼堂々と眠り込んでいるレティに感心しないカシミアは、そもそも睡眠を必要としない自動人形が何故寝腐っているのかと問うと、レティはせせら笑いしながら「私は欠陥品なのさ」と話をはぐらかす。
「相変わらず秘密が多いですこと。だとしても最近特にだらしないですわ」と小言を重ねるカシミアは、恵美を例えに見習うべきだと説く。
恵美の夏休みの日程は、朝5時半に起床し大輔を見送った後、学校に行き誰に頼まれたでもなくウサギに餌をやる。帰宅後はレティを起こさぬようリビングで宿題を進める。
午前中はダリアの手伝いをしながら趣味の裁縫を習った後にまた宿題に手を付け、午後には屋外でできる課題を行うといった完璧なスケジュール。勉強が嫌いと言うのが信じ難い。
ここ数週間。惰眠を貪り恵美との対話すら怠っていたレティは驚愕した。子供が友達と遊ばないで、そんなババァのような過ごし方をしているのだなんて、きっと体に良くないに違いない。と言うよりつまらない。
そんな宿題なんてものは終盤にいっぺんに終わらせるべきだと、ダメ人間の標本みたいなことを本人の頭上で言うものだから、カシミアはレティの良識を疑った。
気まずくなったレティは無理やりにでも話題を変えるため、ヒラヒラと自慢のドレスを見せびらかす。
呆れたカシミアは社交辞令程度の誉め言葉を投げると、次にドレスの細工について説明を始めた。
カシミアも関わっていたのは驚きだが、このドレスは彼女のスキルで生成された糸が編み込んである。
純度100%を理想としたいが、加工が困難になるため縫い目と急所部分を重点的に仕上げている。しかし、以前のように戦闘する度、服が破けるお色気展開は減るだろう。
当然好きでやっているのではないとツッコミを入れるレティだが、それを知った以上服の特性になお感激し、試しに一戦交えてみたいと冗談を言う。
愛想笑いをするカシミアであったが、突如何かに気付き真剣な表情になった。
「わたくしの糸に何か反応が・・・子供が一人こちらに近づいてきますわ。」
来客は恵美のクラスメイトである加藤茜だ。恵美は挨拶をする彼女を無視して絵に没頭している。
扱いに慣れているのか茜は腹を立てることもなく、絵を描く恵美を観察しはじめた。たかが蝉の向け柄だが、気持ち悪いぐらいに忠実に描かれていた。
茜がその才能を誉めると恵美は首を振り否定した。蝉も絵も好きではないと言う恵美に茜はでは何故課題にも無いのにそんなものを描いているのかと問うと、彼女は自由研究の延長だと答えた。
疑問に疑問が重なる。自由研究なら好きな物や興味がある物にすればいい。茜は続けてそのように質問した。
「うるさいし気持ちわるいから。」
「・・・ふーん。よくわかんないけど、何かかっこいいね。」
妹のいない茜はお姉さんぶって恵美の面倒がみたいのか、無視する彼女の細い髪を不必要に手ぐしで梳かす。恵美の髪は寧ろ乱れ、彼女は鼻でため息を吐いた。
微笑ましい光景を眺めていると次のお客がカシミアのセンサーに引っ掛かる。今度はレティにも解る。自動人形の気配であった。
他より魔晶石の大きいレティは他の魔晶石の発する振動を拾うことができる。しかし、その探知能力では正確な数までは把握できない。しかしカシミアは、その様なものがなくとも代わりの糸によるセンサーで敵勢力を正確に割り出せる。大型自動人形が10体。
その戦力差にレティは渋い顔をしながらカシミアにオレガノの召集を依頼する。しかしその間、レティだけで相手するのはあまりにも無謀。カシミアは打開案を要求するが現状どうにかなる問題ではない。カシミアは2秒程長考し、レティに自身が張った結界の配置パターンを耳打ちし、その場を後にした。敵はその後すぐに現れた。
茜が悲鳴を上げると、恵美が彼女の襟を引き自分の背後に立たせる。
「レティ!敵がいっぱい来た!」
茜の理解が及ばない中、鎧騎士の自動人形は手を差し出し共に来るよう促すが、恵美は後退りし拒否の意思を全面に出す。
「彼女が嫌がっているじゃないか。」
木の上から恵美の手に着地すると、レティは彼らに中指を立てた。
そんなレティを見た茜は更に驚いた。鎧騎士ならまだいい。中に誰か入っていると思うだろうが、目の前で小さな人形が喋り出すものだから叫ばずにはいられなかった。
レティは彼女に笑顔で話かけると、簡単な自己紹介を始めた。
「私はレティ。君の名前は?」
茜はきょとんとしたが質問には答えた。
レティは茜に恵美の側で動かないでくれと指示する。和ませようとしたのか、人形の少女は恵美の腕から抜け着地すると茜にウインクを送る。
