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婚約
09.交渉……であるわけがない 01
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陛下の可哀そうにと語る声に頭がクラクラした。
私を不幸なのだといい、手を差し伸べる。
同情と共に瞳は優しく私を見つめ、静かに微笑む。
思考にモヤがかかる。
それがとっても不快だったのだけど、必死に顔に出さないようにした……たぶん、それでも、困惑は隠しきれなかったと思う。 陛下もまた、浮かべていた微笑みが仮面のように停止していた。
陛下の微笑みや差し伸べられた手は、私が不幸である前提のもの。
もし、私が不幸を感じているとするなら、ディック様と6か月の間会えない事。 王宮に呼び出されるのは面倒だし、嫌だと思う事はあったけれど、王太子教育の多くは貴族が学んでおいた方が良いような内容。 陛下と未だ確執のあるディック様なだけに、私に貴族としての教育係をつけるのは難しかったので丁度良かったと割り切る事もできた。
正直、面白かったし……。
でも、まぁ……陛下は、私を……いえ、少なくとも私自身がディック様の子だと思い込んでいると思っている。 これだけは確かと知れて安堵した。
「お気遣いありがとうございます」
静かに言って会話を中断させれば、陛下の眉間がわずかに不自然に動いた。
「貴方はまだ親に守られて当然の子供です。 社会的な抑圧に小さくなる必要などありません。 いいのですよ。 我儘で、貴方の我儘を私が聞きましょう。 貴方の父となり貴方を守りましょう。 王太子の息子の妻となれば貴方は王家の一員となり大きな庇護を受ける事が出来るようになります」
「私は……公爵様が我が子と認めて下さらなければ、生きてはいませんでした。 物心ついた頃から働くのが当たり前の日々。 私にとって今の生活は十分に我儘な生活。 これ以上望むものなどありません。 5年の間、公爵家の娘として生き、王妃様のご厚意により教育を受けさせてもらいました。 ですが、私の心は未だ庶民と変わりありません。 抑圧と言うなら……貴族として生きる事。 華やかな社交の場こそが私にとっての抑圧なのです……。 ですから、王太子殿下との婚約は、どうかご容赦下さいませ」
私は頭を下げた。
公爵様に聞いて見なければ。 そんな言い訳をしたけれど、私自身の気持ちは決まっていた。 ただ……少しばかり、ディルク様に私を気にかけて欲しかったのだ。
ディック様を悪くいい。 不満と不安をあおり、自分は違うとアピールする。 だけれど、どれもこれも的外れ。 私に抑圧を与えていたのは王妃様だし、私の権利を抑え込み感情的に私を操作してきたのも王妃様だ。
「そうですか……」
陛下の笑みが変わる。
何処か邪悪で薄暗く……。
「貴方は利用価値のある子どもです」
子供と言う言葉が協調される。
「優しくして差し上げようと思ったのですが、余り意味がないようですね。 例えあのような粗暴な男が父親であっても、お前にとっては十分良い父親であると言うことか……」
徐々に声色が変わり、口調も変わり、私を見る目も見下しの混ざったものへと変わっていた。
「お前にとって自由で我儘な生活と言えば、薄汚い庶民の生活と言う事か……」
庶民の生活を薄汚いと表現するのは如何なものだろうか? 等と思うが、既に目の前の男は慈悲を求める意味を失っていた。
声を荒げるようなことはないが、瞳には汚物を見るかのような光が宿っている。
「はい、私はそういう種類の人間です」
「そうか……ならば交渉の仕方を変えねばならぬと言う事か」
陛下は顎をさするようにしていた手で口元を隠しながらも、ニヤリと笑っているのが見え、しまったと私は思った訳だ。
彼は時に凶王と呼ばれる。
