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第六話 高田馬場駅 「おじさん、冒険者なのに銃器と戦う」
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しおりを挟む突然の銃声に心臓は飛び上がった。
銃声は縦穴内を反響し鳴り響き続けた。
銃声後、ユホは尾地がビルから落ちていった映像が眼に焼き付き何も見えず、鼓膜は何発もの銃声の残響音に叩きのめされ、現状認識できなくなっていた。
コツリと後頭部になにかがぶつかった。
「おい、無駄なことはするなよ」
男が拳銃をユホの後頭部に押し付けながら言ってきた。
ビル屋上の中心に旧自衛隊が残した銃器が集められていた。男はユホをそこまで歩かせた。背中に銃を当て続けながら。
ユホの簡易型エグゾスケイルアーマーの腰部分からメモリーのタンクを取り出し、鎧の中に充填していたメモリーを排出させる。これで彼女のアーマーはただの重りに変わって、彼女の抵抗する力を奪った。
男の一人が自前の荷物からガムテープを持ち出し、ユホの手首を縛り、口を塞いだ。
男のうちの一人、眉尻に傷がある男が、抵抗不能になったユホに話す。
「無駄なことをするな、これが第一だぞ。そうすれば助ける。抵抗する、もしくは抵抗する可能性があるのならば、このビルから落ちてもらう。さっきの男と同じ様に」
隣に立っていた別の男が下ひた笑いをする。彼の構えた銃には、先程の発砲の予熱がまだ残っていた。
眉傷の男が続ける。
「あの中年は抵抗しても害はなさそうだったが、面倒くさいのでの先に始末した。中年でも冒険者のプロだ。戦闘能力がある。あんたは別だ。あんたは女だし、まだ若い…死にたくないだろ?」
従属を求める問いかけに、首を縦に振ることはユホにはできなかった。塞がれた口は動かさず、目でその男を殺そうと睨みつけた。
そんな視線にお構いなく、男は続けた。
「この銃は俺たちがいただく、あんたたちお役所じゃ、倉庫にしまうだけだろ?だったら必要としている人間に回すべきだ、そうだろ?」
ユホは彼らの正体に気づいた。まっとうな派遣冒険者などではなかった。その身分を偽った犯罪組織の人間…。
彼女はこの回収作業に必要な人材を、通常のプロセスで要請したにも関わらず、その四人のうち三人が裏社会に関わりのある人間だったのだ。
そんな彼女の唯一の味方であった尾地は、射殺され縦穴の底に落下していった。遺体を回収することもできないであろう。
「ここにある銃器を残らず回収したいところだが、結構残っててなぁ。俺たちだけじゃ持ち帰れない。かといって捨ててくのも忍びないだろ?俺たちの御先祖様の遺品なわけだし」
わずか二十数年前の遺品だ。それに旧自に感謝しているのなら、こんな犯罪行為などしないはずだ。ユホは視線だけで抗議を申し立てたが通じはしなかった。
銃器は装備用の箱に詰め込まれている。三〇丁ちかくある。使えそうな弾丸と小銃も詰め込まれている。男たちは背中に小銃を三~四丁背負い、手には装填済みの一丁を持つ。ホルスターを装備し拳銃を両腿に一丁づつ差し込んでいる。動きを阻害しないで運べる最大量の武器を持った。
「お前にはこれを地上にまで運んでもらいたい」
眉傷の男はその箱を指差した。残り銃器が詰め込まれてた箱は六〇キロ以上の重量があるように見えた。
男たちはユホを奴隷の駄馬として生かしておいたのだ。
女性といえど、六〇キロの重量を運ぶことは出来る。しかしそれは正しく背負うことが出来た場合だ。
銃器の詰まった箱をガムテープとロープで背負わされたユホは、重量に耐えかねて前のめりになる。それ姿勢によりさらに背中の重しが彼女の体に圧迫をかける。
「グ、くうっ!」
重量に耐え姿勢を戻して前に進む。男たちは囃し立て彼女を前に進ませる。揺れる吊橋をゆっくりと渡る。その彼女の後ろを銃器を構えた男たち三人がついていく。ユホに逃げる手段はなかった。口も手も塞がれ、背中には重量物を背負わされている。銃の先で押されるままに前に、荷馬の様に進むしかなかった。
ここまで来たダンジョンの数時間の道のりを、戻らなければならない。重荷を背負わされた人質兼奴隷として。
人の気配が消えたビルの屋上。けたたましい音を立てていた人間たちが去って二十分ほどが経過していた。縦穴を吹き上がるゆったりとした風が吹き続けていた。
そこに連続した音が響いた。
ターン、ターン
その音は徐々に大きくなり、最後にターンと高く鳴った後、ビル壁面を登る男の顔が見えた。
片手に小型の手斧を持った尾地だ。
壁面を登りきり、建物の縁にしがみついてなんとかよじ登りきった。屋上の安定した床面に倒れ込み、息も絶え絶えの状態だ。彼の体は左半身に受けた傷からの出血で赤く染まっていた。しかし登坂の疲労により動悸が収まらず、傷を塞ぐ余裕もなかった。
銃撃され落下した彼は腰に装備していた手斧を取り出し、落下しながらビル壁面にその刃を叩きつけた。小さいその刃は右腕に残ったエグゾスケイルアーマーの倍力の力でコンクリートの壁に打ち込まれ落下を止めることに成功した。壁面にぶら下がりなんとか墜落死だけはさけれた。しかしその左半身は銃撃により傷つき、左半身のアーマーの機能も失っていた。
しばらく壁にぶら下がったままの尾地。下を見る。足場も一切なく、底なしの闇に落ちれば命はないということを確認した。彼はのこった右半身の力のみでこのビルを登らなければならなかった。その高さ約五〇メートル。
