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前編
03
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「公爵家の女と言うものは……」
それが亡き義母ブレンダの口癖だった。
ブレンダが、私の育ての親になったのは両親が亡くなった3歳の頃。 実の両親の記憶は全くなく、私はブレンダを実の母のように慕い育った。
義母と両親の関係は、義母が夫を亡くした折に世話になったのだと聞いている。
義母は、私の両親が亡くなった際に、私を自身の子のように育てたいと願い、ソレを強行するためかなり強引な事をしたと聞いています。
レイダー公爵家に勤めていた多くの使用人の解雇。
レイダー公爵家の血縁に繋がる者達との絶縁。
なぜ、そうしたのか? 詳しい理由を知るには私は幼過ぎ、ブレンダも古参の使用人も語りたがらなかったため今もその理由は知らない。
そんな私にも知っている事はある。
使用人の多くが、親族の多くが、私とブレンダの息子ラスティとの婚姻を反対していたと言うこと。
そのせいでしょうか?
ブレンダが亡くなってから今まで、多くの者達がやってきました。
親族の者達が権利の復活を!
ブレンダに解雇された元使用人達は復職を!
そして私の婚姻の不当性を……。
ブレンダは誤解の多い人だったから……きっと彼等も色々と誤解しているのでしょう。
私は彼女を愛していたし、感謝もしていた。
もう少し静かに彼女を見送りたかった。
どうしたら周囲の方々は理解してくれるのでしょうか?
誰もが、彼女を良い親では、導き手ではないと思い……そして、だからこそ、私が義母を毒殺したと疑っているのだと……私は考えているのです。
本当に、義母ブレンダは厳しい人でした。
「公爵家の者だからこそ、ソレを統治する庶民の事を理解しなければなりません」
そうして、私は5歳になった時から侍女達と一緒に掃除や洗濯を義務付けられた。
とは言え、私が働くよりも何もしない方がマシだったと思うのですよ。 よく根気強く侍女達は私に付き合ってくれたものです。
6歳、ラスティとの婚姻が交わされた頃から、午前中は掃除、午後からは、数学、言語学、経済学、文学、礼法を学ぶ事となり、そのことに若い侍女達が、同じ侍女(年齢差は年若い侍女には関係なかったらしい)なのに何故私ばかりが貴族と同じように学習の機会が与えられるのだと、嫌がらせを受けるようになったのですが……当時の私は、私はラスティ様の妻だから!! と、思えば余裕で耐える事ができたのです。
基礎学習を12歳で終えた私は、日々の嫌がらせから逃がすようにと、公爵領の中でも豊かな集落に預けられました。 預けられた村長の家は決して豊かでは無かったけれど、庶民にとっては決して小さくない対価と共に預けられた事で、不自由のない生活を16歳まで送ったのです。
16歳からの2年間は義母の側で公爵家の勤めを学びました。
それらの経験は私の自信に繋がったし、公爵家とは関係の無い人間関係も築かせてもらった。 もし、私が毒殺をするのなら義母ではなく、私を虐めていた侍女達でしょう……。
そんな事も分からないのだから、知るべき事を知る事が出来ずに自分を追い込んでいくのよ。
私は通りすがる敵意に満ちた侍女達の視線に呆れ交じりの息を吐く。
私はブレンダとの思い出を思い出しながら夫であるラスティを出迎えるために、二階の廊下を歩いていました。
賑やかな声が耳に届く。
「何かしら?」
「ラスティ様がおつきになったようですね」
窓から見つけた公爵家の紋が入った馬車を目にし、言葉を失くした。
「……葬儀の出席のために訪れたようには見えませんわ……」
馬車列はまるで嫁入りのように華やかで、それはとても不謹慎に感じたのです。
6つ年上の夫は、レイダー公爵家が『王国の剣』と呼ばれる騎士を生み出していた事から、幼い頃から騎士に憧れ修行をかかさない真摯で努力家な方でした。 そして私と言えば日々侍女仕事と勉学に忙しく、面識と呼べるものは食事とお茶の場くらい。
ラスティ様の心には何時でも騎士になりたいと言う強い思いだけが渦巻いており、共通の話題の無い子供の私達は、お互いを知る機会も、仲良くなる機会も設ける事は出来なかったと言えるでしょう。
でも、いえ、だからこそ私はそんな彼に憧れたのです。
ですが一途に騎士を目指していた彼は婚姻に、いいえ……幼い私に興味が無かったようで、婚姻の誓の場ですら不貞腐れ私を見ようとしなかったと言うのが現実でした……。
そう……そうだったのですよね。
義母ブレンダに、公爵家の女としてと言われるたびに、あの方の妻としての理想の自分を作りあげ誤解をしていたのかもしれません。
私はラスティ様に相応しい、公爵家の女なのだと……。
母親の葬儀に1月も遅れ、華やかな馬車列を率いて来たラスティ様に……私は軽い失望を覚えたのです。 理想があるから失望がある。 勝手にラスティ様に期待し失望する等……身勝手ですよね? でも、私はその複雑な感情を抑える事だけで精一杯だったのです。
騎士見習いとなるべく王都に出向く条件として、私との婚姻を突き付けられたラスティ様はずっと私とブレンダ様に不満を抱いていたのでしょうか?