恵美に茜を任せるとレティは姫鶴に手を掛け絶影を放つ。問答無用で放たれる斬撃は大型自動人形に直撃し土煙を舞い上げた。
恵美の中でレティは最強の自動人形である。すぐに敵を切り裂き、順々に数を減らしていく。
はずだった。
彼女の絶影は確かに直撃したが、敵自動人形は仰け反ることさえしてない。遊園地で対峙したときは、この技で難なく両断していたと言うのに。
しかし意外にもレティは、驚きもしない様子で次の技に移る。鎧騎士が放つ大剣の横凪を躱し頭上に飛び乗ると、その首元に刃を突き立てた。
別の自動人形が即座に対応しレティを払いのけると、手を出した鎧騎士の腕に飛び乗り斬りつける。
レティの剣技ならその腕を切り落とせただろうが、現実は傷が付く程度でしかない。レティは恵美の前に降り立ち、自分より大きい相手に上段の構えを取る。
「レティ。どうしたの?早くやっつけってよ!」
敵自動人形達は恵美を中心に取り囲み間合いを詰めてきた。
「まずい。オレガノが来るまでは粘らなければ。」
恵美の背後から攻撃が仕掛けられると、レティは一か八かの作戦に出る。
虚空に刀を横に振るうと、恵美達を直接攻撃した自動人形が弦の高い音と共に上下に寸断される。
リーダー各と思われる鎧騎士が後退りし辺りを見渡すと、ほんの僅かに木漏れ日に光る蜘蛛の糸を見つける。
彼女はカシミアが残したトラップ、絶糸の結界を発動させたのだ。
水滴でも掛からない限り目視も難しい細い糸。日の光が当たりにくい森林では尚見分けるのも困難だ。
恵美が森林で絵を描いていたのはカシミアの指示だ。万が一、敵が攻めて来たとき、自分の結界に閉じ込める為である。
カシミアは去り際に感知用から戦闘用に糸の構造を変更しており、その配列はレティとカシミアしか知らない。
前もっての打ち合わせでパターン化はしてあるものも、レティにも見えない為、実用化するには不安要素が多い。
高く飛び上がったレティに対して敵司令塔はガードを固めるが、彼女が手首から放った暗器に反応してカシミアのトラップが発動する。司令塔の鎧騎士に発動したのは、縛糸の結界。切れ味がない代わりに強い靱性と弾性があり、振りほどくのは困難だ。
標的の動きを封じ、レティは最高火力技、大切断を打ち込み鎧もろとも魔晶石を叩き割った。その時だった。司令塔を失えば崩すのは容易とレティの心に驕りが生まれた。直後、酷い悪寒が走った。
耳障りな金属音をあげて両断させたはずの自動人形から、魔晶石の反応が途絶えていない。魔晶石を砕いた感覚は確かにあった。なのに何故、まだその反応が残っているのか。
崩れゆくはずの自動人形からすり抜けるように黒い影が出てくる。それはレティを切り裂くには充分すぎる大きさの鎌であった。
物質をすり抜けるスキル·潜伏で大型自動人形に隠れていたのか、黒い影が死神の如く大鎌を構える。
大切断を放った直後。大きな隙が生まれ、この想定外に対処できない。その首元を狙う横凪ぎの大鎌をレティはただ受け入れる他になかった。
銃声。その弾丸はレティに降りかかる災いを弾き返した。
「やっと来たか。」
オレガノが2発目の弾丸を放つと、強襲を仕掛けた自動人形はその場を離れ地面に潜る。
陣形を整えた大型自動人形の前に這い出るのは、アメジストの瞳にショートボブの白髪。
更に特徴を挙げるなら右の生え際から紫のメッシュが部分的に掛けられている70センチの中型自動人形。容姿は中性的で黒いローブに大鎌を装備した、見るからに悪そうな奴。
「どーも閃光のレティさん。私は幻影帝國強襲部隊隊長シエスタ。人は私を断頭台と呼ぶ。以後お見知りおきを。」
そのシエスタなる者が丁重にお辞儀すると、レティも釣られて頭を下げた。
「バカ!前を見ろ!」
オレガノが呼ぶ頃には、シエスタは既にレティの間合いに踏み込んでいた。
カシミアは絶糸の結界を起動させシエスタの足首、胴体、首元を同時に狙った。しかし、シエスタは地中に潜り回避した。
レティは咄嗟に後ろに下がり、地中からの大鎌による攻撃を躱す。
大鎌は武器としての評価はあまりに低い。限定された攻撃手段は白兵戦に於いて致命的。
掛けて引く。凪ぎ。振り下ろす。柄で打つなど手段が限定されている上に大振りで見切り安い。
また、森林では遮蔽物の多さから点での戦術も求められる中、線の攻撃しかないシエスタは圧倒的に不利になる。
しかし、断頭台のシエスタはスキル·潜伏を守りにではなく攻撃にも利用していた。横凪ぎの攻撃は木々をすり抜け、更に攻撃の位置も地面に沈むことにより自在。振り下ろす攻撃も地面に刺さらず継続できる。
地面に潜れば、まるでジョーズの背鰭に見立てた鎌でレティを襲う。ここまで来ると相当厄介なもので、大鎌の特性が成立しやすい。
