偽りの婚姻

迷い人

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3章 オマジナイ

56.彼の終わりの終わり 後編

「やっぱり……」

 小さな囁きは、シヴィルのもの。 だが、シヴィルの声は、喧騒に紛れ掻き消えた。

 シヴィルの気づいたことに気づいたのは、シヴィルだけではない。 呪術を知る者であれば、状況の悪さに気づくに十分と言えただろう。

 クラインが叫んだ。

「全員、にげろ!!」

 必死な様子に、騎士達は魔力を失い老婆のような風体となった令嬢を抱きかかえ、クラインではなく彼等のトップであるパーシヴァルの言葉を待つ。



 シヴィルはライオネルとレイランド侯爵、公爵令嬢に告げる。

「お三方も逃げてください」

 静かに告げるシヴィルの瞳は、緑色が色褪せたように黄色に変わっていた。

「責任者が逃げてどうする」

 ライオネルが言えば、遠慮なくシヴィルは舌打ちをし、その姿にぎょっとする侯爵と、頭を抱えるルーカス。

「お願いします!」

 そう声を上げたのは、自らの愛らしい容姿をふるに発揮して目を潤ませ懇願するアイザック。 そして正気に戻ったようにルーカスが言葉をつづけた。

「えぇ、敵が魔力を主体に使う以上、こちらも100%対応できる訳ではありません。 ご無事をお約束できない状況なんです。 頼みます逃げてください。 でなければ強制的にここから連れ出させていただきます」

 ルーカスは部隊の中でも、とりわけ大柄な隊員たちに3人を運び出せ! と命じる。





 魔術師達が焦ったのには訳がある。
 術は無事返された。

 だが、

 呪術で出来上がった黄金の蛇は、蛇の形を持ち、魔力を喰らうという性質を持たせられてはいるが所詮は魔力の塊であり、魔力を持って攻撃する存在なだけなのだ。

 そもそも、何の特訓も受けた事がどれ程の魔力を蛇に与え、どれ程の攻撃力を乗せる事ができるか?  元をただせば、ナイジェルは蛇が令嬢達の魔力を餌とするという性質を持って、その親である貴族を脅すために準備したものなのだ。 大それた攻撃力など持ち合わせてなどいなかった。

 とはいえ、全てが一点に集まれば、ソレは別である。

 別であったはずだ。

 ナイジェルに蛇達は次々と喰らいついた。
 蛇の攻撃力と、ナイジェルの魔法防御力。
 
 ドチラが上回るか?

 魔術師達が焦った理由は、ナイジェルの魔力量だった。

 魔術師達の焦りに気づいたパーシヴァルは、バルコニーから飛び降りナイジェルに剣を振り落とそうとした。 だが、切れるのはナイジェルの周囲に次々と纏わりつく蛇、蛇、蛇、蛇が無数の蛇が邪魔をする。

 いや、それだけではない。

「……固すぎる」

 魔力を物理で切ろうとするから等と言う理由ではない。 パーシヴァルはしっかりと魔力を剣にまとわせていた。 この場合の問題を上げるなら、パーシヴァルの魔力攻撃よりも蛇の魔力防御が勝っているということ。

「あり得ない」

 パーシヴァルの呟きに、

「そうでしょうか?」

 余裕の声が返される。

 声の主は、蛇に纏わりつかれ食われているはずのナイジェル。 だが、実際には自らの魔力をナイジェルは蛇達に与えていた。 子供に飴玉でも与えるかのように自らの魔力を食らわせ、蛇たちに対する支配力を高めていた。

 所詮は何の特訓もしていない令嬢達の作り出した蛇だ。 全員でかかったとて魔力回路異常を自らコントロールしてきたナイジェルの敵ではなかった。

 ナイジェルの元で、蛇が一体の大蛇に変じそして、牙をむき襲いかかる。

 パーシヴァルにではない。



 今、姫抱っこを拒否し、自らの足で逃げ出そうとしているライオネルに向かって。



「全ては、全てはオマエが私の邪魔をしたからだ!! オマエさえいなければ!」

「辞めろ!!」

 パーシヴァルは叫び、追う。

 既にパーシヴァルはナイジェルを見ていなかった。 パーシヴァルが見ていたのは、ライオネルの前に立つシヴィルの姿だけ。

「逃げてくれ!!」

 パーシヴァルは、持ち得る魔力の全てを込めるには時間が足りず。 だからといって中途半端な時間では蛇に敵わず。 自然と体が動いていた。

 シヴィルを犠牲にするくらいなら、自分が食われればいい。
 攻撃も防御もすべてかなぐり捨て、パーシヴァルはシヴィルを抱きしめ蛇に背を向けた。

「バカなんですか?」

 シヴィルの声が、何時も以上に耳に甘い。

 シヴィルがもう一度いう。

「バカですよね?」

「酷いな……」

 シヴィルの白いタキシード、髪、頬、全てが赤く濡れていた。 周囲は時間が止まったかのように静かだった。

 パキンパキンと何かが壊れる音がすれば、質素だがシヴィルによく似合っていたアクセサリーたちが砕け散った。 白い白い何処までも白い髪が、フワリと解ける。 柔らかくパーシヴァルの頬をくすぐった。

「シヴィル……何時も可愛いが、何時も以上に美人だな」

 白色の髪は血で赤く染まっているが、緑色だったはずの瞳は金色に輝いていた。 あぁ、シヴィルは彼女の娘なんだと、思い出したばかりの記憶の中で母と争う女性を思い出していた。



