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婚約
08.彼は穏やかに微笑み、手を差し伸べた
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侍女達に行く手を塞がれ、すぐに踵を返し窓へと向かって走り出す。
王妃様がいなければ、侍女達は……貴族達は、
「出自の分からぬ薄汚い娘」
そう私を馬鹿にしていた。
だが、陛下が来ると聞けば貴族令嬢上がりの侍女達は、怯え、震え、青白い顔で、窓から逃げようとする私に手を伸ばし縋ってくる。
「お願いです。 留まってください。 見捨てないでください」
言われれば、私は同情とは真逆の感情が胸に沸きあがる。 見捨てて、彼女達がどのような目にあうのか知りたい。
だけどその思いは長く続かなかった。
必死な声を聞けば、侍女達の恐怖が伝染した。
恐怖に立ち止まれば、大勢の人がやってくる足音が廊下の先から聞こえだせば、反射的に窓に向かって私は逃げだす。 それを見て大声で侍女達は叫び。 廊下からは捕らえろと指示を出す男の声が聞こえ、重い靴音が近寄り、扉が開かれた。
「捕まえろ!!」
そう告げるのは、たぶん大臣だともう。
だけど、国王陛下は全てを取り消す。
「静かにしろ。 鬱陶しい」
低く落ち着いた声。
なのに、どこか重苦しさを感じヒヤリと額から汗が流れる。 嫌な感じだと喉が詰まるようで呼吸がしにくい。 魔法? 魔力的重圧? 周囲へと視線を向ければ、ロッソ伯爵夫人は膝を床につき控え、侍女達は首元を抑え床に転がっていた。
魔法……っぽい。
ポイッだけで人為的に行う魔法ではない。 魔法を起動させるときに起こる魔力膨張が無い。 今まで国王陛下に会った事はないのは幸運だったが、国王陛下がただの暴君ではなかったと知らなかったのは不幸だ。
私はどうすればよいか分からず、ロッソ伯爵夫人を習って膝をつき控える。
狂王。
残虐王。
虐殺者。
気まぐれな道化王。
その手の異名が絶える事の無い相手。
とくに、魔法使い狩りからの彼の噂は酷い。
最終命令を出したのは彼自身だが、そこに誘導したのは貴族と民衆からの陳情。
国家に反逆し、国の利益を失わせ、国家滅亡の危機へと落としたと……自分を甘く見ていたのかと、腹を立てた王は、自らを謀った罪人をペットである岩狼の繁殖地に解き放った。
『上手く逃げる事が出来たら見逃してやろう』
そう、告げたらしい。
結果として、放り込まれた人間は貴族も庶民も岩狼のオモチャとなり……ボロボロになった死体は、家族の元に送り返されたのだと言う。
罪は国王陛下に嘘を囁いたもののみに限定され、一族に及ばなかったのは国王陛下の優しさなのか? 罪人を出した貴族領主達の気持ちを私には理解できない。
ノック音無く開かれる扉。
「楽にするといい」
そう言葉にすると共に国王陛下はソファに座った。
「リーリヤ……君も座りなさい」
今の国王陛下に圧力めいたものはない。
今年28歳になるディック様よりも16歳年上なはずだけど、35.6ほどにしか見えない。 細身の身体付き、緩く柔らかなプラチナブロンドの髪、青みを帯びた銀色の瞳が穏やかに笑っていれば、狂王としての噂は噂にしか過ぎないのだろうと思えてしまう。
だけど私は……ディック様が彼に向ける警戒感を信じる。 緊張した様子で、私は挨拶をした。
「お初にお目にかかります。 リーリヤ・オークラン……」
「知っている。 面倒な挨拶はいらない。 座りなさい。 同じことを何度も言わせないように。 私はね、暇ではないんだ」
陛下は両手を組んだ。
にっこり笑う微笑みは美しく……美しいままに国王陛下は言う。
「ディック・オークランス公爵が、どうなっても良いのかね?」
「公爵様に何をなさるつもりですか!!」
思わず声を上げてしまった。
世間では親子で通っているが……11の時……公爵が23歳の時に娘として引き取られるまでは、祖母の患者であり、弟子でもあったその男を兄様と慕っていた……いえ、愛していた。 だから未だ私は父様と呼んだことは無く、公爵様と呼んでいる。
その呼び方に距離感を覚え、仲が悪いのだろう。 恨みに思っているのかもしれない。 そう考える者が多く、私に付け入ろうとするものは少なくはない。 が、国王陛下はそんな噂など些細な事だとでもいうように単刀直入に脅してきたのだ。
脅す意味がある……と、理解していた……。
のかもしれない。
喉が渇く。
「オークランス公爵は、東方の蛮族との争いに随分とてこずっているようですね。 娘の社交会デビューもせず……。 婚約披露にすら戻ってこないのだから」
眩暈がした。
陛下の言葉だけを聞いていれば、婚約を拒否する私の拒絶を避けるためにディック様が逃げているかのようにすら聞こえる。 惑う私に国王陛下は手を差し出し、
「懇意にしていた花街の女の名を出され、庶子として受け入れはした。 ですが、12の時に出来た子と言われてはアレは納得するでしょうか? いえ、自らの血を引いていないと考えているのではありませんか? 母親に捨てられ、父親には相手にされず、頼るべき兄弟もいない可哀そうな娘。 あぁ、ウサギのように愛らしく震えて私が怖いですか? 可愛らしい方だ。 王妃が気にかけるのも無理がない。 こんなにもかわいいのに。 その知性で媚びても、その価値を理解してもらえない。 なんて……可愛そうなんだ」
