偽りの婚姻

迷い人

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3章 オマジナイ

49.パラノイア

「側にいてくれ!」

 伸ばした手で、パーシヴァルはシヴィルを抱き寄せた。 油断していたシヴィルはパーシヴァルの腕の中に倒れ込む。 キョトンとシヴィルはパーシヴァルを見上げれば、遠くで顔面を羽飾りが立派な扇で隠すミランダの姿。

「パーシィ?」

 不思議そうにシヴィルが見上げれば、パーシヴァルには明らかな動揺が見られ、顔を赤く染めて視線をそらした。 小さく笑うシヴィル。

 アイザックは、もう本当勘弁してくださいよ。 と顔を覆う。

「側にいますよ。 ただ、万が一を考えれば両手は開けておいた方がいいのではありませんか? そう思っただけです」

 シヴィルの視線が、戻ってきたライオネルとミランダへと向けられれば、しぶしぶパーシヴァルはシヴィルを腕の中から解放する。 その際にシヴィルは猫が通りすがりに飼主を尻尾で触れるように、そっと指先でシヴィルの手に触れ、そして視線を交わせば……パーシヴァルは幸福だった。

 数歩前進したシヴィルはアイザックへと視線を送り、ヒザをつき主役である2人を出迎える準備をすれば、対の存在であるかのようにアイザックもシヴィルを習った。

 たったヒザをつくだけの行為で、シヴィルとアイザックは、ライオネルの側に居場所を作り上げたのだった。

 そんな様子を見ながら、パーシヴァルも2人を迎える姿勢をとった。 だが、それはあくまで恰好だけで、発せられる言葉はどうせ周囲に聞こえはしないのだからと、緊張感の欠片もない。

「片手ぐらいの働きはアイザックがしてくれるだろう」

「指1本分が限界です」

「なら5本分揃えてここに並べるか?」

「手のひらの分が、まだ足りませんね」

 ライオネルが正面のパーシヴァルに視線を送れば、パーシヴァルは敬礼をする。

「鬱陶しく警備を並べ立てるのは勘弁してください」

 横合いでは、シヴィルとアイザックに立ちあがり側に控えるようにと、周囲に見せつけるように指示を出したミランダが口をはさむ。

「あら、こんなに可愛いですのに」

「いえ、白いのを抱きしめたいからと、両手を開けるために平気で警備騎士を並べ立てそうなので、先に念を押したに過ぎませんよ」

「ソレは……究極の選択ですわね」

 鬱陶しい警備が存在しないか?
 いちゃつく二人を見学するか?

「そこは、私に従ってください」

 ライオネルの声のトーンが落ちれば、頬を染めたミランダがウットリと頷いた。

「そうですわね」

 2人の会話の側で、シヴィルはニッコリと微笑んでいた。

「それよりシヴィル、今日は随分と可愛らしい恰好ですわね」

 一つ間違えば、悪役令嬢そのものの口調、彼女の趣味を知らなければ嫌味としかとれない言葉を投げかける。 だが、ミランダに悪意はかけらもない。 それが王妃に誤解を与え土に埋められる原因となったのだが、今となればソレも今を作るための良いきっかけと言えるだろう。

「今日はヴィとお呼びください。 で、恰好ですが……いつもより飾り立てていますけど、そう変わらないと思いますよ?」

 そう言い切ったシヴィルの胸をわしづかみにするように、手を伸ばすミランダ。

「無いじゃない」

「まぁ、潰してますから」

「「「潰す?!」」」

 男3人が声をそろえ、そしてポソリと呟く面々。

「勿体ない……」
「嫁にやってくれれば……」

「胸があろうとなかろうと、愛情に変わりはない」

 にやにやヨダレたらしそうなミランダの口元は、扇に隠されているが、それでもハンカチで拭うライオネル。

「何考えているんですか!! 戻りますから! なくしてませんから!!」

 慌てるシヴィル。

「そ、そうか……でも、さっき言ったのは本当だぞ?」

「……ありがとうございます?」

 シヴィルは喜びきれずに首を傾げた。

 他愛ない会話が続けられ、ライオネルの苦笑も恰好だけで、本人もまた楽しんでいるのだろうという雰囲気が周囲に伝わる。 ようするに仲がいいのだ。 やらせではない仲の良さに、ウンウンと国王陛下は頷き、夜会の場を退席すれば、周囲の貴族達は大きな安堵の息を見せる。



