#帰れない人たち ~ 6人のメモリー

ぶるうす恩田

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第三幕

【3-C'】佐伯 蓮(配達員)編 第三幕

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足は自然に後ずさりしていた。
あの倒壊しかけた建物の前で聞こえた「助けて」の声。
頭の奥で何度も反芻しながらも、余震の恐怖に縛られて、声の方へ踏み出す勇気が出なかった。

「……ごめん」
小さくつぶやき、蓮は暗い路地へと身を滑り込ませた。

街は停電で闇に沈み、どこからか瓦礫の崩れる音がした。
スマホの画面に残るバッテリーはわずか2%。
SNSの通知を開こうとしても、回線は途切れ途切れで、やがて真っ暗になった。
光源を失った手のひらは心細く震え、胸の中の鼓動ばかりが頼りだった。

避難所の場所を示す標識を見失い、気づけば、人気のない住宅街の隅に座り込んでいた。
冷たい風が足元を抜けていく。
遠くで誰かの名前を呼ぶ声がしても、蓮は立ち上がれなかった。

――もし、あのとき助けを呼ぶ声に応えていたら。
――もし、誰かと一緒に動けていたら。

そんな『もし』を反芻するうち、時間の感覚は薄れていった。
夜は容赦なく冷たさを増し、やがて瞼が重く落ちていく。

佐伯蓮の夜は、そこで途切れた。

[END No.4 If Only]



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