GhostEDGE【Z-0 Division】

1000NINN

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二章

潜入

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 [Z0-0342] 煌京重工・研究都市 外縁区画

 煌京重工の研究都市は、夜明け前から煙を吐き続けていた。
 鋼鉄の煙突が林立し、薄明の空を濁らせる。
 油と鉄の匂いが霧に混じり、街全体が巨大な工場のように見えた。

 大通りに浮かぶホログラム広告には、笑顔の作業員と最新式の建設重機。
 《KOKEI──未来の都市を創る力学》
 鮮やかな文字が街路に投影され、子どもが見上げて歓声を上げる。
 掘削機、クレーン、資材輸送車。
 市民にとっては「生活を支える機械」であり、「都市の繁栄の象徴」だった。

 だが、俺たちGhostEDGEの視界には別の姿が映っていた。
 そのクレーンのフレームは砲塔規格に流用可能。
 資材輸送車は装甲搬送車両に偽装され、内部には兵器データが眠っている。
 都市そのものが軍需実験のための構造物だった。

 認識阻害モジュールが稼働している。
 街路を歩く市民や監視センサーの目に、俺たちは映らない。
 GhostEDGEの隊列は影のように建物の隙間を縫い、十人全員が完全に同期して進んでいた。
 足音はなく、息づかいも揃い、呼吸のリズムすら一糸乱れない。
 無人機械の群れのように、ただ“存在しない”兵士として動く。

「……これが、幽霊か」

 心臓が早鐘を打ち、俺だけがそのリズムに乱れを作っていた。
 背骨に装着した神経接続インターフェースが焼けるように熱を帯びる。
 視界の隅に赤いノイズが走り、脳内に補正データが流れ込む。
 呼吸、心拍、視野角。すべてが装置によって最適化され、俺の意思は後から追いかけるしかない。

 《落ち着け。呼吸を合わせろ。こっちはゼロだ。誰の目にも映ってない》

 声が脳に響く。
 相棒となったAI。名もなき戦術プログラム。

「……本当に、映ってないのか?」

 《試してみるか? その子どもに手を振れよ》

 冗談めいた声に喉が詰まる。
 だが、ホログラムの光を浴びて笑う子どもはこちらに気づく様子すらない。
 ただ未来の重機を見上げ、希望の声をあげていた。

 街路を渡る途中、突然、光学センサーの赤いラインが俺の胸元で止まった。
 通常ならすり抜けられるはずの認識阻害モジュールが、一瞬だけノイズを起こしたのだ。
 赤い光が俺の胸に吸い込まれ、まるで心臓を直接照らされているように感じた。

「……やば」

 《動くな》

 AIの声が低く響く。
 俺は息を止め、背筋を凍らせる。
 センサーが一拍の間、俺を見つめたように感じた。
 だが次の瞬間、赤いラインはすり抜けていき、何事もなかったかのように消えた。

 足が震える。
 汗が首筋を伝い落ちるのを感じた。

 《ほらな。問題ない。お前がビビりすぎなんだ》

「……冗談じゃない」

 《冗談だ。けど忘れるな――ゼロは完璧じゃない》

 無言の隊員たちは足を止めることもなく、影のように進んでいく。
 俺だけがその場に取り残されそうになった。

 さらに、路地を抜けると一人の作業員が通りかかった。
 青い作業服に油の染み。出勤途中のただの市民だ。
 認識阻害モジュールが稼働しているはずなのに、その男がふと立ち止まり、こちらを振り向いた。

「……?」

 男の視線が俺たちをかすめた気がした。
 次の瞬間、俺の胸が凍る。
 見られた――?

 だが、男はただ鼻をすすり、煙草に火を点けただけだった。
 赤い警告灯の下で、彼は俺たちを一瞥することもなく歩き去る。

 心臓が跳ね、足がすくむ。
 だが仲間の隊員は、何もなかったように歩を進めていた。

 《存在しないものは、視えない。……ただし、人間の直感は別だ》

 AIの声が冷ややかに告げる。
「本当にゼロでいられるのか?」という疑念が、胸に深く刺さった。

 その不安を抱えたまま、俺たちは街の中心へと進む。
 重機の姿が消え、代わりに鋼鉄の車列が現れる。
 装甲搬送車両――要塞のような黒鉄の巨体。
 その側面には、はっきりと KOKEI のロゴ。

 


 天井部には監視ドローンのポッド、側面からは自動砲塔が突き出している。
 赤い警告灯が車体を血のように染め上げ、夜明けの街を赤黒い影に変えていた。

 背骨に噛みつくインターフェースが神経を焼くように震え、AIの声が囁いた。

 《目標確認。……さあ、ここからが本番だ》
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