105 / 138
五章 動乱
十五話 安らぐんだ
しおりを挟む
マモンが地獄の大地に血を吐く。屈辱に塗れた表情を浮かべている。無限に供給されていた霊力の源は壊された。
地獄であっても美しくあり続けるヘレナが、その顔を夜叉のように歪め、拳を弓のようにしならせ引く。纏う黒の桜花弁が渦巻く。
「シッッ!!」
「カッ!!」
放つ。
衝撃波として放たれた絶対不変の幻力抹殺が筒のように渦巻いた黒の桜花弁に反発し、加速し、反発し、加速する。
まるで、砲撃。
電磁加速にも似ている反発加速によって音の域にまで達した絶対不変の幻力抹殺の衝撃波が、動揺しているマモンをもろに打ち抜く。
マモンの体が一瞬蠢き、崩壊する。直ぐに男の姿を取り戻すが、
「簡単にくたばりませんよねッ!!」
「ッッッッッッッ!!!???」
混沌の妄執がマモンに抱く怨みの一端。自身もその怨みに侵されながら、雪はマモンに≪想伝≫を込めた拳をぶち込む。
今までは欲望という悪感情が常にマモンを支配していた。怨念など入る余地もなかった。霊力は反応しなかった。
だが、源泉を絶たれた今、違う。
「アァアアアァアアッッッッ!!!???」
マモンの体が変わる。悍ましいナニか。成れの果て。蠢き、蠢き、蠢き。
けれどそれでも、
「オレ様はッ! 欲望の王だッ!!」
欲望を身にまとい、欲望に塗れた男の姿へ戻る。地獄の硫黄の雨と血風と死の灰がマモンに集まる。
もちろん、雪はマモンに猶予など与えない。
心の裡で蠢く混沌の妄執の怒りを叫ぶ。
無残に殺された娘たちを想う怨み代弁するッッッ!!!
「これは千代子さんの分ッ!! トランペットの独奏に選ばれた愛をお祝いするはずだったのにッ!! あれだけ一生懸命頑張っていたのにッ!」
「ッッッッッ!!!」
祈力を得て、自身の力を昇華した雪。理の一端すらも手にかけたその桜の一陣は、一歩足を踏みしめるたびに地獄を彩の溢れた大地へと変えていく。
咲いては散ってを繰り返す世界へ。
領域を広げたそれは、彩の嵐となってマモンに襲い掛かる。研ぎ澄まされた怨念を纏いながら。
マモンは苦痛に顔を歪めながら、それでも雪の拳を受け止める。魂魄そのものが殴られたような衝撃波が意識を刈り取ろうとするが、ねじ伏せる。
「それがどうしたッ!! オレ様は王だッ! 踏みにじり、壊し、全てを思うがままに支配する王だッ!! その怨みもオレ様のモノだッ!!」
欲望。全てを手に入れる強欲。核が壊されようが、マモンはマモンなのだ。
自身を駆け巡った混沌の妄執の一人、千代子の怨念を我が物へと変化させる。悍ましい闇の片翼が背中に生える。
同時に背後から急襲したヘレナにその闇の片翼を振るう。
「這いつくばれッ、女ッッッ!!!」
「私はモノではないっ!! ヘレナッ!! ナオキがいい名だと言ってくれた名前があるッッ!!」
絶対不変の幻力抹殺の拳と闇の片翼がぶつかり合う。いくら黒の桜花弁で外部的に強化されようとも、中身はただの女性の肉体。
ヘレナの腕がダイヤモンドよりも固い闇の片翼によって折れ、粉砕されるが、直ぐにもとに戻る。気を失う激痛なぞ、ねじ伏せる。
雪が耐えたのだから。私はヘレナなのだから。
ヘレナとは、乱戦を引き起こす美女の名。全ての憎しみと怨みと怒り……が集約された名。世界にすら刻まれた忌まわしきモノの名前。
だが、直樹はいい名前だと言ってくれた。光という名前だと教えてくれた。
なら、ニィッと笑う。今も混沌の妄執の怨念に、制御しきれない祈力に苦しむ雪の支えとなれるように。足手まといではない。
絶対不変の幻力抹殺を迸らせる。それは絶対的光の剣の容となって、ヘレナの闇の片翼と打ち合ってないもう片方の手に収まる。
ヘレナは確信した。これは、全てを否定する剣だ。己の神髄だ。一太刀でマモンを討ち滅ぼせる。
しかし、それはまだ安定しない。
ヘレナは少し後ろへ飛び、絶対的光の剣を構える。絶対不変の幻力抹殺を注ぎ、安定させていく。
