17 / 32
第三幕
【3-A】高瀬 美咲(高校生)編 第三幕
しおりを挟む避難所の片隅、濡れたスニーカーを脱ぎながら、美咲はSNSに短く書き込んだ。
≪#生きてます #みんなありがとう≫
画面の明かりは頼りなくても、その言葉は確かに誰かに届いていく。
――でも、返事が返ってくるとは限らない。
既読のつかないトーク画面を、美咲はそっと閉じた。
周囲には毛布にくるまる人々の寝息が交じる。体育館の床は冷たく、ゴツゴツと背中に板の硬さが伝わる。小さな子どものすすり泣きが時折響き、大人の「大丈夫だからね」という慰めの声がかぶさる。
外では、風が鉄筋の隙間を抜けるたびにヒュゥゥと鳴った。崩れかけの建物から剥がれたトタンが風に煽られて、ガシャ……ンと遠くで落ちる。
美咲は毛布に顔をうずめた。湿った布からは、少しカビ臭いような、でも安心するような匂いがする。鼻の奥がツンとした。
「……眠れないな」
ぽつりとつぶやいても、返事はない。隣には知らないおばあさんが横になっていて、静かな寝息を立てていた。
夜明け前、避難所の体育館に冷気がしみ込む。
美咲はうとうとしながら、スマホを握ったまま浅い眠りに落ちていた。
≪……ピコン≫
わずかな通知音に、ぱちりと目を開ける。胸が跳ねる。
≪見つけたよ、美咲。無事でよかった。≫
震える指で画面をスクロールする。差出人は、クラスメイトの沙羅だった。
電波が弱く、数時間遅れで届いたメッセージらしい。
「……よかった……」
安堵の息が漏れ、頬が緩む。涙が溢れるのを慌てて袖で拭った。
だがすぐに、不安の影が差す。
≪ごめん、私はまだ結衣と萌絵の行方がわからない。家族ともつながらなくて≫
その文字列に、美咲の胸が締めつけられる。
「私が……励まさなきゃ」
そう思っても、言葉が出てこない。返事を打とうとすればするほど、指が止まる。どんな言葉も軽すぎて、空っぽに思えてしまう。
朝日が昇る。窓の外は灰色の雲に覆われているが、かすかに光が差し込む。
配給の列に並び、温かいおにぎりを受け取った。手のひらにじんわりと熱が広がる。海苔の香りが鼻をくすぐり、思わず唾を飲み込んだ。
「ありがとう」
ボランティアの青年にそう言うと、彼はにっこり笑って「がんばってね」と返してくれた。
その笑顔が、胸の奥にしっかり残る。
避難所に戻る途中、壁際で体育座りをしている小学生を見つけた。肩を震わせ、泣いている。
「大丈夫?」
声をかけると、少年は顔をあげ、涙でぐしゃぐしゃになった表情を見せた。
「ママが来ないの……」
胸の奥が痛んだ。どうしていいか分からず、美咲はただ隣に座り、温かいおにぎりを差し出した。
「一緒に食べよっか」
少年はおずおずと手を伸ばし、小さなかじる音が体育館のざわめきに混ざった。
昼過ぎ、外からドドドド……と重機の音が響いてきた。窓越しに見ると、道路を塞いでいた瓦礫が取り除かれ始めている。
「救援隊だ!」
誰かの声が響き、避難所の空気がざわめいた。人々の顔がぱっと明るくなる。
「よかった……」
美咲の頬にも自然と笑みが浮かんだ。
やがて拡声器からの声が体育館に響く。
「これから物資をお配りします! 順番に並んでください!」
段ボール箱が次々と運び込まれ、毛布や水、食料が配られていく。人々が感謝の言葉を繰り返し、体育館全体が少しずつ温かさを取り戻していくのが分かった。
夕方、美咲は再びスマホを開いた。
電池残量はわずか。
でも、どうしても伝えたい言葉があった。
≪私、ここで待ってる。生きてる。だから、また会おうね≫
送信ボタンを押した瞬間、バッテリー残量が赤く点滅し、画面が暗転した。
「……あ」
思わず小さな声が漏れる。
けれど、不思議と焦りはなかった。メッセージはきっと届くだろう、と胸の奥で確信していたからだ。
その夜。
体育館の照明が落とされ、闇の中で人々の寝息が広がる。
美咲は毛布に包まり、天井を見上げた。
まだ余震はあるかもしれない。まだ会えない人もいるかもしれない。
でも――
目を閉じると、あたたかな声が耳に残っていた。
「がんばってね」
「一緒に食べよっか」
「無事でよかった」
それは、どこか遠くにいる沙羅の声と重なった。
胸の奥が、ほんのり温かくなる。
震災がすべてを奪ったわけじゃない。
残ったもの、つながったものが、確かにここにある。
美咲は静かに息を吐き、毛布を引き寄せた。
小さな「ありがとう」の声が、誰に届くともなく闇に溶けていった。
👉 後日譚(エンディング)【4-A】 へ
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

