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第六話 高田馬場駅 「おじさん、冒険者なのに銃器と戦う」
1 【第六話 開始】 ~挿絵追加
しおりを挟むつまらない仕事を受けてしまったもんだ。
尾地はダンジョン内を三時間ほど歩き続けたすえに、そう思った。
立川臨時政府の都市再生局の一部署「遺物科」からの派遣冒険者への仕事依頼を、スケジュールが空いていたという消極的理由で引き受けた。その結果、三時間以上陰鬱なダンジョンを歩き続けることとなった。敵と遭遇することもなく、アクシデントも何もなく。
仕事内容も「高田馬場ダンジョン深くで発見された旧自衛隊の遺棄された武器の回収」という、いわば廃品回収であった。
高田馬場ダンジョンは、旧自衛隊のダンジョン探索時代の激戦区である。当時の日本にあったほとんどの火薬をそこで消費した、と言われるほどの凄惨な戦闘跡が、ダンジョンの上から下まで残っている。山之手ダンジョン内でも古戦場と呼ばれ、若い冒険者たちは旨味がなくて薄気味悪いから、という理由で避けられているダンジョンだ。ダンジョンの壁中に弾痕がうがかれ、壁は爆薬で破壊され、ダンジョンと言うよりも内戦により破壊された地下都市といった風景だった。
「ですからねー、違法ダンジョン入り口の摘発ってのはいたちごっこなんですよ。旧自の人たちが武器や車の搬入路としてガンガンに穴を掘ってた時代の産物ですからねー。記録が残ってないから、悪い人たちが発見して悪用するんですよ。ユコカを通らないから出入りがわからなくなるでしょ?違法な入り口からダンジョンに入ってモンスターを倒してメモリーを持ち出すんですよ。ギルドに納入するんじゃなくて、国の管理下におかず、そのまま闇のマーケットに流しちゃうんですよ。それでなに再生してるかって? 麻薬とかの禁制品ですよ~ひっどい話ですよねー」
隣を歩く女性が歩きスピードよりも遥かに早い口調で喋り続けている。数時間にわたって喋り続けているこの女性は、二〇代後半、黒髪のショートボブ、いかにも事務所で働く若手社員といった風貌だが、粘土質の地面でねちゃつくダンジョンの中でも気兼ねなく喋り続けれる程度には肝が座っている。
遺物課の職員、厚木ユホ。
遺物課支給の青のつなぎの上に簡易型のエグゾスケイルアーマーを装着している。彼女がこの遺物回収ミッションの監督管だ。
その雇い主の軽快なおしゃべりにひたすら相槌を打つことで小銭を稼ぐ仕事をしているのが派遣冒険者をやっている尾地。
その二人の後ろには運搬係として同じ様に遺物課に雇われた三人の男たちが続く。三人共に灰色のつなぎとアーマーを装着している。
一方的なユホの会話に巻き込まれている尾地を助けようともしない薄情な人たちだ。
たまたま高田馬場ダンジョン内をうろついていた冒険者達が、旧自衛隊の武器が大量にあるのを発見し通報したため、遺物課が回収することになったのだ。
報告にあった武器の総量から、全てを地上に運ぶためには最低四人は必要であろうという事になり、ダンジョンの案内人として尾地が呼ばれ、そして別くちの派遣先から三人の運搬係、それを監督するために遺物課からユホで、計五人の即席回収パーティーとなったわけだ。
「旧自衛隊の遺物、まあぶっちゃけ銃器なんですけど、結構見つかるんですよ」
厚木ユホの話は止まらない。
「冒険者さんたちが直接ダンジョンから運んできて市役所に提出してくれることもあるんですけど、安いでしょ?協力金が。だからほとんどの人は発見しても持ってこないんですよ」
「ダンジョン内だとみんな、荷物が増えるのを嫌がりますからね」
尾地も経験があるからか返事を返してしまう。
「そう!だから銃器の回収がまったく進まないんですよ~!だいたいみんな、マップに位置情報登録して、地上に上がってきてからサーバーにアップして、それを見て遺物課で回収するかどうかを判断するんですけど、銃が一丁二丁程度じゃダメ!それじゃあわざわざチーム組んで回収に行こうって事にならないんですよ」
「じゃあ結構、銃器はダンジョン内に残ってると」