「ッッッ!!??」
「させませんッ!!」
史上最大級のアラームが響く。マモンはそれに従い、転移で逃げようとするが、雪が空間衝撃波を放つ。
もちろん、雪の妨害を予期していたマモンは、絶対的に破られないの結界を張り、空間衝撃を防ぐ。
だが、しかし、雪はマモンを攻撃するために空間衝撃波を放ったわけではない。
「ッ、クソッ!!」
転移門を利用した転移は兎も角、一瞬で転移するその技は、どんな幻力を使おうとも、空間が不安定ならほぼ失敗する。
空間衝撃波により、空間がねじれ、不安定と化した。
マモンは逃げることをやめる。それは王らしくない。
だから、巨大な黄金の隕石、ダイヤモンドのドリル、核爆弾、死滅の病や毒、超重力、魂魄を支配する言霊。ありとあらゆる手段でヘレナを殺そうとする。
だが、雪が割り込む。
「お前の相手は私ですッ!!」
ヘレナに襲い掛かったあらゆる殺意を封殺した雪は、桜の花弁を利用した入れ替え転移でマモンの頭上を取る。入れ替え転移なら、空間の不安定さも無視できる。
雪は桜の花弁をバーストさせた踵落としをマモンの頭へ降ろす。
「ッッッガアァァッ!!!」
マモンはそれを闇の片翼で防ぐ。あまりの衝撃波に足元に巨大なクレーターができ、大地が割れ、地の底からマグマすらが吹き出してくる。
魂魄を抉る衝撃波や押し潰そうとする重力波動、身体を捻じり揺らそうとする空間衝撃波がマモンを駆け巡る。
踵落としをした雪は間髪入れず、マグマが薄く張った大地で片膝を突くマモンに拳を振り下ろす。
どす黒い憎しみを纏っている。
「これは里美さんの分ッ! 奈々にチョコレートの作り方を教えるはずだったのにッ! あの子は恋をしていたのにッ!!」
「舐めるなっ、小娘ッッッ!!!」
雪の桜の拳鍔ととマモンの拳が打ち合う。
マモンの背中にドロドロとした闇の片翼が生える。両翼が揃う。
それでも雪の祈力が浄化の想いとなってマモンに注ぎ込まれる。マモンの体内霊力がごっそりと減っていく。
マモンはそれに歯噛みしながら、闇の両翼を広げる。悍ましい瘴気を垂れ流し、闇が凝縮した人型を創り出していく。
一体、二体、三体……
増えていくその闇の人型は、堕天使のような翼と円環を生やしていく。一体一体が強い存在感を放つ。
だから、雪も対抗する。
白桜の花弁が連ねられた片翼と混沌の妄執の影の腕が連ねられた片翼を広げる。白と黒が入り混じった桜の花弁が集まり、動物の容を創っていく。
鹿、梟、熊、鼠……
混沌の兵士を参考に、祈力を使って疑似的な生物にした桜花弁の集合体だ。
命が宿ったそれらは蠢き、そして増え続ける闇の堕天使へと襲い掛かる。雪はフリーとなる。
「見飽きたぞッ!!!」
「飽くなき存在が寒い冗談を言いますねッ!」
散乱させていた桜の花弁の一片と入れ替わり転移した雪へ、マモンが黄金の槍を振り下ろす。雪の転移を予測していたのだ。
何度も見せれば流石に読まれますかッ! と内心歯噛みしながら、雪は桜の拳鍔で黄金の槍を防ぐ。
黄金の槍に≪想伝≫を込め、霊力に干渉しようとするが、マモンの高密度の欲によって弾かれる。
雪に向かって闇の両翼が振り下ろされるが、雪は冷静に白桜の花弁が連ねられた片翼を操作して受け止める。
同時に混沌の妄執の影の腕を連ねた片翼から、大きな影の腕を生やす。マモンへ振り下ろす。
「これは沙織さんの分ッ! あの日、恵梨香は親友の誕生日を祝うはずだったのにッ! 私たちの家でパーティーを開くはずだったのにッッ!!」
「うるせぇっ!!」
マモンも対抗するように闇の腕を生やし、影の腕と打ち合う。だがしかし、込められた祈力と≪想伝≫が強すぎた。
闇の腕が砕け散る。
その瞬間、雪は周囲に散らした桜の花弁一つ一つの超重力を纏わせ、巨大な重力場を創り出す。マモンの動きが一瞬だけ鈍くなる。
重力場に逆らわずに這うように駆けだした雪は、マモンの懐へと潜り込んだ。
