偽りの婚姻

迷い人

文字の大きさ
7 / 65
1章 遺産

07.父親として

 玄関扉が木の板で塞がれ、幼い頃に母と共に特訓をしていた庭は、畑となり、畑の横には温室がつくられていた。 ソレを不満に思うと言うことはない。

 それでも、パーシヴァルはじっとその場を見据えていた。

 街へ行くと殿下から許しを得て、屋敷に幾度となく通った。 使用人や父と庭いじりをして、駆け回り、話をし、笑って、怒って、楽しそうに過ごす少女を遠くから何度となくながめた。 仲間に入れて欲しいと思うが、ソレを言葉にする勇気はなく、いつもながめるだけの日々を過ごしていた。 それはそれで幸せだった……のだろうか? そんなことを考え畑をながめていれば。

「すまないね。 オマエと母親との思い出の場所を」

「いえ……」

 ボソリと呟けば、溜息と共に横から突かれる。

「殿下にいつも言われているでしょうが、言葉を出し惜しむな。 オマエはただでさえ、顔が怖いのだからって」

 パーシヴァルは溜息をつく。

 顔が怖いは余計だ。 せめて、目つきが悪いとか……いいようはないか? 自分で考えて少し切なかった。

「母との思い出は胸の中にある。 俺が思ったのは……この景色の中には、いつもあの子がいたから、ソレがないのが寂しいと……そう、思っただけです」

 その言葉に、前伯爵は呆れたような顔で振り返る。

「来ていたなら、顔を出せばよかっただろうが」

 だが、パーシヴァルから語られる言葉はなく、前伯爵は大きな溜息をついた。

「私としては、あの子とは仲良くしていて欲しかったんだがね。 小さな子に尊厳を傷つけられたと嫌い、乱暴にするぐらいなら、合わないぐらいでちょうどよかったかも知れないと考えていたんだよ」

 休みぐらい顔をだせ、そう告げる事が出来なかった訳でもない。 ただ、2人が嫌な思いをするくらいなら、無理に近づけない方が良いだろうと思っていたのだ。

「ぇ? 俺は嫌ってなんかいない! むしろ……」

 パーシヴァルが恥じらい交じりに視線を背ければ、がっくりと肩を落とし悲しそうな視線を向ける父の姿があった。 そして、副将は見てはいけないものを見たと視線を背けた。

「……息子よ……、好意があったのなら、あの態度はないだろう」

 オズオズとルーカスが挙手をする。

「どうかしたのかね?」

「大将が結婚していたって、本当だったんですね」

「うむ……嘘だよ」

 前伯爵が言う。

「ぇ?!」

 やっぱりと言う顔のルーカスと、ショックを隠せないパーシヴァル。 ソレを見て、前伯爵は眉を寄せ呆れたように言う。

「今更そんな顔をするくらいなら、乱暴を詫びて、会いに来るべきだったろう」

「いや、ですが……援助を得ている状態で機嫌を取るような態度をとるのは、逆効果でしょう……」

「借りがあっても、第一印象が悪くても、楽しい時間を共有すれば、きっかけはどうあれ仲良くなれた可能性だってあったんだよ?」

 穏やかになだめるように告げた父は、屋敷の裏口の扉を開き調理場へと息子とそのツレを招きいれた。

「えっと、ここは調理場では?」

 狼狽えるルーカスに、前伯爵は笑う。

「何、年寄りには大きな玄関の扉は重いし、使う部屋を限定すると言うのは、なかなか効率的でね」

「いやいや、英雄を輩出した伯爵家として、それはどうなんでしょう」

「私は家を没落させた前伯爵でしかない。 家を再興し力を示すのは息子だ。 それに娘にね、言われたんだよ」



『他人のお金で安定した生活ができるからと、贅沢をし、楽を覚えるのはよくないわ。 そんな堕落した人には、父はとても厳しいのよ!! 私はずっと言われていたわ、自分の価値を示せってね。 義父さまの価値はなに?』



「ってね……、借金を進めてくるものこそいたが、そんなことを言われたのは初めてで、それもあんなに小さな子に言われたんだからそりゃぁ驚いたよ。 そして……悲しかったよ」

 悲しいと言いながら、お湯を沸かしながら語る前伯爵の瞳は楽しそうで、そんな思い出を作った父が羨ましいとパーシヴァルは嫉妬を覚えた。 そして、自分が知りたいことはそんなことじゃない!! そう思う気持ちと、シヴィルの事をもっと知りたいと言う思いの間で揺れていた。

 前伯爵は嬉しそうに続けた。

「それでな……聞いてくれるかい? あの子の勧めもあって子供の頃憧れた細工師の勉強を始めたんだ。 今では、なかなか良い価格で買い取ってもらえるようになってねぇ~」

「父上! 父が娘と語るのは、私の妻ですよね!」

 前伯爵は、未だ立ち尽くした2人に、キッチンテーブルの椅子に腰かけるように勧め、お茶を入れる。 貴族としてはあるまじき行為だが、落ち着き堂々と指示されれば、ソレが正しいように思え、2人は不思議な感覚にとらわれた。

