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03.私は王太子殿下を好いていました。 だから許せないのです。
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「お嬢様、どちらに向かいますか?」
御者席の青年が、少しばかり立派な荷台の中で、もそもそと着替えをする私に話しかける。
「流石に、お嬢様は辞めて頂戴」
苦笑交じりに私が本日何度目かの否定をすれば、苦笑交じりにレピオスは頷いた。
「それも、そうですね。 では、シルフィ様、どちらに向かいますか?」
ソレは、お嬢様と呼ぶのと大差ないのでは? と思ったけれど、慣れればそのうち呼び方も変わっていくでしょうと諦めた。
「世の中には風の吹くまま気の向くままという言葉がありますし……」
「気分次第という事ですか? それにしても王都ぐらいはでませんと」
「むしろ気分で言った言葉を、真面目にとらないで。 風の精霊は遠く西の方角に水の精霊が飛んでいると騒いでいます。 かなりの大雨が来るのでしょう」
ただし、風の精霊が告げる遠くの基準は、人の理解するのは難しいため、何日後等と言う正確性を期待してはいけない。 そして、水の精霊が空を飛ぶとなると、かなりの大雨と言うことだ。
「では雨を避けて北か南へ?」
「いいえ……追跡を避けるためにあえて西に向かいましょう」
「では、パレードを避け……」
レピオスの言葉が止まったのは、パレードの開始を告げるファンファーレが響いたから。 私はレピオス以上に複雑な訳で、慌てたようにレピオスは明るく告げた。
「南門を抜け、西の街道へ向かいますね」
シバラクの沈黙、そしてレピオスが不安そうにつぶやいた。
「追っ手……かかりますかね」
侯爵家の前で止められたことを思い出しているのでしょう。 不安そうな様子に、苦笑交じりに言い返す。
「かかるでしょうね」
「ですが、殿下もペサラ侯爵家の方々も納得されていたのではないですか?」
「えぇ、要らないと言われたから、出ていくのですよ。 ですが、ソレは私を必要だと言って王家との縁組を望んだ人ではありませんから」
良くしてくれた侯爵家夫婦ではあったのですが、エルメル様がアパテを求めたという事実。 魔法医師を頼ってまで肉体を改造し私に近づけたアパテの執念。 そして腹に宿った子。
そんなアパテのために、侯爵夫婦は必死になって頭を下げ、許しを乞うたのです。
「娘がとんでもない事をしてしまった」
「申し訳ありません」
「王族が、魔女を必要とし縁組を求めた事を、あの子は理解していないのです」
「あの子は、ただエルメル様を愛しただけなのです」
「決して悪気があった訳ではありません」
床に額をこすりつけながら、侯爵夫婦は必死に上から目線で謝罪を続けたのです。
『二人は愛し合っているのだから許すべきだ。 それに比べてアナタは、魔女と言う天性の才能を必要とされただけに過ぎないじゃないか!』
魔女とは、職業魔法師等のように魔力を持って学べば身につくものとは違う。 生まれつき上位種である精霊との交流を可能とする特別な才能をさしていいます。
そして王族に向けられる『呪い』それの大半は術ではなく『思い』であるため、術者では解除できず、人よりはるか上の魔力的上位種精霊の力をもって初めて対処できるのです。
だから王族たちは私を求めた。
だけどエルメル様はアパテを求めた。
エルメル様とアパテの婚姻は、王族会にとって決して認められない。
だから、アパテは私に成り代わり、シルフィとしてエルメル様の妃となったのだ。
私のふりをするアパテでは、呪いに対処することができない。 だから、侯爵夫婦は、愛する2人を許し、2人のために生きるよう私に求め、幾度となく不愉快な言い訳と共に謝罪を繰り返したのです。
なので、私は2人の意図に気付かないふりをし、穏やかなそれこそ聖母のような微笑みを向けました。
「謝罪はもう必要ありません」
と……。
だから、追っ手はかかるでしょう。
私が必要なことに変わりはないのですから。
「モルタは、あのように言っていましたが、アナタは残っていいのですよ」
「ついていきますよ。 ロトさんに見られていますし。 それにシルフィ様は結構抜けているんで放っておけません。 ただ、面倒くさいなぁと思っただけです。 本当、身勝手に要らない者にしたのですから、放っておいてくれればいいのに」
「それは、私も思います。 ですが残念なことに、私を邪魔者として考えてくれるのは、恋に浮かれたエルメル様とアパテだけですよ」