「これは真央さんの分! 柚木が翻訳者になるため夢の第一歩を踏み出せたのに! あれだけ毎日頑張って勉強していたのにッッ!!」
「カハッッ!!!!!」
雪の桜の拳鍔がマモンを穿った。抵抗できぬまま、マモンは吹き飛ばされる。
その延長線上に転移した雪は、ピンポン玉みたいにマグマが薄く張った地面を何度も弾き飛んできたマモンの首根っこを掴む。
硬化した桜の花弁を纏った膝でマモンの背中を打ち上げ、空中に吹き飛ばし、マモンの上へ桜の花弁と入れ替えさらに転移。
「これは茜さんの分ッ! 愛華と桜と一緒に、イルカショーを見に行く約束をしていたのにッ! ようやく二人とも退院できたのにッ!」
「ッッッッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」
マモンに向かって怨念を込めた拳を振り下ろす。
マモンがマグマの地面に叩きつけられた。
体が粉砕され、闇の両翼がもげ、体がブクブクと膨れ上がっていく。男の体を保てなくなっていく。
それでもマモンは立ち上がる。
「オレ、様ハッ、王ダッ。奪イ支配スルマモンダッ!!」
もがれた闇の両翼が再び生える。しかもそれは、二翼一対ではなく、四翼二対。そして頭上にどす黒い円環が浮かぶ。
マモンの体からどす黒い極光が立ち上り、地獄の天を衝く。
今まで以上の圧倒的な存在感。ここまでやられた屈辱と怒りにより、マモンは壁を突破したのだ。
だが、
「何で、何で、あの子たちを巻き込んだッ!! あそこまで弄んだッ!! あの子たちには夢が、未来があったのに。幸せがあったのにッッ!!」
今の雪は、混沌の妄執の代理人。雪の影となり、欠片となった混沌の妄執が雪の喉を借りて叫ぶ。
祈力のほとんどを注ぎ込む。その桜の拳鍔を纏った拳に収束させていく。怨念の全てもだ。
ゆらりゆらりと雪はマモンへ歩く。
マモンは逃げない。強欲の王ゆえに、全てを奪う。混沌の妄執すらも自身のコレクションにする。
だからこそ、受け止め、喰らう。
ゆらりゆらりと歩いていた雪が走り出す。
怨念をその右拳の桜の拳鍔へ集中させ、全身には彩を纏って。地獄を光と影が溢れる世界へと変えていく。
桜吹雪が走った。
雪が右拳を放つ! マモンも同じく右拳を放つ!
「ぶっ飛べッッッッッッッッ!!!!!!」
「奪いつくしてやるッッッッッ!!!」
拮抗。
雪もマモンも翼を羽ばたかせる。衝撃波が舞い、地獄が破壊されていく。大地は歪み、天は割れる。
互いの腕が血飛沫を噴き上げ、粉砕されていく。苦痛に表情が歪み、それでも強い光を宿した瞳が互いを射貫く。
雪は怨念と怒りと優しさを込めて。マモンは強欲だけを込めて。
力も意志も互角。
このままでは両者ともに消滅してしまう。
しかし、ここである差が出てくる。
経験だ。
数万年以上生きたマモンの方が、雪よりも経験が勝っている。
「ッッッッッ!!!!」
「全てはオレ様のモノにッッッッッッ!!」
マモンが雪を押した。このままでは雪が先に力尽きてしまう。
だが、
「三度言おう。私を忘れては困る」
原初の世界に生まれ、原初の神となった存在――ヘレナが絶対的光の剣を構えていた。
「それでもオレ様は全てを手に入れるッッッ!!!」
マモンは怒り、唸り、叫ぶ。闇の両翼がヘレナの首を刎ねた。
だが、ヘレナは、
「私を殺せると思うな。私を殺せるのは直樹だけだ」
首が離れたままそう言い放ち。
一太刀。
首無しのヘレナは絶対的光の剣を振り下ろす。
「―――――――――!!!!!!!」
斬られた。
絶対的な力がマモンの体を染め上げていく。
生まれてきたことそのものすらもキャンセルされる。
強欲の化身であることも、悪魔であることも消し去られ、肉体はもとより、魂魄すらも消滅し――
「オレサマハッッッ!!!!」
けれど、それでも強欲への妄執だけは僅か一片だけ残って。醜い蜘蛛の姿になって。
