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5章
55.神に願い、悪魔に祈る
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岬加奈子が描く妻の絵は、おぞましく美しい。
男は岬加奈子の絵が好きだ。
妻の次に。
傷も、流れる血も、折れる骨も、染みも、人とは違う何か特別なものを見ているような目もとてもとても美しく、地獄を癒す花のように神秘的だ……。
私は、彼女の絵を見た時、天も地も平伏すかのような妻の禍々しくも美しい姿に雷のような衝撃を受けた。
妻は……その美貌と禍々しさに神の罰を受けるだろう。
妻は……その儚いまでの美しさに悪魔すら魅了するだろう。
私にとって妻は自慢だ。
声を大にして私の妻だと叫びたい。
美しい鳥のさえずりのように妻の美貌を語りたい。
だが、神は無情だ……。
岬加奈子が描くのは死期が迫った者。
では、私の妻は?!
繊細で、はかなげで、艶めかしくも淫らな……幼い女。
死? 死だって?
あり得ない……。
混乱する私に、救いの手が差し伸べられた。
存在しない番号からの電話。
『君は、聞いた事はあるかな?』
ソレは、もう随分と昔の事で、相手が男か女か、若いか年寄りかも覚えていない。 だが、その人の言った言葉だけはしっかりと覚えている。
『アナタの大切な妻を救いたいなら、他者と命を入れ替えればいい』
「どうすればいいんだ!!」
『神をこの世に招き願うんだ。 命を取り換える相手を供物として捧げ願えばいいのだよ。 私の妻と贄の命を交換してくださいと言ってね』
「そんな事をすれば捕まってしまう!! 妻をたった一人残す事になる。 無理だ!!」
『何、相手が罪人なら平気だ。 行方が知れない存在も平気だ。 余命1月の者が3日後に死んでも誰も不思議には思うまい。 世の中とはそんなものさ』
彼に従ったからか、妻は今も生きている。
岬加奈子は絵を描き続けるが、そのたびに新しい贄を神にささげればいい。
そして、彼は再び私に連絡を寄越した。
『良い贄がいるんだが?』
神よ。
私の妻をお救い下さい……。
この贄を持って……私の妻の命を延命下さい。
神を形どった死体に香るのは、香しい香り。
どの神も私の妻の美貌に、我妻として迎えたいと言うが……彼は男から学んだ通りこう答えるのだ。
「アナタ様が降臨したその人間の寿命を、妻に与えてくれたなら。 妻は喜んであの世でアナタの妻となりましょう」
幾人もの神とそう約束した。
アレから8年……妻は、今も生きながらえ私の側に居る。
だが、状況は変わった。
「あぁあああああああああ、私が、私が、渡航先に留置かれたばかりに、妻が、妻が殺されそうになっていたなんて……!! 私は、私は、なんて罪な男だ……。 なんとか、なんとかしなければ……。 早く……でなければ、妻はあの世で、数多の神に虐げられ凌辱されるに違いない……早く、早く、早く……今まで以上により強力な、神を作り、呼び出し……その延命を願わなければ……」
なんて、なんて可哀そうな妻。
妻の命が伸びるたびに、岬加奈子は妻の絵を描き続けていた。
最後の絵は……今までにない最高傑作だった。
白い肌は病的なまでに白く美しい。
何処までも白く、白く、赤く血に染まり……その背には背徳の黒き翼を纏っていた。
黒く美しい髪は長く揺らめく、風に、水に。
虚ろな瞳に映るのは私だけ。
岬加奈子は、次の絵を描いていない。
贄は、捧げたハズなのに!!
どうしたのアナタ?
「あぁ、ごめんよ。 今日の夕食は、君の好きなグラタンにしよう」
彼女は嬉しそうに私に微笑む。
他の誰にも見せない笑顔で。
妻にとって私は特別な存在だ。
そして、妻にとって他人は、存在する意味が無い。
何の意味も持たない、空しくて空々しい存在。
「愛しているよ」
えぇ、私もよアナタ。
「今日のグラタンもとても美味しそうだろう」
アナタが作るんですもの。
美味しいに決まっていますわ。
「お風呂の準備が出来たよ」
嬉しいわ。
「たまには一緒に入ろうか?」
そんな……恥ずかしい。
私の妻は、未だ若く……ふくらみかけの薔薇の蕾……乱暴に手折る訳にはいかない。 彼女が卒業を迎える約束の日、夜景の美しい素敵なホテルで特別な日を迎えよう。
「さぁ、湯が沸いたよ」
美しい彼女のための香油は、香しい白薔薇と決めてある。
湯舟にユックリと沈み、黒く長い髪が湯舟に泳ぎゆらゆらと揺れれば、彼女を飾るように浮かせた白薔薇が小さな波紋を受けてゆらゆらと揺れるだろう。
想像するだけでも、甘く芳醇な香りが私を包み込む。
アナタ……。
「やぁ、あがったのかい? おいで髪の手入れをしてあげよう」
私は神に祈り救いを求め。
私は悪魔に願い欲望の成就を願う。
神も悪魔も、私の妻を愛し連れ去ろうとする。
私の願いを聞きとめたまえ。
私から彼女を奪わないでくれ。
彼は……岬加奈子のネット上の画廊を開く。
「ないないないないない!! なんで、何でないんだ!! 私は、私は……神に祈り、神は願いを聞き入れたハズだ。 そういえば……神はどうした? アレ? どこへ? どうした?」
困惑する中、彼は……妻の延命のために新たな贄を求める。
男の部屋には、印刷された岬加奈子の絵が散らばり……壁には、児珠雫の無数の写真が飾られていた。
男は岬加奈子の絵が好きだ。
妻の次に。
傷も、流れる血も、折れる骨も、染みも、人とは違う何か特別なものを見ているような目もとてもとても美しく、地獄を癒す花のように神秘的だ……。
私は、彼女の絵を見た時、天も地も平伏すかのような妻の禍々しくも美しい姿に雷のような衝撃を受けた。
妻は……その美貌と禍々しさに神の罰を受けるだろう。
妻は……その儚いまでの美しさに悪魔すら魅了するだろう。
私にとって妻は自慢だ。
声を大にして私の妻だと叫びたい。
美しい鳥のさえずりのように妻の美貌を語りたい。
だが、神は無情だ……。
岬加奈子が描くのは死期が迫った者。
では、私の妻は?!
