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6章 居場所
50.王子の独白 01
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眠い……とても眠い……。
「眠るといい」
甘く怪しい声色が私に語り掛ける。
「側にいる?」
「あぁ、いるとも。 ずっと、ずっと側にいたし、これからも側にいよう。 安心して眠るといい」
そう言われ、私は茨の森で眠る姫となる。 知っていた……幼いあの日、浄化を失い、ケガレに目覚めそうになっていた彼の力が、私に助けを求めるかのように纏わりついたあの日から、彼はずっと私の側にいたことを……。
絡みつく、闇の茨は今も足首に残っている。
まるで私を繋ぎとめる鎖のように。
エリアルが穏やかな眠りに落ちる頃、王子として生きて来たジュリアンは考えていた。 何が悪かったのか? と……。
彼には彼の理由があった。
事情があった。
誰にも理解されなくても、それは彼の正義であった。
どうして? ジュリアンは明け方まで彼の側にいて語り続けた聖女と呼ばれた化け物を思い出していた。
四肢の全てを回復させよと求めれば、彼女はどこまでも冷ややかに言った。
「良く考えた方がいいと思うの」
会話が通じない事に苛立った。
ゆっくりと綺麗な瞳を閉ざせば、長いまつげが伏せられる。 甘いピンク色の唇が拗ねたように閉ざされ、見ほれた私は言葉を最後まで紡げない。
「何を……(言っている)」
「貴方は王位が約束されていた。 貴方は王となるはずだった。 私は貴方の障害になる事は無かった。 だって、貴方が私を化け物と嫌うように、私も貴方を嫌っているのだから」
そう言われれば、胸が痛んだ。
「な、に、を……お前は、」
お前は私が好きだから、王の役目を担っていたのだろう?! そう問おうとしたが、それは余りにも惨めに思えて飲み込んだ。
化け物と呼び続けた聖女の顔は、天井側に作られた細い窓から漏れ入る窓明かりを受けて美しく見えた。 それが妙に私を苛立たせた。
側にいる男に、白い頬を触れられ、拗ねて見せる愛らしい瞳。 微笑みを向けられれば、甘えたように身を寄せて、それが月明りにダンスを踊るように優美に見えた。
誰だ?
私は、あんな少女を知らない。
少女に寄り添う男を知らない……。
苛立った。
聖女が美しいと言う事実に、
その微笑みが自分に向けられないと言う事実に、
苛立ちを全て痛みのせいにした。 化け物の内側に隠された少女の可憐な顔立ち、揺れる髪、甘えた表情に見惚れたことを隠すように。
「お前が!! お前が魔人を操り、国を操ろうとしたから!! 結局、お前は自分の事しか考えていない。 私の婚約者でありながら、男と触れ合うなど許されるものか!! このビッ(チがぁ。 その男と一緒になりたいから、私が邪魔になったんだな)」
頬を刃が横切り掠れた。
「ひっぃ」
痛みはない。 既に身を襲う痛みが1つ2つ増えたところで、意味がないほどに、身体中が痛んでいたのだから。
男は通り過ぎた刃物を抜き、手元でくるくると弄び、聖女に歪んだ笑みを向けた。 歪で不快で、決して聖女と言う存在に向けて良いものとは思えなかった。
「主よ。 この男は傷を治してもらったのは不満らしい。 腱を切られただけでは物足りなかったらしい。 主よ……もっと徹底的に切り刻んでやってはどうだろうか?」
そう言いながら男が楽し気に笑えば、化け物は溜息と共に答えながらも甘い視線を主と彼女を呼ぶ男に向けていた。
「生憎と、そういう趣味はないよ。 私はソレをしてはいけない。 できるけど、できるから、してはいけない。 してしまえば人間でなくなってしまう」
「そうだな。 あぁ、そうだ……主は、それでいい。 だからこそあの男は、主を愛さない。 だからこそ、私は主を愛しく思っている」
男は優美に聖女と呼ばれる美しく羽化した化け物の手を取り口づける。 それは甘い口づけと言うよりも、薄暗い、嫉妬にまみれた拘束に見えた。
「では、彼には正気を取り戻してもらおう。 長い長い、幸福な夢をはぎ取らせてもらおう」
そうやって笑う男が不気味で……、動く片手と片足で逃げようとしたが、ベッドから落ちて終わった。 とても不快な、不愉快な指先が私の額に押し付けられた。
酔いどれのような甘い感覚が消えた。
胸の中から大切なものが奪われた気がした。
懐かしい1人の美しい少女の姿が鮮明に脳裏に映し出された。
甘い声色で、にっこりと微笑み、王宮の人々を魅了した少女。 懐かしい彼女の姿を思い出した。 オルコット公爵は、王家が喜ぶだろう美しい赤子を孤児院から引き取り、わが子として聖女として王家に渡したと言っていた。
偽物の聖女。
だが、偽物と言うには美しすぎた。
甘い微笑みに誰もが魅了された。
我儘で、粗暴で、気まぐれで、精霊に愛されていた少女アリアメア。 彼女は、精霊そのもののようだった……。 彼女と過ごした時間は楽園での日々のようだった。
『歌いましょう。 踊りましょう。 一緒に楽しく笑いましょう』
楽しい日々だった。
ぁ、れ?