 これで王位継承合戦は、ライオネルの数歩リードとなったと言えるだろう。



 ソレを良しとしなかったのはナイジェルである。
 茶番に付き合わされたという苛立ちがあった。

「騙された……」

 ボソリと呟くが、誤解である。 思い込みである。

 社交の場であれば、時と場所選ばず、全ての主役が私であるべきなのに。 そんな思い込みを持たれても夜会の開催者は迷惑であろう。

 視線を集めるシヴィル、ライオネル、そしてソレを保護するパーシヴァルに敵意が向かう。 そして一層彼のイライラを募らせるのが、3人ともがナイジェルを一切視野に入れていなかったということだ。

 ナイジェルは、悲劇性と美貌と親が残した地位と財産を餌としてバラマキ、自分と言う存在の注目度を維持してきた。 レイランド侯爵家が、ウェイド侯爵家にとって敵だった過去があっても関係なく自分が主役となれると信じて疑わなかった。

 だが入場した時点で、シヴィルとアイザックの存在により、ナイジェルの美貌と言う価値は目減りしていた。

 調子が悪かった。
 思い通りにならない苛立ちを覚えた。

 陛下は王妃以外のことに興味はなく、人の注目、視線など全く気に掛ける人ではない。 そもそも陛下は息子ライオネルの自発的恋愛による婚約が真実かどうか? を確かめるために来たに過ぎないのだから、ナイジェルのために積極的に人を集める等と言う行為をするわけがなかった。

 周囲が自分の味方として働かない悲劇に、内心嘆いていた。

「まぁいい……」

 言葉とは裏腹に納得した訳ではない。

 乱れる感情を抑えようと、深呼吸をし、冷静を取り繕い、周囲との会話を盛り上げようとするが、比較対象を目の前に並べられた貴族達は、ナイジェルの美貌と悲劇という価値に疑問を覚える。

 ナイジェルには実績がない、経験がない、揺るぐことのない後ろ盾がない。

 ライオネルの元に挨拶に訪れる、王族貴族達。
 それは、同情を根源とするナイジェル周辺とは違った。

 呼吸を整えようとすればするほど、ナイジェルの呼吸は乱れた。

 周囲が自分を否定しているように思えた。
 周囲が自分を貶める敵のように思えた。

 ナイジェルは弱い。

 魔力こそあるが、その魔力を支える精神が育っていない。 育ち切らない精神を支えるのは彼を賛美する妄想であり、ナイジェルは胸元から小瓶を取り出し手持ちのワインに数滴注ぎ入れた。

 ナイジェルの行動を気に掛けるものと言えば、ただ1つの群れだけ。 彼につけられた観察班のみとなっていた。

「ナイジェル殿下に、変わった動きが見られました!! 魔導部隊に解析の依頼を!」

 慌ただしく警備の者達が裏で動いていた。



 夜会と言う華やかな場所で、主役を確保できず、ナイジェルの心は孤独だった。 彼の美貌に集まった者達は、白銀と対の金へ興味を向け。 王族・貴族達は、未来がライオネルにあると言わんばかりに挨拶を求めていた。

 負けだとはナイジェルは思っていない。
 思っていないが……、心乱れていた。

 これは、私の望む状況ではない。
 ナイジェルは、自らの状況を理解し否定する。

 ナイジェルの中では、世界の本来の支配者は自分であり、世界はソレを知らないだけ。 愚かな世界だ。 ナイジェルを支えるのはそんな妄想だった……。

 薬によって妄想を強め、理性を保ち、ようやくナイジェルは動き出した。 貴族内の有望株とされる次代を担う者に、愛想良い笑みを向け挨拶に回りという地味とも言える作業のために一歩足を踏み出した。

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