化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

文字の大きさ
16 / 82
3章 セイジョセキ

16.親子 06

しおりを挟む
 魔導医師ミカゲが、この国に来たのは30年前。 彼と同じ魔導医師だった両親がこの国の王族医として招かれたのがきっかけだった。

 医師として招かれた両親は、

『魔力を失った陛下に魔力を戻せ』

 そう命じられた。

 命令を遂行するため原因を解明しようとすれば、先代の王はそれを許さなかった。 原因が分からないまま解明が無理だと言えば、無能者、謀反者と捕らわれ牢獄に放り込まれた。

『王族の秘密を探ってはいけない、だが、魔力は戻せ』

 無理難題である。

 牢から両親を救ってくれたのが、聖女の母となるユリアだった。 ミカゲは両親を国外へと逃がし、彼自身は恩に報いるためユリアの主治医となった。 10年前ユリアの魔力が王族1位だった。 それはミカゲが、ミカゲの両親が、王族の謎に足を踏み入れていた事を意味している。 ユリアの死後は、精神状態の安定しないオルコット公爵に付き従った。 今、彼が王都で医師をしているのは、魔力減少が王族だけでなく貴族、王都の民にまで波及したのを耳にしたためである。

 この国では、情報を文章にしてはいけない。 重要なものほど文章としてはいけない。 文章にすればソレは迷宮図書館に集められる。 それを守り管理するのがオルコット公爵の役割。

『王家の逆らう者を報告せよ』

 オルコット公爵は、そう命令され、命令に捕らわれていた。 呪われていた。 オルコット公爵家当主は、忠誠の呪いを受ける事で当主となる。

 それでも公爵が王に逆らえたのは、彼にとっての王はユリアだったから。

 魔導医師ミカゲは天井を仰ぎ、目を閉じ、脳内で情報をまとめていた。

 あの人はなぁ……ミカゲは頭をかいた。

「ねぇ、ご本を読んで?」

 凛と通った幼い声がかけられる。

「もう夜だよ。 子供が出歩く時間じゃない。 お父さん、お母さんは? ここには一人で来たのかい?」

 そういっきに言いながら、振り返った。 その先にいたのは……10歳ほどの子供だった。 その姿は知っている。 知っていた。 だけれど色が違い、半透明だった。

 ゆ……。 ユリア様と呼ぼうとした。 だが、ユリアの死を彼は誰よりも知っていた。 なら……。

「エリアル様?」

「そんな名前知らない」

「そう、どうしたの? こんなところに来て。 君は、王宮にいるんじゃないのかい?」

 床に足をつけ見上げてくる少女の前にしゃがみ込み視線を合わせた。 父親とよく似た瞳の色をしているが、夜の猫のような瞳は母親似だった。

「私はまだ神殿にいるの」

「今日の昼には聖女様が王宮に入られたと聞いたけど?」

「それは、嘘。 それより、ご本を読んで」

 幼い甘えた口調にミカゲは笑いながら、その半透明な姿の両脇に腕を通してみれば、触っている感触はないがその風に飛ぶ綿毛のようにふわりと浮いた。 膝に乗せれば目を丸くし、そして顔を見上げて嬉しそうに子供らしい笑みを見せた。

「さて、今日はどんな本にしようか?」

「なんでもいいから早く早く」

 足をパタパタさせて見せる。

 子供らしい子供の時間。 彼女を大切にしたい父親ではなく、彼女を大切にした他人に父の代わりを求めるのは、覚えていない記憶のせいか? ミカゲは聞きたい事が色々あったが聞かなかった。 聖女となる子供があまりにも嬉しそうな顔を見せたから。

 男女の子供が冒険をする他愛ない本を30分ほど読んだ処で、子供は大きな欠伸をしてみせる。 半透明の重さの無い子供。

「眠いなら、送って行こう」

「ここで寝る」

「ここって、本体からそんなに長く離れていても大丈夫なのかい?」

 聞けば、さぁ? とでもいうように首を傾げる。 知人の……大切だった人の子供だと甘くなる気持ちはあるが、大切だからこそ危険な事はやめさせなければいけない。

 半透明な子供はより小さな子供となって膝の上で猫のように丸まり眠ろうとした。

「ここって、そこなのかい?」

「ここ」

 そう言って幸せそうに欠伸をして見せる。

「それは流石に私が困るよ」

 触れる事できないストレートの蜂蜜色の髪を撫でてやれば、喜んでいるのが分かった。 あの日救いきれなかった子。

「君は生きているのかい?」

 眠そうにだけどはっきりと答える。

「生きているよ」

「精霊と共にいた。 そう聞いたけど」

「うん、捨てられちゃった」

 軽く言った風に聞こえたのに、肩が震えていた。

「私って、何時も捨てられちゃうんだね」

 自虐的な声だった。

「捨てたんじゃない。 守りたかったんだよ」

 誰がと言う言葉を言わない。 自分がと言うのは、何となく卑怯で、そしてこの子もその親も可哀そうな気がしたから。

「ふぅん」

 興味がないと言う感じの返事。 だけど肩が震え、そして……体の緊張が消えた。 いや、肉体の無い彼女に身体の緊張と言うのも変だが……。

 眠いんだね。

 起こしてしまうのは可哀そうで、でも、このまま眠らせておいていいのかと悩んでいたところに、ドンドンと扉を乱暴にたたく音が聞こえた。

「うるさいなぁ……」

 小さな声が少しだけ口悪く、そして不貞腐れて言う。

「こらこら、ここは病院だから仕方がないよ」

 重さの無い透明な子を抱き上げて、ソファに寝かせようとすれば、ぴったりと抱き着いてきて離れようとしなかった。

「一緒に行く」

「でも、患者さんがびっくりする」

「大丈夫、見えなくするから」

 言えば、ミカゲの目にも見えなくなった。 せっかく、会えたのにと言う思いで問いかける。

「いるのかい」

「いるよ」

 短く返されれば、少しだけ頭が重くなった。

 どこにいるんだかと苦笑し、今も扉をたたき続けている誰かの元へと向かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...