対してレティは日に日に弱くなっている。
遊園地で出会った頃をピークにカシミア戦以降連敗続きだ。
先ほどの絶影もそうだが、小型重量級の自動人形としての破壊力は現在、軽量級のカシミアに劣っている。
普段レティに甘いオレガノが語気を強める。
「レティ!そこにオートマトンの残骸が2体も転がっているぞ!いい加減にスキルを使わないと死人が出るぞ!」
恵美は、それがなんなのかは知らないが、早くそれを使うよう促す。
恵美に抱えられる茜も怯え切ってしまっている。早くこの場から解放してやらないと、最悪の場合、心に傷を負うことになる。
断頭台は防戦のレティを煽り立てる。
「400年間無敵のオートマトンとは名ばかり、本当は逃げ隠れをしていたんじゃないのか?うちの軍姫殿も何でこんな雑魚を警戒してらっしゃるのか不思議だよ。」
煽りに弱いレティは、かなり渋った表情で頬を膨らますが、それ以上に気になるのか服に付いた埃を摘まみ取る。
頑なに奥の手を使う気配を見せない彼女の異変にオレガノは気付く。
「まさかお前。服なんか気にしているのか?」
彼がそう言うと、戦場は静まり返る。
まさかこの状況下でおニューのドレスへの泥はねを気遣って戦っているのだと知ると、シエスタの表情が暗くなる。元から有った殺意が沸点を超える。
恵美やカシミアも流石に呆れながら、レティを説得する。敵味方関係なく非難を浴びるレティは我慢の限界を迎えた。
「これはただの服ではなく、マチルダがデザインしてそれをダリアが復元してくれたのだ。命より重い物と言っても良い。」じゃあ着てくるな。その場の誰もが言った。
本領を発揮できていないレティは、状況の打破をオレガノに依頼する。
丸投げされた彼は頭を抱えた。恐らくレティは端からこうするつもりで自分を呼びつけたのだ。だが、金で雇われているオレガノは契約内容に無いことはしないと言い出す。
レティは捨て猫のような顔でオレガノを見つめるが、彼は方法のある彼女にスキルを使えと言うだけだ。
ならば仕方ないと、レティはオレガノに対して新しい契約を持ちかけた。一つ彼が欲しがっていた猟銃を対価に敵自動人形の殲滅を依頼する。
突然の申し出に対して、検討する素振りも見せずオレガノはライフルを下ろしては、散弾銃に持ち変える。
オレガノは口元を歪ませてイギリスのホーランド&ホーランドと言う高級猟銃メーカーを指定すると、レティの了承を待つ。
全力で突撃してくるシエスタに震え、彼女は首を縦に振りオレガノの奥の手を催促した。
本人としても生命線であるスキルを敵に見せるのは極力避けたいところだが、一挺1000万円の為なら致し方ない。その代わりに終わったら殴ると言い放ち、その引き金を引いた。
スキル·魔弾
このスキルは一つの弾丸を高質量に変え追尾性能を付与するものだが、散弾に使えば拡散する粒数六個全てが魔弾と化す。弾け拡散する魔弾は空間を歪め、敵のみを狙う赤い槍となり6体の敵自動人形を貫く。
3体は魔晶石を貫かれ即死。残りの自動人形にも被弾し戦闘の継続を困難にした。シエスタもこの状況に、流石に焦りを見せた。
カシミアの結界により部隊の機動力は半減され、遠距離からは高火力支援。
そんな彼女にオレガノは警告する。自身の魔弾は余力を残すと言い、武装解除と撤退を命ずる。
敵の数は少ない。このまま叩けば良いとカシミアが身を乗り出すが、オレガノは彼女を取り押さえて黙らせる。
任務失敗の上、独断専行により部隊は壊滅。面子のため自爆特攻でもしそうな雰囲気ではあったがオレガノのスキルに恐れをなし、シエスタは恵美の捕縛を中止することを決定する。
仲間の残骸を残しシエスタ達はその場を後にする。嵐のような奴だったがこれで一安心と、レティは出もしない額の汗を拭った。
オレガノは宣言通りレティの顔面を殴る。彼女はよろめき、鼻っ面を押さえ悶絶する。
戦闘狂で不完全燃焼のカシミアは理由を付けてはオレガノの足を勢いよく蹴るが、身長差のある彼に片手で拘束される。
恵美も便乗してカシミアと一緒にオレガノの悪口を言い出すが、彼が恫喝すると何事も無かったように黙り込んだ。
彼はカシミアに恵美と茜を家に送れと言いつけるが、静かに中指を立てられる始末。
状況を打破したと言うのに酷い扱われようのオレガノに代わり、レティが重ねて依頼すると彼女は愚痴を垂れながら恵美と茜を連れてその場を後にした。
彼女らが見えなくなる辺りでオレガノは地面に膝を突くと、心配して駆け寄るレティの肩を借りる。
「今のでだいぶ魔力が持っていかれた。やはり散弾でこれをやるのは危険だな。」
