6 / 13
六章
拠点
しおりを挟む
[Z0-BASE] GhostEDGE臨時拠点
帰還用ヘリが格納庫に着地した瞬間、鉄板がきしむ重低音が鳴り響いた。
ハッチが開くと、鉄と火薬と薬品が混ざった匂いが一斉に押し寄せる。
暗く広い格納庫。壁は弾痕と補修痕だらけで、金属の骨組みには古い焼け跡が残っている。
戦場の延長線上にある、GhostEDGEの“巣”だった。
隊員たちは無言で降り立つ。
誰も勝利の声を上げない。労いの言葉すら口にしない。
生きて戻るのは任務の一部でしかなく、喜ぶことではなかった。
俺は装甲服を脱ぐ余裕もなく、膝に銃を抱えたまま床に崩れ落ちる。
肺の奥が焼けるように痛い。まだ都市の炎と警告灯が目の裏に残像として焼き付いていた。
ふと視界の隅に、煤と血に汚れた背中が映った。
——〈FOX〉。
炎に消えたと思った背中は、今ここにある。
無言で立ち、周囲を見渡すその姿は、ただ生きて帰っただけで伝説と化していた。
俺の目には遠すぎた。背中に刻まれた白い紋章は、あまりに強烈で、自分とは別の世界に属するもののように思えた。
「止血は雑だな」
低い声に顔を上げる。額に古傷を持ち、義手を備えた壮年の兵士が立っていた。
コード〈IRON〉。GhostEDGEの古参であり、補助的に後方支援を担う男だ。
IRONは俺の腕に巻かれた止血帯を器用に外し、義手の指で新しい包帯を締め直す。
その仕草に迷いはなく、言葉は冷ややかだった。
「戦場で甘さは死を呼ぶ。銃も身体も同じだ。覚えろ」
叱責というより、ただ事実を突きつける声音だった。
格納庫の奥では、油にまみれた短髪の女が工具を振るっていた。
コード〈SPARK〉。整備士であり、兵装の点検を一手に引き受ける存在だ。
レンチを叩く乾いた音が、格納庫にリズムを刻む。
「残弾、バラけすぎ。無駄撃ちしたでしょ?」
俺を一瞥し、肩をすくめて笑う。
「弾丸はタダじゃないんだから。もっと大事に使いなよ」
その軽口は場の張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
さらに奥、作業灯の強い光が断続的に瞬いていた。
火花の中で立つのは〈鍛(カジ)〉。
分厚い防爆エプロンを着込み、黒く煤けた手で焼け焦げたライフルを分解している。
「……甘い撃ち方だ。銃身が泣いてる」
冷たい声が響く。誰に向けた言葉かは分からないが、俺の胸に刃のように突き刺さる。
SPARKが顔をしかめて横から口を挟む。
「また説教? 新人ビビるって」
だが鍛は視線を上げず、手元の銃に新しい命を吹き込むように溶接を続けた。
「銃は正直だ。甘さも怠慢も全部刻み込む。……人間よりよほど信用できる」
彼の声には不思議と、、重さがあった。
医療区画からは呻き声が続き、担架が運ばれていく。
さっきまで隣を走っていた仲間が、もう動かない肉の塊として処理される。
吐き気が込み上げる。現実感が遠のく。
〈P90〉がヘルメット内部で告げた。
《任務は成功。データは確保された》
冷たい合成音声が胸を締め付ける。
《だが——代償は小さくない》
その時、通路から別の影が現れた。
無地のジャケットに情報端末を携えた人物。片目にはHUDのような義眼が光る。
コード〈ARCH〉。GhostEDGEのAIシステムを設計し、〈P90〉を生み出した開発者だ。
「演算の三割が削られていたな」
ARCHは淡々と端末を操作しながら言う。
俺を見ているのではなく、俺の中にあるデータを見透かすような目だった。
〈P90〉が応答する。
《ARCH。処理能力に負荷が残っている》
「修正パッチは送った。次の任務までは保つだろう」
短い会話。だがその温度のない口調に、俺は寒気を覚えた。
この人物は、人を見ているのか、AIを見ているのか。境界が曖昧だった。
ARCHは去り際に、ほんの一瞬だけこちらへ視線を向けた。
「——生き残ったデータは、貴重だ」
言葉の意味を咀嚼する前に、その背中は格納庫の奥へ消えていった。
FOXの背中、IRONの手、SPARKの笑み、鍛の火花、ARCHの眼。
拠点の空気は、生き残った者に次の死地を準備するだけの冷たさを持っていた。
俺は何も言えなかった。
彼らの間にいることすら、自分には場違いに思えたんだ。