だが、そのマモンは、
「怨みは晴れないッ! けれど、怨みは祓うッッッ!!!」
「―――――――――――――!!!!!」
混沌の妄執の怨念が宿った雪の拳によって消滅させられた。怨嗟の叫びすらも上げられず、マモンは消え去った。
そしてサーーーッと優しい風が吹いたかと思うと、地獄の地平線までが桜の世界に彩られた。
桜の大樹が咲き誇っていた。
硫黄の雨も血の風も死の灰はもうそこにはなかった。
「ヘレナッ!!」
魔法少女姿が解けた雪は、首がないヘレナに駆け寄る。血がとめどなく流れ出し、無残な光景だ。
しかしすぐに、
「ッッッッッッッッ!!!!」
首無しのヘレナの周囲に一瞬歪みが走ったかと思うと、美しい美女がそこにいた。
「……ふぅ。やはり、慣れないな」
「ヘレナッ、大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫だ」
全くもって大丈夫ではない。ヘレナは顔を真っ青に染め、ガタガタと体を震わせていた。
≪想伝≫を使わなくても分かる。
ヘレナの心は恐怖に支配され、それを無理やりねじ伏せているのだ。本当なら、生きていることすら恐ろしいのだ。
雪がボロボロの自分の治療もせず、ヘレナを抱きしめる。落ち着かせるように優しく温かく。
ヘレナは苦笑する。自分よりも顔を青くし、全身から血を流し続ける雪の頭を優しく撫でる。
「ありがとう。だが、私よりもお前の方がもっと酷い。死んでしまうぞ」
ヘレナがそう言った瞬間、
――サァーーーー。
雪の背中から柔らかな影の風が立ち上った。
それは母のように温かく、されど子が親を想うように優しかった。まるで、母親を救ってくれた感謝のようで。
そしてゆっくりと消えてしまった。
「あれ、どうして……」
「今のは……」
雪は影の風に気が付かなったらしい。血の気を取り戻し、傷がふさがり、魂魄を蝕んでいた激痛が癒えて困惑している。
(……いや、なぜ『母』だけでなく『子』のイメージまで……そういえば、混沌の妄執の元は生贄で呼び出されたといっていたな……)
そう思考しながら、ヘレナが雪に尋ねる。
「……ユキ。混沌の妄執とやらは、お前の裡にいるのか?」
「え、あ……あれ?」
雪が困惑した声を上げる。
「どうした?」
「た、確かに混沌の妄執の欠片はあるんです。けど、けど、今までずっと対話していた意志が感じられない。ものすごく曖昧で。温かい何かに包み込まれてるような……」
「……そうか」
ヘレナは雪の頭を撫でる。
「全てが無に還ることはない。一度抱いた感情が消えることはない。けど、薄れはする」
ヘレナは柔らかく微笑んだ。
「安らぐんだ」
「……はい」
その言葉で雪は悟った。たぶん、混沌の妄執の怨念は雪の奥深くで眠ったのだと。
また、同時に少しだけ拍子抜けしてしまった。この想いを受け継いでたった一ヵ月近くしか経っていないから。
ヘレナが気が付く。
「彼女たちも、苦しかったんだろう。許すことはできない。けど、怨みを抱き続けるのも、辛い。きっかけが欲しかった。背中を押して欲しかった。そこにお前みたいな可愛くて優しくていい子が自分たちのために献身を尽くしてくれる。時間じゃない」
「……」
「だから、包まれた。お前の優しさと……そしてたぶん、彼女たちの愛に」
ミラとノアを思い出しながらヘレナはそう言った。どんな世界、どんな時代だって、子は――
ヘレナに≪想伝≫は通じない。だけど、雪はなんとなくそれを読み取って、無言で頷いた。
そして、
「どうやら、アイツは前座らしい」
「そのようですね」
雪とヘレナは目の前に現れた神聖な魔というべき門をくぐった。
======================================
公開可能情報
絶対的光の剣:ヘレナの神性の真髄。原初の世界以外のすべてを否定する力であり、それは幻力だけにとどまらない。
