偽りの婚姻

迷い人

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序章

02.会いたくない理由

「その話、聞かせていただけるかしら?」

「では、今宵の寝物語にでも……」

「それはいいわ。 とても素敵ね。 丁度退屈だなと思っていましたの。 お部屋に戻りましょう?」

 嬉しそうに王妃様はハシャグが、私にとって、亡くなった母にとって余り面白い話ではない。 それでも、余りにも楽しそうにするから、私は仕方がないなぁ……と静かに笑う。

 王妃様は不調を理由に挨拶を辞退したものの、祝いの空気を楽しみたいと、広間の上に作られたボックス席からひっそりと参加していたのだ。 私は王妃様に手を差し出せば、体重をかけるように手が添えられる。 本当は男性がいればよいのだけど、寝室を共にすることなくとも、未だ仲の良い夫婦である陛下は男性が王妃に触れる事に嫉妬する。

 とても大切にされている王妃様。
 私はあなたが羨ましいです。

 王妃様は身体の強い方ではない。 眠る際には、身体の負担が少なくなるように香を焚き、発作が起きれば専用の薬が必要となる。 薬で収まらないほどの発作となれば、免疫を高める治癒魔法が必要となる。 それら全てを1人でお世話できることから、私は王妃様の付き添いとしての職務を王家から頂いている。

 とても可愛らしい王妃様。
 私があなたを守りましょう。

 何時もであれば、既にお休みになっている時間。

 少しばかりハシャギ過ぎた様子のある王妃様は、すぐにお休み頂いた方が良いのだろうけれど、高揚した気分が邪魔をしてなかなか寝付けないことだろう。 寝物語には丁度良い……さて、ロマンチックなお話にするには、どのようにお伝えすれば良いでしょうか? そう考える。

 王妃様の寝室では、世話役の侍女が待っており身支度を任せる。 その間、私は部屋の空気を一度入れ替えた後に香を焚く。

「さぁ、お話を聞かせて頂戴」

 ベッドに横になった王妃様が、本当に眠る気があるのかと言うほどに瞳を輝かせ、話を催促すれば、私は静かに話し出した。


「それは、父がまだ十代の駆けだし商人だったころ、惚れに惚れて結婚を約束した男爵令嬢がいました……。 意志のハッキリした力強い金色の瞳、燃えるような赤い髪、凛々しく恰好の良い人だったそうです。 女性でありながら現役の騎士にも負けぬ剣の腕前を持っていましたが、貧乏男爵家に生まれたばかりに騎士の道を断たれたと言う話でした」

 私はヘルムート家の屋敷の踊り場に掛けられた1枚の大きな絵を思い出す。

「騎士になれぬなら、商人であるアナタの護衛に雇ってちょうだい! アナタと世界中を共に回るなんて騎士になるよりずっとずっと素敵だわ。 告げる彼女はどんな宝石よりも美しかったと父は申しておりました」

「陛下も私にそう言って下さるわ」

 うふふと会話らしく王妃様は笑う。

「ですが、男爵令嬢は父と添い遂げることなくヘルムート伯爵の元に嫁いだそうです。 ヘルムート伯爵が彼女を求めた理由は定かではありませんが、彼女が病にかかった際の献身を思えば、そこに愛情があったと言うのは確かでしょう。 愛する人に裏切られた父は仕事に没頭し、マノヴァ商会は大きく成長しましたが、父は自らの成功で失った恋を補うことはできなかったようです。 ヘルムート伯爵に息子が出来たと聞いたとき、彼なりの復讐を思いついたのだそうです」

「復讐? それは少し情けないというか……でも、とても愛していらしたのね」

 結果として母も私も相手にされなかったのだから、王妃様の言葉は小さな棘のように、心に刺さった気がした。

「美女と噂の母を娶り、私と言う子を産ませました」

「愛する人の子と、自分の子をつがわせたかったのかしら?」

 私は静かに微笑み続きを語る。

「やがて、かつての恋人が病におかされたと耳に入ったものの、父は助けたいのだと支援を申し出る事ができぬまま時は過ぎ、ヘルムート伯爵は、アヤシイ祈祷師や治療師を屋敷に招き、やがて伯爵家の財産は失われ、領地も売却するはめになりました。 それでも、伯爵夫人の病は治ることはなく、若くしてお亡くなりになったそうです」

「父はこう語っていました。 手を出す暇もなくヘルムート伯爵は、勝手に罠にはまって落ちて行ってくれたよ。 そんな情けない男だからこそ、彼女に憧れ恋焦がれ、卑怯な手を使っても手に入れたかったのだろう……と、そう告げる父の瞳は、未だかつての恋人に恋しているようでした」

 王妃様は無言で話を促す。

 私は微笑みながら考える。

 死んだ母の不幸は、他の女性を愛する父に心から惚れ、気の病にかかった事……ならば、貴族の政治的婚姻は薄情なようで実は優しいシステムなのかも……。

「やがて、パーシヴァル様が、騎士の座を望みながらも金銭に困り学園に入学できぬと言う噂が父の耳に届きました。 自身のためであれば、ヘルムート伯爵も、父に頭を下げ援助を頼むことはなかったでしょう。 だからこそ、この機会に、ヘルムート伯爵家を乗っ取るため、父は資金援助の条件に、パーシヴァル様に私を妻として迎え入れるようにと申した……そう、私は聞いておりました」

「愛した方の子を相手に、そんな酷いことを?!」

 酷い……かぁ……悪気が無いのは分かるが、少し切ない気分になる。

「えぇ、結局は……父が私に語った計画は嘘でした。 父は恋した相手とよく似た瞳をした青年をただ支援したかった。 ただ、それだけだったのです」

「そう、それは……切ない恋物語ね……」

 ウトウトとした声で語った王妃様は寝息を立て始める。

 閣下にお会いしたくはない。
 それはとても惨めな気分にさせられる。

 父は、私と母を愛することはなかった、ただ受けた傷を癒すために利用しようとしただけなのだから。

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