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【04】カイネ一人旅Ⅳ

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「申し、訳ござ……いません」
「いや、気にしなくていい。そして喋るな、舌を噛む」

(厄介ごとに首突っ込んだな。自分で言うのもおかしいが、自業自得だけどな)

 カイネは金髪のシスターを小脇に抱えながら走っている。
 もちろん走るのには理由がある――火の国の兵士が彼女を追ってきているのだ。

(金髪のシスター、本当にいたんだな)

 先ほど伝言を頼まれたカイネは、金髪のシスターの情報は嘘だと思っていた。なのでガナスのダンジョンに向かう途中、火の国の兵士に追われている金髪のシスターを見かけて驚いた。
 そして彼女の進行方向が、カイネの立っている方角だったため、彼女はぶつかって転んだ。

「そいつを捕まえろ!」

 追ってきた火の国の兵士の叫び声と、鎧がぶつかる金属音が近づいてくる。カイネの足元に転がった金髪のシスターは立ち上がるもよろけ――カイネは金髪のシスターを抱えて、道から外れて走り出した。

「あんた、追われてるんだろう?」
「あ……はい」

 ガナスのダンジョンの周囲に広がる、木々の間を抜ける。しばらく走ると、枯れ草によって半分隠れた状態になっている、小さなダンジョン――名前などはつかない。本当の小規模ダンジョンの入り口が見えた。
 カイネはシスターを降ろすと、

「少し待ってろ!」

 カイネは金髪のシスターを降ろすと、腰の件の柄に触れながら、ダンジョンの入り口を探り――入り口にトラップが無いことを確認してすぐにシスターの手を引き、ダンジョンに入った。
 そしてダンジョン側から枯れ草を盛って入り口を隠しつつ、用意していた松明に火を灯し、更に奥へと進む。

「あんた、何したんだ?」

 街でも兵士が探していることも教えた。

「バロア教父から、伝言を託されました」
「へえ、伝言相手は?」
「水の国の王族への伝言です」
「へえーそりゃ、大変だ」

 好奇心の強いカイネだが、シスターが預かった王への伝言の内容についてまでは、聞こうとは思わなかった。

「とりあえず追手を撒くために、このダンジョンに入ったが……王都にいる王さまに会える伝手はあるのか?」

 頼りない松明の明かりに照らされているシスターの表情は硬く、そして首を横に振る。

「そっか。まあ、俺も知り合いなんていないから、なにも協力はできないが、この辺りから脱出させてはやる」

 カイネは立ち止まり壁に仕掛けがないかどうかを確認してから、寄りかかる。

「ありがとうございます。あの、お名前をうかがっても?」
「俺はカイネ。ダンジョン探索を生業としている、根無し草の冒険者さ。シスター、あんたの名前は?」
「エルリアと申します」
「エルリアか。さて、まずは食事にしよう。この先、いつ食べる余裕ができるか分からないからな」

 カイネは鞄から堅めに焼いたパンを取り出し、半分に分けてエルリアに渡した。

「あまり美味くないが、腹持ちはいい」
「ありがとうございます」

 二人は松明の明かりでパンを食べ――先に食べ終わったカイネはダンジョンの壁に触れる。
 ダンジョンの壁は掘り抜いたままにしか見えないが、カイネには手が加えられているのがはっきりと分かった。
 パンを食べ終えたエルリアを少し休ませてから、カイネは歩き出した。

(随分と追い詰められてるんだろうな)

 カイネに黙ってついてくるエルリア。会ったばかりの、名も知らない男に抱えられダンジョンに隠れ、そして「こっちだ」と声を掛けられたら従う。
 まったくの見ず知らずの男の指示に従ってしまうほど、疲れて思考ができなくなっているエルリア。

 もちろんカイネはエルリアを裏切るつもりはないので、とりあえず追手から距離を取れるよう付き合うつもりだった。

 カイネの読み通り、ダンジョンは小規模だったが、幸いにも出口は他にもあった。出口の外は、暗い森――すっかりと日が落ちていた。

「俺が周囲をうかがってくる」

 カイネは注意深くダンジョンから出て、辺りを窺おうとしたのだが、背後に人とは思えない”なにか”の気配を感じ――剣を抜いて切りかかる。

 がきん! 鈍い音が、夜の森に響き渡る。

「驚かせたようだな」

 カイネの剣を受けた人物が話し掛けてきた。

「あんたは?」
「ファーベル。火の国の飛竜部隊の小隊長を務めている」
「あ……あ、飛竜か」

 カイネが得体の知れないなにかと感じたのは、飛竜。

「火の国の正規兵の俺が言っても説得力はないが、この辺りは危険だ。すぐに離れたほうがいい」

 その飛竜を背に立っているファーベル。消えかけの松明の明かりに照らし出されたファーベルの姿――背が高く髪は短いことしかカイネには分からなかったが、口調は穏やか。

「そうか、あんたがファーベルか。これを受け取ってくれないか」

 カイネは手袋に隠していた紙片を差し出し、ファーベルがメモを読めるように松明を近づけたが、見計らったかのように松明が消えてしまった。

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