離愁のベゼ~転生して悪役になる~

ビタードール

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三章『世界旅行編』

第二十八話『悪役の口実』

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 部屋に取り残された俺とホアイダは、唖然としていた。
 ベッドが壊れ、床には酒と割れた瓶が散らかってる。

「マレフィクスってやっぱ怒ると怖いですね」
「怖いで済むお前が羨ましいよ」

 さっきのマレフィクスは、本当に怖かった。
 前までは、少し頭のネジが外れてるくらいにしか思わなかったが、今じゃ怒らせてはならない怖い奴という見方になった。

 だがしかし、マレフィクスを一人にしてはならない。
 地図の危険信号はまだマレフィクスから出ている。

「ホアイダ、俺はマレフィクスを追う。お前はここで待ってろ」
「私も行きます」
「俺一人で行く」
「なぜそんなに一人で行きたがるのですか?」

 ホアイダは何かを疑うかのように、そして問い詰めるように聞く。

「部屋の掃除、したくないから」

 そう言い、窓から飛び出す。
 ホアイダには申し訳ないが、部屋の掃除をさせよう。

「ヴェンディのバカ」

 *(マレフィクス視点 )*

 僕の荷物を盗んだんだ奴らは三人組だった。
 二人は部屋で待ち伏せており、もう一人は後ろから僕を瓶で殴った。
 だから顔を見たのは二人だけだが、人数は三人だ。

 そして奴らは逃げ切ったと勘違いしてるようだが、僕は気絶する前に能力を使っていた。
 能力番号10『髪の毛に意志を与える能力』。
 この能力で、僕の髪の毛一本を連中の一人に植え付けた。
 おかげで居場所は丸分かりだ。

「この世界の絶対悪から荷物を取るなんて、大バカも良いとこだぜ」

 僕が連中に追いついたのはホテルを出て5分の、人気のない捨てられた工場のような場所だった。

「すげぇ!今日はかなりの収穫じゃね?」
「旅行者の荷物もあるしな」

 そこには、盗みで生きているような若者がたくさん集まっていた。
 僕くらいの子も居れば、7歳くらいの子も居る。
 全部で十一人、どうやら盗みで生活してるこやつらの住処らしい。

「能力番号17『指を銃に変える能力』」

 気配を消し、十本の指全てを拳銃に変え、銃を連中に向ける。
 放った弾丸は、狙い通り連中全員の足に命中する。

「いてっ!」
「ああぁ!!」
「血が出てる!?」

 当然、連中はパニックになる。
 しかし、奴らはすぐに僕に気付いた。

「やぁ!僕はマレフィクス!荷物を取り返しに来た」

 彼らのリーダー格であろう、20歳くらいの青年の首根っこを掴み、床に顔を押し付けた。

「くっ!」
「君に言ってんだよ……僕から荷物を取ったのは君だ……覚えてるぞ。さっさと出せ」

 低い声で脅すと、青年は近くにあった僕とホアイダの荷物を指差し、持って行ってくれと言わんばかり情けない顔を浮かべる。
 周りの少年達も、足を打たれた為下手に動けない。

「荷物の中身は確かに……ふぅ、これで一安心だ」

 盗まれた物が無いか、確認を済ませる。

「うぇぇぇ~ん!」

 打たれた痛みで、泣き出す子供が数人。
 この鳴き声は目障りだ。

「フォティア.ラナ」

 容赦なく、泣きわめく子供に炎を放つ。
 子供の顔は一瞬に焼け、後方に吹っ飛んで行く。
 周りの少年達は、声を奪われたかのように泣くのを止め、青年達も凍り付いたように身動きを取らなくなった。

「一人だけ生かしてやる……殺し合え」

 僕がそう言うと、お互いの顔色を伺い始めた。
 皆で僕を殺すか、皆で殺し合うか、一人一人が迷っているようだ。

「生きる為に仕方なかったんだ!けどもうしない!約束す――」
「早く殺れ」

 青年の言葉を遮って、子供をもう一人銃で撃ち殺す。
 すると、少年達は自身の置かれている状況に理解し、行動し始めた。
 ポケットからナイフや銃を取り出し、泣きながら殺し合いを始めた。

「ごめん!」
「許してくれ!」

 そんな言葉を掛けながら、愚かに殺し合いを続けた。
 結局、一分もせず決着は着いた。

 生き残ったのはリーダー格の青年――僕から荷物を盗んだ者だ。

「うぅっ」
「偉いね。よしよし」

 絶望の涙を浮かべる青年の頭を撫で、優越感に浸る。

「もう許してくれ……」
「許すよ……君が皆殺したから、全部許す」

 皆忘れていたかもしれないけど、僕は悪役だ。
 それも中途半端な悪では無い。
 どの悪も超える悪い存在……それこそ僕なのだ。
 そしてそんな自分がとっても愛おしく、大好きだ。

