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第二幕
【2-A】高瀬 美咲(高校生)編 第二幕
しおりを挟む体育館の天井を見上げながら、美咲は膝を抱えて座っていた。
広い空間に敷かれたブルーシート。毛布は足りず、冷たい床がじわじわと体の体温を奪っていく。
周りには知らない大人ばかり。泣き疲れて眠る子どもたちの声が、時折短く途切れる。
友達と一緒にいれば、きっと少しは違った。
けれど、地震の混乱の中で結衣とも萌絵とも逸れてしまった。連絡しようにもスマホはすぐに≪圏外≫と表示され、バッテリーも残り少ない。
「みんな、無事かな……」
声に出してみても、返事はない。
夕方、配給の列に並んだ。
受け取ったのは、小さなおにぎり一つと紙コップの水。
「一人で? 親は?」と配給のボランティアに問われ、言葉に詰まる。
「……はい」
それ以上、説明できなかった。
戻る途中、スマホを握りしめていた年配の女性に呼び止められた。
「ねえ、これって読める? 英語なのよ」
差し出された画面には、≪Help. We need information≫と書かれていた。
美咲は、ぎこちなく単語を口に出す。
「……助けて。情報を必要としてる、って」
「あら、そうなのね……ありがとう」
女性は安心したように頷いた。
美咲の胸に、小さな火が灯る。
――わたし、役に立てるんだ。
夜。
周囲が眠りに落ち始めても、美咲は目を閉じられなかった。
スマホを開けば、暗い画面に≪バッテリー残量9%≫と赤字が点滅している。
タイムラインには、同じ避難所にいる誰かが投稿した≪余震が怖い≫≪水が足りない≫といった書き込みが流れていた。
その中に、英語で書かれた投稿も混じっている。
≪Where is safe place?≫
≪Cold. Need blanket≫
「……どう返せばいいんだろ」
翻訳アプリを立ち上げかけて、指が止まった。残りの電池が、さらに減ってしまう。
そのとき、隣のスペースから声がした。
「なあ、ライト貸してくれない?」
振り向くと、同じぐらいの年頃の男子が立っていた。
「……ごめん、バッテリー少ないから」
思わず突っぱねてしまう。
段ボールに腰を下ろした瞬間、制服のスカートが広がり、思わず裾を押さえる。
こんな時でも下着を気にしてしまうのが、高校生というものだ。
彼は肩をすくめ、「そっか」とだけ言って去っていった。
美咲は胸がちくりと痛んだ。誰かと話したかったのに、口を開けば距離を作ってしまう。
深夜、強い余震が体育館を揺らした。
悲鳴が上がり、泣き出す子どもたち。大人たちが必死に「大丈夫」と声をかける。
美咲も慌ててスマホを握りしめ、暗闇の中で震えていた。
画面に浮かぶ小さな光。それだけが、世界と繋がっている証だった。
ふと、画面に新しい投稿が現れる。
≪高校生の人、いますか? 一緒にいませんか?≫
差出人の名前は見知らぬものだった。けれど胸が高鳴る。
――同じように、一人で震えている誰かがいる。
返事を打とうとした瞬間、画面が暗転した。
「……電池、切れた」
指先から力が抜け、スマホが膝に落ちる。
やがて静けさが戻り、体育館の外から冷たい風が吹き込んだ。
その隙間に、小さな影がすり抜けてきた。
「……猫?」
三毛模様の猫が、誰にも気づかれず、美咲の足元に近づいた。
「ミャァ」
かすれた鳴き声に、美咲は思わず微笑んだ。
「寒いよね……一緒にいようか」
膝の上に抱き上げると、猫の体温がほんのりと伝わってくる。
人ともうまく話せず、孤独に押しつぶされそうになっていた胸の奥が、不思議と軽くなった。
「ありがとう……」
囁くと、猫は小さく喉を鳴らした。
翌朝、ボランティアの一団が段ボールを抱えてやって来た。毛布や水と一緒に、黒い箱のようなものが床に置かれる。ポータブル電源だった。
「一人十五分まで。順番を守ってくださいね」
係の声に、避難者たちがほっとしたように列を作る。誰もがスマホを胸に抱えて並んでいた。途絶した環境の中で唯一、外の世界とつながれる道具だからだ。
美咲も列に加わった。前に並んでいたおばあさんが不安そうにケーブルを見つめているのに気づくと、思わず声をかけた。
「差し込み口、私やりましょうか?」
「まあ、ありがとう。老眼でねえ、細かいのは苦手で……」
笑い合ったその一瞬だけ、停電の寒々しさが和らいだ気がした。
やがて美咲の番が回ってくる。
「私はあとでいいよ」と子連れの母親に譲ろうとしたが、
「若い人の情報が一番役に立つんだから」と逆に背中を押される。
充電のマークが点灯したとき、胸の奥で小さく火が灯った気がした。
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