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第2章 夢

24.お調子者

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「これは、潮の匂いだな。近くに海があるぞ、アルヴァ―ノ」

 近づくにつれ、少しずつ風の乗って漂ってくる海の匂いに興奮している。そんな彼を容赦なく落とした愛馬は鼻息を荒くした。

「ないのかとも思っていたが、あったな」

 地面に落とされたが気にせず、立ち上がり、匂いがするほうへと走っていく。それを愛馬が追いかけていった。

「港があるな。酒場もしっかりある」

 海が近くにあるという事は露店が盛んだという事。それを表すかのように人がごった返している。どうにか歩けはするが、それでも途中で足が止まったりした。

「親父さん、それを一つ」
「銀貨八つだよ」

 塩っけが欲しくなったヨシュアは、塩漬けされているニシンに似た魚を指さした。景気良い声を出した店主は、ついている塩を軽く取ってから布で巻き、ヨシュアに渡す。お金払い、受け取ると早速食べ始めた。その魚は獲れたてなのか、まだ油がのっていた。

「うん、美味いな」

 人にぶつからない様に歩きながら休憩できる場所を探していると、どこからか騒がしい声が聞こえてきた。気になったヨシュアがその場所まで行くと、喧嘩をしているようだった。どんな内容でしているのかは不明だったが、野次馬たちと一緒に観戦することに決めたヨシュアだった。

「やっぱり港はいいな。血気が盛んだ」

 魚を食べながら感想を言うヨシュアに視線が集まる。そして、ざわついた。

「あ、あんたは!」
「なんだ、そんなに騒いで。もう少しだけお前さん達の喧嘩見せてくれよ」

 すべて食べ終わり、口の端に残る油と塩を指で拭い取りながら周りを見渡した。さっきまでいた野次馬達は、目を限界まで開けて驚いている。その中には腰を抜かしている者もいた。

「私を知っているのか? それとも愛馬の事をか?」
「ど、どっちもだよ」
「へぇ、そいつぁ嬉しいね。大概は悪名だろうが、どっちだ?」

 口角を上げ、顎を触りながら漁師の格好をした男に嬉しそうに聞いていた。

「それは」

 口ごもる相手に少しずつ詰め寄り、問いかける。近寄り過ぎたせいか、相手はよろめいてしりもちをついた。それでも、答えを欲しているヨシュアは更に顔を近づかせていく。二人とも外見からだと同年代に見える。見えるが、お互いが持つものは漁師と海賊。してきた経験の差か、ヨシュアが優位に立っていた。

「で? どっちなんだ?」

 答えない相手に優しく話しかけてはいるが、答える様子はない。

「……ちょいと、おどしすぎたか?」

 海の仕事をし、吊り上げた魚を陸に運んでいる漁師の体は、屈強に出来ている。たまに柄の悪い男達とも喧嘩をしてきたであろう相手が、意識を失っていた。殴ったり蹴ったりは一度もしていない。それでも、何かに恐れたのか、漁師は泡を吹いていた。

「お兄さん、すごいね。威圧だけで漁師さんを気絶させるなんて。まるで神様みたい」
「神だと? 誰だ、ふざけたことを抜かす奴は」

 どこからか聞こえた少年のような声に、先程まで笑っていたヨシュアの顔が不愉快たっぷりな表情に変わった。

「おお、怖い怖い」
「おい、どこにいる。姿を見せろ」

 眉間に皺を寄せながら周りを見渡す。ヨシュアの雰囲気が変わる前から人は既にいなかった。小太りな人が二人いても余裕があるその場所は、人を探すにはいい条件になっている。それにも関わらず、彼をイラつかせている相手は見つからない。

「ここだよ、お兄さん」

 おちょくるかのようにいろんな所から声が聞こえる。

「いい加減にしな、ガキンチョ。大人で遊ぶんじゃねぇ」
「そろそろ大変なことになりそうだね」

 米神に青筋を立て始めたヨシュアに観念し、露店の裏から中性とも見て取れる人物が出てきた。

「初めまして、僕はヘルニー。斥候をしながら生活してるんだ」
「だから何だ」

 身軽な服装に、寒さ対策に茶色のマントを羽織りながら手を振り、元気よく挨拶をしてニッコリと笑った。先程のおちょくられた怒りがまだ取れていないのか、腕を組み、ヨシュアより頭一つ下にいる相手の顔を睨んでいる。

「そんなに怒らないでよー。ちょっとした遊び心じゃん」

 頬を膨らませ、不平不満を言っている。

「ほぅ? 人をからかうのがお前の遊びか。随分と楽しそうだな。是非教えてくれや。今目の前にいるやつに使ってやるからよ」

 その行動が原因でヨシュアの眉間の皺が更に深くなり、指の関節を鳴らし始めた。その雰囲気に危険だと察したのか、ヘルニーが一歩下がったと同時に、距離を縮めるかの様にヨシュアは足を前に踏み出す。少しずつ近づき、後一歩でも後ろに移動すれば海に落ちる所まで彼を追い込んだ。

「ご、ごめんよ!」

 ヨシュアが冗談ではなく本気で怒っているのが分かったのか、両手を上げ、般若の様な顔つきで、息がかかるほどの距離に顔を近づかせるヨシュアから逃れるように、顔を逸らしながら降参している。それを見て少しだけすっきりしたのか、ヘルニーから離れ、心を落ち着かせようと何度も深呼吸をした。

「で、先程の言葉だ。あれはどういう意味だ」
「神様みたいだって言ったこと?」

 先程よりかは怒っていないが、まだ言葉に棘があるヨシュアの発言に、ホッと息を吐いたヘルニーは、片眉を上げながら首を傾げている。

「そうだ。あれと比べるな」
「そんなに嫌いなの? 神様だよ?」
「嫌いだ。すごくな」

 至極嫌そうな顔をしながら答えるヨシュアに、ヘルニーが意外そうに目を開き、驚いている。

「でも、アテリア様の事が気になってるんでしょ?」
「……何故それを」

 あれだけ嫌いだと言っていた数多いる神の中の一人を、ヨシュアは好いていた。正確に言えば、アテリアを手中に収めたいという海賊らしいことを彼が思っているだけなのだが、それが恋心だとはいまだ分からずにいた。女神の事が気になっているという事を知っているのは、愛馬のアルヴァ―ノとジュリーだけだ。その他に知っている者はいない。それをヘルニーは言い当てたのだ。まるでヨシュアの心の中を見たかのように。

「何故かって? それはね……教えない」

 愉快そうに笑い、おちょくっている。危険な目に遭いかけたにも関わらず、また先程と同じことをしていた。白けた顔で見た一人と一頭は、背を向けて情報を集めるために酒場を探し始める。その姿に、慌てて後ろから呼びかけながら追いかけてきたが、ヨシュアは無視を決め込んだ。

「そんなに怒らないでよ……」
「お前の自業自得だ。そして今後一切、私に話しかけるな。お前を見ていると何故か無性に腹が立つ」

 左隣に並んだヘルニーを視界に入れたくないといわんばかりに、別の方向を見ていた。今、ヨシュアの心はすさんでいた。理由は分かっている。隣にいる男だ。だが、根本的な原因は分からなかった。ただの斥候に、何故こんなにも心を掻き乱されているのか。ヨシュアをおちょくるような行動をしたから? それとも限定した人物しか知らないことを言い当てられたから? 謎が頭の中を巡るも、ますます深まるばかりであった。考えていても仕方がないと今は諦め、酒場を探すことに集中するヨシュアだった。
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