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02.

10.得意と不得意

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 王立貴族学園の商業区へと向かう馬車の中。

「このデザインを、黒ベースに差し色は青系で頼む」

「それでは地味ではありませんか? 赤や金等お使いになっては如何でしょう?」

「赤は王家の者(正妃の子)が好む色だから避けたい」

 微妙な物言い……寛容な方ではあるけれど、余計な事を言うのでは? と言う、不安が胸を覆った。 

「では銀色を加えて、刺繍を入れる等いかがですか?」

「はっ、花や蝶の刺繍は要れないでくれよ」

「見習い、若手の職人が、こちらの要求に応じるだけの技術を持ち合わせているかが、不安です」

「(華美な刺繍を)いれないでくれよ」

「閣下が着用されて上着は、特殊な素材なのではありませんか?」

「なぜ、刺繍への返事をしない」

「善処いたします」

「善処だけか?」

「それより日頃身に着けていらっしゃる布地の件ですが……」

「俺は騎士だからな。 確かに物理防御、魔法防御の術式が布地や装飾品に加えられている」

「そうですか……」

「どうかしたのか?」

「いえ、私はソレ等を得意とする技術者を存じておりませんので……」

 騎士も魔法も、特別な強い素質となると貴族に限定されていると言っても過言ではありません。 そして、ベール侯爵家には没落しかけた頃から懇意とする貴族は少なく、人脈は極めて薄い。

「問題ない。 俺の衣装類の魔法的加工は、マティルが引き受けているから」

 なんて2人が私の事を話しだしても、私は聞こえないかのように窓の外を眺めていた。 なんとなく……拗ねた気分になっていたのだ。 私を抜きに話しをする2人に。

「何を拗ねている」

 そう聞いてきたのは、ブラーム様。 視線を2人の方向へと向ければバウマン様は新しいスケッチを描き始めていた。 揺れる馬車の中で良く描く事ができるものです。

「別に、拗ねて等おりませんわ」

 それでも拗ねている私を、ブラーム様の瞳が優しく笑い見つめてくれるから、大人になるって寂しい事だわと溜息をついてしまう。

 だって、子供の頃だったら、私は迷う事無くその胸のうちに飛び込み、慰めを求めたのですから。

「そう言えば、マティルは何の授業を専攻している?」

 ただの雑談だ。

「地理、経済、魔法学からですわ」

 スケッチをしているのかと思えば、おもむろに顔を上げたバウマン様が私を責め始めた。

「君は侯爵家の妻としての教養が足りない。 姿を整える知識が足りない。 品格が足りない。 学ぶべきは違うのではありませんか?」

 一般的な教養は、身に着けている。 入学時の礼節テストにおいても上位の点数を確保している。 ただ、ソレは日常的に身についたものではなく、あくまでテストのためではあり、隙も無く優雅な立ち居振る舞いなんて無理な話。

 そんな堅苦しさで、職人と相対するなんてできませんもの。 と、私は心の中で言い訳をするのですけど、コレはもう育ちと血統の問題だと思いますの。 世間の言う通り、庶民の血は庶民の血なのだと思いますの。

 ですがバウマン様は、私に対してバウマン様自身と、同等の立ち居振る舞いを求めてくる……。

 未熟であるのは分かっている。
 それでも人並み以上には出来ていると思うわ。

「ご不満でしたら、社交界に連れ歩くための愛妾をお迎えくださいませ」

 言えば、驚いた顔をされた。
 そして、私はと言えばバウマン様の驚きに驚く。

「なぜ、そんな事をおっしゃるのですか? 貴方が侯爵家にとって相応しくあれば良いだけではありませんか」

 私は1度深くふか~く深呼吸をし返事を返した。

 おざなりに、
 適当に、

 この場を収めるために。

「検討させていただきますわ」

 侯爵家としての価値等何も持たない癖に……。 なんて言っても意味の無い品性に欠ける本音は飲み込んだ。

 だって、彼は思い通りにならないと、少しずつ興奮し激高していく傾向があり、私はソレを苦手としているのだから感情的になる事は気を付けないといけません。

 ふと、生徒会での態度を連想して背筋が寒くなった。

 流石に王族の前では堪えはするでしょうけれど、そんな事を考えれば感情のまま立場を忘れて声を荒げている様子が脳裏を過ってしまうのだ。 幾ら無礼講と言われていても、侯爵家の終わりの一歩となるでしょう。

 バウマン様は時代遅れだと思いますわ。 言葉にはしないけれど。

 王族が民に寄り添おうとする時代にありながら、前時代の貴族の在り方を都合よく周囲に求める。 自分はデザインに現を抜かし侯爵領の運営に一切興味を持たない癖に。

 元々イライラしていた私のイライラが増していくのも仕方がない……と、思いますの。 もう一度、深く息を吸って吐いて気持ちを整えようとすれば、

「不満があるなら言えばいい!!」

 バウマン様は声を荒げる。

「レディに、声を荒げるのは良い事だとは思わないが?」

 深みのあるブラーム様の声が、バウマン様を諫め初めて王の子である大公の存在を思い出したらしい。

「お耳障り、申し訳ございませんでした!!」

 私は閉鎖された空間で、これ以上嫌味を聞く必要が無い事に安堵し、助かりましたと声に出す事無くブラーム様に微笑みを向けた。
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