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前編
05
「何をしているのよ!!」
思わず声が出た。
手を伸ばしても届かないにもかかわらず、私は窓から身を乗り出していた。
「危ない!!」
落ちそうになる私の身体は支えられ、喪に服すためにキッチリと纏めた髪がほどけ、髪が風に流れる。
「止めて!! 止めさせて!!」
諜報部隊の隊長を任せているルカは、慌てた様子で私を抱きしめるように窓から抱き上げる。 私はルカの手を振り払い、完全に顔が隠れてしまうほどの黒ベールをかぶり、私は中庭へと走り出した。
あれは……義母ブレンダと共に作り上げた庭。
決して、思い出だけを大切にしている訳ではない。
花として楽しむには貧相だし、物によっては雑草に見えるだろう。 それでも、どの草も花も大切なもの。
私の両親が流行り病で亡くなった事をきっかけに、義母ブレンダは流行り病の資料を集め、病の症状を調べ、効能のある草や花を国内外のあらゆるところから集め庭で育てた。
いつか、何かがあった日のために……。
それらの薬草は魔力の量を変え、質を変え、煎じる事で様々な病に効く薬となった。 今では多くの人々を薬で救い、そしてレイダー公爵家に利益をもたらしていた。
行儀悪く廊下を走る私に、お茶と菓子を持ち戻ってきたポーラが叫ぶ。
「お待ちくださいませ奥様!! どうなされたのですか!!」
「使用人達が、中庭の草や花を掘り起こし始めましたの!! 止めないと、あれは大切なものなのに!!」
「奥様、お待ちください!! アレは……」
「アレは、何?」
「旦那様の子を身籠られているカミラ男爵令嬢が、このような貧相で陰鬱な花々を見ていては気分が優れないとおっしゃり、心穏やかに日々を過ごすために華やかな花を植えるべきだと旦那様が命じられたのです」
「まだ喪も明けぬうちになんて身勝手な!! 相談も無しにあのように掘り返されれば多くの人が困るのですよ。 なぜ、誰も止めないのですか!!」
「それは旦那様だからです!!」
「では、離婚いたしますわ!!」
「奥様!! 冷静になって下さいませ。 例え、カミラ男爵令嬢が旦那様の子を産もうと、奥様の立場が脅かされる事はありません。 奥様はもう少し余裕を持って冷静な行動を取られるべきではありませんか? 穏便に、これから良い関係を築く努力をなさるべきです」
「私と離縁し、男爵令嬢を妻とすると言ってくれる方が、気が楽だわ……。 とにかく中庭を掘り返すのはやめていただかないと!!」
私は中庭に向かって走った。
そんな私を追うように黒い獣が追ってきて、追い越して、そして前を塞いだ。
「あなたも私の邪魔をしようと言うの……」
『背に乗れ、遅れれば庭が取り戻しつかない事となる』
言われて私は黒い獣……黒虎の背に乗った。
「きゃぁああああああああ!!」
黒い獣と共に中庭にたどり着けば、使用人達は悲鳴を上げた。
同じ屋敷に勤めていても、使用人達は獣に馴染まず怯え恐れる。
そして、ラスティ様、同僚騎士、従者たち……お腹の大きなカミラ男爵令嬢が、私に向かって……いいえ、黒虎に向かって敵意と武器をむけてきた。
「何をしているのですか、客人や使用人が家人に武器を向けるとは、アナタ方は私の……レイダー公爵家の敵であると宣言されているのですか!!」
そう声を荒げる私の声に、庭を荒らす使用人達の手は止まった。
「敵? よく言う……私こそがレイダー公爵家そのものだと言うのに」
私は唖然として言葉を一瞬失った。
もはや、その名に敬意を持って様をつける気にもならなかった。
「長くお戻りにならなかった事で、自分の立場をお忘れになったようですわね」
私は黒虎からおり、黒虎に下がるように手を振って告げたけれど、黒虎は私の側から離れる事は無く警戒を露わにしたままだった。
「当主の儀式を受けていない。 そう言いたいのか?」
「あなたには当主の儀式を受ける資格もないと言っていますのよ。 でも、そんな事はどうでもいいの。 庭を触らないでと言っていますの。 デビット!! この庭がどのような目的で、どのような思いでブレンダと共に作ったかまさか忘れた訳ではありませんよね!!」
そして私は使用人達を指差しながら言葉を続けた。
「あなたも、あなたも、この庭の植物に家族を助けられた事を忘れましたの!!」
使用人は、私の言葉にむきになったように庭を掘り続ける。
「やめなさいと言っているでしょう。 公爵家の財産を脅かすものとして、処罰を与えさせていただくわ。 ルカ……悪いけど、殺さない程度にいたぶってもらえるかしら?」
『承知した!!』
ひぃっ!!
