偽りの婚姻

迷い人

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2章 薔薇乙女の乱

23.仕事とプライベート 中編

 騎士団総本部として活用されているパーシヴァルの執務室。

 パーシヴァルと、殿下が戻ってくれば疲れた様子でパーシヴァルはボソリと呟いた。

「満員御礼だな」

 あたりを見回せば疲れよりも不快が優先する。

 部屋の中。

 長ソファの一方には、医局長とシヴィル、向かい合うように医局副局長が座っている。 ルーカスはデスクの椅子に座り、警備関係の責任者を5名呼び出し、通行の際の厳重化と通行者の証明確認、記名等を命じていた。

 それなりに広さのある部屋ではあるが、騎士達は大柄な者が多いため、圧迫感が半端ないのだが、そんな事よりも……、シヴィルと医局長の距離が近い。 シヴィルが制作している書類を、横から医局長が指示を出しているようなのだが、パーシヴァルにはその距離感が不愉快だった。

 それでも、

「お帰りなさいませ」

 珍しくも弱々しいと言うか、安堵したような様子でシヴィルに言われれば、自然とパーシヴァルの表情が緩む。

「ただいま」

 たった4文字の言語に、甘さが交わる。

 そして、ソファの背後からシヴィルを抱き上げたパーシヴァルは、自分の利用しているデスクへとシヴィルを座らせた。

「作業をするなら、そこの方がしやすいだろう」

 そして紙とペンも移動した。

「確認が出来んだろう」

「出来上がったものを確認すればいいだろうが」

 医局長とパーシヴァルの関係は余り良好ではないらしい。 だが、パーシヴァルは嫌がらせとばかりに医局長の隣に座り、医局長は苦虫をかみつぶしたような顔をする。 ルーカスは吹き出し、殿下はヤレヤレと肩をすくめ、警備関係者たちは困惑し視線をそらし、局長はパーシヴァルを睨みつけ……、副局長は書き終えた書類の最終チェックを続けていた。

 ルーカスの言葉に、殿下は苦笑気味に答える。

「予定よりもズイブンとお早いお戻りですね」

「少々予想外の出来事が発生したため、予定を繰り上げ戻ってきたのですよ。 それで結果は……まとめ中ですね」

 副局長は既にチェックを終えた資料を殿下に手渡し、邪魔がなくなった事で書類制作の進みが早くなったシヴィルの書類を副局長は次々にチェックし、修正するべきところは修正し、殿下へと渡した。

 そこまで僅か数分。

 書類を書き終えたシヴィルは、大きく伸びをする。

「シヴィル君!! 行儀が悪い」

「申し訳ありません」

 淡々と謝罪し、お茶を入れ始めた。

 既に何度かケーキと共に訪れている。 ルーカスがいなければ、お茶を入れる事もあり、勝手知ったる他人の事務所と言うところだろうか?

 殿下は医局長へと視線を向けた。

「魔力障害……と言うことですか?」

「それが、全ての現象に対して最も納得のいく答えでしょう」

 医局長は、チラリとパーシィヴァルへと視線を向ける。

「言いたい事があるなら、ハッキリ言えばどうだ?」

 フッと笑う医局長の口元は、嫌味が混ざる。

「強制的に将軍を作り出そうとした結果と言うところでしょうか。 酷い有様でしたよ皮膚、筋肉、血管、骨、全てボロボロ。 その割に満足そうな死に顔で、恐ろしいものですよね」

 シヴィルがお茶を出せば、医局長が誰よりも早く口にする。

「ぬるい!! 庶民の出はお茶の入れ方も満足に覚えることが出来ないのか!! 入れなおせ!」

 医局長のソレはシヴィルにとって慣れた態度だが、人前でこのようにすること等無かっただけに少しだけ驚いた。

 原因は、パーシヴァルがシヴィルを自由にしたことに対しての、独占欲、所有権の主張と言うところだろうか? だが、シヴィルには少々ソレを理解するのが難しく、薬の残り香で狂ったのでしょうか? と、考え用心深く医局長を観察し始める。

「医局長、コレは少し特殊な茶葉で、低温でジックリ入れる事で香りがよく出るのですよ。 淹れ方としてはシヴィル先生の淹れ方が最適です」

 ルーカスが援護すれば、

「私はいつも、気合を入れるのに、熱いお茶がいいと言っている。 いつまでたっても覚えないから、私が殿下の前で恥をかくことになったではないか!!」

 シヴィルは小さく息をつき、面倒くさいと言う思いを隠し頭を下げる。

「申し訳ございません」

「殿下にも、自分の未熟さを謝罪するんだ。 ご不快なものを見せたのだからな」

 シヴィルは思った。

 上司が愚かで申し訳ありません。 と言っても良いだろうか? と……。

「貴族、王族との付き合い等、権力というものを未だ理解しきれぬ庶民の出でして、いつまで経っても覚えが悪いと言うか……、私も本当は叱りたくはないのですが、人前で恥をかかねば覚えられぬことも多く、殿下をご利用した形となって申し訳ございません」