欲しい者は、道理を無視し暴力で手に入れる。
邪魔者は、恩義すら無視して消し去る。
戦争を好み、混乱を好むが、本人は遠くから流れる血を楽しむ。
この噂の姿がようやく見えてきた。 そして……彼自身が、魔法薬師を煙たがる何かそんなものがあったのではないか? と、想像してしまう。
「そう、手紙だ。 ソナタからの手紙が届かぬそうだな。 オークランス公爵の元にソナタの手紙を届けぬものがいるらしい。 アレを良く思わない者が潜んでいるのかもしれない。 とても危険だ……そうは思わないかね」
私は沈黙した。
手紙を届けぬただソレだけの事を問題とするような人ではないと私は知っている。
少しずつ言葉に圧力が、声に狂気が混ざってきた。
側にいた侍女が、ティーポットを落とし絶望を顔に表す。 彼女は運が良かった……今の陛下は他所に気持ちを逸らす事はないらしい。 そして私には……余裕がなかった。
「私はね……最初から、お前を王家の一員にしたい等とは爪の先にも思っていない。 例えお前が生まれながらの貴族であったとしてもだ。 あの男の子だと言うだけでオゾマシイ。 だが……お前には使いようがある。 利用価値がある。 私はソレだけは認めてやっているんだ。 こうやって優しくしているうちに、私に従うと言ってごらん」
声こそ優しいが、視線と表情は汚物を見るような視線。 私はチラリと周囲を見た。 陛下のこの態度は他の貴族達の態度を悪化させるだろう。 そう思ったから。 だけど、侍女達はただ真っ白な顔色で唇を紫色に染め上げ震えるだけだった。
「領地を豊かにした知識程度でしたら、幾らでも提供しましょう」
「なかなか良い申し出だ。 だが、お前の知識はソレだけか? そうではあるまい。 私が求めているのは知識の独占だ。 安心するがいい王太子との婚約が成立しても、お前に求めているのは国王の地位を継ぐ孫ではない。 見世物として優秀な妃でもない。 そんなものは後だ。 なんだ、その顔は……まさか、我が息子と閨を共にし、自らの子がやがて王位を継ぐとでも思っていたのか?」
私を不幸なのだといい、手を差し伸べる。
同情と共に瞳は優しく私を見つめ、静かに微笑む。
思考にモヤがかかる。
それがとっても不快だったのだけど、必死に顔に出さないようにした……たぶん、それでも、困惑は隠しきれなかったと思う。 陛下もまた、浮かべていた微笑みが仮面のように停止していた。
陛下の微笑みや差し伸べられた手は、私が不幸である前提のもの。
もし、私が不幸を感じているとするなら、ディック様と6か月の間会えない事。 王宮に呼び出されるのは面倒だし、嫌だと思う事はあったけれど、王太子教育の多くは貴族が学んでおいた方が良いような内容。 陛下と未だ確執のあるディック様なだけに、私に貴族としての教育係をつけるのは難しかったので丁度良かったと割り切る事もできた。
正直、面白かったし……。
でも、まぁ……陛下は、私を……いえ、少なくとも私自身がディック様の子だと思い込んでいると思っている。 これだけは確かと知れて安堵した。
「お気遣いありがとうございます」
静かに言って会話を中断させれば、陛下の眉間がわずかに不自然に動いた。
「貴方はまだ親に守られて当然の子供です。 社会的な抑圧に小さくなる必要などありません。 いいのですよ。 我儘で、貴方の我儘を私が聞きましょう。 貴方の父となり貴方を守りましょう。 王太子の息子の妻となれば貴方は王家の一員となり大きな庇護を受ける事が出来るようになります」
「私は……公爵様が我が子と認めて下さらなければ、生きてはいませんでした。 物心ついた頃から働くのが当たり前の日々。 私にとって今の生活は十分に我儘な生活。 これ以上望むものなどありません。 5年の間、公爵家の娘として生き、王妃様のご厚意により教育を受けさせてもらいました。 ですが、私の心は未だ庶民と変わりありません。 抑圧と言うなら……貴族として生きる事。 華やかな社交の場こそが私にとっての抑圧なのです……。 ですから、王太子殿下との婚約は、どうかご容赦下さいませ」
