離愁のベゼ~転生して悪役になる~

ビタードール

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最終章『結末』

最終話『離愁』

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 海辺の近くで、僕とホアイダが座り込んで居る。
 マレフィクスの顔になった僕は、果実を食べて完全なる生物となり、ホアイダを追い詰めた。
 ホアイダが精一杯頑張って奪った、僕とのファーストキスも無駄になった。

「マレフィクス、やっとその顔で笑ってくれて嬉しいです」

 僕がホアイダを殺そうとした途端、ホアイダが僕に抱き着いた。
 そこには、妙な企みや憎悪などなく、本気で喜んでいる純粋な笑顔しかない。
 だが、その笑顔はとても悲しく見える。

「僕も嬉しい、やっと君を殺せて」
「うっ」

 僕は微笑んだまま、ホアイダの胸にヴェンディの剣を突き刺した。
 ホアイダの胸は血で滲み、僕の服にも血が付着する。

「ねぇ、マレフィクス、さっき言いましたね。貴方が全て教えてくれたって」

 こんな状況なのに、ホアイダは優しい表情と口調でそう言った。
 まるで、今まででの憎しみが全てなくなり、死を受け入れたかのようだ。

「うん、言ったね」
「宇宙も宇宙の入口も、貴方が教えてくれた。三人で旅行に行った時、言ってましたよね?一度は宇宙に行ってみたいって」

 ホアイダがそう言った瞬間、ホアイダの髪が急激に伸び、左目の眼帯が取れて両目が見えた。
 この時、僕は初めてホアイダの両目を見た。
 海のような、宝石のような美しい瞳だった。

「能力番号50『神の力を使用する能力』」
「えっ!?」

 ホアイダは僕の頬を撫でるように触った。
 その次の瞬間、僕の体がふわふわと浮いて、勝手に海の方へと移動した。
 まるで、超能力で僕の体を操られているようだ。
 シタバタ暴れるが、見えない力に抗うことは出来なかった。

「何!?宇宙の入口!?」

 更には、海がばっくりと割れ、その海の浅い位置に写真で見た事のある物が現れる。
 見た事のある物――それは先程ホアイダが話した、宇宙への入口だった。
 黒いブラックホールのような渦が、僕を待ち構えている。

「おい!まさかホアイダ!やめろ!こんなことして何になるんだ!君は心臓を刺された!その神の状態が解除されれば確実に死ぬ!この世界はもう君には関係ないだろ!おい!やめろ!考え直せ!」

 僕の体は小さな円状の入口へと吸い込まれて行く。
 しかし、僕は入口の縁にしがみつき、吸い込まれなまいと必死に堪える。

「考えてくれホアイダ!僕は死ねない!宇宙へ行けば永遠に宇宙をさまよってしまう!そんな酷いことすることが正義か!?ヴェンディは喜ぶのか!?喜ばない!君の自己満足で僕をこんな目に合わせるな!!助けてくれればそれ相応のことはする!そっ、そうだ!優しいハグをもう一度あげよう!キスもいっぱいしてあげる!一人で死ぬのは辛いだろ!このマーちゃんが付き添ってやるからさ!」

 手が離れてしまいそうなくらい、入口の吸引力が強い。
 魔物の力を得た僕でも、この吸引力には耐えられなかった。必死にホアイダを説得したが、帰ってくるのは悲しみの表情と哀れんだ瞳だけだ。
 そして、ホアイダの涙が僕の顔に垂れた。

「さよなら、マレフィクス」
「そんな!?あっ」

 同時に僕の手が離れ、宇宙への入口に吸い込まれて行った。

「ほわああぁぁぁぁぁ!!」

 僕は断末魔と共に宇宙へと消え去る。

 * * * * *

 マレフィクスが宇宙に来て分かったことは一つ、とにかく寒い。

「嘘だ!僕はマレフィクス.ベゼ.ラズルだぞ!あの世界の絶対悪!悪の神!悪の王様!悪の帝王!悪のカリスマ!完全なる最凶最悪の絶対的存在なのにぃ!?なのになんで!?世界が僕の元から離れてく!?入口からどんどん離れていく!?」

 マレフィクスが居た世界と宇宙を繋げていた入口が、マレフィクスの元からどんどん離れて行った。
 いや、正確にはマレフィクスが世界から離れて行ったのだ。

「そんな!まさかずっとこのまま!?こんな孤独と退屈だけの世界に永遠と居ないと行けないの?こんな状態じゃあ逆立ちも出来ないよ!ふざけるなぁ!!」

 マレフィクスは慌てて体を捻ったり、宇宙を泳いでみるが、あるのは無数の星々だけ。
 その星全てが、マレフィクスを嘲笑っているようだった。

「後悔するもんか!僕は誰よりも思うがままに生きた!何の後悔もないからな!何の後悔も……ないからな!」

 マレフィクスはそう言ったが、目からは大量の涙が出ており、表情は酷く哀れなものだった。

「あぁ~ん!!僕後悔しないもん!あの世界に絶対戻ってやる!まだ諦めないから!いつかこの宇宙そのものだって支配してやる!全ての世界を僕にひれ伏せさせてやるからな!うぅ……ああぁ~ん!!」

 その後、マレフィクスは泣き疲れ、数時間の眠りにつく。
 しかし、夢は覚めてくれない。
 目を覚ましても、あるのは無限の空間。
 だが、そんなマレフィクスに光が差し込んだ。