レティがしおらしく頭を下げるとオレガノは彼女の頭を撫でた。
「いや。これは俺とお前との契約だ。それは咎めない。だが、俺は当分の間魔弾を封じなければならん。次に同じ場面に出くわしたら、解っているよな?」
彼は沈黙する彼女に問う。
「だが、なんでこんな目に遭ってまでスキルを使わない。あの能力を使え苦労ないだろう?」
レティは重い口を開くと、あれは忌々しいものだと言った。
事情を知る彼は、レティを哀れむようにまだ人間が怖いのかと聞くと、彼女はこれ以上嫌われたくないと返した。
人間を愛する彼女にとって、奥の手を使うことは彼らとの友好関係を崩す行為なのだ。
だが、今回その人間が危険に晒された状況下で自分のエゴが矛盾を生んでいることに、この400歳は理解してないのだと思うと、彼はため息を吐き呆れた。
茜を送るべく、恵美とカシミアは彼女の家である加藤家までたどり着く。
恵美の家は1キロもなく、ゆるい坂の上に茜の家がある。
家と言うと控えめで、実際は立派な庭付きの二戸建ての屋敷であった。
「恵美さんのお家の3倍は大きいですわね。」
「うるさいなぁ。」
劣等感に浸りながらも今日の出来事への謝罪に移ったが、その内容には耳を貸さず茜はただカシミアを凝視していた。
カシミアが自分の顔に何か付いて入るのかと嫌味を言うと、茜は非現実への遭遇を改めて確認する。先ほどまでの恐怖よりも今の好奇心が勝り、茜はカシミアに手を伸ばし触りたそうにしている。
生物との接触を嫌うカシミアは前羽の構えで断固拒否する姿勢でいたが、紹介ついでに恵美に抱き抱えられると首根っこを掴まれた猫みたいに大人しくなる。
恵美が茜にカシミアを友達と紹介すると、彼女は友達と言われて照れくさかったのか恵美の腕から抜け出す。
カシミアに害がないと知り完全に落ち着きを取り戻した茜は、先ほど自分達を襲ってきた連中に付いて聞いてきた。
恵美が端的に「あいつらはわるいやつで、レティは私を守ってくれている」と言うと、そもそも何で狙われているのかと説明が難しい。
話しても理解できないし信じてもらえないと思い、答えられないと言った。
茜は呼吸を整え恵美の肩を掴むと、何だか格好いいと憧れの眼差しを彼女に向けた。普段の扱いからは想像もつかない反応に恵美の表情が引き攣る。
茜は有無を言わせない勢いで自分もレティ達とお話したいと頼み込み、明日の恵美の予定にねじ込んできた。
言動を押し通す恵美でも頼み事を断る耐性は持ち合わせておらず、勢いに押されて約束事を取り付けられた。
茜は今日の悲劇など忘れて手を振りながら恵美達を送り出すと軽快に玄関を跨いだ。
一難去ってまた一難。
恵美にとって今日と明日は、気の休まらない1日となってしまった。
当時、日本の夏は扇風機一つで乗り越えられたものだったが、衣替えすらないロンドンに比べれば暑がるのも無理はない。流石に我慢ならんとタオルケットを蹴り飛ばし、大輔お手製のベッドから飛び起きた。
恵美の部屋なのに本人の姿おろかレティ以外に誰もいない。
リビングに降りても同様に恵美の姿はなく、母のダリアが神妙な面持ちで新聞を眺めていた。
ダリアが言うに、恵美は夏休みの宿題を始末するために出掛けたそうだ。流石にカシミアも動向しているそうなので、慌てて駆けつける必要もないだろう。と言うか、ここ最近恵美の護衛はカシミアに一任して自分は好きな時に好きなだけ惰眠を貪っている。
そんなレティにダリアは用件があると言い、少女を抱えてはテーブルの上に乗せた。流石に文句の一つでも言われるのかと思ったが、彼女は競馬の新聞を折り畳み他所にやると、陽気な笑みを浮かべては婦人服の紙袋を漁る。そして中から出てきたのはレティが最初に着ていたお気に入りの青いドレスだった。
バロメとの戦闘で修復不可能なまでに引き裂かれたそれを、分解して型取りをしなおして同じ色の新しい生地で完璧に再現してくれたのだ。
ダリアの元の職業はデザイナーであり、結婚するまでは人気の職人でファンも何人かいたそうだ。
そんな彼女の力作だ。レティが感動するのは当然のことで、歓喜のあまり跳び跳ねたぐらいだ。
今すぐ試着したいと強請るも、一人で服が着られないレティは満悦な表情を隠しながらもダリアにその身を委ねた。嬉しいのか恥ずかしいのか、着付けが進まないので、ダリアはレティの手をこじ開ける。
恵美に見られるとまた馬鹿にされそうとレティが言うが、ここにはダリアの他には誰もいない。少女のような笑顔を見せるレティに、ダリアも自然と微笑んで言った。
「何年生きても乙女ね。」
レティは笑いながら肯定すると、自動人形の本質を語る。
