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第三話 西日暮里駅 「おじさん、美女軍団の下働きをする」
1 【第三話 開始】
しおりを挟む西日暮里駅は現在最もホットな場所である。
山ノ手ダンジョン外回り攻略の最前線「上野駅」へと続くルートの開発拠点となっているからだ。
朝八時の西日暮里駅。冒険者通勤のピークタイム。
頻繁に電車が到着し、冒険者を吐き出して空のまま新宿へ折り返す。現在は西日暮里駅が外回り終着点だ。ここ以降、山手線の線路は崩壊していて存在しない。
駅周辺に作られた露天の冒険者用広場には、ダンジョンに潜る前の最後の準備に勤しむ若者たちがごった返していた。廃墟だった駅前ビルを改装した店舗が並び、パーティーの最後の物資補給に答えている。準備ができたパーティーから駅に入っていき、駅舎内にあるダンジョン口から地下世界に出かけていく。
その駅前広場に設置されたベンチに、よく知る三人の若者が座っていた。
シンウの弟のジンク。
女剣士スイホウ。
そして、彼らを率いている少女ホリーチェ。
三人はベンチに腰掛けて、賑やかな冒険者の群れをただ眺めていた。
三人共に冒険者としての装備は整え、鎧も着込んだ状態で普通のベンチに座っている。
「すごいっスね」
「すごいな」
ジンクの感想にスイホウが答える。
「西日暮里=上野間のルートがもうすぐ見つかりそうって言われてもう二週間経ったけど、なかなかルートが見つからないから、我こそはって連中がドンドン集まってきてる」
スイホウが通りかかる戦士系の冒険者を値踏みしながら、この混雑の原因を説明した。
「ルート発見できたらでかいっすからね。しかも上野駅ってビッグネームだから、歴史に名前が乗っちゃう感じでスね」
ジンクは若者らしい名誉欲にギラついていた。
「歴史に乗るかどうか微妙だけど、ギルドから報奨金は出るし、まあランキングが飛び上がるのは間違いないな」
スイホウはジンクよりも冒険者経験が長いためか浮つきはない。
冒険者ランキング…様々な功績で判定されるこのランキングは冒険者たちのとってもっともメジャーなステータスだ。ランキングで一番考慮される要素は、目立つこと。
ダンジョンの難所にいるボス敵を倒したり、次の駅へのルートを発見したり、ダンジョンの謎を解明した場合などなど、ニュースに載るような事をすれば大きくランクアップする。
実際に活躍がニュースになれば、その翌日にもランクアップの発表がある。ジンクやスイホウもそうやってステップアップした仕事仲間を何人も見てきている。
ただ、ランキングのみがステータスではなく、地味であっても仲間内での評価、プロとしての熟練度、ダンジョンに関する学術的な知見の発見、政府からの信頼度などなど、冒険者という職業を測るバロメーターは他にもいくつもある。
だが多くが若者である冒険者業界において、目立って派手な冒険者ランキングがもっとも輝かしい評価として扱われているのが事実である。
「でもネットみたら、上野駅へのルートはシノバズノイケのボスがやばくてトンザしてるって話でスよ、ウルフルズナイフスもトールキンリングも、全滅に近い被害出して逃げ出したって、ネットに書いてあったし」
ジンクは冒険者ネットの噂話サイトよく見ている。そこには公にはならない、冒険者パーティーの裏事情や敗北情報などが「事情通」より書き込まれているが、信憑性が高いわけではない。
「ボスが強すぎてシノバズルート開発を止められてるから、別ルートの開拓も開始されたが、そっちはダンジョンの迷路密度が濃くて、あまり進んでいない。その結果がこの二週間の停滞。ギルドがこの周辺のマップデータの買取価格を三倍にしたのも、なんとしても上野ルートを近日中に開通したいという意思の現れ…」
スイホウはネットの噂話ではなくメジャーなメディアの流す記事を好んで読んでいる。今朝読んだニュースを諳んじることもできた。彼女は顔の見えない噂話に興味はない。しかしメディアに書かれている情報も、ここしばらくはこの西日暮里=上野間の話題ばかりだ。社会全体の視線をこの問題に向けようという誰かの意思を感じすぎると、スイホウは思っていた。
「結局私達は、餌に釣られて動かされる魚の群れなんだよな」
そういう諦めの言葉も口に出てしまう。
「今日はどっち行くんですか?シノバズのボス?それともルート開発?」
「うちらが敵うとも思えんだろ。うちのボスはルート開発でギルドの報奨金を細かく稼ごうって決めてるし。そこで万一、上野への道が見つかったら…」
「見つかったら?」
「日頃の行いが良かったという証明にはなるだろうな」
スイホウの言葉にジンクは苦笑いで答える。そんな幸運は期待しない。ダンジョンは常にシビアな、むしろ悪運に満ちた世界だということは、年若いジンクですら知っている。
「そのボスはまだ寝てるんですか?」
