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6章 居場所

38.居場所がない 01

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 無理やりお帰り頂くのは宰相様のみ、魔法機関の3長は自らお帰りになられた。 とは言え、帰り際に魔道具を1つこっそりと置いてだが……。

 今まで言葉を伝えたいときは、最も負担の少ない小精霊を介した方法で行っていたけれど、小精霊を配下に使う契約精霊が、契約者からの命令を拒否したため別の方法を取られたと言う訳だ。

 ルデルス国の戦士を鎮圧した時点で、精霊との契約は機能し始めたと言うが、情報の伝達に使うには不安が残る。

 契約実行を嫌がる事は今までだってあった。 面倒、得意ではない、気分じゃない、そんな風にごねることはあっても、流石にギルド所属の精霊使い全員が拒絶される等と言う事等はなかった。

 ルデルス国の小精霊が私の命令によってルデルス国から与えられた命令を拒否したように、小精霊は上位の命令を優先させる。 私の場合、ロノスの干渉させなければ聖女と言う性質上、人間の中で最も優先されるはずなのだ……。

 精霊が、介入する侵略なんて……面倒。



 そんな事を考えていれば、不意に手が取られた。

 私は、私の手をとった魔人の手を見る。 全裸から一転、黒に覆われた格好をしている彼の手は、今は黒い手袋に覆われ、銀色のキューブ型の通信魔道具がよく映えた。

「ずいぶんと杜撰な、術式だな。 だが、まぁ……今の世なら、これで十分なのか」

「傍受がされると?」

「私には簡単だな」

 私が肩を竦めて見せれば、そのまま手に口づけがされ、長い舌先で舐められる。 丁寧に指を絡めとるように、ニヤリと笑い……赤く爬虫類のような目で見つめてくる。

「何よ」

「願いには対価が必要なものだ」

「私が主ではないの?」

「あぁ、主だ。 だから願いを言葉にする権利を与えた」

 納得した。 そして適当だと怒るではなく安堵した。 魔人と呼ばれた存在が、何もないのに尽くしましょうと言う方が余程怖いと言うものだ。

「魔人」

「なんだ? 主よ」

「貴方の名前を知るためには、どれだけの対価を払えばいいのかしら?」

「そうだな。 主からの口づけでどうだ?」

 安いのか高いのか……。

「座ってもらえないと口づけが出来ないのだけど?」

 そう言えば、悩む様子もなく主だと言う私の横に腰を下ろす。 礼儀を少しでも知っている人間なら絶対しない行動に、私は立ち上がり、その唇に軽く唇を寄せた。 軽く触れたそれは、初めての口づけではあるけれど、それほど感慨深いものではない。 そう思えば、腕が引かれ、抱き寄せられ、深く唇が重ねられ、味わうように舐められた。

 ぬるりとした感触はどこか冷ややかで、背筋がざわつく。 甘く噛まれた唇から、離れ切らない距離で魔人は言う。

「私をこの地に封じた男は、ヴェルツェと私を呼んでいた」

「そう……」

 名を繰り返そうとした私の唇がもう一度塞がれる。 当たり前のように触れ、当たり前のように味わってくる。 余りにも非日常で受け入れがたい状況であるにも関わらず、私はただ夜の闇に身を任せているかのように嫌悪も執着もなく、そこにあるものとして受け入れていた。



 執事ごっこにも飽きたのか? ヴェルツェ……ヴェルは、人の目には認識されないようにし始めていた。 影に隠れるように潜み側にいる。

「なんかうざい」

 この世で父様が一番うざい存在だと思っていたけれど、常に身体に触れてこようとする魔人がこの世で一番を更新していた。 ちなみに今は、指先に髪を絡めて遊んでいる。

「気にするな。 どうせ大した事をしていないんだ」

「これでも金になるのよ!!」

 自室に作業机を運ばせ、そして幼い頃、小遣い稼ぎに使っていたツマミ細工に再チャレンジしていた。 幼い頃より手は大きくなっているが、魔力糸は以前より扱い安いし、知らないうちに器用さが増していて作業効率が良い。

「可愛くない?」

 シンプルな白色の単色作品ではあるが、可憐な感じがした。

「つまらん。 金が必要なら私に望めばいい」

「略奪は他人に迷惑をかけるからダメだよ」

 魔人は精霊と人と間に存在する。 精霊の価値観で言うなら、略奪と言うよりはそこにあるものを取ってきた。 ぐらいの軽い感覚。 だから精霊除け等の術式がこの世界に存在するのだ。

「ムダ金をため込んでいる奴は多い」

 そう言って喉の奥で笑う。

「その意見に異論はないけど、私は今、人生で初と言っていいほど退屈なのよ!!」

 私は人生でこれほどまで『何もしない』をしていた事はあるだろうか? 今更貴族についてのあれこれを学ぶ必要もないし、これ以上魔力生産量を増やしても意味はない。 幼少期から、自力で金を稼ぐ方法を身に付けろと言われ続けていた私は『何もしない』を半日もすれば飽き初め、内職を始めた。

「お嬢様、お茶を……って、何をなさっていらっしゃるのですか?」

 わなわなしつつ侍女が聞いてくる。

「内職? これでも王宮に来る前は、これを売って小遣いにして欲しいものを買っていたんですよ」

「お嬢様が王宮に来る前と言うと……」

「10歳までかな?」

 大きな溜息をつかれた。

「もっと余暇を楽しまれてはいかがですか?」

 侍女の一人が言えば、次々と提案がなされる。

「観劇やお買い物に出られるのはどうでしょう?」
「町が襲われてまだ2日。 聖女であるお嬢様が町にでれば、またご無理を強要されるばかりですよ」
「そうでしたわ。 ここがあまりにも平和なので……申し訳ございません」
「吟遊詩人でも招いてはいかがでしょうか?」
「新しい洋服をしつらえると言うのも気分転換に良いかもしれません」

 どちらも、今のこのガーランド国の状況を考えれば、人目に悪く、批判の元になりかねない。 良くも悪くも、ユリア様の関係者は平和的な方々ならしい。 そして、私は色々な意味でそこに馴染めなかった。

「うん、デザインに行き詰ったから、散歩に行ってくる」
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