魔晶石には人為的に設定された精神年齢があり、精神による成長に制約がある。レティの年齢設定は15から17才ぐらいで、最も多感で環境に影響を受けやすい年頃。
何かを察したダリアがそれは不憫であると言うと、レティは静かに微笑んだ。
時代に置いていかれ、友に先立たれ、その心は未成熟のまま、400年と戦い続ける。人為的だか知らないが随分酷いことをする。
「でもそれだと、レティちゃん自身受け入れられないことが多かったんじゃないの?」
レティは笑いながら「歳だけ食った子供だから逃げ癖も治らない」と言うと、ダリアは黙ったまま少女の髪を梳かした。着付けが終わると彼女はレティを軽く抱きしめ、それから鏡を用意した。
お気に入りのドレスを身に纏ったレティは大層ご満悦で、自分の姿を2回3回と前後交互に眺めた。その後、感謝の気持ちを込めてダリアの手の甲にキスをした。
「誰かに見せつけたいな。」
そう言ったレティは早々に家を出た。
恵美は清水坂公園で蝉の脱け殻をスケッチしている。それを見守るカシミアは木々の間に糸を張り、ハンカチの敷物の上で優雅に鎮座している。
そこにレティが飛び込むと、カシミヤは林から飛び出るほど跳ねた。彼女は舌打ちをしてレティの遅い起床に嫌みを言うと共に、たまには恵美の護衛も交代して欲しいと言った。
平謝りをするレティはオレガノの所在を尋ねるとカシミアは更にため息を吐いた。
彼女曰く、オレガノは毎日朝から晩まで港やビル街で情報収集に狩出ている。恵美やカシミアには自然に起きるまでレティを起こさないでくれと毎日釘を刺して出かけるそうだ。
「あのオカマさんはお姉様に甘すぎますわ」と、愚痴を垂れている。
そんなことより白昼堂々と眠り込んでいるレティに感心しないカシミアは、そもそも睡眠を必要としない自動人形が何故寝腐っているのかと問うと、レティはせせら笑いしながら「私は欠陥品なのさ」と話をはぐらかす。
「相変わらず秘密が多いですこと。だとしても最近特にだらしないですわ」と小言を重ねるカシミアは、恵美を例えに見習うべきだと説く。
恵美の夏休みの日程は、朝5時半に起床し大輔を見送った後、学校に行き誰に頼まれたでもなくウサギに餌をやる。帰宅後はレティを起こさぬようリビングで宿題を進める。
午前中はダリアの手伝いをしながら趣味の裁縫を習った後にまた宿題に手を付け、午後には屋外でできる課題を行うといった完璧なスケジュール。勉強が嫌いと言うのが信じ難い。
ここ数週間。惰眠を貪り恵美との対話すら怠っていたレティは驚愕した。子供が友達と遊ばないで、そんなババァのような過ごし方をしているのだなんて、きっと体に良くないに違いない。と言うよりつまらない。
そんな宿題なんてものは終盤にいっぺんに終わらせるべきだと、ダメ人間の標本みたいなことを本人の頭上で言うものだから、カシミアはレティの良識を疑った。
気まずくなったレティは無理やりにでも話題を変えるため、ヒラヒラと自慢のドレスを見せびらかす。
呆れたカシミアは社交辞令程度の誉め言葉を投げると、次にドレスの細工について説明を始めた。
カシミアも関わっていたのは驚きだが、このドレスは彼女のスキルで生成された糸が編み込んである。
純度100%を理想としたいが、加工が困難になるため縫い目と急所部分を重点的に仕上げている。しかし、以前のように戦闘する度、服が破けるお色気展開は減るだろう。
当然好きでやっているのではないとツッコミを入れるレティだが、それを知った以上服の特性になお感激し、試しに一戦交えてみたいと冗談を言う。
愛想笑いをするカシミアであったが、突如何かに気付き真剣な表情になった。
「わたくしの糸に何か反応が・・・子供が一人こちらに近づいてきますわ。」
来客は恵美のクラスメイトである加藤茜だ。恵美は挨拶をする彼女を無視して絵に没頭している。
扱いに慣れているのか茜は腹を立てることもなく、絵を描く恵美を観察しはじめた。たかが蝉の向け柄だが、気持ち悪いぐらいに忠実に描かれていた。
茜がその才能を誉めると恵美は首を振り否定した。蝉も絵も好きではないと言う恵美に茜はでは何故課題にも無いのにそんなものを描いているのかと問うと、彼女は自由研究の延長だと答えた。
疑問に疑問が重なる。自由研究なら好きな物や興味がある物にすればいい。茜は続けてそのように質問した。
「うるさいし気持ちわるいから。」
「・・・ふーん。よくわかんないけど、何かかっこいいね。」
妹のいない茜はお姉さんぶって恵美の面倒がみたいのか、無視する彼女の細い髪を不必要に手ぐしで梳かす。恵美の髪は寧ろ乱れ、彼女は鼻でため息を吐いた。