 そして、赤ん坊のシヴィルが側にいたことを。



 それはとてもとても可愛くて。

 触れれば溶ける雪のようで、舐めれば甘い砂糖菓子なのでは?  小さなパーシヴァルは、赤ん坊のシヴィルに恋をした。 ぷにっと頬に指先でそっと触れれば、赤ん坊はその指を小さな指で必死につかんできた。

「お姉さん、この子を僕のお嫁さんに頂戴」

 パーシヴァルの声に、母達は笑った。

「私達は強くて、そして弱い生き物です。 この子も同じ……いえ、私以上に不便な生き方をするでしょう。 難き女の息子といえ、私はそこまで狭量ではありません。 娘をくれてやると約束はできないが、もし愛し守ることが出来るなら認めるくらいはしてさしあげますわ」

「僕、頑張るよ! この子を守れるように。 好きになってもらえるように」

「とんでもない娘だ。 まだ赤ん坊だというのに、私の息子を奪っていくなんて」

「それも、悪くはないのではありませんか? アノ人にとってみれば、思いを次世代につなぐ訳ですから。 さて、やりあいましょうか?」

 穏やかに笑いあう。

 そして、2人は何時もの戦いを繰り返した。

 そのやり取りは2人だけの秘密で、その都度、子供達の記憶から消し去っていた出来事。





「あぁ、違う。 君は赤ん坊のころから美人だった。 過去も今も未来もきっとずっと綺麗で……俺を虜にし続けるんだろうな……」

「バカなの? 邪魔よ」

 金色の瞳が冷淡な色を見せ、パーシヴァルをその膨大な魔力を持って弾き飛ばした。

 ナイジェルが自分の力を乗せ、全てを集約した蛇は、シヴィルによってやすやすと止められており、パーシヴァルとシヴィルを赤く染めていた血は、少し前に真っ二つに身体を裂いた賢者のもの。

 パーシヴァルは記憶を取り戻し少々感傷的になっているようだが、赤ん坊だったシヴィルに彼と共有するだけの記憶はない。

「つれないなぁ~」

「こんな局面で言う話ではないわ」

 そう言いながら、シヴィルは蛇を手懐けるように、抱きしめ撫で口づける。

「焼けるねぇ~」

「煩いわね」

 黄金の瞳が蛇をも魅了する。
 母から受け継いだ力。

 譲れない恋をしている者には効果はないが、その美貌を飾る黄金の瞳は美しく恋を知らぬ者達を確実に魅了させる。 それは呪われた魔力である蛇にも同様に効果を持っていた。

 もし、令嬢達の恋が『恋に対する憧れ』でなかったなら、シヴィルもここまで容易く蛇を支配することはなかっただろう。

「戻りなさい。 戻って喰らって自由を獲得してきなさい」

 シヴィルとナイジェルが見つめあう。

 魅了の力を持つ2人。

 一方は、国は力あるものが支配するべきだという主義を持つ賢者によって、魔力回路を細工され、人為的に化け物として作り上げられたナイジェル。

 一方は、白の魔女と呼ばれる化け物が恋する相手との子を欲したが故に作り上げた化け物。より強くその異常性を受け継ぎ、腹の中にいる間から膨大な魔力に晒され生まれたシヴィル。

 勝負は、この世に存在した瞬間から決まっていた。

「死になさい、まがいもの」

「私は、王族だ!! 次期王だ!! こんな事をして許されると思って!!」

 ナイジェルは巨大な蛇に飲み込まれれば、叫び声とベキベキとパチンパチンと骨や筋、肉の捩じ切れる音が響き渡る。 巨大な蛇は、ナイジェルの魔力を吸収し魔力体を肥大化させていたが、やがて動きを止めた。

 ナイジェルの叫びが聞こえても、
 ナイジェルの叫びが止まっても、

 それでも、ヒュブリス部隊の面々は倒れた者達を保護し、今回の魔術部隊に任命された医師達は治療を続けていた。 彼等は彼等の役目を、いつもと変わらず果たしていく。 恐怖がないではなかったが、それは戦場において常のこと、パーシヴァルが撤退を告げない限り騎士団には撤退は無く、非常にも医師達を逃がすこともなかった。

 全ての役目を終えた蛇は、魔力の粒子となり大気に溶け、魔力を奪われ干からびた老婆のようになった令嬢達にわずかばかりの回復を促し、死を防いだ。 死を免れたが令嬢達が法を犯し邪法に手を染めた罪は、その身をもって償い続けなければならないということだろう。

 蛇が消えた先。

 惨めたらしい人の形をした袋が転がっていた。

 魔力が奪われつくし
 骨も筋も肉もバラバラにされ

 人型の袋に肉と骨と血を詰め込まれたもの。



 全てが終わった。
 全てが元に戻った。

 訳ではなかった。

 シヴィルに向けられる視線は、魅了による欲情に満ちる反面、人々は恐怖に瞳孔が小さくなり、口元がひきつり、身を震わせていた。 恐怖なのか? 恋なのか? ときめきなのか? 動悸なのか?



 シヴィルは自嘲気味に声を出さずに笑っていた。

 周囲の者達を責める気などなれない。

 自分もまた、暴走した母を彼等と同じような顔で見つめていたのを記憶しているから。

「シヴィル!! 無事か!! 済まなかった」

 パーシヴァルは、シヴィルを抱きしめ何度となく謝り続ける。

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