偽りの婚姻

迷い人

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3章 オマジナイ

35.賭けに勝った者、流れに流された者

 謁見用の大広間。

 ナイジェルが屋敷を炎で消失した日から1週間。 一族の者全てを短期間に起こった不幸で、失ってしまったナイジェル・ウェイドは、1人静かに侯爵家当主となる任命式を受ける予定であった。 実際には、その儀式には、四方衛将軍と、その配下の騎士と、その生家。 そして麗しい悲劇の新侯爵を一目見ようと人々は、物見遊山半分で集まっていた。

 家名と爵位と、新当主の名前を読み上げ、忠誠の指輪の授与を終えれば終わる簡単な儀式ではあるが、反王妃派による内乱が企てられた時期から、久しぶりの儀式であった。

 指輪の収められた箱を恭しく受け取ったナイジェル。

「忠誠の指輪、謹んでお受けいたします」

 それで儀式は終わるはずだった。 ナイジェルは頭を伏せたまま言葉を続ける。

「しかし、爵位は返上させていただきたいと、この場を借りて申し上げます!!」

 整った顔立ちに涙を浮かべて青年は告げ、懐から取り出した紙の束を、仰々しく陛下に渡す。

「王家の一の家臣と申しながら、王家を利用し利益を得てきた姿を見てきました。 侯爵家と言う他の貴族を導く立場でありながら、その力関係を利用し、金銭を利用し、他家を支配してきた記録の全てがここにあります。 私は王家への忠誠を正しい形とするべく、侯爵家としての財産を王家に返還し、この身一つで王家に忠誠を捧げることをお許しください」

 こうなってしまうと、彼の正義は確定してしまう。

 未だ多い反王妃派を考えれば、王の信頼とはこうも安いものなのか? と呆れるほどであろう。

 信頼できるかどうか?
 良い人であるかどうか?

 ソレを決めるのは評価される人間の性質や心ではない。 どこまでも他人がどう感じるか? それに一任されてしまうものなのだ。

 シヴィルの父が、戦中の敵国と商取引を行っていた事で、敵国支援を行う売国奴と言うレッテルが張られ、裏でどれほど国のために働いていても、人が認知し評価し支持しなければ意味がなかった。

 ナイジェルの件も同じだ。

 裏でどれほど酷い事をしていたとしても、目に見えなければ人は認識しない。 見せられる美しい面だけを見る。 悲劇の若き侯爵だと思い込んでいる中で『ナイジェル・ウェイドは稀代の殺人鬼である』と言ったところで、周囲はソレを誹謗中傷として認識し、自分が見たい姿しか受け入れず、守りたい相手を守り、攻撃してくる相手をたたきつぶそうとする。

 そう言うものなのだ。

「迂闊でした」

 ライオネルには、ナイジェルが権力に固執しているように見えた。 見えたからこそ、侯爵家によって王妃暗殺計画が行われている資料を提出した挙句、侯爵家の取り潰しを願うとは想定外だった。

「違いますね……過去の陛下の行動を考えれば、暗殺計画などという危険を冒す者などいないでしょう……一か八かの賭けに出たと言うことでしょうか?」

 ライオネルは独り言をつぶやく。

 陛下が、ナイジェルを自らの味方と考えるか? 彼をウェイド一族として裁くか? そしてナイジェルは賭けに勝った。

「既に死に絶えた一族の罪を、そなたが背負うことはあるまい。 誰が認めずとも私がそなたをウェイド侯爵として認めよう!」

「私1人では、広大な土地や財産を管理しきれません。 本来であれば、私が侯爵であるために支えてくれるはずであった者もいないのですから」

「そなたは本当に欲がない……」

 陛下はしばらく考え込む。

「王族の女系の子供が継承権を持てぬ理由は、王家の収める国に対して貴族達の思惑が介入する危険性があるためであったな?」

 陛下は大臣に尋ねれば、額の汗をぬぐいながらも大臣は是と頷けば、

「では、爵位の返還と共に王位継承権をそなたに与える!」

 歓声と拍手が沸き起こった。



 国王陛下は平凡な男である。

 ただ少しばかり愛情が深すぎる以外は、どこまでも平凡である。 この場合の平凡とは、先人の行いをなぞると言う事をつつがなく行えると言う事であり、他人の意見をよく聞き、過去の事案を持って判断できると言うもの。

 王妃にとっての味方。
 王妃を愛する自分にとっての味方。
 王位継承者を増やせば、王妃の負担が減る。

 そのような安易な理由から、突発的に、独断で、王位継承者を増やした王は後に愚帝として歴史に残ることを、この時はまだ誰も知らない。





 そして時は、王位継承権授与の数か月後、3章の冒頭へと戻る。





 王妃様の私室近くにあった温室が放火されたことを理由に、人に恨まれるような人間を王妃の側におけないと、国王陛下に命じられたのはナイジェルの王位継承の少し後。 流言が流布されたと言うよりも、国王陛下の過保護が発揮されたのだろうと私シヴィルは考えている。 何しろ恐ろしく嫉妬深い人だから。

 王妃様の贔屓であった私に対する陛下の嫉妬は、プライドによって抑制されてはいたが、機会あれば排除しようと言うのは何時も見え隠れしていたし、当然と言えば当然と対応。

 私は呼吸に小さな溜息を混ぜる。

 四六時中、王妃様に対応していたと言うのは一種のステータスであって、実際にはお茶会を通じて不満、不安の聞き出し、食事の調整、外出の段取り、やっていた事はストレス発散の付き合い。

 今はそれも、3~5日に1度、1時間程度となれば王妃様の鬱憤も半端ないというもの。 出会いがしらに始まった愚痴は、お茶の準備をする間も背後から離れず続けられ、私は静かに淡々と対応する。 と言っても、返す言葉はシンプル。

「大変ですね」「陛下もご心配なのですよ」「ソレでは、お心を休める暇もない状態なのではありませんか?」「お力に慣れず、すみません」「新しい王妃様付きとなった皆さんも楽にしてくださればよいのですが」「陛下の王妃様への愛はとても深く、いずれ全ては上手くまとまりますよ」

 答えなんてない。

 王妃様も答えを求めていない。

 答え = 王妃様による自発的行動 になってしまうのだから、答えを出すと言うことは、現状の王妃様を責める事に他ならない。 答えを出してはいけないのだ。 だからこそ、私は延々とサンドバックのごとく受け流す。

 供をしているアイザックの目元が、痛々しいものを見るように私を見ているし、顔なじみの女官長や給仕の者達はひっそりと王妃様の陰に隠れて、謝罪代わりに両手を合わせていた。

 いいんですよ。 以前と違い今は1時間とタイムリミットがあるのですから。 だからこそ、たまったガスの勢いが強いのですが……、まぁ処理しきれなかったガス抜きは、原因である陛下がなさることでしょう。

 いえ……もしかして、ソレを機会に私が無能だと責めてくるのでしょうか? あ、あり得る……。

「ちょっと!! 聞いてますの!!」

 ガクンと頭を下げた私に、背後から王妃様の声と八つ当たりパンチが飛んでくるが、避けさせてもらう。 お茶がこぼれてしまいますからね。

「なんで、避けるのよ!!」

 私はにっこりと微笑んだ。

「王妃様に火傷をさせてしまっては、大変ですから」

 王妃様の不満は、大きく膨れ上がっているようだ。

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