微笑ましい光景を眺めていると次のお客がカシミアのセンサーに引っ掛かる。今度はレティにも解る。自動人形の気配であった。
他より魔晶石の大きいレティは他の魔晶石の発する振動を拾うことができる。しかし、その探知能力では正確な数までは把握できない。しかしカシミアは、その様なものがなくとも代わりの糸によるセンサーで敵勢力を正確に割り出せる。大型自動人形が10体。
その戦力差にレティは渋い顔をしながらカシミアにオレガノの召集を依頼する。しかしその間、レティだけで相手するのはあまりにも無謀。カシミアは打開案を要求するが現状どうにかなる問題ではない。カシミアは2秒程長考し、レティに自身が張った結界の配置パターンを耳打ちし、その場を後にした。敵はその後すぐに現れた。
茜が悲鳴を上げると、恵美が彼女の襟を引き自分の背後に立たせる。
「レティ!敵がいっぱい来た!」
茜の理解が及ばない中、鎧騎士の自動人形は手を差し出し共に来るよう促すが、恵美は後退りし拒否の意思を全面に出す。
「彼女が嫌がっているじゃないか。」
木の上から恵美の手に着地すると、レティは彼らに中指を立てた。
そんなレティを見た茜は更に驚いた。鎧騎士ならまだいい。中に誰か入っていると思うだろうが、目の前で小さな人形が喋り出すものだから叫ばずにはいられなかった。
レティは彼女に笑顔で話かけると、簡単な自己紹介を始めた。
「私はレティ。君の名前は?」
茜はきょとんとしたが質問には答えた。
レティは茜に恵美の側で動かないでくれと指示する。和ませようとしたのか、人形の少女は恵美の腕から抜け着地すると茜にウインクを送る。
恵美に茜を任せるとレティは姫鶴に手を掛け絶影を放つ。問答無用で放たれる斬撃は大型自動人形に直撃し土煙を舞い上げた。
恵美の中でレティは最強の自動人形である。すぐに敵を切り裂き、順々に数を減らしていく。
はずだった。
彼女の絶影は確かに直撃したが、敵自動人形は仰け反ることさえしてない。遊園地で対峙したときは、この技で難なく両断していたと言うのに。
しかし意外にもレティは、驚きもしない様子で次の技に移る。鎧騎士が放つ大剣の横凪を躱し頭上に飛び乗ると、その首元に刃を突き立てた。
別の自動人形が即座に対応しレティを払いのけると、手を出した鎧騎士の腕に飛び乗り斬りつける。
レティの剣技ならその腕を切り落とせただろうが、現実は傷が付く程度でしかない。レティは恵美の前に降り立ち、自分より大きい相手に上段の構えを取る。
「レティ。どうしたの?早くやっつけってよ!」
敵自動人形達は恵美を中心に取り囲み間合いを詰めてきた。
「まずい。オレガノが来るまでは粘らなければ。」
恵美の背後から攻撃が仕掛けられると、レティは一か八かの作戦に出る。
虚空に刀を横に振るうと、恵美達を直接攻撃した自動人形が弦の高い音と共に上下に寸断される。
リーダー各と思われる鎧騎士が後退りし辺りを見渡すと、ほんの僅かに木漏れ日に光る蜘蛛の糸を見つける。
彼女はカシミアが残したトラップ、絶糸の結界を発動させたのだ。
水滴でも掛からない限り目視も難しい細い糸。日の光が当たりにくい森林では尚見分けるのも困難だ。
恵美が森林で絵を描いていたのはカシミアの指示だ。万が一、敵が攻めて来たとき、自分の結界に閉じ込める為である。
カシミアは去り際に感知用から戦闘用に糸の構造を変更しており、その配列はレティとカシミアしか知らない。
前もっての打ち合わせでパターン化はしてあるものも、レティにも見えない為、実用化するには不安要素が多い。
高く飛び上がったレティに対して敵司令塔はガードを固めるが、彼女が手首から放った暗器に反応してカシミアのトラップが発動する。司令塔の鎧騎士に発動したのは、縛糸の結界。切れ味がない代わりに強い靱性と弾性があり、振りほどくのは困難だ。
標的の動きを封じ、レティは最高火力技、大切断を打ち込み鎧もろとも魔晶石を叩き割った。その時だった。司令塔を失えば崩すのは容易とレティの心に驕りが生まれた。直後、酷い悪寒が走った。
耳障りな金属音をあげて両断させたはずの自動人形から、魔晶石の反応が途絶えていない。魔晶石を砕いた感覚は確かにあった。なのに何故、まだその反応が残っているのか。
崩れゆくはずの自動人形からすり抜けるように黒い影が出てくる。それはレティを切り裂くには充分すぎる大きさの鎌であった。
物質をすり抜けるスキル·潜伏で大型自動人形に隠れていたのか、黒い影が死神の如く大鎌を構える。
大切断を放った直後。大きな隙が生まれ、この想定外に対処できない。その首元を狙う横凪ぎの大鎌をレティはただ受け入れる他になかった。
