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3章 セイジョセキ

16.親子 06

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 魔導医師ミカゲが、この国に来たのは30年前。 彼と同じ魔導医師だった両親がこの国の王族医として招かれたのがきっかけだった。

 医師として招かれた両親は、

『魔力を失った陛下に魔力を戻せ』

 そう命じられた。

 命令を遂行するため原因を解明しようとすれば、先代の王はそれを許さなかった。 原因が分からないまま解明が無理だと言えば、無能者、謀反者と捕らわれ牢獄に放り込まれた。

『王族の秘密を探ってはいけない、だが、魔力は戻せ』

 無理難題である。

 牢から両親を救ってくれたのが、聖女の母となるユリアだった。 ミカゲは両親を国外へと逃がし、彼自身は恩に報いるためユリアの主治医となった。 10年前ユリアの魔力が王族1位だった。 それはミカゲが、ミカゲの両親が、王族の謎に足を踏み入れていた事を意味している。 ユリアの死後は、精神状態の安定しないオルコット公爵に付き従った。 今、彼が王都で医師をしているのは、魔力減少が王族だけでなく貴族、王都の民にまで波及したのを耳にしたためである。

 この国では、情報を文章にしてはいけない。 重要なものほど文章としてはいけない。 文章にすればソレは迷宮図書館に集められる。 それを守り管理するのがオルコット公爵の役割。

『王家の逆らう者を報告せよ』

 オルコット公爵は、そう命令され、命令に捕らわれていた。 呪われていた。 オルコット公爵家当主は、忠誠の呪いを受ける事で当主となる。

 それでも公爵が王に逆らえたのは、彼にとっての王はユリアだったから。

 魔導医師ミカゲは天井を仰ぎ、目を閉じ、脳内で情報をまとめていた。

 あの人はなぁ……ミカゲは頭をかいた。

「ねぇ、ご本を読んで?」

 凛と通った幼い声がかけられる。

「もう夜だよ。 子供が出歩く時間じゃない。 お父さん、お母さんは? ここには一人で来たのかい?」

 そういっきに言いながら、振り返った。 その先にいたのは……10歳ほどの子供だった。 その姿は知っている。 知っていた。 だけれど色が違い、半透明だった。

 ゆ……。 ユリア様と呼ぼうとした。 だが、ユリアの死を彼は誰よりも知っていた。 なら……。

「エリアル様?」

「そんな名前知らない」

「そう、どうしたの? こんなところに来て。 君は、王宮にいるんじゃないのかい?」

 床に足をつけ見上げてくる少女の前にしゃがみ込み視線を合わせた。 父親とよく似た瞳の色をしているが、夜の猫のような瞳は母親似だった。

「私はまだ神殿にいるの」

「今日の昼には聖女様が王宮に入られたと聞いたけど?」

「それは、嘘。 それより、ご本を読んで」

 幼い甘えた口調にミカゲは笑いながら、その半透明な姿の両脇に腕を通してみれば、触っている感触はないがその風に飛ぶ綿毛のようにふわりと浮いた。 膝に乗せれば目を丸くし、そして顔を見上げて嬉しそうに子供らしい笑みを見せた。

「さて、今日はどんな本にしようか?」

「なんでもいいから早く早く」

 足をパタパタさせて見せる。

 子供らしい子供の時間。 彼女を大切にしたい父親ではなく、彼女を大切にした他人に父の代わりを求めるのは、覚えていない記憶のせいか? ミカゲは聞きたい事が色々あったが聞かなかった。 聖女となる子供があまりにも嬉しそうな顔を見せたから。

 男女の子供が冒険をする他愛ない本を30分ほど読んだ処で、子供は大きな欠伸をしてみせる。 半透明の重さの無い子供。

「眠いなら、送って行こう」

「ここで寝る」

「ここって、本体からそんなに長く離れていても大丈夫なのかい?」

 聞けば、さぁ? とでもいうように首を傾げる。 知人の……大切だった人の子供だと甘くなる気持ちはあるが、大切だからこそ危険な事はやめさせなければいけない。

 半透明な子供はより小さな子供となって膝の上で猫のように丸まり眠ろうとした。

「ここって、そこなのかい?」

「ここ」

 そう言って幸せそうに欠伸をして見せる。

「それは流石に私が困るよ」

 触れる事できないストレートの蜂蜜色の髪を撫でてやれば、喜んでいるのが分かった。 あの日救いきれなかった子。

「君は生きているのかい?」

 眠そうにだけどはっきりと答える。

「生きているよ」

「精霊と共にいた。 そう聞いたけど」

「うん、捨てられちゃった」

 軽く言った風に聞こえたのに、肩が震えていた。

「私って、何時も捨てられちゃうんだね」

 自虐的な声だった。

「捨てたんじゃない。 守りたかったんだよ」

 誰がと言う言葉を言わない。 自分がと言うのは、何となく卑怯で、そしてこの子もその親も可哀そうな気がしたから。

「ふぅん」

 興味がないと言う感じの返事。 だけど肩が震え、そして……体の緊張が消えた。 いや、肉体の無い彼女に身体の緊張と言うのも変だが……。

 眠いんだね。

 起こしてしまうのは可哀そうで、でも、このまま眠らせておいていいのかと悩んでいたところに、ドンドンと扉を乱暴にたたく音が聞こえた。

「うるさいなぁ……」

 小さな声が少しだけ口悪く、そして不貞腐れて言う。

「こらこら、ここは病院だから仕方がないよ」

 重さの無い透明な子を抱き上げて、ソファに寝かせようとすれば、ぴったりと抱き着いてきて離れようとしなかった。

「一緒に行く」

「でも、患者さんがびっくりする」

「大丈夫、見えなくするから」

 言えば、ミカゲの目にも見えなくなった。 せっかく、会えたのにと言う思いで問いかける。

「いるのかい」

「いるよ」

 短く返されれば、少しだけ頭が重くなった。

 どこにいるんだかと苦笑し、今も扉をたたき続けている誰かの元へと向かった。


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