地獄であっても美しくあり続けるヘレナが、その顔を夜叉のように歪め、拳を弓のようにしならせ引く。纏う黒の桜花弁が渦巻く。
「シッッ!!」
「カッ!!」
放つ。
衝撃波として放たれた絶対不変の幻力抹殺が筒のように渦巻いた黒の桜花弁に反発し、加速し、反発し、加速する。
まるで、砲撃。
電磁加速にも似ている反発加速によって音の域にまで達した絶対不変の幻力抹殺の衝撃波が、動揺しているマモンをもろに打ち抜く。
マモンの体が一瞬蠢き、崩壊する。直ぐに男の姿を取り戻すが、
「簡単にくたばりませんよねッ!!」
「ッッッッッッッ!!!???」
混沌の妄執がマモンに抱く怨みの一端。自身もその怨みに侵されながら、雪はマモンに≪想伝≫を込めた拳をぶち込む。
今までは欲望という悪感情が常にマモンを支配していた。怨念など入る余地もなかった。霊力は反応しなかった。
だが、源泉を絶たれた今、違う。
「アァアアアァアアッッッッ!!!???」
マモンの体が変わる。悍ましいナニか。成れの果て。蠢き、蠢き、蠢き。
けれどそれでも、
「オレ様はッ! 欲望の王だッ!!」
欲望を身にまとい、欲望に塗れた男の姿へ戻る。地獄の硫黄の雨と血風と死の灰がマモンに集まる。
もちろん、雪はマモンに猶予など与えない。
心の裡で蠢く混沌の妄執の怒りを叫ぶ。
無残に殺された娘たちを想う怨み代弁するッッッ!!!
「これは千代子さんの分ッ!! トランペットの独奏に選ばれた愛をお祝いするはずだったのにッ!! あれだけ一生懸命頑張っていたのにッ!」
「ッッッッッ!!!」
祈力を得て、自身の力を昇華した雪。理の一端すらも手にかけたその桜の一陣は、一歩足を踏みしめるたびに地獄を彩の溢れた大地へと変えていく。
咲いては散ってを繰り返す世界へ。
領域を広げたそれは、彩の嵐となってマモンに襲い掛かる。研ぎ澄まされた怨念を纏いながら。
マモンは苦痛に顔を歪めながら、それでも雪の拳を受け止める。魂魄そのものが殴られたような衝撃波が意識を刈り取ろうとするが、ねじ伏せる。
「それがどうしたッ!! オレ様は王だッ! 踏みにじり、壊し、全てを思うがままに支配する王だッ!! その怨みもオレ様のモノだッ!!」
欲望。全てを手に入れる強欲。核が壊されようが、マモンはマモンなのだ。
自身を駆け巡った混沌の妄執の一人、千代子の怨念を我が物へと変化させる。悍ましい闇の片翼が背中に生える。
同時に背後から急襲したヘレナにその闇の片翼を振るう。
「這いつくばれッ、女ッッッ!!!」
「私はモノではないっ!! ヘレナッ!! ナオキがいい名だと言ってくれた名前があるッッ!!」
絶対不変の幻力抹殺の拳と闇の片翼がぶつかり合う。いくら黒の桜花弁で外部的に強化されようとも、中身はただの女性の肉体。
ヘレナの腕がダイヤモンドよりも固い闇の片翼によって折れ、粉砕されるが、直ぐにもとに戻る。気を失う激痛なぞ、ねじ伏せる。
雪が耐えたのだから。私はヘレナなのだから。
ヘレナとは、乱戦を引き起こす美女の名。全ての憎しみと怨みと怒り……が集約された名。世界にすら刻まれた忌まわしきモノの名前。
だが、直樹はいい名前だと言ってくれた。光という名前だと教えてくれた。
なら、ニィッと笑う。今も混沌の妄執の怨念に、制御しきれない祈力に苦しむ雪の支えとなれるように。足手まといではない。
絶対不変の幻力抹殺を迸らせる。それは絶対的光の剣の容となって、ヘレナの闇の片翼と打ち合ってないもう片方の手に収まる。
ヘレナは確信した。これは、全てを否定する剣だ。己の神髄だ。一太刀でマモンを討ち滅ぼせる。
しかし、それはまだ安定しない。
ヘレナは少し後ろへ飛び、絶対的光の剣を構える。絶対不変の幻力抹殺を注ぎ、安定させていく。
「ッッッ!!??」
「させませんッ!!」
史上最大級のアラームが響く。マモンはそれに従い、転移で逃げようとするが、雪が空間衝撃波を放つ。
