10 / 41
第一話 池袋駅 「おじさん、若者たちの窮地を救う」
10
しおりを挟む巨大な体躯を持つスパイアントは自分の前に現れた人間に興味を持たなかった。この人間は脅威になるものは何も持っていなかった。小さな手斧を持っているがリーチはほとんどない代物で、彼を傷つける大きな武器も鎧もなく、服さえも着ていない。野生の感性を持つモンスターはこの小さな生き物の戦力を計りきり、脅威とは判断しなかった。
男は自ら皿の上に昇った歩くデザートでしかなかった。
いつの間に拾ったのか、尾地は手のひらにいくつも小石を持って、ジャラジャラと弄んでいる。モンスターを見上げるその顔は脅威を前にして不遜そのものだった。
尾地はモンスターの背後の暗闇に、もぞもぞと動く人影も見ていた。彼らが脱出に動き出した瞬間、大きな声で彼の対戦相手と話しだした。
「どうもおかしいと思ったんだ!」
スパイアントは音に反応してゆっくりと動き出す。上体を立ち上げ攻撃の準備に入る。その動きは緩慢だが、巨体と長い手足は、尾地の周囲を包み込み獲物の動きを封じていく。
「驚異レベル二十一のモンスターにあの子達が負けるなんて…ありえるだろうか?私が見る限り、彼女らはそんなヘマをするような子たちではなかった」
壁の隙間から体育館の外へと、退避の去り際、ジンクが尾地をみて止まっている。尾地は彼に顎で指図を出し、脱出することを催促した。ジンクらもそれに素直に従って出口へと消えていった。一つ小さく頭を下げて。
それを確認しながら会話を続けた。スパイアントは彼の貯蔵食料に足が生えて消えた事に気付いていない。
「その謎の答えはこの巣だ!普通クモ型モンスターってのはもっとちゃんと巣を張る。自分のテリトリーをしっかり作らないと安心できないからだ。だから他のスパイアントはちゃんと巣を作るってのに…お前ときたら!」
まるで友人に生活態度を注意するように、この男はモンスターに話しかけていた。
余計な干渉ににカチンときたのかのように、スパイアントは八本の鎌を開いて攻撃態勢に入る。
「そしてさっきの奇襲失敗だ!ありえない動きだった。私でも避けられるかどうか怪しい。だが、それで答えがわかった。お前は極めて特殊…、いや、どうしようもないズボラ野郎だ!」
まるで人の言葉がわかるかのように、悪口に切れたかのように、スパイアントの斧が振り下ろされ、床は砕け破片と煙が弾け飛んだ。
尾地の右横、8メートルも外れた場所に。
スパイアントは自分の攻撃に驚いたように鎌を戻した。的はずれな攻撃をした自分に驚いている。彼は床に穴をあけるつもりなどなかった。彼が消したいのは、その遥か横にいる人間のはずだった。
「まったく情けないよ。お前みたいな特殊体がいることを考えていなかった自分が。お前を図鑑通りのモンスターだと判断した自身のバカさに…。この仕事を簡単なレスキューミッションと侮っていた。ダンジョンに、簡単な事など何一つないと判っていたはずなのに…私は彼女達に申し訳なく思うよ」
反省の弁を彼の敵に述べながら、尾地が手に握り込んでいた小石を親指で飛ばす。その小石は左手の床に力なく垂れ下がっていたクモの糸を切り飛ばした。
ズガン!
音を立てて床が砕ける。スパイアントの別の鎌が床をうがったのだ。小石の飛んだ所に極めて正確に攻撃したのだが、またしも打ち下ろしたモンスター当人が困惑している。
なぜ自分はそこを攻撃したのか?それが理解できない。
「部屋がすげー汚い奴っているよな?そういう奴に掃除しろよって言うと必ずこう返します。俺にはこの状態で、どこに何があるのか分かってるんだよ!って」
再び尾地が小石を何発も飛ばす。小石はいくつもの床に垂れている蜘蛛の糸を切断する。ドカドカと攻撃し続けるスパイアント。まったく敵がいない場所を攻撃している。攻撃しながらも自分が操り人形になっていることに驚いている様だ。先程から尾地は一歩も動いていない、それなのにスパイアントの攻撃は尾地に向かっていかない。
破片と煙が舞い、絶対的優位であるはずのモンスターは半裸の男にいいように操られていた。
「つまりそれが答えです。この廃墟のお化け屋敷みたいにしだれかかった蜘蛛の糸、これがあなたにとっては完成されたレーダー網だったというわけだ。こんな地面に付いた状態のクモ糸の切断からでも接近情報を読み取れる特殊体がいるなんて普通は思わない。
相手がどの角度にいようと、お前は敵を察知でき、反射だけで倒すことが出来る。信じられないほど特別な個体。モンスター辞典に乗っていなかったのが残念ですよ。”たまに部屋が汚いズボラなタイプも存在します”ってね!」
尾地は足元に伸びる一本の蜘蛛の糸を、思いっきり踏んだ。
鎌が一気に尾地に向かって飛び込む。床が弾け煙が飛び散る。全ての鎌を使って一発二発三発四発…次々と容赦なく、まるで今まで弄ばされた鬱憤を晴らすかのように。粉微塵をさらに粉微塵にしようとスパイアントは叩き続ける。
どうだ愚かで小さな人間め!これで何も喋れまい!