なぜ、そんな酷い事を……。
華やかに飾られた馬車の列に、私は驚くばかりでした。
「とても、不謹慎だわ」
「旦那様は、大奥様がお亡くなりになった自覚が薄いのでしょう。 何しろ随分とお顔を合わせておいでではございませんでしたから」
賑やかしく挨拶は行われ、そして夫は一際豪華な馬車の中へと手を差し出した。 その手に手を重ねお腹の大きな女性が夫の身体に倒れ込んだ。
おぉ、危ないなぁ~。
子を孕んでいながらも注意を欠いた様子を注意するでもなく、微笑みながら女性を抱きしめる夫は、大勢の人に見られながらもその女性の額に口づけ、耳元に何かを囁くように唇を寄せ、そして女性を周囲の者達に紹介した。 そんな風に見えた。
「本当に、私がお出迎えして良いのかしら?」
問えば、侍女頭ポーラは戸惑いを露わにし、顔を青く染めていた。
「今、少しお時間をくださいませ。 事の確認をしてまいります」
頭を下げ侍女頭はそう言っていそいそと去っていくのでした。
それが亡き義母ブレンダの口癖だった。
ブレンダが、私の育ての親になったのは両親が亡くなった3歳の頃。 実の両親の記憶は全くなく、私はブレンダを実の母のように慕い育った。
義母と両親の関係は、義母が夫を亡くした折に世話になったのだと聞いている。
義母は、私の両親が亡くなった際に、私を自身の子のように育てたいと願い、ソレを強行するためかなり強引な事をしたと聞いています。
レイダー公爵家に勤めていた多くの使用人の解雇。
レイダー公爵家の血縁に繋がる者達との絶縁。
なぜ、そうしたのか? 詳しい理由を知るには私は幼過ぎ、ブレンダも古参の使用人も語りたがらなかったため今もその理由は知らない。
そんな私にも知っている事はある。
使用人の多くが、親族の多くが、私とブレンダの息子ラスティとの婚姻を反対していたと言うこと。
そのせいでしょうか?
ブレンダが亡くなってから今まで、多くの者達がやってきました。
親族の者達が権利の復活を!
ブレンダに解雇された元使用人達は復職を!
そして私の婚姻の不当性を……。
ブレンダは誤解の多い人だったから……きっと彼等も色々と誤解しているのでしょう。
私は彼女を愛していたし、感謝もしていた。
もう少し静かに彼女を見送りたかった。
どうしたら周囲の方々は理解してくれるのでしょうか?