楽しい?
楽しかったのか?
「眠るといい」
甘く怪しい声色が私に語り掛ける。
「側にいる?」
「あぁ、いるとも。 ずっと、ずっと側にいたし、これからも側にいよう。 安心して眠るといい」
そう言われ、私は茨の森で眠る姫となる。 知っていた……幼いあの日、浄化を失い、ケガレに目覚めそうになっていた彼の力が、私に助けを求めるかのように纏わりついたあの日から、彼はずっと私の側にいたことを……。
絡みつく、闇の茨は今も足首に残っている。
まるで私を繋ぎとめる鎖のように。
エリアルが穏やかな眠りに落ちる頃、王子として生きて来たジュリアンは考えていた。 何が悪かったのか? と……。
彼には彼の理由があった。
事情があった。
誰にも理解されなくても、それは彼の正義であった。
どうして? ジュリアンは明け方まで彼の側にいて語り続けた聖女と呼ばれた化け物を思い出していた。
四肢の全てを回復させよと求めれば、彼女はどこまでも冷ややかに言った。
「良く考えた方がいいと思うの」
会話が通じない事に苛立った。
ゆっくりと綺麗な瞳を閉ざせば、長いまつげが伏せられる。 甘いピンク色の唇が拗ねたように閉ざされ、見ほれた私は言葉を最後まで紡げない。
「何を……(言っている)」
「貴方は王位が約束されていた。 貴方は王となるはずだった。 私は貴方の障害になる事は無かった。 だって、貴方が私を化け物と嫌うように、私も貴方を嫌っているのだから」
そう言われれば、胸が痛んだ。
「な、に、を……お前は、」
お前は私が好きだから、王の役目を担っていたのだろう?! そう問おうとしたが、それは余りにも惨めに思えて飲み込んだ。
化け物と呼び続けた聖女の顔は、天井側に作られた細い窓から漏れ入る窓明かりを受けて美しく見えた。 それが妙に私を苛立たせた。
側にいる男に、白い頬を触れられ、拗ねて見せる愛らしい瞳。 微笑みを向けられれば、甘えたように身を寄せて、それが月明りにダンスを踊るように優美に見えた。
誰だ?
私は、あんな少女を知らない。
少女に寄り添う男を知らない……。
苛立った。
聖女が美しいと言う事実に、
その微笑みが自分に向けられないと言う事実に、
苛立ちを全て痛みのせいにした。 化け物の内側に隠された少女の可憐な顔立ち、揺れる髪、甘えた表情に見惚れたことを隠すように。
「お前が!! お前が魔人を操り、国を操ろうとしたから!! 結局、お前は自分の事しか考えていない。 私の婚約者でありながら、男と触れ合うなど許されるものか!! このビッ(チがぁ。 その男と一緒になりたいから、私が邪魔になったんだな)」
頬を刃が横切り掠れた。
「ひっぃ」
痛みはない。 既に身を襲う痛みが1つ2つ増えたところで、意味がないほどに、身体中が痛んでいたのだから。
男は通り過ぎた刃物を抜き、手元でくるくると弄び、聖女に歪んだ笑みを向けた。 歪で不快で、決して聖女と言う存在に向けて良いものとは思えなかった。
「主よ。 この男は傷を治してもらったのは不満らしい。 腱を切られただけでは物足りなかったらしい。 主よ……もっと徹底的に切り刻んでやってはどうだろうか?」
そう言いながら男が楽し気に笑えば、化け物は溜息と共に答えながらも甘い視線を主と彼女を呼ぶ男に向けていた。
「生憎と、そういう趣味はないよ。 私はソレをしてはいけない。 できるけど、できるから、してはいけない。 してしまえば人間でなくなってしまう」
「そうだな。 あぁ、そうだ……主は、それでいい。 だからこそあの男は、主を愛さない。 だからこそ、私は主を愛しく思っている」
男は優美に聖女と呼ばれる美しく羽化した化け物の手を取り口づける。 それは甘い口づけと言うよりも、薄暗い、嫉妬にまみれた拘束に見えた。
「では、彼には正気を取り戻してもらおう。 長い長い、幸福な夢をはぎ取らせてもらおう」
そうやって笑う男が不気味で……、動く片手と片足で逃げようとしたが、ベッドから落ちて終わった。 とても不快な、不愉快な指先が私の額に押し付けられた。
酔いどれのような甘い感覚が消えた。
胸の中から大切なものが奪われた気がした。
懐かしい1人の美しい少女の姿が鮮明に脳裏に映し出された。
甘い声色で、にっこりと微笑み、王宮の人々を魅了した少女。 懐かしい彼女の姿を思い出した。 オルコット公爵は、王家が喜ぶだろう美しい赤子を孤児院から引き取り、わが子として聖女として王家に渡したと言っていた。
偽物の聖女。
だが、偽物と言うには美しすぎた。
甘い微笑みに誰もが魅了された。
我儘で、粗暴で、気まぐれで、精霊に愛されていた少女アリアメア。 彼女は、精霊そのもののようだった……。 彼女と過ごした時間は楽園での日々のようだった。
『歌いましょう。 踊りましょう。 一緒に楽しく笑いましょう』
楽しい日々だった。
ぁ、れ?
楽しい?
楽しかったのか?
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