銃声。その弾丸はレティに降りかかる災いを弾き返した。
「やっと来たか。」
オレガノが2発目の弾丸を放つと、強襲を仕掛けた自動人形はその場を離れ地面に潜る。
陣形を整えた大型自動人形の前に這い出るのは、アメジストの瞳にショートボブの白髪。
更に特徴を挙げるなら右の生え際から紫のメッシュが部分的に掛けられている70センチの中型自動人形。容姿は中性的で黒いローブに大鎌を装備した、見るからに悪そうな奴。
「どーも閃光のレティさん。私は幻影帝國強襲部隊隊長シエスタ。人は私を断頭台と呼ぶ。以後お見知りおきを。」
そのシエスタなる者が丁重にお辞儀すると、レティも釣られて頭を下げた。
「バカ!前を見ろ!」
オレガノが呼ぶ頃には、シエスタは既にレティの間合いに踏み込んでいた。
カシミアは絶糸の結界を起動させシエスタの足首、胴体、首元を同時に狙った。しかし、シエスタは地中に潜り回避した。
レティは咄嗟に後ろに下がり、地中からの大鎌による攻撃を躱す。
大鎌は武器としての評価はあまりに低い。限定された攻撃手段は白兵戦に於いて致命的。
掛けて引く。凪ぎ。振り下ろす。柄で打つなど手段が限定されている上に大振りで見切り安い。
また、森林では遮蔽物の多さから点での戦術も求められる中、線の攻撃しかないシエスタは圧倒的に不利になる。
しかし、断頭台のシエスタはスキル·潜伏を守りにではなく攻撃にも利用していた。横凪ぎの攻撃は木々をすり抜け、更に攻撃の位置も地面に沈むことにより自在。振り下ろす攻撃も地面に刺さらず継続できる。
地面に潜れば、まるでジョーズの背鰭に見立てた鎌でレティを襲う。ここまで来ると相当厄介なもので、大鎌の特性が成立しやすい。
対してレティは日に日に弱くなっている。
遊園地で出会った頃をピークにカシミア戦以降連敗続きだ。
先ほどの絶影もそうだが、小型重量級の自動人形としての破壊力は現在、軽量級のカシミアに劣っている。
普段レティに甘いオレガノが語気を強める。
「レティ!そこにオートマトンの残骸が2体も転がっているぞ!いい加減にスキルを使わないと死人が出るぞ!」
恵美は、それがなんなのかは知らないが、早くそれを使うよう促す。
恵美に抱えられる茜も怯え切ってしまっている。早くこの場から解放してやらないと、最悪の場合、心に傷を負うことになる。
断頭台は防戦のレティを煽り立てる。
「400年間無敵のオートマトンとは名ばかり、本当は逃げ隠れをしていたんじゃないのか?うちの軍姫殿も何でこんな雑魚を警戒してらっしゃるのか不思議だよ。」
煽りに弱いレティは、かなり渋った表情で頬を膨らますが、それ以上に気になるのか服に付いた埃を摘まみ取る。
頑なに奥の手を使う気配を見せない彼女の異変にオレガノは気付く。
「まさかお前。服なんか気にしているのか?」
彼がそう言うと、戦場は静まり返る。
まさかこの状況下でおニューのドレスへの泥はねを気遣って戦っているのだと知ると、シエスタの表情が暗くなる。元から有った殺意が沸点を超える。
恵美やカシミアも流石に呆れながら、レティを説得する。敵味方関係なく非難を浴びるレティは我慢の限界を迎えた。
「これはただの服ではなく、マチルダがデザインしてそれをダリアが復元してくれたのだ。命より重い物と言っても良い。」じゃあ着てくるな。その場の誰もが言った。
本領を発揮できていないレティは、状況の打破をオレガノに依頼する。
丸投げされた彼は頭を抱えた。恐らくレティは端からこうするつもりで自分を呼びつけたのだ。だが、金で雇われているオレガノは契約内容に無いことはしないと言い出す。
レティは捨て猫のような顔でオレガノを見つめるが、彼は方法のある彼女にスキルを使えと言うだけだ。
ならば仕方ないと、レティはオレガノに対して新しい契約を持ちかけた。一つ彼が欲しがっていた猟銃を対価に敵自動人形の殲滅を依頼する。
突然の申し出に対して、検討する素振りも見せずオレガノはライフルを下ろしては、散弾銃に持ち変える。
オレガノは口元を歪ませてイギリスのホーランド&ホーランドと言う高級猟銃メーカーを指定すると、レティの了承を待つ。
全力で突撃してくるシエスタに震え、彼女は首を縦に振りオレガノの奥の手を催促した。
本人としても生命線であるスキルを敵に見せるのは極力避けたいところだが、一挺1000万円の為なら致し方ない。その代わりに終わったら殴ると言い放ち、その引き金を引いた。
スキル·魔弾