もちろん、雪の妨害を予期していたマモンは、絶対的に破られないの結界を張り、空間衝撃を防ぐ。
だが、しかし、雪はマモンを攻撃するために空間衝撃波を放ったわけではない。
「ッ、クソッ!!」
転移門を利用した転移は兎も角、一瞬で転移するその技は、どんな幻力を使おうとも、空間が不安定ならほぼ失敗する。
空間衝撃波により、空間がねじれ、不安定と化した。
マモンは逃げることをやめる。それは王らしくない。
だから、巨大な黄金の隕石、ダイヤモンドのドリル、核爆弾、死滅の病や毒、超重力、魂魄を支配する言霊。ありとあらゆる手段でヘレナを殺そうとする。
だが、雪が割り込む。
「お前の相手は私ですッ!!」
ヘレナに襲い掛かったあらゆる殺意を封殺した雪は、桜の花弁を利用した入れ替え転移でマモンの頭上を取る。入れ替え転移なら、空間の不安定さも無視できる。
雪は桜の花弁をバーストさせた踵落としをマモンの頭へ降ろす。
「ッッッガアァァッ!!!」
マモンはそれを闇の片翼で防ぐ。あまりの衝撃波に足元に巨大なクレーターができ、大地が割れ、地の底からマグマすらが吹き出してくる。
魂魄を抉る衝撃波や押し潰そうとする重力波動、身体を捻じり揺らそうとする空間衝撃波がマモンを駆け巡る。
踵落としをした雪は間髪入れず、マグマが薄く張った大地で片膝を突くマモンに拳を振り下ろす。
どす黒い憎しみを纏っている。
「これは里美さんの分ッ! 奈々にチョコレートの作り方を教えるはずだったのにッ! あの子は恋をしていたのにッ!!」
「舐めるなっ、小娘ッッッ!!!」
雪の桜の拳鍔ととマモンの拳が打ち合う。
マモンの背中にドロドロとした闇の片翼が生える。両翼が揃う。
それでも雪の祈力が浄化の想いとなってマモンに注ぎ込まれる。マモンの体内霊力がごっそりと減っていく。
マモンはそれに歯噛みしながら、闇の両翼を広げる。悍ましい瘴気を垂れ流し、闇が凝縮した人型を創り出していく。
一体、二体、三体……
増えていくその闇の人型は、堕天使のような翼と円環を生やしていく。一体一体が強い存在感を放つ。
だから、雪も対抗する。
白桜の花弁が連ねられた片翼と混沌の妄執の影の腕が連ねられた片翼を広げる。白と黒が入り混じった桜の花弁が集まり、動物の容を創っていく。
鹿、梟、熊、鼠……
混沌の兵士を参考に、祈力を使って疑似的な生物にした桜花弁の集合体だ。
命が宿ったそれらは蠢き、そして増え続ける闇の堕天使へと襲い掛かる。雪はフリーとなる。
「見飽きたぞッ!!!」
「飽くなき存在が寒い冗談を言いますねッ!」
散乱させていた桜の花弁の一片と入れ替わり転移した雪へ、マモンが黄金の槍を振り下ろす。雪の転移を予測していたのだ。
何度も見せれば流石に読まれますかッ! と内心歯噛みしながら、雪は桜の拳鍔で黄金の槍を防ぐ。
黄金の槍に≪想伝≫を込め、霊力に干渉しようとするが、マモンの高密度の欲によって弾かれる。
雪に向かって闇の両翼が振り下ろされるが、雪は冷静に白桜の花弁が連ねられた片翼を操作して受け止める。
同時に混沌の妄執の影の腕を連ねた片翼から、大きな影の腕を生やす。マモンへ振り下ろす。
「これは沙織さんの分ッ! あの日、恵梨香は親友の誕生日を祝うはずだったのにッ! 私たちの家でパーティーを開くはずだったのにッッ!!」
「うるせぇっ!!」
マモンも対抗するように闇の腕を生やし、影の腕と打ち合う。だがしかし、込められた祈力と≪想伝≫が強すぎた。
闇の腕が砕け散る。
その瞬間、雪は周囲に散らした桜の花弁一つ一つの超重力を纏わせ、巨大な重力場を創り出す。マモンの動きが一瞬だけ鈍くなる。
重力場に逆らわずに這うように駆けだした雪は、マモンの懐へと潜り込んだ。
「これは真央さんの分! 柚木が翻訳者になるため夢の第一歩を踏み出せたのに! あれだけ毎日頑張って勉強していたのにッッ!!」
「カハッッ!!!!!」