やっと熾烈な攻撃が止まった。
スパイアントはそれでも警戒を怠らない。鎌の付いた腕を上に掲げながら煙が収まるのを待つ。煙の中の肉破片を確認した後、残った餌と一緒に食事にしようと考えていた。
しかし彼の期待とは異なり、地面には血の赤い点ひとつ、落ちていなかった。
「つまり、ネタが判ればこうなるってことです」
声は振り上げていた腕の先から聞こえた。
尾地は手に持った斧をスパイアントの鎌の関節部分に差し込ませ、宙ぶらりんの状態でスパイアントを見下ろしていた。
先程の連撃も、初弾を避けたついでに腕に取り付くことで、他の攻撃を全て避けていたのだ。
自分の目線の上、自分の腕にぶら下がる人間を見て、スパイアントは感じていた。恐怖の感情に近いものを。
つい先程まで自分は絶対的な捕食者だった。その上下関係は絶対に不変であると信じていた。しかし、今、自分の上に立つこの人間は、自分より強い。それを知ってしまったら、もう動けなくなっていた。自分はもう食う側ではない、食われる側なのだと理解してしまったのだ。
体の勢いで斧の刃先を抜き出し、落下を開始する尾地。
勢いを付けた斧がスパイアントの首筋の急所に正確に突き刺さった。
「せーーの!」
尾地の右腕のアーマーがメモリーの力で光り、彼の込めた力を何倍にも強化する。
小さな刃物が容易く胸部を縦に切り裂いて落ちていく。切れた距離に応じてスパイアントの悲鳴が大きくなりダンジョン内に響く。長い彼の腕と鎌は痛みに空をかきむしる。
地面に辿り着く前に勢いが途絶えたため、尾地は体で勢いをつけさらに切り開き、腹部まで到達した。
ようやく地面に着地した尾地に、切り裂かれた腹部から飛び出した白い体液が降り注ぐ。絶命したスパイアントは絶叫を上げながら背後に倒れ込み、その勢いがさらに体液を放出させた。
何を思ったのか尾地はそのモンスターの腹部に飛び込んで内部をまさぐった。
「ん?…ん?、これ?これなのか?これか…これだな!」
腹部からズルリと巨大な繭のような物を引きずり出す。それは小さな人間サイズだった。
小さく切り込みを入れて中を覗く。
「あ…ちょっと溶けちゃってるが…まあなんとかなるか。丸呑みで助かったね…」
その繭を大事そうに抱えながら座り込み
「お待たせしました、お嬢さん」
そう繭に向かってささやいた。
白くどろどろとした中年は、ドロドロに包まれた少女を助け出したのだ。
0
あなたにおすすめの小説
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
無能と追放された俺、死にかけて覚醒した古代秘術を極めて最強になる
仲山悠仁
ファンタジー
魔力がすべての世界で、“無能”と烙印を押された少年アレックスは、
成人儀式の日に家族と村から追放されてしまう。
守る者も帰る場所もなく、魔物が徘徊する森へ一人放り出された彼は、
そこで――同じように孤独を抱えた少女と出会う。
フレア。
彼女もまた、居場所を失い、ひとりで生きてきた者だった。
二人の出会いは偶然か、それとも運命か。
無能と呼ばれた少年が秘めていた“本当の力”、
そして世界を蝕む“黒い霧”の謎が、静かに動き始める。
孤独だった二人が、共に歩き出す始まりの物語。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる