鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

文字の大きさ
13 / 53

第13話 「大乱闘! 奴隷(アリア)は鎖を引きちぎる脱出、そして王子はハンカチを差し出す」

しおりを挟む
【闇オークション会場】
会場の視線が一点に集中していた。 
 
深紅のドレスを纏った隣国の死の商人、ベアトリス。 
 
漆黒のドレスで顔を隠した謎の貴婦人(ローズマリーさん)。 
 
そして、その間で鎖に繋がれた、ボンテージ姿の私。

ベアトリスの指先が私の首輪に触れ、黄金の瞳が妖艶に細められた。

「……五千枚。金貨五千枚でどうかしら? この子は私のコレクションに相応しいわ」

破格の提示に、周囲の貴族たちがざわめく。 
 
しかし、ローズマリーさんは扇子でベアトリスの手を冷たく払い退けた。

「お断りですわ。この子は私の所有物。金輪際、売りに出すつもりはありません」 

「あら、強欲なのね。それとも……」

ベアトリスが一歩踏み込む。圧倒的なプレッシャーが私を襲う。 
 
二人の支配者の間で、私の心臓は早鐘を打っていた。
  
ローズマリーさんは、私を守ろうとしてくれている。

でも、目の前のこの女の人は……私を『解剖』したがってる目だ。

「貴女、その仮面の下で随分と殺気を放っているじゃない。……ただの貴婦人にしては、魔力の練度が高すぎるわね?」

ベアトリスが指を鳴らす。  

瞬間、会場の四隅から武装した私兵団が現れ、退路を塞いだ。  

罠だ。最初から逃がす気などなかったのだ。

「私の誘いを断るなら、力づくで奪うまでよ。……さあ、どちらが『飼い主』に相応しいか、テストしてあげましょうか」

ベアトリスが私に向かって手を伸ばす。 
 
その掌に、紫色の拘束魔法陣が展開される。
  
ローズマリーさんが動こうとしたが、ベアトリスの部下が放った牽制魔法が彼女の足元を焼いた。

「(……チッ! アリア、プランBです!)」

ローズマリーさんの鋭い思考伝達が、私の脳内に響く。 
 
プランB。

それは『正体がバレそうになった時の緊急回避策』。  

すなわち――「全部壊して有耶無耶にする」だ。

「(了解! もう我慢の限界でした!)」

私は目を見開いた。  

ベアトリスの魔法が首輪に接触しようとした、その刹那。

「グルルルルッ……!!」

私は喉の奥から野獣のような唸り声を上げ、全身の筋肉を一瞬で硬化・膨張させた。

バチンッ!!

鋼鉄の鎖が、飴細工のように引きちぎられた。  

さらに、首に巻かれていた太い革の首輪が、私の首の筋肉に耐えきれず、内側から弾け飛ぶ。

「なっ……!?」

ベアトリスの笑顔が凍りつく。  

魔法による解除ではない。

純粋な物理的破壊。  

私は自由になった両手で、近くにあった大理石の飾り柱を抱え込み、根元からへし折った。

「散歩の時間だぁぁぁぁ!!」

ズドォォォォン!!