雪の桜の拳鍔がマモンを穿った。抵抗できぬまま、マモンは吹き飛ばされる。
その延長線上に転移した雪は、ピンポン玉みたいにマグマが薄く張った地面を何度も弾き飛んできたマモンの首根っこを掴む。
硬化した桜の花弁を纏った膝でマモンの背中を打ち上げ、空中に吹き飛ばし、マモンの上へ桜の花弁と入れ替えさらに転移。
「これは茜さんの分ッ! 愛華と桜と一緒に、イルカショーを見に行く約束をしていたのにッ! ようやく二人とも退院できたのにッ!」
「ッッッッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」
マモンに向かって怨念を込めた拳を振り下ろす。
マモンがマグマの地面に叩きつけられた。
体が粉砕され、闇の両翼がもげ、体がブクブクと膨れ上がっていく。男の体を保てなくなっていく。
それでもマモンは立ち上がる。
「オレ、様ハッ、王ダッ。奪イ支配スルマモンダッ!!」
もがれた闇の両翼が再び生える。しかもそれは、二翼一対ではなく、四翼二対。そして頭上にどす黒い円環が浮かぶ。
マモンの体からどす黒い極光が立ち上り、地獄の天を衝く。
今まで以上の圧倒的な存在感。ここまでやられた屈辱と怒りにより、マモンは壁を突破したのだ。
だが、
「何で、何で、あの子たちを巻き込んだッ!! あそこまで弄んだッ!! あの子たちには夢が、未来があったのに。幸せがあったのにッッ!!」
今の雪は、混沌の妄執の代理人。雪の影となり、欠片となった混沌の妄執が雪の喉を借りて叫ぶ。
祈力のほとんどを注ぎ込む。その桜の拳鍔を纏った拳に収束させていく。怨念の全てもだ。
ゆらりゆらりと雪はマモンへ歩く。
マモンは逃げない。強欲の王ゆえに、全てを奪う。混沌の妄執すらも自身のコレクションにする。
だからこそ、受け止め、喰らう。
ゆらりゆらりと歩いていた雪が走り出す。
怨念をその右拳の桜の拳鍔へ集中させ、全身には彩を纏って。地獄を光と影が溢れる世界へと変えていく。
桜吹雪が走った。
雪が右拳を放つ! マモンも同じく右拳を放つ!
「ぶっ飛べッッッッッッッッ!!!!!!」
「奪いつくしてやるッッッッッ!!!」
拮抗。
雪もマモンも翼を羽ばたかせる。衝撃波が舞い、地獄が破壊されていく。大地は歪み、天は割れる。
互いの腕が血飛沫を噴き上げ、粉砕されていく。苦痛に表情が歪み、それでも強い光を宿した瞳が互いを射貫く。
雪は怨念と怒りと優しさを込めて。マモンは強欲だけを込めて。
力も意志も互角。
このままでは両者ともに消滅してしまう。
しかし、ここである差が出てくる。
経験だ。
数万年以上生きたマモンの方が、雪よりも経験が勝っている。
「ッッッッッ!!!!」
「全てはオレ様のモノにッッッッッッ!!」
マモンが雪を押した。このままでは雪が先に力尽きてしまう。
だが、
「三度言おう。私を忘れては困る」
原初の世界に生まれ、原初の神となった存在――ヘレナが絶対的光の剣を構えていた。
「それでもオレ様は全てを手に入れるッッッ!!!」
マモンは怒り、唸り、叫ぶ。闇の両翼がヘレナの首を刎ねた。
だが、ヘレナは、
「私を殺せると思うな。私を殺せるのは直樹だけだ」
首が離れたままそう言い放ち。
一太刀。
首無しのヘレナは絶対的光の剣を振り下ろす。
「―――――――――!!!!!!!」
斬られた。
絶対的な力がマモンの体を染め上げていく。
生まれてきたことそのものすらもキャンセルされる。
強欲の化身であることも、悪魔であることも消し去られ、肉体はもとより、魂魄すらも消滅し――
「オレサマハッッッ!!!!」
けれど、それでも強欲への妄執だけは僅か一片だけ残って。醜い蜘蛛の姿になって。
だが、そのマモンは、
「怨みは晴れないッ! けれど、怨みは祓うッッッ!!!」
「―――――――――――――!!!!!」
混沌の妄執の怨念が宿った雪の拳によって消滅させられた。怨嗟の叫びすらも上げられず、マモンは消え去った。
