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1章 聖女誕生
02.祝福の歌、狂気の叫び
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レティシアは、オルコット公爵家の長女として生まれた。
レティシアの誕生したその日。
王都では、河川の利権の話し合いを終え近隣諸国との調印式が行われていた。
「今年もうまくやっていきましょう」
他国の使者は、笑いながら軽薄な言葉をかける。
弱小国のガーランド国をあざ笑うように。
戦場に命を散らした者達を思えば胸が痛むが、弱者故に交渉役についたガーランド国の王と役人は愛想笑いを必死に浮かべていた。
調印の祝賀会。
ガーランドの弱弱しい国力を食いつぶすように、他国から人が集まる。 ガーランド国は、他国にこれ以上足元を見られてはたまらないと、我が国は余裕があるのだと言わんばかりに様々な酒と料理で必死に客人たちを持て成した。 農作業用の水利権を確保するために、今年も民に苦しみを与える。
水が無ければ人は生きてはいけないのだから仕方がない。
苦々しい場だった。
苦々しい決断だった。
だが、突如希望が訪れた。
「おぉおおおおおおおおおお!!」
叫んだのは王家に仕える預言の魔導士。
「おぉおおおおおお、精霊が、精霊が歓喜に満ちておる。 今、この瞬間、この国を救済する赤子が聖なる子がこの世に誕生した!!」
歓喜の声に、祝いの場はざわつき、それは喜びに変わった。
近年、ガーランド国は近隣諸国との関係が悪いだけでなく、土地が、大気が乱れ、魔物の発生が増えおかげで鉱石の採掘量は減り、漁に出られない日も増えていた。 作物を植えれば小型の魔物に荒らされる始末。
人に被害が無いのは幸いだが、じわじわと疲弊しているのもまた確かだった。
「精霊が聖女の誕生を示した!! この国に救世の聖女が誕生した!」
預言の魔女が再び叫べば人々は歓喜した。
生まれたばかりで聖女と呼ばれる迷惑など、救いを求める心には決して理解できるものでもなければ、聖女だと言われた赤子もまた自分がそのように言われている等理解していないのだから、問題はない……かもしれない。
歓喜する人々の中、目立たぬように酒を飲んでいた見目の良い男がいた。
北方の荒涼たる大地を預かる少年、オルコット公爵である。
彼はこの場にいる事が苦痛だった。
自分に向けられる笑みは歪んで見え、向けられる視線は屈辱とすら感じていた。
河川を巡る小競り合いもオルコット公爵が率いるスネイル騎士団の働きは皆無に等しく、そして領地の収益面をとっても広大な大地を管理しきれているとは言えず、汚名ばかりが積み重なっていった。
王のせいだ……。
王がオルコット公爵家を窮地へと追い込ませていた。
先代公爵を死へ追いやり、先代公爵の弟ではなく、幼く未熟な公爵を当主として指名した。 まだ少年である公爵を苦しめるためだけに。
私を苦しめるのは集団と言う人だ。
聖なる存在が等が私を救えるか!!
心の中の叫びは、負け犬の遠吠え。
リヨン・オルコットは人目も憚らず、苛立ちに舌打ちをした。
「役立たずが……」
オルコット公爵が罵ったのは、わが子に対して。
子の誕生予定は2か月後。 預言の赤子は自分の子ではないと宣言されたようなものだからだ。 もし我が子が聖女であったなら、王の嫌がらせも収まったかもしれないと言うのに。
「くそっ、くそっ、くそっ、」
声は抑えていたが、それでも近くの者には聞こえていたらしく、チラチラとむけられる視線に耐えられず、リヨン・オルコット公爵は逃げ出すように後にした。
何もかもが面白くなかったから。
そして、数日後。
領地に戻り彼は、わが子の誕生を悲痛な赤ん坊の泣き声で知り、屋敷に駆け入れば最愛の妻の死を告げられた。
「化け物が!! これは、何かの間違いだ……こんな化け物が我が子のはずがない!! そうだ……国の乱れ、精霊の暴走により、わが子は魔物と入れ替えられたに違いない」
剣をかざした公爵と赤子の間に、魔導医が割って入った。
「お待ちください。 この子の黒い肌も、岩のように固まった赤黒い皮膚も、全ては彼女の魔力の多さ故……。 公爵夫人を亡くされ悲嘆にくれられるのは分かります。 ですが、彼女はその公爵夫人が命をかけてお生みになった子なのですよ!!」
「だから、どうした? どう見ても化け物だ。 お前は、この化け物が私の子だと笑うのか? 世間に広め、中傷の的にし楽しもうと言うのか!!」
「公爵様、どうして、どうして、動く事も出来ない赤ん坊を……。 この子は決して化け物ではありません。 この子は魔力が多いため、人よりも体が弱いだけなんです」
「体が弱い?! だから可哀そうだとでもいうのか? 可哀そうなのはこの私だ!! 妻はこの化け物のおかげで死に、化け物を生かすために金を払い続けろと言うのか?! 貴様は、この子を妻と私の子だと愛情をもって育て、化け物を子だと気が狂った等と言う世間の嘲笑う声が想像できるのか!! 殺させろ、殺させろ!! 今すぐそこを退け!!」
正気を失ったかのように晒すのは、己がどれほど人の目を気にしているかと言うこと。 赤ん坊を庇う魔導医は呆然としながら途方に暮れた。
どのように止めればよいのだ!