「薬師にそこまで求めてなどいませんよ」

「いえ、将来的に私の妻になるものとして必要となる教育です。 このありさまでは、殿下に恥をかかせてしまいます」

「「「「?!」」」」

 周囲の驚き困惑を無視して、医局長は溜息をつく。

「このままでは、妻とすることも考え直さねばならないなぁ~」

 何を言っているんだろうと、シヴィルはすぐさま反論を返した。

「お気遣いいただかなくても結構です。 夫の1人や2人、いざとなればどこからでも準備してきますから」

 疲れて世間の全てがうっとうしいと言う表情をしていた殿下が、視線を背けて笑いだす。 

「なっ、いずれ妻にと思えばこそ、丁寧な指導を行ったと言うのに、恩をあだで返すのか!」

「仕事だと思えばこそ、指導を受けてまいりました。 そのような二心があると言うなら、今後局長からのご指導は遠慮させていただきます。 正直、毎回局長からの薬剤指示を待つと言うのは、非効率的に感じていましたので、コレを機会に体制の見直しをお願いできますか?」

 副局長へとシヴィルが視線を向けて告げれば、

「シヴィル、兄はアナタが医局に来た時から、心を寄せてきたの。 そう一刀両断にせずに、異性として改めて考えて頂けないかしら?」

 シヴィルは、考え込むような様子で瞳を閉ざす。

「殿下、お伺いしたいことがあるのですが……」

「なんだい?」

 笑うのを堪えつつ、ライオネルは応じる。

「もし、医局を追放となった場合、私の立場はどうなるのでしょうか?」

「王宮にいられると思うな!!」

 医局長の言葉は無視され、パーシヴァルが間に入る。

「騎士団内の医療部隊に勧誘させてもらおう。」

「ありがとうございます……」

「もう少し、親し気に言って貰っていいぞ?」

 シヴィルは少しだけ、考え込む。 そして……、

「パーシィ、ありがとう」

 砂糖菓子のような微笑みをむければ、

「私は、シヴィルを6年の間、私の妻に相応しくあるよう、ずっと指導し、見守ってきた。 ポッとでの化け物が、何の権利があってシヴィルになれなれしくする!!」

「あるとも。 俺は一生共にあると決意し、彼女の親とも挨拶を済ませているからな」

「なっ、私を騙したのか!!」

 シヴィルへと向かう医局長の叫び。

「騙すとは?」

「清純を装い、私に取り入り、私の言葉に従っていたのは、私を愛しているからではないのか?!」

「……私は真面目に仕事をしていたに過ぎませんわ。 円滑に仕事を行うために必要なら、お茶の好みを覚える事も、気に入りの菓子の手配、食事の手配、書類整理、大した手間ではありませんわ。 プライベートで私を利用されようという行為が見られたなら絶対にお断りしますけど」

 実際に、プライベートな要求など無かった。 何しろ医局長も仕事人間と言うか医療オタクだから……。

「そ、そんな……かわいがってやった私に対する恩義はないのか!!」

「かわいがる?」

「食事に誘ってやった」

「食堂で食事をしながらの打ち合わせは他の方ともしております」

「欲しがっていた花をプレゼントした」

「確かに花は綺麗なのですが、私が欲しかったのは薬草として繁殖する根の部分。 花は医局の待合室に飾らせていただきましたわ。 患者さんが良い匂いだ美しいとよろこんでいらっしゃいましたよ」

「オマエが欲しいと言うから、服を新調させたんじゃないか!」

「衛生面や、利便性がよくて医局に浸透しましたよね。 白衣」

「……好きだ!!」

「お断りします!!」

「この恩知らずが!!!」

 パーシヴァルの執務室から、局長が勢いよく出ていく。 その後を追う副局長。

 シヴィルは頭を下げる。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」

「い、いや……シヴィ」

 パーシヴァルがオズオズと戸惑いぎみに言う。

「なんですか?」

「可愛い可愛いシヴィ、好きだよ」

「馬鹿なんですか?」

「馬鹿だよ。 シヴィのためならいくらでも馬鹿になろう」

「馬鹿にならずに、賢く仕事をしてください。 報告もまだですし、医局からの移動手続きもお願いします」

「そうだな……ソレをするには条件がある」

「勧誘すると言ったのは嘘ですか?」

「嘘じゃないさ。 俺とプライベートな時間を必ず設けるという条件をださせて欲しい。 仕事熱心なのは良いが、そればかりでは疲れるだろう?」

「プライベートと言われましても、仕事も趣味のようなものなので、問題は感じたこと等ないのですが……」

「お兄さんには、甘えていいんだよ」

「あ~~~、パーシィって……馬鹿ですよね」

「だな」

 両手を広げるパーシィに、今回は大人しく腕の中に納まるシヴィル。 抱きしめるではなく、そっと腕を添える程度に収めるパーシィは、臆病な自分に苦笑する。

「これでも、今回は、甘えていたんですよ? 多分、パーシィがいなければ、あそこまで言えなかったと思いますからね」

 苦笑紛れにシヴィルが言えば。

「そうか……嬉しいよ」

 兄を盾に使った分、進んでいるのかいないのか……それでも腕の中に来てくれたなら、ソレはソレで幸せだろうと、パーシヴァルは柔らかく微笑み、少しだけ、ほんの少しだけ抱き寄せた。

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