「マレフィクス……お前何やってんだ」
「ヴェンディ?なぜここが?」

 そこに、息を切らしたヴェンディが現れる。
 はっきり言って、まずい状況だ。

 * * *

 周りには十人の少年の死体が転がり、僕と青年は血を浴びて座り込んでいた。
 ヴェンディは、そんな僕を揺らいだ目で見ている。

「荷物取り戻したよ」
「この状況、説明してもらおうか」

 ヴェンディがなぜこの場所が分かったか、気になりはするが……それは後だ。
 取り敢えず今は、ヴェンディにこの状況は仕方の無いことだと説得しなければならない。

 まだヴェンディと遊ぶのは早すぎる。
 ヴェンディという名のステーキは、もっと後に食べたい。

 ヴェンディがセイヴァーとして人殺しの僕を殺す可能性もあるが、常人なら友達を殺す時躊躇するはず。
 それに、少年達を殺したのは僕だと、ヴェンディはまだ確信を持てていない。

「皆が殺し合いを始めた……僕には何が起きたのか分からない」
「俺にはお前が全て知っているように見えるがな」
「……酷い奴」

 ヴェンディは、床にこびり付いてる血を避けながら近付く。
 そして僕に向けて、指を銃の形にして向ける。
 どう見ても、ヴェンディの雷魔法『グロム.レイ』の構えだ。

「グロム.レイ」

 しかし、ヴェンディが打ったのは、僕の不意を突こうとしていた背後の青年だった。
 青年は手に持っていたナイフを落とし、痙攣を起こして倒れる。

「避けろ」

 ヴェンディは僕を軽く突き飛ばし、青年が生きているか胸に耳を当てる。

「……あれ?おかしいぞ!……心音がしない!加減はしたはず!?」

 ヴェンディは、青年を殺さない程度に魔法を打った。
 しかし、青年は今にも死にそうらしい。

 それもそうだ。
 なぜなら、僕の髪の毛が青年の体内に入り、青年を死に至らせようとしているのだから。

「ヴェンディ、今病院に運べば間に合うかもね」
「そうだ!早く病院に――」

 慌てて立ち上がろうとするヴェンディの肩を押さえ付ける。

 ヴェンディが青年を打ったことが、僕にとって幸運だった。
 そのおかげで、ヴェンディが死にかけている青年へ罪悪感を抱くことになっている。
 この罪悪感と心の揺らぎを利用する。

「しかしこの状況……僕は勿論、君も疑われる。それにもし青年が助からなかったら、君は人殺しだよ?」

 子供をあやすような甘い言い方で言うと、ヴェンディの動きがピタリと固まった。
 そして、周りの死体と血に染まっている光景を見て全てを悟ったように震え始めた。

「けど……だからって――」
「それにその青年を助けた所で、その青年は再び盗みをする。そしてまた盗み仲間を増やし、被害者を増やす。こいつはまた悪さをする……全て受け入れるんだヴェンディ、こうなって正解だから今この青年は死にかけている」
「けど……彼は盗みしかしてな――」
「13歳の弱そうな子供を狙って頭を瓶で叩く奴らだよ?生きる為なら平気で人を傷付ける奴らだ……これからは盗みだけで済むわけが無い」

 あともう一押し。
 ヴェンディは正義感が強い。
 つまり、この行為が正義に変わることを具体的に話してあげることで、ヴェンディを説得することが出来る。

「でも俺は……」
「安心して……僕と君は共犯者だ。君の能力で死体を紙にして燃やせば証拠は残らない。僕らは正しい……こいつらはまた悪さをして生きていく。僕らがこいつらを消すことで未来の人々が救われ、この子達も苦しみから開放される。誰も不幸にはならないのだよ」

 女が男を誘惑するように、甘く色気のある言い方と声を発する。
 そして仕上げに……背後からヴェンディを包み込むように優しく抱き締めた。

 するとヴェンディは、何も言わずに震えた手で青年に触り、青年を折り紙サイズの紙にした。

「ありがとう、ヴェンディ」

 完璧に勝った。
 ヴェンディは僕の甘い説得に打ち負け、弱い自分を肯定したのだ。

「マレフィクス……俺……」
「大丈夫だよ、ヴェンディ」

 震えるヴェンディを抱き寄せ、赤子をあやす様に頭を撫でる。
 これでヴェンディは、僕に心臓を握られている状態。
 僕との秘密があるからこそ、僕の悪い行いに強く出れなくなった。

 ――大ボケのヴェンディ、お前はまだ中途半端な正義……それは正義よりも悪に近い存在だ。

 ピンチをチャンスに変え、敵を味方に変えた。
 正義のヒーローは、邪悪なヴィランに戦う前に負けたのだ。

「君は正しい」

 僕は静かに、ヴェンディの死角でニヤリと笑みを浮かべた。
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