「でも……正直言うと、シルフィ様が王都を出るなんて考えていませんでした」
「ぇ? なぜですか?」
「だって、シルフィ様は、エルメル様を好いておられましたよね? だから私はエルメル様が目を覚ますまで、シルフィ様が待つのかと考えておりました」
「……」
無遠慮な言葉に私はガックリと肩を落とす。
「どうして、皆さん私が不貞を許容すると考えるのかしら?」
「それは、恋する乙女発動中のシルフィ様がお可愛らしかったからではないでしょうか?」
イライラしたので、私はレピオスの腕の内側の柔らかい部分を指先でつねった。
「いたっ、辞めて下さいよ」
「もう、何もかもが嫌になりましたのよ……」
まぁ、それも言い換えれば愛情の裏返しとも言えるのでしょうけど……。
私が王太子殿下エルメル様と初めてお会いしたのは侯爵家で礼儀作法を学ぶようになって2年が経過した12歳の時。
10歳で侯爵家に預けられはしましたが、森の中で育てられた魔女です。 貴族として生きる知識など欠片ももっていませんでした。 なので、王族側から私を求めたにもかかわらず、私には厳しいお妃さま修行が課せられたのです。
初めて出会ったエルメル様は、4つ年上の16歳。 だけど、純粋無垢を絵にかいたような、あどけなさを持つ少年でした。
柔らかなウェーブがかかった朱金色の髪。 新緑色のあどけない瞳。 白い肌にピンクの頬。 微笑んだ顔がとても愛らしくも美しい方でした。
その時の私は、未来の夫が初恋である幸運を、神に感謝したものでした。 きっとエルメル様も私と同じ気持ちだったはずです。
だって、見つめあう視線が、甘かったから。
目と目があえば、恥ずかしくて2人で頬を染めたから。
不器用にぎこちなく微笑みあえば、王族の誰かがこういった。
「なんて可愛らしいのでしょう。 握手の1つぐらいなさってはどうです?」
恥ずかしがる私達に、コロコロとカラカイ笑いながら言われれば、そっと差し出した手は指が触れるだけでも恥ずかしく、そして私達はなぜか両手を取り合って、微笑みあった。
ほんの些細なことが楽しくて、そして嬉しくて、私達は額をコツンとつけて笑い、口づけの代わりに鼻先をすり合わせる。
甘い甘い初恋の記憶。
綺麗な綺麗な宝物のような思い出。
私は間違いなくエルメル様が好きだった。
私は煩い車輪の音がかき消してくれるほどの、声で呟く。
「好きだったから許せないものなのよ……」
御者席の青年が、少しばかり立派な荷台の中で、もそもそと着替えをする私に話しかける。
「流石に、お嬢様は辞めて頂戴」
苦笑交じりに私が本日何度目かの否定をすれば、苦笑交じりにレピオスは頷いた。
「それも、そうですね。 では、シルフィ様、どちらに向かいますか?」
ソレは、お嬢様と呼ぶのと大差ないのでは? と思ったけれど、慣れればそのうち呼び方も変わっていくでしょうと諦めた。
「世の中には風の吹くまま気の向くままという言葉がありますし……」
「気分次第という事ですか? それにしても王都ぐらいはでませんと」
「むしろ気分で言った言葉を、真面目にとらないで。 風の精霊は遠く西の方角に水の精霊が飛んでいると騒いでいます。 かなりの大雨が来るのでしょう」
ただし、風の精霊が告げる遠くの基準は、人の理解するのは難しいため、何日後等と言う正確性を期待してはいけない。 そして、水の精霊が空を飛ぶとなると、かなりの大雨と言うことだ。
「では雨を避けて北か南へ?」
「いいえ……追跡を避けるためにあえて西に向かいましょう」
「では、パレードを避け……」
レピオスの言葉が止まったのは、パレードの開始を告げるファンファーレが響いたから。 私はレピオス以上に複雑な訳で、慌てたようにレピオスは明るく告げた。
「南門を抜け、西の街道へ向かいますね」
シバラクの沈黙、そしてレピオスが不安そうにつぶやいた。
「追っ手……かかりますかね」
侯爵家の前で止められたことを思い出しているのでしょう。 不安そうな様子に、苦笑交じりに言い返す。
「かかるでしょうね」
「ですが、殿下もペサラ侯爵家の方々も納得されていたのではないですか?」
「えぇ、要らないと言われたから、出ていくのですよ。 ですが、ソレは私を必要だと言って王家との縁組を望んだ人ではありませんから」
良くしてくれた侯爵家夫婦ではあったのですが、エルメル様がアパテを求めたという事実。 魔法医師を頼ってまで肉体を改造し私に近づけたアパテの執念。 そして腹に宿った子。
そんなアパテのために、侯爵夫婦は必死になって頭を下げ、許しを乞うたのです。
「娘がとんでもない事をしてしまった」