落下した彼を撃った男たちが下を確認しなかったのも幸運だった。もっとも屋上から撃たれて落ちた男が壁面にへばりついている可能性など、普通なら殆どないことだ。
尾地は何度か脳内で動きをシミュレーションする。右半身のみに残ったエグゾスケイルの倍力作用で登るには正確な動きをイメージすることが必要だ。垂直の壁面を右足のつま先だけで飛び上がる。その時に同時に右腕で斧を引き、上昇のため加速を作る。
「一、ニ…いち、にぃ…」
何度か脳内イメージした後に…飛んだ。
垂直の壁をつま先だけで爪弾き、手斧を下に力いっぱい引き抜き上昇する。
上昇の限界点で、再び斧を壁に打ち込み、壁面にへばりつく。
一連の行動はイメージ通りだ。しかしその結果、上に移動できたのは、たったの八〇センチほどだった。
尾地は最初の位置と今の位置を見比べて、
「充分」
と自分を励まし、その垂直飛び上がり行為を続けた。
そして十分後、ついに尾地は壁面の登りきりに成功した。右腕と右足は無茶かつ無理のある運動のためパンパンの状態。床に倒れ込みしばらく身動きもできなかった。
床に突っ伏したまま、死んだような状態から、ムクリと上体を起こす尾地。その顔はむくれ顔だ。
中年男子のむくれ顔など万人が可愛いとは思わないフェイスの代表顔だ。
「クッソー!私としたことがぁ~!」
彼としては珍しく大声で悔しがる。
「あんな怪しい連中を信用して、あまつさえ背後を取られるなんて!ナニやってんだ、私は~!」
長年、冒険者を生業とし、危機管理に長けてきたと思っていただけに今回の失態は我慢ならないようだった。
罵声とともに左腕を床に叩きつけると、銃弾により開いていた脇腹をえぐっている傷から激痛の信号が発せられ、苦痛で動きが静止した。
悲鳴を噛み殺しながら傷口の確認をする。垂直の壁の登坂中も空いていた傷口からは血が大量に流れていた。懐から小型のシリンダーサイズの小瓶を取り出す。冒険者の力の源「メモリー」の入った小瓶だ。その瓶の中には空気のように揺らめく黄色い液体が入っている。そこから数滴、傷口に向かって液体を垂らす。先端を押すと少量出てくる仕組みだ。
その黄色の液体がフヨフヨと傷口に触れて漂っている。その液体ごと手のひらで傷口を覆い隠し、尾地は目を閉じブツブツと唱える。そしてしばらくして手を離すと、傷口は消えて健康な皮膚に戻っていた。
「あ~あ、やっちゃったよ、素人白魔法」
素人が白魔法を扱ってはいけない。これは冒険者の鉄則である。今、尾地がやったように一見して治癒は完了したかのように見える。しかし実際は皮膚を適当に再生して傷口を埋めただけで、内部は人体に対して無知な人間による、でたらめな穴埋め再生が行われてしまっている。血は止まったが、違うナマモノが詰め込まれて溶接されてしまった状態だ。
これを健康な状態に戻すには、もう一度傷口を開いて本職の白魔道士に治療してもらうしかない。さらに言えば、この再再生治療には麻酔が使えない。周辺の麻酔状態の細胞を参考に肉体を再生してしまうからだ。
自分がやった自己治療が後で怒られることも、再再生治療でまた痛い目にあうことが分かっていながらも、傷口を塞いで動けるようにするためには、やらなければならなかった。
「あ~くそっ、あ~クソ!」
ぼやきながらも座って他の傷も治療する。傷を直しながら尾地は考えなければならなかった。
あの銃器強奪犯の三人はこの後どうするのか?
あいつらは一緒にユコカで改札を通った。しかしあの大量の銃器を抱えて同じ改札から出ていくだろうか? おそらくそれはない。多分あいつらのユコカカードの登録情報は偽物で、奴らとしては犯行の足取りを追わせたくないから、人目につく正規のダンジョン入り口は利用しない。違法に開通された野良の出入り口を通って銃器を持ち出すはず。
尾地は傷を直した肩を動かしながら思考をすすめる。
彼女はどうなる? この場に死体もなく、彼女を害した形跡はない。犯人たちに人質として連れて行かれたと考えられる。
「だとすると、出口までの命か…」
結論が出てきた。もし出口付近で始末されなければ、そのまま誘拐されてさらに悲惨な運命が彼女を待っているだろう。
尾地は明るく喋り続けた耳にうるさい女性のことを思う。
「ずいぶんと年の離れた男に、気安く話しかけてくれる女の子だったな」
四十を超えた中年にとって、二十代女性は少女としか思えない。
このまま追いかけて行っても、銃で完全武装した三人+人質を取られての戦い…
「勝ち目…うっすいなぁ…」
頼りなくなっている自分の頭髪をなでながら、戦闘予測の厳しさを嘆いた。自分の装着しているエグゾスケイルアーマーは左半身がその機能を失っている。戦闘体術を補佐する機能がほぼ無くなっているといっていい。体の片側だけが強化されても、まともな戦闘などできない。
かといってダンジョンを出てすぐに保安機構に連絡したとしても、犯人たちは違法なダンジョン口から逃走済みであり、彼女を助けることは出来ない。
すべての傷口を塞げた。体力も少し回復した。尾地は短い休息の後、立ち上がろうとした。
中腰になった時、傷口が痛み動きが止まる。
その顔は痛みで歪んでいたが、口元だけは笑っていた。
「あの子だけは、助けなきゃダメか…」
一言つぶやいて、一気に立ち上がった。
その後、動きの鈍くなった左半身をかばいながら、ヨチヨチと駆け足で吊橋に向かっていった。その歩みは、吊橋を渡り終わる頃には早足へと変わっていた。
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