飲み込む悲鳴。
恐怖に転がる使用人達。
まだ黒虎は一歩も動いていないと言うのに……。
そして……そんな彼等を守るように剣を構え先頭に立つのは、ラスティと、その愛人であるカミラ男爵令嬢だった。
「きゃんきゃんきゃんきゃん、耳障りな声。 お腹の子には美しいものとだけ触れ合って欲しいと、血生臭い事から距離を置こうと思っておりましたのに」
「あぁ、カミラ。 ここは私達に任せて下がっていてください」
立ち向かってくる騎士達の数はラスティと同僚3名。 そして騎士にはなれずとも、一緒に訓練を行ってきた4名の従者。
流石に……巨体を持つ獣と言えど無傷では済まないだろう。
「わざわざ庭を掘り返さずとも、最も花の美しい屋敷を提供したはずですよ。 何が不満だと言うのですか」
私が言えば、返答を返すのはラスティではなくカミラだった。
「ラスティは、公爵家の当主となるべき人。 ならば、本館に住まうのが本来あるべき姿……そして次期当主を生む私も、相応の立場を得られるべきですわ」
「彼には当主の資格がないと言っていますでしょう」
「今、その資格がないと言うだけでしょう。 彼であれば、すぐにその資格を手に入れる事ができるはずだわ。 ただ、早いか遅いか、ただそれだけの事」
妊娠ゆえの精神不安定なのか? それとも元来の性格がそうなのか? ラスティを置き去りにカミラが喧嘩を売って来る。
それも赤子のいる腹を人質にするかのように、腹を突き出しながら近寄って来るから質が悪い。
「カミラ、私のために無茶は止めてくれ。 君に何かあってはと思うと胸が締め付けられそうだ……」
「では、ラスティ、彼女に言うべき事を言って下さいませ!!」
「ホリー、君との婚姻関係は解消したい」
「そう、当たり前の事ね。 コチラからもぜひお願いするわ」
「強欲で、卑劣なオマエの事、私がカミラを愛し子を作った事で、公爵家から莫大な慰謝料を取ろうと考えているだろう。 だが、私は知っている。 大勢の証人を得ている。 私と言う夫がいながら、奴隷市場で見目の良い獣人男を買いあさり淫行の限りを尽くしていると言う事を!! 挙句、母上にソレを咎められた事で、愛人の手を借り母上を毒殺したと言うではないか!! 許されぬ蛮行の数々……この公爵家に及ぼした損害をどのように補ってもらおうか?!」
奴隷市場で有望な奴隷を買ったのは事実だ。 特に獣人奴隷は能力に関係なく、その価格は低い。 義母が使用人達を優遇していても、共に使用人として働いていた私がラスティの妻として権限を抱いている事に不満を持つ若い使用人は少なくはなく……だから、私は、私だけの味方が欲しかった。 ただ、それだけに過ぎない。
「私の……私の何を知って、そんな事を……!!」
私は、声を荒げた。
「主様!!」
私の悲痛な声に反応して、遠くから白く美しい狼が駆け寄ってくる。
私を敵として……いえ、正確に言うなら、私ではなく彼等が脅威と感じていたのは黒虎だったのだろうけれども、白く美しい狼は敵から私を守ろうと走ってくる。
大きな腹を抱えながら、大剣を手に嬉々としたカミラが白狼を切りつけようとし、私はソレを遮るように間に入った。
反射的にカミラ男爵令嬢は剣を引いたものの……もし、ベールが無ければ顔に傷が出来ていたかもしれない。
剣に引っ掛けられたベールは飛が飛んだ。
そして……私は睨みつけた。
「まだ、続けるつもりですか……。 あなた達が何と言おうと、今の当主は私なのですよ?」
黒虎と白狼は私を守るように寄り添い、
そして……私達は……敵を睨む。
思わず声が出た。
手を伸ばしても届かないにもかかわらず、私は窓から身を乗り出していた。
「危ない!!」
落ちそうになる私の身体は支えられ、喪に服すためにキッチリと纏めた髪がほどけ、髪が風に流れる。
「止めて!! 止めさせて!!」
諜報部隊の隊長を任せているルカは、慌てた様子で私を抱きしめるように窓から抱き上げる。 私はルカの手を振り払い、完全に顔が隠れてしまうほどの黒ベールをかぶり、私は中庭へと走り出した。
