偽りの婚姻

迷い人

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3章 オマジナイ

48.独占欲

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 アイザックに咎められたパーシヴァルは溜息をつく。

「わかっている」

 それでもシヴィル頬にパーシヴァルはそっと指先で触れた。

「楽しめているか?」

 触れられた手に、自分の手を重ねたシヴィルは少しだけ拗ねた素振りをする。

「初めての夜会だし……パーシィがいないし、不安で寂しかった」

 好きな相手にソレを言うなら、せめて女性用ドレス着ますよね? その恰好でいっちゃいますか。 あと、ボスはデレないでください!! あくまで、アイザックの心の突っ込みである。

 夜会であり得ないイチャイチャぶりだが……今会場内の視線の多くは、殿下に集まっているのだからと、周囲への警戒を解かないならと妥協したというのは言い訳。 アイザックにはパーシヴァルの幸福を中断させる勇気は、備わっていなかったという方が正しいだろう。

 シヴィルの言葉に、戸惑った。
 そんな言葉を聞けるなどとは思いもしていなかったから。

「ぇ?」

「寂しかったの!!」

 改めて強く言われれば、表情が自然と緩んだ。

「そうか……俺も寂しかったよ」

 シヴィルの頬を撫で、反対の額に口づけるパーシヴァル。



 世間の視線は演説中の殿下に集まっていた。 今、殿下は予告の無い婚約発表と言うネタを公開し、今後の助力を周囲に願い出ているという最中だ。 今は護衛騎士の全てが神経をとがらせていた。 パーシヴァルとて警戒の全てを解いている訳ではないだろう。 

 まぁ、少しぐらいはいいか……。

 長い上司の悲恋を知る部下たちは甘い。



 だが、全てが殿下を見ていなかった。



 不心得者と思われようと、浮かれる心がそうできずに、ずっと視線で白銀の少年を追っている者がいた。

 先ほどシヴィルにダンスを誘われた令嬢達。 頬を染め瞳を輝かせ、甘い口調で感謝を語り、これで終わらせるもんですか!! と、

『アナタなら父も後ろ盾になっても構わないというはずよ』
『私の父なら、王宮内での職を準備することもできる』
『王の側近となるためのチャンスと教育の場を……』

 甘い囁きを別れ際に投げかけた令嬢。

『だから!!
 私を愛しなさい!!』

 わずかの間に、シヴィルを手に入れようと提示された条件。 条件の大半は、教育、出世なのは自らの伴侶として教育しようとしたからだろう。 白銀の少年にはその価値がある。 そう定めた自分は間違いではなかったはずだ!!

 少年が殿下へと向かい単身挨拶をすれば、自分達が提示した条件が少年にとって安っぽい物なのだと知ったが、余計に磨く前の原石の価値にウットリした。 そんな少年に選ばれダンスを踊り、誘いをかけるチャンスを得たのは8人だけ……。

 次にどうやって声をかける?



 殿下の挨拶など、まったく耳に入らなかった。



 パーシヴァルに近寄りだした時には焦った。 パーシヴァルの側には既に片割れの金の少年が側にいる。 パーシヴァルの近親者であれば、令嬢達の誘い文句はお笑い種も良いものである。

 だが……、

 少年がパーシヴァルを見つめる瞳。
 パーシヴァルが少年を見つめる瞳。

 ソレはともに甘く……。

 微笑む表情は愛らしかった。
 ただの知り合いには到底見えなかった。

 少年は、1度だけ会場に視線を向け微笑む。

 それは少年のものではなく、控え目で物静かな……王妃専属薬師のもの!! ずっと白銀の少年を視線で追っていた令嬢達は、自分がときめいた相手が誰かと理解した。

 ダンスを踊った令嬢達8人は、シヴィルを近くで見ていた。 話をしていた。 先日『将軍』から手を引けと、令嬢達が傲慢な態度で伝えた相手だ。 8人が8人とも、パーシヴァルを手に入れるため、寵愛を得るシヴィルを排除しようと直接交渉に挑んでいたのだ。

 令嬢達同士の繋がりはない。
 だから、確認はできない。

 叩き潰されたプライドのまま、引くわけにはいかなかった。
 恥をかかせたのかと怒るわけにもいかなかった。

 令嬢達の顔色が失われていく。

 それでも、白銀の少年……改め王妃の専属薬師から令嬢達は視線を離すことはできない。 





 夜会の場でそれはやりすぎ!!