魔導医は、魔導に携わるからこそ赤子の価値を理解していた。 殺させる訳にはいかない……だが、この子は公爵の子に外ならず、魔導医には何の権限もなかった。
魔導医師が途方に暮れる中、執事が走ってくる。
「失礼します!! 王宮から手紙が来ております」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
「で、ですが……至急読むようにと……」
手紙にはこうあった。
手紙の初めには、どこか興奮した時で、私の妹の1人と結婚した公爵は私にとって兄と同然だと言う言葉から始まっていた。
強者には媚びを売り、自分に対しては冷ややかに見下す目線を思い出せば、それだけで手紙を捨て去りたいと公爵は思った。 ぷるぷると震える手で紙がくしゃりと折れる。
“貴殿の子供が、この国を救う鍵となると預言された。 我が国の未来の王妃として大切に育ててくれ”
そうあった。
「はぁ、これをか? これを妻に迎えようと言うのか? 肌は黒く、顔に身体に赤黒い岩をつけた娘を王妃とするのか?! まじか?! 本気か……っはっははっははは」
公爵は狂ったように笑った。
レティシアの誕生したその日。
王都では、河川の利権の話し合いを終え近隣諸国との調印式が行われていた。
「今年もうまくやっていきましょう」
他国の使者は、笑いながら軽薄な言葉をかける。
弱小国のガーランド国をあざ笑うように。
戦場に命を散らした者達を思えば胸が痛むが、弱者故に交渉役についたガーランド国の王と役人は愛想笑いを必死に浮かべていた。
調印の祝賀会。
ガーランドの弱弱しい国力を食いつぶすように、他国から人が集まる。 ガーランド国は、他国にこれ以上足元を見られてはたまらないと、我が国は余裕があるのだと言わんばかりに様々な酒と料理で必死に客人たちを持て成した。 農作業用の水利権を確保するために、今年も民に苦しみを与える。
水が無ければ人は生きてはいけないのだから仕方がない。
苦々しい場だった。
苦々しい決断だった。
だが、突如希望が訪れた。
「おぉおおおおおおおおおお!!」
叫んだのは王家に仕える預言の魔導士。
「おぉおおおおおお、精霊が、精霊が歓喜に満ちておる。 今、この瞬間、この国を救済する赤子が聖なる子がこの世に誕生した!!」
歓喜の声に、祝いの場はざわつき、それは喜びに変わった。
近年、ガーランド国は近隣諸国との関係が悪いだけでなく、土地が、大気が乱れ、魔物の発生が増えおかげで鉱石の採掘量は減り、漁に出られない日も増えていた。 作物を植えれば小型の魔物に荒らされる始末。
人に被害が無いのは幸いだが、じわじわと疲弊しているのもまた確かだった。
「精霊が聖女の誕生を示した!! この国に救世の聖女が誕生した!」
預言の魔女が再び叫べば人々は歓喜した。
生まれたばかりで聖女と呼ばれる迷惑など、救いを求める心には決して理解できるものでもなければ、聖女だと言われた赤子もまた自分がそのように言われている等理解していないのだから、問題はない……かもしれない。
歓喜する人々の中、目立たぬように酒を飲んでいた見目の良い男がいた。
北方の荒涼たる大地を預かる少年、オルコット公爵である。
彼はこの場にいる事が苦痛だった。
自分に向けられる笑みは歪んで見え、向けられる視線は屈辱とすら感じていた。
河川を巡る小競り合いもオルコット公爵が率いるスネイル騎士団の働きは皆無に等しく、そして領地の収益面をとっても広大な大地を管理しきれているとは言えず、汚名ばかりが積み重なっていった。
王のせいだ……。
王がオルコット公爵家を窮地へと追い込ませていた。
先代公爵を死へ追いやり、先代公爵の弟ではなく、幼く未熟な公爵を当主として指名した。 まだ少年である公爵を苦しめるためだけに。
私を苦しめるのは集団と言う人だ。
聖なる存在が等が私を救えるか!!