「さて、何から話せばいいのか……。 結論を先んじて言うなら、あの子はお預かりしていたお嬢さんに過ぎない。 その事実を、あの男が告げにきたのは、オマエが殿下の護衛を引き受けた頃、私はあの男に呼び出されたんだ」





 人気の酒場は賑やかで、何のために呼び出されたのかと思えば、奥に作られた地下部屋へと誘われた。 彼は悪名高いと噂の商人だ。 正直、私は来るんじゃなかったとその時思ったよ。


 だけど、彼がそこで行ったのは、ヘルムート家とマノヴァ家との関りの消滅。 アノ日2人が記名した婚姻証明書を燃やしたんだ。 私は驚いたよ……彼が燃やしたのは、我が家で唯一価値を持つものを、彼の娘に差し出すという契約だからね。

「何をするんだね?!」

 私の驚いた顔に、彼は満足そうに、だが……とても意地悪く笑ってみせた。 まぁ、ソレが彼のポーズなのだと知るのはもっとずっと後だったんだけどね。

「パーシヴァル殿は、見事殿下の護衛と言う地位を掴みとったそうです。 おめでとうございます」

「……そう、なのか?」

「もう少し、ご自分の子に興味を持たれてはいかがですか?」

 そう言われれば悔しかったが、

「なら、オマエはどうなんだ……」

 その男の娘は、生きる術だと屋敷の裏手を耕し畑を作り、日々の糧となる野菜を育て、自らの生きる道として薬草を育てており、私は日の高いうちは彼女の手伝いをしていた。 夜になれば、1つの明かりの元で、私は細工師としての勉強をし、あの子は薬学の勉強をする。 とても穏やかで幸福な日々。

「知っていますとも。 なんのために侍女と庭師も共に預けていると思っているのですか?」

 男は小ばかにするように笑ったが、同時に私は強い恐怖にかられたものさ。

 娘を奪われてしまうのではないかというね。 オマエには申し訳ないが、オマエは母親に似て幼いころから少々手に負えないぐらいに活発な子で、私の苦手意識を察知してか、母親ベッタリな子だったから……。 前伯爵は言い訳のように告げ、そして話をつづけた。

「あの子を連れて行くのか?」

「そのつもりでした。 ですが、改めて約束をしませんか?」

「約束?」

「私は、アナタの息子が人前で恥をかかない、一人前になれるほどの援助をしたい。 アナタは、私の子と家族ごっこをしたい。 お互いが子供に与えられるものを与えませんか? いえ、与えてください。 あの子に私が教える事が出来ない事を、あの子が貴族社会で生きられるように。 伯爵として、領主としてアナタが学んできた知識を、寝物語として記憶に残してやって欲しい。 将来、どんな道を選んでも歩いて行けるように」

 断れる訳などなかったさ。 私はあの子を実の娘のように思い始めていたし、オマエにはまだまだ金が必要だった。

「あの子は、とてもいい子だ……。 少しばかり賢すぎるのが、悪く働くこともあるだろう……だけど……」

 怪訝そうな顔を向けられた。

 目の前の男だって可愛くないはずなどないのだ。 ソレを言ってどうする? と思ったが、言わないのも卑怯なように感じた。 悩んだけれど、やっぱり今でも言ってよかったと思っているよ。

「アンタだって、あの子は可愛いだろう? いいのか?」

「……正直、アンタのことは嫌いです。 アンタが幸せになると思うと反吐が出る!! だけどな……死んだ後、俺はアイツに自慢したいんだよ」

 泣きそうな顔で男は言い、そして大きく息を吸ってつづけた。

「これで、金、地位、権力とは関係のない、ただの約束だ。 子を持つ親同士としての約束だ。 全てがアンタの誠意にかかっている。 できるか?」

「……あぁ、感謝する。 ありがとう……」

「感謝なら、あの女にするんだな」





「そして親子ごっこは、オマエが戦場で大きな成果を上げたと、王都に広まった日まで続けられた。 あの男は、援助の終了と共に娘を引き取りにきたんだ」

「俺の気持ちはどうなるんだ!!」

「息子よ……残念だが、オマエの気持ちなど誰もしらんよ……好意があるなら、敵意を謝罪して、謝罪して、時を重ねて信頼関係を築くべきだったのだから。 顔出しもせず、手紙も出さず、誕生日も祝わず、美しいものを共にめでることもなく……誰がその好意に気づけるというんだね? したたかだったあの男ですら、オマエの気持ちは予想していなかったと思うよ」

 前伯爵はどこまでも寂しそうに溜息交じりに伝えた。

あなたにおすすめの小説

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 そう名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  ✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 ✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。 しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。 英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。 顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。 ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。 誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。 ルークに会いたくて会いたくて。 その願いは。。。。。 とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。 他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。 本編完結しました! 大変お待たせ致しました。番外編も完結いたしました!

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?