「あれは?太陽だ!!あんなとこに太陽がある!どんどん近付いてるぞ!」

 マレフィクスの体は、赤く激しい熱を放つ球体――太陽に近付いていた。

 ――この太陽に当たれば、僕は燃えて死ねる……少し悔しい気もするけど、太陽と一緒になって死ねるのは幸せかも。

 マレフィクスは希望いっぱいで太陽の元へ泳ぐ。
 そして、太陽の数メートル近くまで来ると、熱さがビンビンと伝わった。
 髪に身につけていたヘアピンや、耳につけていたイヤーカフが一瞬にして溶け、着ていた服も塵となる。
 しかし、マレフィクスの体そのものは一切燃えず、髪の毛すらも燃えなかった。

「こんなに近いのに少しも燃えないこの体。やはりあの果実、強力な果実だったんだ。しかし、流石にこの太陽に直に触れれば死ねる」

 マレフィクスは太陽に身を預けた。
 丈夫な体が、皮膚から徐々に溶けていく。

「良い人生だった!」

 マレフィクスは笑顔のまま、太陽によって体が燃やされていく。
 しかし、いつまでたっても全身が燃えて体が朽ちることがなかった。

「何だこれ?体が燃えたその場所から再生している!?嘘!?」

 マレフィクスの体は、燃えて再生して燃えて再生してを高速で繰り返していた。
 食べた果実の効果が余りにも強いから、体の再生力が太陽の熱を上回っているのだ。

 おかげで、マレフィクスは死ぬことが出来ず、神経や皮膚が太陽によって燃やされ続けられた。
 熱く、痛く、死よりも辛い痛みがマレフィクスを襲い続ける。

「熱い!まさか太陽ですら死ねないなんて!?早く出なければ……」

 太陽から身を出そうとするが、既に手遅れだった。
 どんなに足掻いても、太陽の外に出ることは出来ず、飲み込まれたまま焼き続けられるだけだった。

「嘘!?なんで僕がこんな目に!?痛い……熱い……苦しいよ……」

 微かに流れた涙も、一瞬のうちに蒸発する。
 泣くことすら許されない光の中で、永遠に慣れることのない痛みを味わい続けるのだ。

「アリア!ヴァルター!……ホアイダ!……ヴェンディ!!!誰でも良い!誰か……誰か……誰か僕を……誰か僕を殺してくれええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

 マレフィクスの断末魔は宇宙全体へと響いた。
 邪悪な悪魔は、太陽の熱を持っても浄化することは出来ない。
 しかし、それが逆に地獄となっているのだ。

 後悔から始まった悪役の物語は、後悔によって幕を閉じた。
 いや、幕を閉じることすら出来なかった。

 * * *

「はぁ、はぁ」

 奇跡の島に取り残されたホアイダは、ヴェンディの死体と剣も持って、島の中央にある大きな樹木まで足を運んでいた。
 神の力を使用してるホアイダは、髪が伸びて傷一つない。
 しかし、一時間もすればホアイダの体は元に戻る。
 ホアイダ自身も、それを分かっていた。

「ヴェンディ、全て終わりました。貴方が守りたかった世界も、取り戻したかった人も、私が守り、取り戻しました。安心して、安らかに眠って下さい」

 かつて、英雄アーサーが大魔王ウルティマと眠った樹木の根元に、ヴェンディの死体を埋めた。
 墓石の代わりにあるのは、ヴェンディのボロボロになった剣だった。
 ホアイダはその墓の横で内股になって座り込む。
 神の力を使用しても、ホアイダの体は土や血で汚れていた。
 それでも、清潔さとは別の美しさがあった。
 写真には映らないような、人間としての美しさだ。

「マレフィクスが居たからベゼが生まれ、この世界を混乱と恐怖に陥れた。けどヴェンディ、私、マレフィクスが居なかったら虐められ続けて何も変わることも出来なかった。マレフィクスが居たからヴェンディに会えたし、誰かを愛することが出来た。彼は悪役になりたがっていたけど、私にとってはヒーローなんです。きっと、貴方もそうでしょ?ヴェンディ」

 ホアイダはヴェンディの墓の横で、ヴェンディと話をするかのように穏やかな表情で独り言を言った。
 全てを語り終えた頃には、ホアイダは涙目になっており、寂しい表情になっていた。

 しかし、羽根を広げて現れたボブが、ホアイダの頬に自身の頬を擦り付けて肩に止まった。
 ボブのクチバシには、セイヴァーのハーフマスクが挟まれている。

「ヘヘッ、ありがとうボブ、慰めてくれたのですね」

 ホアイダは悲しみをグッと堪え、笑顔でボブを撫でた。
 そして、セイヴァーのハーフマスクを受け取り、疲れきった目でそれを眺める。

「寂しくありませんよ……私達三人離れ離れになっても、思い出がありますからね」

 大きな樹木には、太陽が差し込んでいて、樹木の影を濃くしていた。
 ホアイダはそんな輝かしい太陽を見上げる。

「さよなら、ヴェンディ……さよなら、マレフィクス……そしてありがとう……二人友」

 ホアイダの髪は元の長さに戻り、心臓が徐々に弱まって止まっていく。
 朽ちたかのように下を向いたホアイダは、微笑んだまま涙を流し、誰にも知られることなく静かに息を引き取った。
 その右手は、セイヴァーのハーフマスクを力強く握っている。

 ボブはそんなホアイダの死を確認し、涙を流して太陽が輝く大空へと羽ばたいて行った。
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