繊細で、はかなげで、艶めかしくも淫らな……幼い女。
死? 死だって?
あり得ない……。
混乱する私に、救いの手が差し伸べられた。
存在しない番号からの電話。
『君は、聞いた事はあるかな?』
ソレは、もう随分と昔の事で、相手が男か女か、若いか年寄りかも覚えていない。 だが、その人の言った言葉だけはしっかりと覚えている。
『アナタの大切な妻を救いたいなら、他者と命を入れ替えればいい』
「どうすればいいんだ!!」
『神をこの世に招き願うんだ。 命を取り換える相手を供物として捧げ願えばいいのだよ。 私の妻と贄の命を交換してくださいと言ってね』
「そんな事をすれば捕まってしまう!! 妻をたった一人残す事になる。 無理だ!!」
『何、相手が罪人なら平気だ。 行方が知れない存在も平気だ。 余命1月の者が3日後に死んでも誰も不思議には思うまい。 世の中とはそんなものさ』
彼に従ったからか、妻は今も生きている。
岬加奈子は絵を描き続けるが、そのたびに新しい贄を神にささげればいい。
そして、彼は再び私に連絡を寄越した。
『良い贄がいるんだが?』
神よ。
私の妻をお救い下さい……。
この贄を持って……私の妻の命を延命下さい。
神を形どった死体に香るのは、香しい香り。
どの神も私の妻の美貌に、我妻として迎えたいと言うが……彼は男から学んだ通りこう答えるのだ。
「アナタ様が降臨したその人間の寿命を、妻に与えてくれたなら。 妻は喜んであの世でアナタの妻となりましょう」
幾人もの神とそう約束した。
アレから8年……妻は、今も生きながらえ私の側に居る。
だが、状況は変わった。
「あぁあああああああああ、私が、私が、渡航先に留置かれたばかりに、妻が、妻が殺されそうになっていたなんて……!! 私は、私は、なんて罪な男だ……。 なんとか、なんとかしなければ……。 早く……でなければ、妻はあの世で、数多の神に虐げられ凌辱されるに違いない……早く、早く、早く……今まで以上により強力な、神を作り、呼び出し……その延命を願わなければ……」
なんて、なんて可哀そうな妻。
妻の命が伸びるたびに、岬加奈子は妻の絵を描き続けていた。
最後の絵は……今までにない最高傑作だった。
白い肌は病的なまでに白く美しい。
何処までも白く、白く、赤く血に染まり……その背には背徳の黒き翼を纏っていた。
黒く美しい髪は長く揺らめく、風に、水に。
虚ろな瞳に映るのは私だけ。
岬加奈子は、次の絵を描いていない。
贄は、捧げたハズなのに!!
どうしたのアナタ?
「あぁ、ごめんよ。 今日の夕食は、君の好きなグラタンにしよう」
彼女は嬉しそうに私に微笑む。
他の誰にも見せない笑顔で。
妻にとって私は特別な存在だ。
そして、妻にとって他人は、存在する意味が無い。
何の意味も持たない、空しくて空々しい存在。
「愛しているよ」
えぇ、私もよアナタ。
「今日のグラタンもとても美味しそうだろう」
アナタが作るんですもの。
美味しいに決まっていますわ。
「お風呂の準備が出来たよ」
嬉しいわ。
「たまには一緒に入ろうか?」
そんな……恥ずかしい。
私の妻は、未だ若く……ふくらみかけの薔薇の蕾……乱暴に手折る訳にはいかない。 彼女が卒業を迎える約束の日、夜景の美しい素敵なホテルで特別な日を迎えよう。
「さぁ、湯が沸いたよ」
美しい彼女のための香油は、香しい白薔薇と決めてある。
湯舟にユックリと沈み、黒く長い髪が湯舟に泳ぎゆらゆらと揺れれば、彼女を飾るように浮かせた白薔薇が小さな波紋を受けてゆらゆらと揺れるだろう。
想像するだけでも、甘く芳醇な香りが私を包み込む。
アナタ……。
「やぁ、あがったのかい? おいで髪の手入れをしてあげよう」
私は神に祈り救いを求め。
私は悪魔に願い欲望の成就を願う。
神も悪魔も、私の妻を愛し連れ去ろうとする。
私の願いを聞きとめたまえ。
私から彼女を奪わないでくれ。
彼は……岬加奈子のネット上の画廊を開く。
「ないないないないない!! なんで、何でないんだ!! 私は、私は……神に祈り、神は願いを聞き入れたハズだ。 そういえば……神はどうした? アレ? どこへ? どうした?」
困惑する中、彼は……妻の延命のために新たな贄を求める。
男の部屋には、印刷された岬加奈子の絵が散らばり……壁には、児珠雫の無数の写真が飾られていた。
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