国王陛下は優雅に微笑む。
王妃様がいなければ、侍女達は……貴族達は、
「出自の分からぬ薄汚い娘」
そう私を馬鹿にしていた。
だが、陛下が来ると聞けば貴族令嬢上がりの侍女達は、怯え、震え、青白い顔で、窓から逃げようとする私に手を伸ばし縋ってくる。
「お願いです。 留まってください。 見捨てないでください」
言われれば、私は同情とは真逆の感情が胸に沸きあがる。 見捨てて、彼女達がどのような目にあうのか知りたい。
だけどその思いは長く続かなかった。
必死な声を聞けば、侍女達の恐怖が伝染した。
恐怖に立ち止まれば、大勢の人がやってくる足音が廊下の先から聞こえだせば、反射的に窓に向かって私は逃げだす。 それを見て大声で侍女達は叫び。 廊下からは捕らえろと指示を出す男の声が聞こえ、重い靴音が近寄り、扉が開かれた。
「捕まえろ!!」
そう告げるのは、たぶん大臣だともう。
だけど、国王陛下は全てを取り消す。
「静かにしろ。 鬱陶しい」
低く落ち着いた声。
なのに、どこか重苦しさを感じヒヤリと額から汗が流れる。 嫌な感じだと喉が詰まるようで呼吸がしにくい。 魔法? 魔力的重圧? 周囲へと視線を向ければ、ロッソ伯爵夫人は膝を床につき控え、侍女達は首元を抑え床に転がっていた。
魔法……っぽい。
ポイッだけで人為的に行う魔法ではない。 魔法を起動させるときに起こる魔力膨張が無い。 今まで国王陛下に会った事はないのは幸運だったが、国王陛下がただの暴君ではなかったと知らなかったのは不幸だ。
私はどうすればよいか分からず、ロッソ伯爵夫人を習って膝をつき控える。
狂王。
残虐王。
虐殺者。
気まぐれな道化王。
その手の異名が絶える事の無い相手。
とくに、魔法使い狩りからの彼の噂は酷い。
最終命令を出したのは彼自身だが、そこに誘導したのは貴族と民衆からの陳情。
国家に反逆し、国の利益を失わせ、国家滅亡の危機へと落としたと……自分を甘く見ていたのかと、腹を立てた王は、自らを謀った罪人をペットである岩狼の繁殖地に解き放った。
『上手く逃げる事が出来たら見逃してやろう』
そう、告げたらしい。
結果として、放り込まれた人間は貴族も庶民も岩狼のオモチャとなり……ボロボロになった死体は、家族の元に送り返されたのだと言う。
罪は国王陛下に嘘を囁いたもののみに限定され、一族に及ばなかったのは国王陛下の優しさなのか? 罪人を出した貴族領主達の気持ちを私には理解できない。
ノック音無く開かれる扉。
「楽にするといい」
そう言葉にすると共に国王陛下はソファに座った。
「リーリヤ……君も座りなさい」
今の国王陛下に圧力めいたものはない。
今年28歳になるディック様よりも16歳年上なはずだけど、35.6ほどにしか見えない。 細身の身体付き、緩く柔らかなプラチナブロンドの髪、青みを帯びた銀色の瞳が穏やかに笑っていれば、狂王としての噂は噂にしか過ぎないのだろうと思えてしまう。
だけど私は……ディック様が彼に向ける警戒感を信じる。 緊張した様子で、私は挨拶をした。
「お初にお目にかかります。 リーリヤ・オークラン……」
「知っている。 面倒な挨拶はいらない。 座りなさい。 同じことを何度も言わせないように。 私はね、暇ではないんだ」
陛下は両手を組んだ。
にっこり笑う微笑みは美しく……美しいままに国王陛下は言う。
「ディック・オークランス公爵が、どうなっても良いのかね?」
「公爵様に何をなさるつもりですか!!」
思わず声を上げてしまった。
世間では親子で通っているが……11の時……公爵が23歳の時に娘として引き取られるまでは、祖母の患者であり、弟子でもあったその男を兄様と慕っていた……いえ、愛していた。 だから未だ私は父様と呼んだことは無く、公爵様と呼んでいる。
その呼び方に距離感を覚え、仲が悪いのだろう。 恨みに思っているのかもしれない。 そう考える者が多く、私に付け入ろうとするものは少なくはない。 が、国王陛下はそんな噂など些細な事だとでもいうように単刀直入に脅してきたのだ。
脅す意味がある……と、理解していた……。
のかもしれない。
喉が渇く。
「オークランス公爵は、東方の蛮族との争いに随分とてこずっているようですね。 娘の社交会デビューもせず……。 婚約披露にすら戻ってこないのだから」
眩暈がした。
陛下の言葉だけを聞いていれば、婚約を拒否する私の拒絶を避けるためにディック様が逃げているかのようにすら聞こえる。 惑う私に国王陛下は手を差し出し、
「懇意にしていた花街の女の名を出され、庶子として受け入れはした。 ですが、12の時に出来た子と言われてはアレは納得するでしょうか? いえ、自らの血を引いていないと考えているのではありませんか? 母親に捨てられ、父親には相手にされず、頼るべき兄弟もいない可哀そうな娘。 あぁ、ウサギのように愛らしく震えて私が怖いですか? 可愛らしい方だ。 王妃が気にかけるのも無理がない。 こんなにもかわいいのに。 その知性で媚びても、その価値を理解してもらえない。 なんて……可愛そうなんだ」
国王陛下は優雅に微笑む。
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