「そんなにそこらじゅうってわけじゃないですけどね。旧自の派兵ルートの情報が消えちゃったじゃないですか。それに最後はもう、地底で全滅しちゃったから知ってる人がいないんですよ」
そういってユホは少し遠くを見る。今歩くこの泥道も自衛隊員が通った道かもしれない。彼らは自分たちと違い、まったく情報のない段階でダンジョンに潜り、未知の脅威と遭遇し戦い、全滅したのだ。
ユホが過去に思いを馳せて黙ったのを見て、これでしばらくは静かに進めると思った尾地であったが、そうはいかなかった。
「…ですから!銃器みたいな危険な物を冒険者さんたち市民が触れることがないように回収して回らなくちゃいけないんですよ」
また話を再スタートさせたユホ。人付き合いは得意ではないが、いまさら無愛想を装う事もできないので尾地も仕方なく付き合った。
「不思議な話ですね。危険を生業としているのが冒険者であるのに、その彼らが銃器という危険に触らないように回収しなくちゃいけないってのも」
「それもそうですよねー。でも銃器って危ないじゃないですか。人も簡単に殺せちゃうし」
冒険者…剣、槍、斧、メイスに弓に黒魔術。あらゆる種類の戦闘技術のマスターである彼らに、いまさら銃器を与えたところで傷害事件の件数が伸びるとは考えにくい。やろうと思えば今すぐにでも殺れるのが冒険者という人種である。
そしてそれをあえてやらない矜持も持ち合わせているのが職業人としての冒険者だ。
だが実際には尾地も、この銃器回収がなんのために行われているのかは理解している。四〇代の中年とはそれくらいの社会的視野を持った人間を指して言うのである。
銃器は簡単に殺せる。
それは社会を維持する側、権力側にこそふさわしい武器であると、「彼ら」は考えているのだ。だからこそ回収した銃器は一丁残らず政府の所有物として、治安維持組織に与えられている。若者が冒険者を名乗り様々な戦闘技術を身に着けている現在。大人たちあるいは老人たちは旧世代の重火器を横に並べ、治安維持のための、火力の防波堤を築いているのだ。
若者には剣と魔法を、老人と警察には法と銃を。
これが今の社会の実情だ。
そんなことを考えつつも表情には出さず、二十代女性の話を聞き続ける尾地、彼女はどこまで理解しているのか? 社会という濁った水の中に顔面を漬けて薄目を開いた程度の状態なのだろうか?
そんな余計な事を考えるくらいには暇な道行きであった。
ダンジョンを進むこと四時間ほど、崩れた壁、穴の空きまくった壁、広い空間内に立つ倒壊したビルの残骸の間を進み続ける。さらに湿気も高く地面はビチャビチャとして泥が薄く広がっている。
ここまでモンスターに遭遇することもなく進んでいた。そもそも高田馬場ダンジョン自体がモンスターの遭遇率が低い。旧自の激戦によりモンスターがほとんど倒された、モンスターよりも幽霊のほうが多い、と噂されるほどのダンジョンだ。ダンジョンではなく古戦場なのだ。
さらに尾地が有能さを発揮して安全にしてシンプルな道筋のルートを策定したため、まったく障害がない道を進むことになったのだ。
「銃と冒険者、どっちが強いですか?」
ユホの会話は、役所のそばのラーメン屋に入りづらいという話を経て、昔の化粧品の再生プログラムの進捗の遅れに対する不満、カセットテープから流れる音楽の良さ、駄菓子屋の遺跡を発見した喜び等々を経由した結果、不穏当な話題にたどり着くこととなった。
「どっちって…どっちでしょうね~」
尾地は面倒くさいので回答のパスを選択したつもりだったがユホには通じていなかった。
「尾地さんは冒険者を長くやってるから、知ってるんじゃないですか?ほら、冒険者ってアーマーで加速できるから、ビュンビュン!て弾を避けたりして、ズバーって切って、銃に勝てたりするんじゃないですか?」
「ハハっ、いくら長くやってても、銃と戦った冒険者の話なんて聞かないですよ~。そんな場面なんてほとんどないですし…」
そういって笑顔で返す尾地の脳裏には、銃器に撃ち倒される人々の姿があったが、それはユホが知る必要のない、過去の悲惨な時代の話なので、今は話す必要はなかった。