そしてサーーーッと優しい風が吹いたかと思うと、地獄の地平線までが桜の世界に彩られた。
桜の大樹が咲き誇っていた。
硫黄の雨も血の風も死の灰はもうそこにはなかった。
「ヘレナッ!!」
魔法少女姿が解けた雪は、首がないヘレナに駆け寄る。血がとめどなく流れ出し、無残な光景だ。
しかしすぐに、
「ッッッッッッッッ!!!!」
首無しのヘレナの周囲に一瞬歪みが走ったかと思うと、美しい美女がそこにいた。
「……ふぅ。やはり、慣れないな」
「ヘレナッ、大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫だ」
全くもって大丈夫ではない。ヘレナは顔を真っ青に染め、ガタガタと体を震わせていた。
≪想伝≫を使わなくても分かる。
ヘレナの心は恐怖に支配され、それを無理やりねじ伏せているのだ。本当なら、生きていることすら恐ろしいのだ。
雪がボロボロの自分の治療もせず、ヘレナを抱きしめる。落ち着かせるように優しく温かく。
ヘレナは苦笑する。自分よりも顔を青くし、全身から血を流し続ける雪の頭を優しく撫でる。
「ありがとう。だが、私よりもお前の方がもっと酷い。死んでしまうぞ」
ヘレナがそう言った瞬間、
――サァーーーー。
雪の背中から柔らかな影の風が立ち上った。
それは母のように温かく、されど子が親を想うように優しかった。まるで、母親を救ってくれた感謝のようで。
そしてゆっくりと消えてしまった。
「あれ、どうして……」
「今のは……」
雪は影の風に気が付かなったらしい。血の気を取り戻し、傷がふさがり、魂魄を蝕んでいた激痛が癒えて困惑している。
(……いや、なぜ『母』だけでなく『子』のイメージまで……そういえば、混沌の妄執の元は生贄で呼び出されたといっていたな……)
そう思考しながら、ヘレナが雪に尋ねる。
「……ユキ。混沌の妄執とやらは、お前の裡にいるのか?」
「え、あ……あれ?」
雪が困惑した声を上げる。
「どうした?」
「た、確かに混沌の妄執の欠片はあるんです。けど、けど、今までずっと対話していた意志が感じられない。ものすごく曖昧で。温かい何かに包み込まれてるような……」
「……そうか」
ヘレナは雪の頭を撫でる。
「全てが無に還ることはない。一度抱いた感情が消えることはない。けど、薄れはする」
ヘレナは柔らかく微笑んだ。
「安らぐんだ」
「……はい」
その言葉で雪は悟った。たぶん、混沌の妄執の怨念は雪の奥深くで眠ったのだと。
また、同時に少しだけ拍子抜けしてしまった。この想いを受け継いでたった一ヵ月近くしか経っていないから。
ヘレナが気が付く。
「彼女たちも、苦しかったんだろう。許すことはできない。けど、怨みを抱き続けるのも、辛い。きっかけが欲しかった。背中を押して欲しかった。そこにお前みたいな可愛くて優しくていい子が自分たちのために献身を尽くしてくれる。時間じゃない」
「……」
「だから、包まれた。お前の優しさと……そしてたぶん、彼女たちの愛に」
ミラとノアを思い出しながらヘレナはそう言った。どんな世界、どんな時代だって、子は――
ヘレナに≪想伝≫は通じない。だけど、雪はなんとなくそれを読み取って、無言で頷いた。
そして、
「どうやら、アイツは前座らしい」
「そのようですね」
雪とヘレナは目の前に現れた神聖な魔というべき門をくぐった。
======================================
公開可能情報
絶対的光の剣:ヘレナの神性の真髄。原初の世界以外のすべてを否定する力であり、それは幻力だけにとどまらない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
150
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる