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3章 セイジョセキ

17.親子 07

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 扉を叩く音は、医師が扉にたどり着く前に終わった。 代わりに、ドサッと扉にぶつかりずり落ちる音が聞こえた。

 ふむっと少し考え込むふりをした医師に私は言う。

「向こう側に行ってどかそうか?」

「いえ、構いませんよ」

 そう言って医師は扉を引く。

 中にひっくり返るように入り込んだ男は、質の良い服を着ていた。 少し前にその服を私は見ていた。 医師は、男が頭をぶつける前に足でワンバウンドさせる。 一度受け止められた頭は放り出され、ゴンッと音を立てた。

「うっぐ」

 驚きながら目を覚ましたのはオルコット公爵だった。 きょろきょろと公爵が周囲を見れば視線があった。 嬉しそうな顔をするから、なんかむかついて不機嫌をあらわに。

「酒臭い」

 私が言えば、医師は苦笑と共に言った。

「臭いですねぇ~。 毒抜きでもしましょうか?」

 毒抜きと言う言い方をしているけれど、アルコールを抜こうと言うだけの事。 せっかく酔っ払ったのにソレを台無しにする魔法だとか、酒場でこっそり使って酒の売り上げを伸ばしたとか、色んな記録を読んだことがある。

「私、してみたい!!」

「それはぁ……魔力……まぁ、良いでしょう」

 勉強はしたことがあるけれど、治癒系の魔術は使った事がない。 何しろ対象者が必要だからね。 と言う訳で、術式を展開し異物除去の魔術を使う。 結構時間がかかってどこまで飲んだんだろうと、この男の血から自分が出来ているのかと思えば、かなり空しくなってくる。

「えっと、ここは……、いえ……なぜ、ここにエリアル、さ、まが?」

 質問を無視して医師は素っ気なく言う。

「公爵殿気づいたなら、屋敷にお戻りください」

「いやだ!!」

 子供のような言いぐさに、医師が溜息をつくから私も真似してみせた。

「えっと、2人は……」

 そう言いながら肩を落とす。

「そうか、そうだ、そうだな……仕方がないか……」

 シオシオとわかりやすく公爵は落ち込んでいく。 よくわからぬままに、ショックを受けられ、納得され、おいていかれるのは気分が悪い。

「どうして、公爵にばかり姿が見えてしまうんだろう」

 私は、構って欲しい医師に見てもらえず、相手をしたくない公爵に見られている事が不満で姿を現した。 そうすれば、医師は笑いながら答える。

「それは、相性がいいからではありませんか?」

「えぇ? なんか嫌なんですけど、」

 言葉のままに嫌な顔をすれば、公爵は肩を落とす。

「血縁的には親子なのですから、仕方がありませんよ。 親が子供を見失っては大変ですからねぇ~」

「血の繋がりだけで、十分に面倒」

「そう冷たい事を言わないでください。 私のカワイイお嬢様」

 言えば抱き上げられ腕に乗せられ、頬がぷにぷにされた。 とは言え意識体。 小さくなることで、意識の密度を圧縮した。 そうすることで不確かながら触れる事を簡単に可能とした。 本来見る事も触れる事も出来ない魔力が固まり岩のようになっているのと同じようなもの。

「でも、嫌なものは嫌!!」

「そう言わずに、便利に使えばよいではありませんか?」

 医師はそう告げる。

「便利に?」

「彼は、地位も権力も金もあります。 そして、貴方に対する負い目と、愛さずに入られない理由も」

「私を生んだ女性が好きっていうのは、私を愛する理由にはならないと思うよ?」

「そういう言い方はやめてくれ!! ユリアは、ユリアは本当に……君が生まれるのを待っていたんだ。 その身を引き換えにでも、幸せを願うほど愛していたんだ。 私の事は良いけれど、ユリアの愛情まで疑わないでくれ……」

 そう言って泣き出した。

 大人の男が簡単に泣くのは奇妙だと思った。 弱い男は嫌いだ。 それが、親だと思えば情けない。 だけれど、整った綺麗な顔立ちを濡らす涙は少しだけ綺麗だと思った。

 動かない私に助け舟を出したのは医師だった。

「お嬢様。 貴方の望みを、願いを」

「私は、王妃になりたくない。 女王にもなりたくない」

「だそうです。 公爵、貴方の大切な大切な奥方が残した宝の願いを、思いを叶えるために、その知識を」

「え、ぁ、はい……そうですね……」

 公爵は私に手を伸ばす。 中性的な柔らかな印象の顔立ちとは別に、その手は大きくゴツゴツしていた。 ビクッとして硬直する私を見れば、その手は引かれた。

 そして、綺麗な顔を私に向け、困った顔で1度笑い。 凛とした表情を作り強い意志を感じる声で私に言う。

「汚辱、恥辱、屈辱、軽蔑、侮り、蔑み、嘲笑、それらに耐えながら、油断を誘い、衰えを待ち、味方を作る事ができますか? でなければ、貴方は逃げなさい。 遠く、誰の手の届かぬところまで。 エリアル様が逃げるまで、逃げ切るまで、私がなんとかしましょう。 この命に代えて」

「重い、うざい、それに逃げるのは無理。 だって、ロノスが許さない」

「では……仕方がありません……」





 その日から10日後、私は岩のような表皮を身にまとった状態で、岩の中から目覚めた。 公爵はそんな私のために美しいドレスを準備してくれた。

 岩のままでもなく、人の姿でもない私に、魔法機関の長達は唖然としていた。

 オルコット公爵はそんな3人の長を前に告げる。

「我が子を、王子の妻とするよう王家と交渉します。 必要な情報の提供、そして聖女様の後ろ盾となる事をお誓い下さい」

 凛とした様子でオルコット公爵は告げる。

 余りにも堂々とした様子に、3人の長達は聖女に対する主導権を失った事を知った。



「王よ。 約束を。 私のカワイイ娘、私のユリアが残した至宝。 聖女と呼ばれる素質を持つ娘を王家に捧げます。 お約束をお忘れではありませんよね?」

 冷酷に冷徹に怪しく美しく公爵は言った。
 娘の、人の形をした岩の手を取ったままで。

 王子は悲痛な叫びをあげる。

「父上は、本当にコレと、コレと結婚しろと言うのか!! 子を成せと言うのか!!」

 王子は悲劇に陥り、泣き叫ぶ。
 国王は返事が出来ず黙り込み。

 それでも私は、王族の秘密に足を踏み入れる事となる。
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