あれは……義母ブレンダと共に作り上げた庭。
決して、思い出だけを大切にしている訳ではない。
花として楽しむには貧相だし、物によっては雑草に見えるだろう。 それでも、どの草も花も大切なもの。
私の両親が流行り病で亡くなった事をきっかけに、義母ブレンダは流行り病の資料を集め、病の症状を調べ、効能のある草や花を国内外のあらゆるところから集め庭で育てた。
いつか、何かがあった日のために……。
それらの薬草は魔力の量を変え、質を変え、煎じる事で様々な病に効く薬となった。 今では多くの人々を薬で救い、そしてレイダー公爵家に利益をもたらしていた。
行儀悪く廊下を走る私に、お茶と菓子を持ち戻ってきたポーラが叫ぶ。
「お待ちくださいませ奥様!! どうなされたのですか!!」
「使用人達が、中庭の草や花を掘り起こし始めましたの!! 止めないと、あれは大切なものなのに!!」
「奥様、お待ちください!! アレは……」
「アレは、何?」
「旦那様の子を身籠られているカミラ男爵令嬢が、このような貧相で陰鬱な花々を見ていては気分が優れないとおっしゃり、心穏やかに日々を過ごすために華やかな花を植えるべきだと旦那様が命じられたのです」
「まだ喪も明けぬうちになんて身勝手な!! 相談も無しにあのように掘り返されれば多くの人が困るのですよ。 なぜ、誰も止めないのですか!!」
「それは旦那様だからです!!」
「では、離婚いたしますわ!!」
「奥様!! 冷静になって下さいませ。 例え、カミラ男爵令嬢が旦那様の子を産もうと、奥様の立場が脅かされる事はありません。 奥様はもう少し余裕を持って冷静な行動を取られるべきではありませんか? 穏便に、これから良い関係を築く努力をなさるべきです」
「私と離縁し、男爵令嬢を妻とすると言ってくれる方が、気が楽だわ……。 とにかく中庭を掘り返すのはやめていただかないと!!」
私は中庭に向かって走った。
そんな私を追うように黒い獣が追ってきて、追い越して、そして前を塞いだ。
「あなたも私の邪魔をしようと言うの……」
『背に乗れ、遅れれば庭が取り戻しつかない事となる』
言われて私は黒い獣……黒虎の背に乗った。
「きゃぁああああああああ!!」
黒い獣と共に中庭にたどり着けば、使用人達は悲鳴を上げた。
同じ屋敷に勤めていても、使用人達は獣に馴染まず怯え恐れる。
そして、ラスティ様、同僚騎士、従者たち……お腹の大きなカミラ男爵令嬢が、私に向かって……いいえ、黒虎に向かって敵意と武器をむけてきた。
「何をしているのですか、客人や使用人が家人に武器を向けるとは、アナタ方は私の……レイダー公爵家の敵であると宣言されているのですか!!」
そう声を荒げる私の声に、庭を荒らす使用人達の手は止まった。
「敵? よく言う……私こそがレイダー公爵家そのものだと言うのに」
私は唖然として言葉を一瞬失った。
もはや、その名に敬意を持って様をつける気にもならなかった。
「長くお戻りにならなかった事で、自分の立場をお忘れになったようですわね」
私は黒虎からおり、黒虎に下がるように手を振って告げたけれど、黒虎は私の側から離れる事は無く警戒を露わにしたままだった。
「当主の儀式を受けていない。 そう言いたいのか?」
「あなたには当主の儀式を受ける資格もないと言っていますのよ。 でも、そんな事はどうでもいいの。 庭を触らないでと言っていますの。 デビット!! この庭がどのような目的で、どのような思いでブレンダと共に作ったかまさか忘れた訳ではありませんよね!!」
そして私は使用人達を指差しながら言葉を続けた。
「あなたも、あなたも、この庭の植物に家族を助けられた事を忘れましたの!!」
使用人は、私の言葉にむきになったように庭を掘り続ける。
「やめなさいと言っているでしょう。 公爵家の財産を脅かすものとして、処罰を与えさせていただくわ。 ルカ……悪いけど、殺さない程度にいたぶってもらえるかしら?」
『承知した!!』
ひぃっ!!
