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第二幕
【2-E】長谷川 陽翔(海外留学生/シドニー)編 第二幕
しおりを挟むシドニーのシェアハウス。窓の外では陽射しが照りつけ、カフェテラスのざわめきが心地よいBGMのように響いている。
だが長谷川陽翔の胸の奥は、ひどく冷えていた。
ノートPCの画面には、朝から更新し続けるニュース映像。瓦礫に埋まった街、毛布に包まれた避難者の列。
そこに映るのは、二十年間慣れ親しんだ日本の光景だった。
――あの交差点、去年の夏に友達と歩いた。
思い出の景色が、粉々に壊れていく。
「大丈夫かな、みんな……」
無意識に声が漏れる。
スマホを手に取り、SNSのハッシュタグを追う。≪#帰れない人たち≫≪#余震≫――
文字の洪水に指を滑らせるうち、ふと目に留まる投稿があった。
≪Stay with me!≫
ユーザーネームは≪Misaki≫
プロフィール写真には、見覚えのある制服姿の少女が映っていた。
――高瀬美咲。妹だ。
無事だった。生きていた!
画面を通して、美咲の震える声が聞こえる気がした。
だが遠くオーストラリアからできることはない。
救助にも行けず、手を握ってやることもできない。
「卑怯者みたいだ……」
ため息をつきながら、指が勝手に「いいね」を押していた。
午後。大学のキャンパスは普段と同じように活気に満ちていた。
友人のジェイソンが声をかけてくる。
「Hey, Hiroto! Did you see the news? Big earthquake in Japan, right?」
「……ああ。見た」
「Your family okay?」
「連絡はついた。大丈夫みたい」
大丈夫――そう答えながら、胸の奥でずきりと痛む。
無事だったのは幸運だ。けれど、画面の中で泣き叫んでいる人々も確かに『同じ国の誰か』なのだ。
ジェイソンは肩をすくめ、すぐに授業の話に切り替えた。
彼にとっては、ニュースの中の惨事にすぎない。
陽翔はうまく笑えず、ひとり取り残された気分になった。
夜。
部屋に戻り、SNSのタイムラインを更新すると、新たな書き込みが目に飛び込んできた。
≪避難所で赤ちゃんのミルクが足りない≫
≪がれきの下から声がする。消防が来ない≫
≪外国人観光客が泣いてる。言葉が通じない≫
投稿の一部には、動画や写真が添付されている。
外国人女性――リサ・グリーン
焦った顔で「Water! Please!」と叫んでいる映像を誰かが拡散していた。
そのコメント欄には、心ない言葉も並ぶ。
≪旅行に来てるなら自業自得≫
≪外人優先する必要ない≫
胸の奥がざわついた。
「……やめろよ」
だが反論しようとした指は止まる。
自分が何を書いても、炎上に巻き込まれるだけかもしれない。
安全な場所から意見を言うのは、ただの冷笑に見えるかもしれない。
その夜、陽翔は布団に潜りながらスマホを握りしめていた。
投稿欄を開く。
書きかけの文章がいくつも残っている。
≪僕は日本で生まれ育った者です。助けを必要としている人がいます≫
≪駅前ビル、まだ取り残されてる。消防の方、お願いします≫
≪何もできない自分が情けない≫
何を書けばいいのか。どう伝えれば届くのか。
わからないまま時間だけが過ぎる。
バッテリー残量は30%。けれど心の残量はもう限界に近かった。
翌朝。
再びニュースを開くと、SNSの画面に≪佐伯蓮≫という名前が流れていた。
二十代の青年が、瓦礫の前で立ち尽くす写真。
キャプションにはこうあった。
≪迷ってる暇はない。誰かが行かないと≫
その背中を見て、陽翔は息を呑む。
――あいつも、行くのか。
自分が安全な場所で震えている間に、彼らは命を懸けている。
恥ずかしさと焦燥感が混じり合い、喉が焼けつくように熱くなる。
その日の夕刻、ついに彼は決断の前に立たされた。
投稿欄に、二つの選択肢が浮かび上がる。
分岐(長谷川 陽翔・第二幕ラスト)
スマホを手にし、陽翔は迷っていた。
安全なシドニーから、日本の惨状をただ見ているだけでいいのか。
自分の言葉が、誰かの救いになるのか、それとも炎上して傷つけるだけなのか。
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