「そうですか~そうですよね~。でも考えてみたら、旧自衛隊はモンスターと銃器で戦って全滅、冒険者は剣と魔法で戦って今も健在。生存率という数字だけで比較したら、銃よりも剣が強いと言っていいんじゃ」
「剣といってもメモリーを使う技術があってこそだからね。メモリーの倍加再生能力があるからこその攻撃力、魔法力、生存率だから。そもそも銃も剣も魔法も、対モンスターのためのもので、対人を前提としたモノじゃないってことで…」
長く続く通路の先から強く風が吹いてきた。
一行は巨大な吹き抜けに到達した。直径は五〇〇メートルはあろうか、彼らはその巨大な縦穴の縁に到達したのだ。その穴の底も天井も、遥かに深く高い。どちらも闇に沈んで先は見えなくなっている。
その巨大な地底の縦穴の中に一棟の高層ビルが立っていた。
縦穴の中心にビルが立っているため、縦穴の壁面とビルの間には深い底なしの谷という形になっている。尾地たちが立っているのは縦穴の壁面にできた小さな穴、そこはちょうどそのビルの屋上部分と同じ高さの位置になっていた。
「この橋を渡るんですか?」
恐る恐るユホが聞いたように、穴からビルの間には一本の橋がかけてあった。人一人が渡れる程度の細い橋がビルの屋上に向かって伸びている。鋼鉄のワイヤーを編んで作ったような橋だが、人が架けた物ではなくダンジョン生成時に生まれた橋だ。
「大丈夫ですよ、他の冒険者達も利用してますし、危険情報も上がっていません」
安心させるように尾地が言う。手首の端末にダンジョン内のマップ情報を呼び出し、この橋の情報をユホに見せる。表示はグリーン。幾人もの冒険者達が渡って安全が確認された橋であるという証だ。
吊り橋の長さは50メートルほど。ゆらゆらと揺れる橋を、尾地、ユホ、運搬スタッフの三人が続いて渡る。縦穴内は上昇気流が吹いている。その風はそよ風程度で、ほほに感じる程度で橋を揺らすものではない。しかし五人の人間が同時に渡ろうとすればどうしても橋は大きく揺れてしまう。そのたびに足を止めてしまうユホを尾地は励ましながら、ようやく五人はビルの屋上に渡ることが出来た。
ビルの屋上は、高熱で溶かされたかのようであった。
ビルの屋上にあるべき空調装置、それに付随するパイプ類、屋上を区分けするコンクリ壁、全てがどろりと溶けた形で固まっている。熱で溶けた、あるいは情報不足の状態で再生しようとしてビルの形を作ろうとした途中で放棄した屋上の失敗作。そんな有様であった。
屋上についた途端、運搬役として雇われた男たち三人がそそくさと行動を開始する。
屋上のそこかしこに大量の箱が置かれているのは遠くからも見えていた。他にも長年放置されたと見られる破れたテント、ひとまとめにされた装備品、溶けていない発電機と照明装置。
冒険者たちの通報通り、ここは二十数年前に旧自衛隊が中継基地として使っていた場所で間違いない。
危険なダンジョン探索を命じられた旧自衛隊が、この場所を中継基地として使った理由はひと目で分かる。巨大な縦穴の中心に突っ立っているビルの屋上。周辺は断崖で囲まれ、渡るための橋も丁寧に架かっている。守るにも籠もるにも最適だ。
ここを拠点として旧自衛隊は最初の冒険者として、この山ノ手ダンジョン探索の基礎を作ったのだ、その命を代償として。
「ここで旧自衛隊の人たちは休んでたみたいですね」
ユホは吊橋そばに設置された機関銃を確認しながら言った。その銃は橋を渡ってくるモンスターを止めるために、吊橋方向に銃口が向けられていた。
「もう二十年以上前の話だけどね」
尾地は答えながら屋上に残った痕跡を見渡す。どれも長い間、放置され朽ちていった物ばかりだ。テントは剥げて骨組みだけが残り、集積された物資にも地下ダンジョンのホコリが堆積してる。そんなベース基地の残骸の中を運搬係の三人の男たちが動き回り、箱を一つづつ開けては使えそうな銃器があるか確認している。
「おい、これ使えるぞ」「こっちのも大丈夫そうだ」「弾もあったぞ」
次々と発見の報告が上がる。風化して使用不能になった中から、まだ可動するものを選別して集めている。銃器に興味がない尾地は、その様が墓の盗掘人のように見えたので、視線をそらし当時の旧自衛隊員たちの痕跡が他になにかないかと探してみた。