心の中の叫びは、負け犬の遠吠え。
リヨン・オルコットは人目も憚らず、苛立ちに舌打ちをした。
「役立たずが……」
オルコット公爵が罵ったのは、わが子に対して。
子の誕生予定は2か月後。 預言の赤子は自分の子ではないと宣言されたようなものだからだ。 もし我が子が聖女であったなら、王の嫌がらせも収まったかもしれないと言うのに。
「くそっ、くそっ、くそっ、」
声は抑えていたが、それでも近くの者には聞こえていたらしく、チラチラとむけられる視線に耐えられず、リヨン・オルコット公爵は逃げ出すように後にした。
何もかもが面白くなかったから。
そして、数日後。
領地に戻り彼は、わが子の誕生を悲痛な赤ん坊の泣き声で知り、屋敷に駆け入れば最愛の妻の死を告げられた。
「化け物が!! これは、何かの間違いだ……こんな化け物が我が子のはずがない!! そうだ……国の乱れ、精霊の暴走により、わが子は魔物と入れ替えられたに違いない」
剣をかざした公爵と赤子の間に、魔導医が割って入った。
「お待ちください。 この子の黒い肌も、岩のように固まった赤黒い皮膚も、全ては彼女の魔力の多さ故……。 公爵夫人を亡くされ悲嘆にくれられるのは分かります。 ですが、彼女はその公爵夫人が命をかけてお生みになった子なのですよ!!」
「だから、どうした? どう見ても化け物だ。 お前は、この化け物が私の子だと笑うのか? 世間に広め、中傷の的にし楽しもうと言うのか!!」
「公爵様、どうして、どうして、動く事も出来ない赤ん坊を……。 この子は決して化け物ではありません。 この子は魔力が多いため、人よりも体が弱いだけなんです」
「体が弱い?! だから可哀そうだとでもいうのか? 可哀そうなのはこの私だ!! 妻はこの化け物のおかげで死に、化け物を生かすために金を払い続けろと言うのか?! 貴様は、この子を妻と私の子だと愛情をもって育て、化け物を子だと気が狂った等と言う世間の嘲笑う声が想像できるのか!! 殺させろ、殺させろ!! 今すぐそこを退け!!」
正気を失ったかのように晒すのは、己がどれほど人の目を気にしているかと言うこと。 赤ん坊を庇う魔導医は呆然としながら途方に暮れた。
どのように止めればよいのだ!
魔導医は、魔導に携わるからこそ赤子の価値を理解していた。 殺させる訳にはいかない……だが、この子は公爵の子に外ならず、魔導医には何の権限もなかった。
魔導医師が途方に暮れる中、執事が走ってくる。
「失礼します!! 王宮から手紙が来ております」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
「で、ですが……至急読むようにと……」
手紙にはこうあった。
手紙の初めには、どこか興奮した時で、私の妹の1人と結婚した公爵は私にとって兄と同然だと言う言葉から始まっていた。
強者には媚びを売り、自分に対しては冷ややかに見下す目線を思い出せば、それだけで手紙を捨て去りたいと公爵は思った。 ぷるぷると震える手で紙がくしゃりと折れる。
“貴殿の子供が、この国を救う鍵となると預言された。 我が国の未来の王妃として大切に育ててくれ”
そうあった。
「はぁ、これをか? これを妻に迎えようと言うのか? 肌は黒く、顔に身体に赤黒い岩をつけた娘を王妃とするのか?! まじか?! 本気か……っはっははっははは」
公爵は狂ったように笑った。
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