ジンクがスイホウの隣に座るホリーチェを覗く。ホリーチェはスイホウにもたれかかり、眠っている。
「朝早くに出たからな。出発まで起こすなという命令だ」
スイホウはそう言いながらホリーチェの艶やかな髪を撫でていた。
ジンクもその愛らしい少女の寝顔に惹かれ、頭を撫でようと手をのばすが、スイホウに手を叩かれた。
「我がパーティーにおいて、お前はホリーチェに触れないという決まりになっている。触れて良いのは私とシンウとニイと、ホリーチェ自身だけだ」
男の子であるジンクは触りたいと強く抗議することも出来ず寂しく手を引っ込めたが、先日のことを思い出し質問した
「じゃあ、あの尾地の中年が触ったらどうなるの?」
「ハァ?」
スイホウの顔が鬼になり、ジンクは尾てい骨から首筋に向かって恐怖の電流が走った。
「いや、尾地さんが助けた時…ホリーチェはほとんど裸みたいな状態で、まあ体もだいぶ溶けてましたが…」
「その場合は、私とシンスとスイと、ホリーチェ自身により、あの男を叩きのめしダンジョン最下層に叩き込んで二度と地上に出られないようにしてやるよ」
パーティー随一の戦力であるスイホウによる死刑宣告に凍りつくジンクは、無用に懲罰対象にさせてしまった尾地に心のなかで謝った。
三人がベンチに座って二十分が過ぎていた。冒険者の人混みはピークを超えていたが、まだまだ新手の冒険者たちが電車で到着してくる。
「あ、GNUーL1だ」
暇なジンクが一人の冒険者の背中に装備している大剣を発見しスイホウに知らせた。
「え、マジで?あ、ホントだ。先週出た最新のだ」
自身も剣士であり、武器マニアでもあるスイホウは食いついた。
「ライゴウさんとこの新作とかいいなー。完全ハンドメイドで再生量産品じゃないから十本しか市場に出ないんだよなー。イイナー」
スイホウは物欲しげにその冒険者を目で追い続ける。
「すげー、イキってるわー。最新ギア背中にさしてイキってるわー」
ジンクがそのリッチな冒険者を茶化すが
「そりゃイキるだろ。私だってアレ買ったらめっちゃイキって装備して見せびらかすし」
スイホウは装備している冒険者の気持ちに寄り添って擁護していたが、急に
「まあ私は使わないからいいか」
と冷めた。よく見ようと乗り出していた体を戻し、ベンチに背中を預ける。その冷めっぷりの速さに驚くジンク。
「使わないんスか?」
「あんなの、それこそボス用だよ。両手持ち刀で戦闘時には倍に伸ばして刃渡り三メートルという超長物。普通のパーティー戦闘じゃ邪魔になるから単騎突入するしか使い道がないし。お前、私が横でアレ振り回してたら嫌だろ」
自分たちのパーティーの戦力にならない武器には興味がない。もちろんマニアとしてコレクター欲はあるが、それは別の話だ。第一、レアすぎて買えない。
ジンクは自分の隣であの凶悪な大剣をぶん回すスイホウを想像したが、その刃先が自分の横っ腹から横っ面までブンブン振り回されるのはたしかに恐怖でしかない。
「…じゃああいつら、シノバズ方面に行くのかな?」
「可能性は低いな。さっきお前が言っていたようにかなりの高ランクの連中が敗退してるから、当分挑むパーティーはいないだろう。まあ超レア装備買ったから、デビューのお披露目?だろうな、あれは」
スイホウが質問に答えていると、シンウとニイが両手に手荷物を持って戻ってきた。
「あー、もう!並んだ~~」
二人ともに同じ苦情を述べた。
「弁当屋で二〇分も並ばされるなんて」
シンウが買ってきた弁当を各員に配布する。
「ご苦労さま、じゃんけんの運がなかったのが敗因だな」
スイホウとジンクは受け取った弁当を保温シートにくるんでバックパックにしまう。
「メモリーで再生した食い物じゃ、まともに戦えないからな。やっぱ飯は重要だぜ」
ジンクも弁当を拝みながら大切にしまう。
「まじで混み過ぎだよ。だから新宿で買おうって言ったのに」
ニイの文句に対してスイホウが。
「新宿だって同じくらい混んでたじゃないか。まあ、西日暮里の混み具合は完全に予想外だったけどな」
メモリーでほとんどの物は再生することはできる。ダンジョン内での飲料水に関しては完全にメモリーだよりであり、水筒一つでそれを飲んでは増やしてで一定量をキープする。食料も簡単な物は増やしたほうが早いが、ただ冒険者の嗜みとして、飯はまともな物が食いたい。まともな物を食うことだけが、まともに戦う意思を生み出す。さらに言えば、メモリーのためにダンジョンに潜り、メモリーのために戦っている。エグゾスケイルアーマーの能力でも魔法でも、メモリーは大量に消費するので、その経費として必要な分以外ではダンジョン内でメモリーを使いたくない。それが職業冒険者たちの正直な気持ちなのだ。
獲得したメモリーの量は流した血の量と同じなのだから。
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