私は柱をバットのようにフルスイングし、包囲していた私兵団をまとめて吹き飛ばした。

 さらにその勢いでステージ上の「魔力増幅石」の山を粉砕する。
  
赤い宝石が粉々になり、キラキラと舞い散る中、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

「ひぃぃぃ! 商品が暴走したぞ!」 

「逃げろ! 建物が崩れる!」

貴族たちが逃げ惑う混乱の中、ローズマリーさんが動いた。
  
彼女は私が暴れて作った隙を見逃さず、ステージ裏の金庫へ滑り込む。

「(アリア、あと三十秒暴れなさい! その間にリストを回収します!)」 

「(ラジャー! ……あ、そこのローストビーフ美味しそう!)」

私は会場を駆け回り、ビュッフェの料理を鷲掴みにして口に放り込みながら(エネルギー補給)、襲いかかる傭兵たちを人間ボウリングのピンのように弾き飛ばしていく。
  
一方、ローズマリーさんは金庫の魔法錠を解析し、一瞬で解除。

中から「黒革の顧客台帳」を抜き取った。

「確保しました! アリア、撤退!」

ローズマリーさんが煙幕魔法を展開する。 
 
視界が白く染まる中、私は最後にベアトリスに向かって「ベーッ!」と舌を出してから、ローズマリーさんをお姫様抱っこして出口の壁を体当たりでぶち破った。

                  ◇

【闇オークション会場・跡地】
瓦礫の山となった会場で、ベアトリスは一人、優雅にワイングラスを傾けていた。
  
そのドレスは少し埃にまみれているが、彼女の表情は怒りではなく――恍惚に染まっていた。

「……鎖を引きちぎるペット。最高じゃない」

彼女は足元に落ちていた、引きちぎられた首輪の破片を拾い上げ、愛おしそうに唇を寄せた。

「あの筋肉の躍動、魔力の奔流……。あの子はダイヤモンドの原石よ。絶対に私のコレクションに加えてあげるわ」

紅の死の商人の黄金の瞳が、暗闇の中で怪しく輝く。 
 
彼女の次なる標的は、明確に「アリア」に定められた。

                  ◇

【翌日:王立学園・中庭】
昨夜の大脱走から一夜明け。
  
私は死んだ魚のような目で、中庭のベンチに座っていた。 
 
全身が筋肉痛と、ローズマリーさんによる「お仕置き(反省会)」の疲れで悲鳴を上げている。

「……眠い。帰宅してから朝になるまで、三角木馬に座らされ続けるとは……。でも、あの台帳で悪い貴族たちを捕まえられるなら、いっか」

私が欠伸を噛み殺し、特大のおにぎりを頬張ろうとした時。
  
爽やかな風と共に、その人物は現れた。

「やあ、マリア嬢。今日も熱心に栄養補給をしているね」

輝くような金髪に、蒼穹の瞳。  

第一王子、アルベルト。 
 
私は慌ててサンドイッチを背後に隠し、立ち上がった。

「あ、アルベルト殿下! ごきげんよう!」 

「楽にしてくれ。……今日は君に、少し聞きたいことがあってね」

アルベルトは私の隣に腰を下ろすと、声を潜めた。  

その瞳から、いつもの優男の雰囲気が消え、為政者の鋭い光が宿る。

「昨夜、王都の貧民街で大規模な騒動があった。……『廃教会』が半壊し、違法なオークション会場が摘発されたそうだ」

ギクリ。私の心臓が跳ねる。

「目撃証言によると、犯人は『黒いドレスの貴婦人』と、鎖を引きちぎって暴れる『銀髪の狂犬』だったとか。……アシュトン家は、昨夜は何をしていたのかな?」

カマをかけられている。  

私は冷や汗が滝のように流れるのを感じた。  

ここでボロを出せば、ローズマリーさんだけでなく、アシュトン家全体が終わりだ。

「わ、わたくしは……昨夜は、その……」

私は必死に言い訳を考えた。  

病弱設定。そうだ、病弱設定だ!

「風邪を! 風邪をひいて寝込んでおりました! ホコリっぽい場所なんて行ってません! ゴホッ! ほら、まだ鼻水が!」

私は迫真の演技で咳き込んだ。
  
しかし、昨夜の廃教会の埃を吸い込みすぎたせいで、演技ではなく本当に鼻がムズムズしてきた。

「――っくしゅん!!」

盛大なクシャミが炸裂した。  

鼻水が出る。止まらない。  

ドレスのポケットを探るが、ハンカチがない。忘れた。

「あ、あわわ……!」

手で拭うわけにもいかず、私がパニックになっていると、目の前にスッと白い布が差し出された。  

最高級のシルク。王家の紋章が刺繍されたハンカチだ。

「使いなさい」

アルベルトが微笑んでいる。  

私は思考停止したまま、反射的にそれを受け取り――。

ズビビビビッーーー!!

全力で鼻をかんだ。  

王家の紋章の中心で。

「……ふぅ。すっきりしました。……あ」

我に返った私は、自分が何をしたかを理解した。 
 
手の中にあるのは、国宝級の布。

中身は私の鼻水。  

これは不敬罪だ。

即刻打ち首だ。

「も、ももも、申し訳ございませんんんん!! わたくし、なんてことを!」

私が土下座しようとすると、頭上から震える声が聞こえた。  

怒りではない。  

アルベルトは、肩を震わせて笑いを堪えていた。

「くっ、くくっ……ははははは!」 

「で、殿下?」 

「最高だ。王家の紋章で鼻をかんだ令嬢なんて、建国以来、君が初めてだよ」

アルベルトは涙を拭いながら、お腹を抱えて笑った。 
 
その笑顔は、作り物めいた「王子様」の仮面が剥がれ落ちた、年相応の少年のものだった。

「僕の周りにいる人間は、皆、僕の顔色を窺い、機嫌を取る言葉しか吐かない。……だが君は違う。握り潰し(握手)、破壊(シャンデリア)、そして不敬(鼻かみ)。君はいつも、僕の予想を軽々と超えてくる」

アルベルトは私の手を取り、汚れたハンカチごと優しく包み込んだ。

「昨夜の件は、深く追求しないでおこう。……君が『何か』をしているのは明白だが、それが僕の敵になるようなことではないと、今の『鼻かみ』で確信したよ」

 「えっ、そんないい加減な……」 

「君のような裏表のない人間が、国を売るような真似をするとは思えないからね」

アルベルトは私の顔を覗き込み、悪戯っぽくウィンクした。

「気に入った。ますます気に入ったよ、マリア嬢。……そのハンカチはあげよう。僕だと思って、大事にしてくれ」
王子は軽やかに立ち上がり、去っていった。  

私は鼻水まみれのハンカチを握りしめ、呆然と立ち尽くした。

「……大事にって言われても、これ、どうやって洗えばいいの?」
_____________________________________
次回予告: オークションの顧客リストを入手したアシュトン家。 しかし、そこに記されていたのは、国の根幹を揺るがす恐るべき事実だった。 ローズマリーさんは真相を確かめるため、一人で奔走する。 放課後の図書室。メイド服姿で潜入した彼女は、必死の形相で古い文献を読み漁っていた。 「時間がないのです……このままでは、国が……」 初めて見るご主人様の焦燥。彼女は何を知り、何を恐れているのか? 
次回、「図書室の密会。メイド長は焦燥する」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...