屋上スミに私物が堆積しているのを見つけた。ほとんどのものは時間の経過に絶えることができず、グズグズと崩れてしまっているが、何冊かの雑誌が無事な状態で見つかった。
「何かありましたか?」
現場を監督する責務があるユホが聞いてきた。銃器以外のものを掘り返していた尾地が、なにか面白い物でも発見したのか興味をもった。雑誌の現物をユホに見せながら尾地が答える。
「雑誌ですね。それも首都沈没以前の雑誌」
「違いは分かるんですか?」
「首都沈没した後って、まともに雑誌なんて出てないんですよ。出版社も印刷所も全部潰れましたし、雑誌を出す余裕なんて社会になかった」
「首都沈没前の雑誌…歴史的遺産ですね!」
「そうでもないですよ」
尾地はその大衆娯楽雑誌のペラリとめくって見せた。
「あ、ラーメン特集って、昔も今も変わらないんですねー」
ユホは次々とページをめくる。次々と違うラーメンが出てくる。
「なんでこんなにラーメンのお店があるんですか?資源の無駄では…」
「アハハ…」
現代っ子であるユホに対して、過去の時代を知る尾地は、首都沈没で消え去った東京の巨大さ、そこに星の数ほどあったラーメン店について、どう説明したものかと迷った。
ユホはその後も太古の雑誌を読みふけり、尾地は他になにかないかと探してみた。
出てくるのは、写真の入ったパスケース、崩れた携帯ゲーム機、文字が溶けた文庫本、どれも遺品というべき物ばかりだった。
尾地は屋上のフチのそばに立ち、ゆるい上昇気流を感じながら、ここで散っていった人たち、そしてその人たちを同じ結果になりかねなかった、青年時代の自分自身に思いを馳せた。
尾地はそんな時でも周囲の気配に対して敏感であった。彼はこのパーティーを護衛する役目を任されている。そのため常に感覚のレーダーは周囲に向かって発信されていた。ダンジョン内部にいる時は、その感覚が途切れることはない。彼は視覚以外でも周囲の状況を観察していた。
左奥のユホは持ち帰れそうな資料があるか確認していた。
背後の三人の男たちは使用可能な銃器を装備品の箱に集めて、中央に集積させていた。
男たちは銃器を取り出して、使用可能かどうかガチャガチャと動かして確認していた。
尾地は周辺にモンスターが居るのではないかと気配を探りつつ、その機構音を背中ごしに聞いていた。
カチャリカチャリ
男たちは弾が詰まったマガジンを箱から取り出した。
ガチャ
弾倉が小銃に差し込まれた。尾地の背中に僅かな電流が走った。長年の冒険者生活で生成された、危機を察知する神経回路がうずいたのだ。
カッ…チャ
コックングハンドルが引かれ、弾薬が装填される音が聞こえた。尾地は男たちの方には背中を向けて、距離は15メートル以上離れている。その銃が発する機械音は僅かな音でしかないにもかかわらず、尾地の耳には巨大な豪音のように聞こえた。
尾地の体内で緊急音が鳴り響いた。彼の背後に突然危険な存在が発生したのだ。
とっさに後ろを振り向こうとする。
しかし、三人のうちの一人が、すでに銃を構え尾地に狙いをつけていた。
男は無言でトリガーを引く。旧自衛隊の残した遺産である小銃は、見事に機能し弾丸を吐き出し、尾地の背中に銃弾を撃ち込んだ。
振り向こうとした尾地の動きは、背後からの弾丸に阻止された。
一発は彼の装着したエグゾスケイルアーマーの左肩パーツに当たり破壊した。いくつもに分裂した破片は彼の上半身にめり込み、穴をうがった。
もう一発は左脇腹を貫通。血しぶきをビルの屋上から外に向かって飛ばした。
三発目は左腰のアーマーに当たり、アーマーはその役目を果たし肉体を守ったが砕け飛び、左半身の倍力能力を失った。
四、五、六発は狙いが外れ、ビル屋上と向かいの縦穴壁面を傷つけた。
当たった弾丸に弾かれ、尾地の体はビル屋上から追い出された。
異変に驚き動けないユホが叫んだ。
「尾地さん!」
尾地の体は回転しながら、屋上からの飛び降り自殺さながらに落下していった。
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