飲み込む悲鳴。
恐怖に転がる使用人達。
まだ黒虎は一歩も動いていないと言うのに……。
そして……そんな彼等を守るように剣を構え先頭に立つのは、ラスティと、その愛人であるカミラ男爵令嬢だった。
「きゃんきゃんきゃんきゃん、耳障りな声。 お腹の子には美しいものとだけ触れ合って欲しいと、血生臭い事から距離を置こうと思っておりましたのに」
「あぁ、カミラ。 ここは私達に任せて下がっていてください」
立ち向かってくる騎士達の数はラスティと同僚3名。 そして騎士にはなれずとも、一緒に訓練を行ってきた4名の従者。
流石に……巨体を持つ獣と言えど無傷では済まないだろう。
「わざわざ庭を掘り返さずとも、最も花の美しい屋敷を提供したはずですよ。 何が不満だと言うのですか」
私が言えば、返答を返すのはラスティではなくカミラだった。
「ラスティは、公爵家の当主となるべき人。 ならば、本館に住まうのが本来あるべき姿……そして次期当主を生む私も、相応の立場を得られるべきですわ」
「彼には当主の資格がないと言っていますでしょう」
「今、その資格がないと言うだけでしょう。 彼であれば、すぐにその資格を手に入れる事ができるはずだわ。 ただ、早いか遅いか、ただそれだけの事」
妊娠ゆえの精神不安定なのか? それとも元来の性格がそうなのか? ラスティを置き去りにカミラが喧嘩を売って来る。
それも赤子のいる腹を人質にするかのように、腹を突き出しながら近寄って来るから質が悪い。
「カミラ、私のために無茶は止めてくれ。 君に何かあってはと思うと胸が締め付けられそうだ……」
「では、ラスティ、彼女に言うべき事を言って下さいませ!!」
「ホリー、君との婚姻関係は解消したい」
「そう、当たり前の事ね。 コチラからもぜひお願いするわ」
「強欲で、卑劣なオマエの事、私がカミラを愛し子を作った事で、公爵家から莫大な慰謝料を取ろうと考えているだろう。 だが、私は知っている。 大勢の証人を得ている。 私と言う夫がいながら、奴隷市場で見目の良い獣人男を買いあさり淫行の限りを尽くしていると言う事を!! 挙句、母上にソレを咎められた事で、愛人の手を借り母上を毒殺したと言うではないか!! 許されぬ蛮行の数々……この公爵家に及ぼした損害をどのように補ってもらおうか?!」
奴隷市場で有望な奴隷を買ったのは事実だ。 特に獣人奴隷は能力に関係なく、その価格は低い。 義母が使用人達を優遇していても、共に使用人として働いていた私がラスティの妻として権限を抱いている事に不満を持つ若い使用人は少なくはなく……だから、私は、私だけの味方が欲しかった。 ただ、それだけに過ぎない。
「私の……私の何を知って、そんな事を……!!」
私は、声を荒げた。
「主様!!」
私の悲痛な声に反応して、遠くから白く美しい狼が駆け寄ってくる。
私を敵として……いえ、正確に言うなら、私ではなく彼等が脅威と感じていたのは黒虎だったのだろうけれども、白く美しい狼は敵から私を守ろうと走ってくる。
大きな腹を抱えながら、大剣を手に嬉々としたカミラが白狼を切りつけようとし、私はソレを遮るように間に入った。
反射的にカミラ男爵令嬢は剣を引いたものの……もし、ベールが無ければ顔に傷が出来ていたかもしれない。
剣に引っ掛けられたベールは飛が飛んだ。
そして……私は睨みつけた。
「まだ、続けるつもりですか……。 あなた達が何と言おうと、今の当主は私なのですよ?」
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そして……私達は……敵を睨む。
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