誰もが、彼女を良い親では、導き手ではないと思い……そして、だからこそ、私が義母を毒殺したと疑っているのだと……私は考えているのです。
本当に、義母ブレンダは厳しい人でした。
「公爵家の者だからこそ、ソレを統治する庶民の事を理解しなければなりません」
そうして、私は5歳になった時から侍女達と一緒に掃除や洗濯を義務付けられた。
とは言え、私が働くよりも何もしない方がマシだったと思うのですよ。 よく根気強く侍女達は私に付き合ってくれたものです。
6歳、ラスティとの婚姻が交わされた頃から、午前中は掃除、午後からは、数学、言語学、経済学、文学、礼法を学ぶ事となり、そのことに若い侍女達が、同じ侍女(年齢差は年若い侍女には関係なかったらしい)なのに何故私ばかりが貴族と同じように学習の機会が与えられるのだと、嫌がらせを受けるようになったのですが……当時の私は、私はラスティ様の妻だから!! と、思えば余裕で耐える事ができたのです。
基礎学習を12歳で終えた私は、日々の嫌がらせから逃がすようにと、公爵領の中でも豊かな集落に預けられました。 預けられた村長の家は決して豊かでは無かったけれど、庶民にとっては決して小さくない対価と共に預けられた事で、不自由のない生活を16歳まで送ったのです。
16歳からの2年間は義母の側で公爵家の勤めを学びました。
それらの経験は私の自信に繋がったし、公爵家とは関係の無い人間関係も築かせてもらった。 もし、私が毒殺をするのなら義母ではなく、私を虐めていた侍女達でしょう……。
そんな事も分からないのだから、知るべき事を知る事が出来ずに自分を追い込んでいくのよ。
私は通りすがる敵意に満ちた侍女達の視線に呆れ交じりの息を吐く。
私はブレンダとの思い出を思い出しながら夫であるラスティを出迎えるために、二階の廊下を歩いていました。
賑やかな声が耳に届く。
「何かしら?」
「ラスティ様がおつきになったようですね」
窓から見つけた公爵家の紋が入った馬車を目にし、言葉を失くした。
「……葬儀の出席のために訪れたようには見えませんわ……」
馬車列はまるで嫁入りのように華やかで、それはとても不謹慎に感じたのです。
6つ年上の夫は、レイダー公爵家が『王国の剣』と呼ばれる騎士を生み出していた事から、幼い頃から騎士に憧れ修行をかかさない真摯で努力家な方でした。 そして私と言えば日々侍女仕事と勉学に忙しく、面識と呼べるものは食事とお茶の場くらい。
ラスティ様の心には何時でも騎士になりたいと言う強い思いだけが渦巻いており、共通の話題の無い子供の私達は、お互いを知る機会も、仲良くなる機会も設ける事は出来なかったと言えるでしょう。
でも、いえ、だからこそ私はそんな彼に憧れたのです。
ですが一途に騎士を目指していた彼は婚姻に、いいえ……幼い私に興味が無かったようで、婚姻の誓の場ですら不貞腐れ私を見ようとしなかったと言うのが現実でした……。
そう……そうだったのですよね。
義母ブレンダに、公爵家の女としてと言われるたびに、あの方の妻としての理想の自分を作りあげ誤解をしていたのかもしれません。
私はラスティ様に相応しい、公爵家の女なのだと……。
母親の葬儀に1月も遅れ、華やかな馬車列を率いて来たラスティ様に……私は軽い失望を覚えたのです。 理想があるから失望がある。 勝手にラスティ様に期待し失望する等……身勝手ですよね? でも、私はその複雑な感情を抑える事だけで精一杯だったのです。
騎士見習いとなるべく王都に出向く条件として、私との婚姻を突き付けられたラスティ様はずっと私とブレンダ様に不満を抱いていたのでしょうか?
なぜ、そんな酷い事を……。
華やかに飾られた馬車の列に、私は驚くばかりでした。
「とても、不謹慎だわ」
「旦那様は、大奥様がお亡くなりになった自覚が薄いのでしょう。 何しろ随分とお顔を合わせておいでではございませんでしたから」
賑やかしく挨拶は行われ、そして夫は一際豪華な馬車の中へと手を差し出した。 その手に手を重ねお腹の大きな女性が夫の身体に倒れ込んだ。
おぉ、危ないなぁ~。
子を孕んでいながらも注意を欠いた様子を注意するでもなく、微笑みながら女性を抱きしめる夫は、大勢の人に見られながらもその女性の額に口づけ、耳元に何かを囁くように唇を寄せ、そして女性を周囲の者達に紹介した。 そんな風に見えた。
「本当に、私がお出迎えして良いのかしら?」
問えば、侍女頭ポーラは戸惑いを露わにし、顔を青く染めていた。
「今、少しお時間をくださいませ。 事の確認をしてまいります」
頭を下げ侍女頭はそう言っていそいそと去っていくのでした。
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