このスキルは一つの弾丸を高質量に変え追尾性能を付与するものだが、散弾に使えば拡散する粒数六個全てが魔弾と化す。弾け拡散する魔弾は空間を歪め、敵のみを狙う赤い槍となり6体の敵自動人形を貫く。
3体は魔晶石を貫かれ即死。残りの自動人形にも被弾し戦闘の継続を困難にした。シエスタもこの状況に、流石に焦りを見せた。
カシミアの結界により部隊の機動力は半減され、遠距離からは高火力支援。
そんな彼女にオレガノは警告する。自身の魔弾は余力を残すと言い、武装解除と撤退を命ずる。
敵の数は少ない。このまま叩けば良いとカシミアが身を乗り出すが、オレガノは彼女を取り押さえて黙らせる。
任務失敗の上、独断専行により部隊は壊滅。面子のため自爆特攻でもしそうな雰囲気ではあったがオレガノのスキルに恐れをなし、シエスタは恵美の捕縛を中止することを決定する。
仲間の残骸を残しシエスタ達はその場を後にする。嵐のような奴だったがこれで一安心と、レティは出もしない額の汗を拭った。
オレガノは宣言通りレティの顔面を殴る。彼女はよろめき、鼻っ面を押さえ悶絶する。
戦闘狂で不完全燃焼のカシミアは理由を付けてはオレガノの足を勢いよく蹴るが、身長差のある彼に片手で拘束される。
恵美も便乗してカシミアと一緒にオレガノの悪口を言い出すが、彼が恫喝すると何事も無かったように黙り込んだ。
彼はカシミアに恵美と茜を家に送れと言いつけるが、静かに中指を立てられる始末。
状況を打破したと言うのに酷い扱われようのオレガノに代わり、レティが重ねて依頼すると彼女は愚痴を垂れながら恵美と茜を連れてその場を後にした。
彼女らが見えなくなる辺りでオレガノは地面に膝を突くと、心配して駆け寄るレティの肩を借りる。
「今のでだいぶ魔力が持っていかれた。やはり散弾でこれをやるのは危険だな。」
レティがしおらしく頭を下げるとオレガノは彼女の頭を撫でた。
「いや。これは俺とお前との契約だ。それは咎めない。だが、俺は当分の間魔弾を封じなければならん。次に同じ場面に出くわしたら、解っているよな?」
彼は沈黙する彼女に問う。
「だが、なんでこんな目に遭ってまでスキルを使わない。あの能力を使え苦労ないだろう?」
レティは重い口を開くと、あれは忌々しいものだと言った。
事情を知る彼は、レティを哀れむようにまだ人間が怖いのかと聞くと、彼女はこれ以上嫌われたくないと返した。
人間を愛する彼女にとって、奥の手を使うことは彼らとの友好関係を崩す行為なのだ。
だが、今回その人間が危険に晒された状況下で自分のエゴが矛盾を生んでいることに、この400歳は理解してないのだと思うと、彼はため息を吐き呆れた。
茜を送るべく、恵美とカシミアは彼女の家である加藤家までたどり着く。
恵美の家は1キロもなく、ゆるい坂の上に茜の家がある。
家と言うと控えめで、実際は立派な庭付きの二戸建ての屋敷であった。
「恵美さんのお家の3倍は大きいですわね。」
「うるさいなぁ。」
劣等感に浸りながらも今日の出来事への謝罪に移ったが、その内容には耳を貸さず茜はただカシミアを凝視していた。
カシミアが自分の顔に何か付いて入るのかと嫌味を言うと、茜は非現実への遭遇を改めて確認する。先ほどまでの恐怖よりも今の好奇心が勝り、茜はカシミアに手を伸ばし触りたそうにしている。
生物との接触を嫌うカシミアは前羽の構えで断固拒否する姿勢でいたが、紹介ついでに恵美に抱き抱えられると首根っこを掴まれた猫みたいに大人しくなる。
恵美が茜にカシミアを友達と紹介すると、彼女は友達と言われて照れくさかったのか恵美の腕から抜け出す。
カシミアに害がないと知り完全に落ち着きを取り戻した茜は、先ほど自分達を襲ってきた連中に付いて聞いてきた。
恵美が端的に「あいつらはわるいやつで、レティは私を守ってくれている」と言うと、そもそも何で狙われているのかと説明が難しい。
話しても理解できないし信じてもらえないと思い、答えられないと言った。
茜は呼吸を整え恵美の肩を掴むと、何だか格好いいと憧れの眼差しを彼女に向けた。普段の扱いからは想像もつかない反応に恵美の表情が引き攣る。
茜は有無を言わせない勢いで自分もレティ達とお話したいと頼み込み、明日の恵美の予定にねじ込んできた。
言動を押し通す恵美でも頼み事を断る耐性は持ち合わせておらず、勢いに押されて約束事を取り付けられた。
茜は今日の悲劇など忘れて手を振りながら恵美達を送り出すと軽快に玄関を跨いだ。
一難去ってまた一難。
恵美にとって今日と明日は、気の休まらない1日となってしまった。
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