「申し訳ありません」
「王族が、魔女を必要とし縁組を求めた事を、あの子は理解していないのです」
「あの子は、ただエルメル様を愛しただけなのです」
「決して悪気があった訳ではありません」
床に額をこすりつけながら、侯爵夫婦は必死に上から目線で謝罪を続けたのです。
『二人は愛し合っているのだから許すべきだ。 それに比べてアナタは、魔女と言う天性の才能を必要とされただけに過ぎないじゃないか!』
魔女とは、職業魔法師等のように魔力を持って学べば身につくものとは違う。 生まれつき上位種である精霊との交流を可能とする特別な才能をさしていいます。
そして王族に向けられる『呪い』それの大半は術ではなく『思い』であるため、術者では解除できず、人よりはるか上の魔力的上位種精霊の力をもって初めて対処できるのです。
だから王族たちは私を求めた。
だけどエルメル様はアパテを求めた。
エルメル様とアパテの婚姻は、王族会にとって決して認められない。
だから、アパテは私に成り代わり、シルフィとしてエルメル様の妃となったのだ。
私のふりをするアパテでは、呪いに対処することができない。 だから、侯爵夫婦は、愛する2人を許し、2人のために生きるよう私に求め、幾度となく不愉快な言い訳と共に謝罪を繰り返したのです。
なので、私は2人の意図に気付かないふりをし、穏やかなそれこそ聖母のような微笑みを向けました。
「謝罪はもう必要ありません」
と……。
だから、追っ手はかかるでしょう。
私が必要なことに変わりはないのですから。
「モルタは、あのように言っていましたが、アナタは残っていいのですよ」
「ついていきますよ。 ロトさんに見られていますし。 それにシルフィ様は結構抜けているんで放っておけません。 ただ、面倒くさいなぁと思っただけです。 本当、身勝手に要らない者にしたのですから、放っておいてくれればいいのに」
「それは、私も思います。 ですが残念なことに、私を邪魔者として考えてくれるのは、恋に浮かれたエルメル様とアパテだけですよ」
「でも……正直言うと、シルフィ様が王都を出るなんて考えていませんでした」
「ぇ? なぜですか?」
「だって、シルフィ様は、エルメル様を好いておられましたよね? だから私はエルメル様が目を覚ますまで、シルフィ様が待つのかと考えておりました」
「……」
無遠慮な言葉に私はガックリと肩を落とす。
「どうして、皆さん私が不貞を許容すると考えるのかしら?」
「それは、恋する乙女発動中のシルフィ様がお可愛らしかったからではないでしょうか?」
イライラしたので、私はレピオスの腕の内側の柔らかい部分を指先でつねった。
「いたっ、辞めて下さいよ」
「もう、何もかもが嫌になりましたのよ……」
まぁ、それも言い換えれば愛情の裏返しとも言えるのでしょうけど……。
私が王太子殿下エルメル様と初めてお会いしたのは侯爵家で礼儀作法を学ぶようになって2年が経過した12歳の時。
10歳で侯爵家に預けられはしましたが、森の中で育てられた魔女です。 貴族として生きる知識など欠片ももっていませんでした。 なので、王族側から私を求めたにもかかわらず、私には厳しいお妃さま修行が課せられたのです。
初めて出会ったエルメル様は、4つ年上の16歳。 だけど、純粋無垢を絵にかいたような、あどけなさを持つ少年でした。
柔らかなウェーブがかかった朱金色の髪。 新緑色のあどけない瞳。 白い肌にピンクの頬。 微笑んだ顔がとても愛らしくも美しい方でした。
その時の私は、未来の夫が初恋である幸運を、神に感謝したものでした。 きっとエルメル様も私と同じ気持ちだったはずです。
だって、見つめあう視線が、甘かったから。
目と目があえば、恥ずかしくて2人で頬を染めたから。
不器用にぎこちなく微笑みあえば、王族の誰かがこういった。
「なんて可愛らしいのでしょう。 握手の1つぐらいなさってはどうです?」
恥ずかしがる私達に、コロコロとカラカイ笑いながら言われれば、そっと差し出した手は指が触れるだけでも恥ずかしく、そして私達はなぜか両手を取り合って、微笑みあった。
ほんの些細なことが楽しくて、そして嬉しくて、私達は額をコツンとつけて笑い、口づけの代わりに鼻先をすり合わせる。
甘い甘い初恋の記憶。
綺麗な綺麗な宝物のような思い出。
私は間違いなくエルメル様が好きだった。
私は煩い車輪の音がかき消してくれるほどの、声で呟く。
「好きだったから許せないものなのよ……」
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