#帰れない人たち ~ 6人のメモリー

ぶるうす恩田

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第一幕

【1-A】高瀬 美咲(高校生)編 第一幕

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その日は、いつもより少し遅い下校だった。生徒会の会議が長引いて、友達と駅まで一緒に歩いたころには空が群青色に染まり始めていた。
制服のブレザーの袖をぎゅっと握る。夜の風は思ったより冷たく、乾いた空気が頬に突き刺さるようだった。

改札を抜けた瞬間、ぐらりと地面が揺れた。
「えっ……?」
反射的に階段の手すりに手を伸ばす。けれど、次の瞬間には大きな衝撃音――ドンッ! と腹の底に響く振動が襲った。頭上からガラガラッと吊り看板が揺れ、悲鳴が駅構内を満たす。

私は思わずしゃがみ込み、耳を塞いだ。けれど振動は止まらない。床が波打つようにぐにゃぐにゃと動き、足元からミシミシと不気味な音が伝わってくる。心臓が破裂しそうなほど速く打っていた。

「※※%#@?」

隣で誰かの声。顔を上げると、背の高い外国人の女性が青い目を見開いて私を見ていた。金髪が蛍光灯のちらつく光に揺れている。
思わずその手を握った。
「Stay with me!」
口から出ていた英語に、自分でも驚いた。中学のころから好きで勉強してきた英語が、こんな時に出てくるなんて。彼女が力強く頷いたのを見て、ほんの少し安心する。

だけど――どこへ行けばいいのかわからなかった。

駅の構内はざわめきで埋め尽くされている。泣き叫ぶ子どもを抱きかかえる母親、電光掲示板を呆然と見上げるサラリーマン、必死にスマホを耳に当てる人。どの声も混ざり合って、遠くで金属がきしむ音と一緒になって耳を打つ。

私はスマホを取り出し、震える指で電源を入れた。画面が明るく点く。
――お兄ちゃんに……連絡しなきゃ!
オーストラリアにいる陽翔はるとに≪大丈夫だよ≫って言いたかった。でも、送信ボタンを押しても≪接続エラー≫の赤い文字が返ってくるばかり。
「うそ……」
唇をかみしめる。スマホの画面に自分の顔が映った。少し丸い頬、乱れた黒髪、泣きそうに歪んだ目元。制服のリボンがほどけているのに気づいて、あわてて結び直す。
――こういうときでも、ちゃんとしていないと落ち着かない。小さいころからの性格だ。
もう一度送信。今度は赤い文字が出なかった。

「ミサキ?」
さっきの外国人女性が私の名前を確かめるように呼んだ。どうやら自己紹介をしたらしいのに、私の記憶から抜け落ちている。地震の揺れと人の叫び声で、頭がぐちゃぐちゃになっていた。
「う、うん。Misaki」
声が震える。けれど言葉にすることで、ほんの少し勇気が出る気がした。

電気が一瞬ぱちんと消え、暗闇が広がった。駅構内全体がざわっ、と動揺に包まれる。スマホのライトを点けると、周りの人たちも一斉に光を掲げた。無数の光が蛍の群れみたいに揺れて、心細さを少しだけ和らげてくれる。

私は咄嗟に隣の彼女の手を握り直した。
温かい。その温もりが、薄暗くなった駅の中で唯一の安心だった。

外に出ると、夜空は灰色の煙に覆われていた。遠くでサイレンが鳴っている。街灯はところどころ消えていて、道は黒い影のように続いている。
どこからかガスの匂いが漂ってきて、鼻の奥をつんと刺す。

足元でガシャッ、とガラスを踏んだ音に、心臓が跳ね上がる。
周りの大人たちは慌ただしく動いているけれど、私は立ち尽くしたままだった。
胸が苦しい。頭の中が真っ白になる。

「……だめ、動かなきゃ」
自分に言い聞かせるように声に出す。これも癖だ。小さいころから怖いときはつい独り言を言ってしまう。

震える足を一歩前に出した。彼女と一緒に。

――その夜、私は生まれて初めて、ひとりで帰れないことを知った。
そして、見知らぬ誰かと手を取り合うことが、こんなにも大きな支えになるのだと気づいた。



👉美咲編 第二幕 【2-A】へ
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