 シヴィルにダンスを誘われた令嬢達の変化に気づかぬまま、アイザックは空しくも心の中で突っ込む。

 シヴィルはパーシヴァルに囁く。

「寂しかったのは、一緒?」

「あぁ、一緒だ。 俺もヴィに会えず寂しかった」

「なら、今日はもうずっとそばにいていい?」

「流石にソレは断ってください」

 右斜め後ろからアイザックがボソリと言えば、パーシヴァルの左腕に抱き着くように、身を隠しながらシヴィルは言う。

「ダメ?」

「ボスは今、重要な仕事中ですからね」

「邪魔しないよ?」

「ヴィほど、側にいるだけでボスの邪魔になる人は存在しませんから!」

「アイザック、オマエは言い過ぎだ」

「事実です」

 シュンとした素振りをシヴィルが見せているが、パーシヴァルの腕に絡めた自分の手は離しはしない。

「大丈夫です。 今日のヴィは往生際が悪いですから」

「パーシィ」

 甘えた様子でシヴィルが微笑み両手をパーシヴァルに向けたなら、パーシヴァルがその手を取らない理由はない! 抱き上げない理由はない! 正確に言えば仕事中だ、護衛中だ、理由はあり過ぎる程にあるのだが、パーシヴァルにとってそんな理由の全てが些末なことだった。

 あぁ、やってしまったかとアイザックは顔を覆う。

 ユックリと抱き上げ顔の高さを一緒にすれば、シヴィルの方から甘えるように首に腕を回し身を寄せる。 額と額が触れて甘い微笑みを交し合う。

 殿下と令嬢の婚約発表挨拶と言う大舞台もそろそろ終わりが近づいてきた。 2人がコチラに戻ってくれば、必要のない注目まで浴びてしまう。 だからと言って殿下と侯爵令嬢の護衛であるパーシヴァルが、この場を離れるわけにはいかない。

 そして、何より2人を引き離すほどのリスクを払うほど、アイザックは仕事熱心ではなかった。

 アイザックは口論において嫌がらせの天才だが、パーシヴァルは物理による嫌がらせの天才である。 ソレこそ2人の甘い瞬間を邪魔したからと、嫁との甘い日常生活を邪魔されかねない。

 うん、僕には奥さんが一番大事だ!
 ボスは、この状態でも殿下も侯爵令嬢も守り切るでしょう。
 なら、ボスが恥をさらすだけ?
 うんうん、それなら問題ないよね~~~。

 そう結論づけた。

 パーシヴァルはシヴィを腕に乗せれば、シヴィはバランスを取るためにパーシヴァルに身体を預け、きゅっと服を掴む。 本当に細やかな細やかな幸せである。

 だが、どこまでシヴィルが積極的であっても、今日ばかりはパーシヴァルの欲望は抑えるしかない。 流石に今日の仕事は他人に押し付けることが難しく、大きく溜息をつけば、シヴィルが不安そうに見つめてきた。

「邪魔、かな?」

「いや、このまま何処かに連れ去りたいのに、仕事を放棄できない事に対する溜息だ」

 正直に言えば、シヴィルはクスっと笑い首元に腕を回して耳元で囁く。

「なら、側にいていい?」

 きゅっと、シヴィルは量産品を思わせるパーシヴァルの黒のタキシードを指先で遠慮がちにつまむ。

「いい加減、離れてください」

 既に殿下の演説は終わり、祝いの言葉に礼を繰り返している。 安全性を期して、適度なところで切り上げる予定になっていた。 この場合の適度が、残り何分なのかは分からないが、アイザックの口調は少しだけキツイものとなっている。

 拗ねたようにアイザックに不満を述べるシヴィル。

「大丈夫。 パーシィは強いから平気」

「ソレはそうですが、そもそも夜会でその行為はあり得ないほどに行儀悪いです!」

「夜会出た事ないし、ルール習ったことないから知らな~~~い」

「子供ですか!!」

「ボスもなんか言ってください!」

「俺が拒否できると思っているのか!!」

「そうですね!!」

 アイザックは嘆いていた。

「だから、僕は悪くない!!」

 自分を慰めるような力強いアイザックの呟きに、シヴィルはシヴィルらしく小さく笑った。

 既に目的を果たしたシヴィルは、トンっとパーシヴァルの腕の中から降り距離を取った。 パーシヴァルは名残惜しそうに手が視線がシヴィルの後を追う。
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