帰還用ヘリが格納庫に着地した瞬間、鉄板がきしむ重低音が鳴り響いた。
ハッチが開くと、鉄と火薬と薬品が混ざった匂いが一斉に押し寄せる。
暗く広い格納庫。壁は弾痕と補修痕だらけで、金属の骨組みには古い焼け跡が残っている。
戦場の延長線上にある、GhostEDGEの“巣”だった。
隊員たちは無言で降り立つ。
誰も勝利の声を上げない。労いの言葉すら口にしない。
生きて戻るのは任務の一部でしかなく、喜ぶことではなかった。
俺は装甲服を脱ぐ余裕もなく、膝に銃を抱えたまま床に崩れ落ちる。
肺の奥が焼けるように痛い。まだ都市の炎と警告灯が目の裏に残像として焼き付いていた。
ふと視界の隅に、煤と血に汚れた背中が映った。
——〈FOX〉。
炎に消えたと思った背中は、今ここにある。
無言で立ち、周囲を見渡すその姿は、ただ生きて帰っただけで伝説と化していた。
俺の目には遠すぎた。背中に刻まれた白い紋章は、あまりに強烈で、自分とは別の世界に属するもののように思えた。
「止血は雑だな」
低い声に顔を上げる。額に古傷を持ち、義手を備えた壮年の兵士が立っていた。
コード〈IRON〉。GhostEDGEの古参であり、補助的に後方支援を担う男だ。
IRONは俺の腕に巻かれた止血帯を器用に外し、義手の指で新しい包帯を締め直す。
その仕草に迷いはなく、言葉は冷ややかだった。
「戦場で甘さは死を呼ぶ。銃も身体も同じだ。覚えろ」
叱責というより、ただ事実を突きつける声音だった。
格納庫の奥では、油にまみれた短髪の女が工具を振るっていた。
コード〈SPARK〉。整備士であり、兵装の点検を一手に引き受ける存在だ。
レンチを叩く乾いた音が、格納庫にリズムを刻む。
「残弾、バラけすぎ。無駄撃ちしたでしょ?」
俺を一瞥し、肩をすくめて笑う。
「弾丸はタダじゃないんだから。もっと大事に使いなよ」
その軽口は場の張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
さらに奥、作業灯の強い光が断続的に瞬いていた。
火花の中で立つのは〈鍛(カジ)〉。
分厚い防爆エプロンを着込み、黒く煤けた手で焼け焦げたライフルを分解している。
「……甘い撃ち方だ。銃身が泣いてる」
冷たい声が響く。誰に向けた言葉かは分からないが、俺の胸に刃のように突き刺さる。
SPARKが顔をしかめて横から口を挟む。
「また説教? 新人ビビるって」
だが鍛は視線を上げず、手元の銃に新しい命を吹き込むように溶接を続けた。
「銃は正直だ。甘さも怠慢も全部刻み込む。……人間よりよほど信用できる」
彼の声には不思議と、、重さがあった。
医療区画からは呻き声が続き、担架が運ばれていく。
さっきまで隣を走っていた仲間が、もう動かない肉の塊として処理される。
吐き気が込み上げる。現実感が遠のく。
〈P90〉がヘルメット内部で告げた。
《任務は成功。データは確保された》
冷たい合成音声が胸を締め付ける。
《だが——代償は小さくない》
その時、通路から別の影が現れた。
無地のジャケットに情報端末を携えた人物。片目にはHUDのような義眼が光る。
コード〈ARCH〉。GhostEDGEのAIシステムを設計し、〈P90〉を生み出した開発者だ。
「演算の三割が削られていたな」
ARCHは淡々と端末を操作しながら言う。
俺を見ているのではなく、俺の中にあるデータを見透かすような目だった。
〈P90〉が応答する。
《ARCH。処理能力に負荷が残っている》
「修正パッチは送った。次の任務までは保つだろう」
短い会話。だがその温度のない口調に、俺は寒気を覚えた。
この人物は、人を見ているのか、AIを見ているのか。境界が曖昧だった。
ARCHは去り際に、ほんの一瞬だけこちらへ視線を向けた。
「——生き残ったデータは、貴重だ」
言葉の意味を咀嚼する前に、その背中は格納庫の奥へ消えていった。
FOXの背中、IRONの手、SPARKの笑み、鍛の火花、ARCHの眼。
拠点の空気は、生き残った者に次の死地を準備するだけの冷たさを持っていた。
俺は何も言えなかった。
彼らの間にいることすら、自分には場違いに思えたんだ。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