私は頭を下げた。
公爵様に聞いて見なければ。 そんな言い訳をしたけれど、私自身の気持ちは決まっていた。 ただ……少しばかり、ディルク様に私を気にかけて欲しかったのだ。
ディック様を悪くいい。 不満と不安をあおり、自分は違うとアピールする。 だけれど、どれもこれも的外れ。 私に抑圧を与えていたのは王妃様だし、私の権利を抑え込み感情的に私を操作してきたのも王妃様だ。
「そうですか……」
陛下の笑みが変わる。
何処か邪悪で薄暗く……。
「貴方は利用価値のある子どもです」
子供と言う言葉が協調される。
「優しくして差し上げようと思ったのですが、余り意味がないようですね。 例えあのような粗暴な男が父親であっても、お前にとっては十分良い父親であると言うことか……」
徐々に声色が変わり、口調も変わり、私を見る目も見下しの混ざったものへと変わっていた。
「お前にとって自由で我儘な生活と言えば、薄汚い庶民の生活と言う事か……」
庶民の生活を薄汚いと表現するのは如何なものだろうか? 等と思うが、既に目の前の男は慈悲を求める意味を失っていた。
声を荒げるようなことはないが、瞳には汚物を見るかのような光が宿っている。
「はい、私はそういう種類の人間です」
「そうか……ならば交渉の仕方を変えねばならぬと言う事か」
陛下は顎をさするようにしていた手で口元を隠しながらも、ニヤリと笑っているのが見え、しまったと私は思った訳だ。
彼は時に凶王と呼ばれる。
欲しい者は、道理を無視し暴力で手に入れる。
邪魔者は、恩義すら無視して消し去る。
戦争を好み、混乱を好むが、本人は遠くから流れる血を楽しむ。
この噂の姿がようやく見えてきた。 そして……彼自身が、魔法薬師を煙たがる何かそんなものがあったのではないか? と、想像してしまう。
「そう、手紙だ。 ソナタからの手紙が届かぬそうだな。 オークランス公爵の元にソナタの手紙を届けぬものがいるらしい。 アレを良く思わない者が潜んでいるのかもしれない。 とても危険だ……そうは思わないかね」
私は沈黙した。
手紙を届けぬただソレだけの事を問題とするような人ではないと私は知っている。
少しずつ言葉に圧力が、声に狂気が混ざってきた。
側にいた侍女が、ティーポットを落とし絶望を顔に表す。 彼女は運が良かった……今の陛下は他所に気持ちを逸らす事はないらしい。 そして私には……余裕がなかった。
「私はね……最初から、お前を王家の一員にしたい等とは爪の先にも思っていない。 例えお前が生まれながらの貴族であったとしてもだ。 あの男の子だと言うだけでオゾマシイ。 だが……お前には使いようがある。 利用価値がある。 私はソレだけは認めてやっているんだ。 こうやって優しくしているうちに、私に従うと言ってごらん」
声こそ優しいが、視線と表情は汚物を見るような視線。 私はチラリと周囲を見た。 陛下のこの態度は他の貴族達の態度を悪化させるだろう。 そう思ったから。 だけど、侍女達はただ真っ白な顔色で唇を紫色に染め上げ震えるだけだった。
「領地を豊かにした知識程度でしたら、幾らでも提供しましょう」
「なかなか良い申し出だ。 だが、お前の知識はソレだけか? そうではあるまい。 私が求めているのは知識の独占だ。 安心するがいい王太子との婚約が成立しても、お前に求めているのは国王の地位を継ぐ孫ではない。 見世物として優秀な妃でもない。 そんなものは後だ。 なんだ、その顔は……まさか、我が息子と閨を共にし、自らの子がやがて王位を継ぐとでも思っていたのか?」
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