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【06】ファーベルの離反

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 ファーベルは火の国の主力、飛竜部隊の中隊長の一人だ。
 イズルーズという兄がいて、兄も飛竜部隊に所属している。階級はずっと上で、四つある飛竜大隊の一大隊を任されている。

 ファーベルは兄のことを尊敬していていた。

 そんな兄から「火の国を出ろ。お前が国を裏切ることで、世界が救われる可能性が増える」と――部下として世話を担当している、兄の騎竜の首輪の内側にメモが残されていた。
 兄の飛竜の首輪に触ることができるのは、兄とファーベルだけなので、兄が自分に托したことは分かるが、手紙の内容は全く理解できなかった。

 そしてそのメモに目を通してすぐに、火の国は森の国に進軍が開始された。

 ファーベルたちの部隊は森の国の進軍には加わらず、水の国の国境付近に回された。ちなみに国王が語った開戦理由は「この沈みゆく大陸を救うために、必要なこと」

 この大陸が海に浸食されているのは、ファーベルも知っていた。飛竜で空を飛び、地上に目を向けると、先月までは陸地だったところが、コバルトブルーの靄がかかっていることが多々あった。

 沈みゆく大陸――それが、ファーベルたちが住む大陸の呼び名。

 なので沈みゆく大陸を救うために戦うのは本望だが、

(他の国と争いになるのは、どうしてだろうか?)

 大陸ごと沈んでいるので、他の国にも関わり合いがあることだというのに、何故戦争になるのか? 話し合いをして手を取り合うべきではないのか? 等、ファーベルは兄が残したメモもあり、自国の開戦に疑問を感じていた。

 そして水の国からの使者を殺害したと知り、ファーベルは兄の目もに書かれていた通り、軍から離れることにした――飛竜を連れて部隊を脱走した。

 ”火の国を出ろ。お前が国を裏切ることで、世界が救われる可能性が増える”

 部隊から離れるのは簡単で、飛竜とともに身を隠せる場所を見つけてから、ファーベルは兄が残したメモを開いて読み返すが、何を言っているのか全く分からなかった。
 文章は理解できるのだが――

「兄の部隊の……」

 悩んでいたファーベルは、兄の部隊にいた五名と合流する。
 彼らは兄から「ファーベルを助けてやって欲しい」と頼まれたのだという。

「将軍は”詳しいことを知ると、危険なので教えられないが、私が時間を稼ぐ。弟にはこの戦争が終わるまで、隠れて過ごして欲しいと伝えて、そして助けてやってくれ”」と――言われた彼らも、ファーベルと同じで意味が分からず、どうしたものかと悩んでいた。

 その翌日ファーベルの兄イズルーズと、直属部隊が姿を消した。

「兄と共に極秘任務に赴いているのでは?」
「そう言われましたが、どうにも……」

 本当に極秘任務かもしれないが、はっきりとしたことは分からないまま。

 ファーベルの兄から頼まれた隊員たちは、ファーベルを匿うために協力してくれる人物への接触するために、ダノージュ砦へと向かった。
 ダノージュ砦を預かっている、水の国の将軍とファーベルの兄は知り合いで、

「少しは事情を知っているそうです」

 ファーベルに事情を説明してくれると聞いていたのだが、ダノージュ砦に掲げられていたのは火の国の旗。

「いつの間に……」

 ファーベルたちの動きは決して遅くはなかった。
 だが、本国はもっと速かった。ダノージュ砦から離れた彼らは、

「血の臭いが」
「なんだ?」

 濃い血の臭いに遭遇した。人のものならば、何かの情報が手に入れられる可能性がある。獣だった場合は、食糧にすることができるかもしれないと考えて、血の臭いの方へと進むと、

「これは」
「酷いな」

 戦場でも見られないような、惨たらしい死体が転がっていた。
 殺害されているのは、全て女性で、死ぬ迄の間に酷い陵辱を受けたのが明らかだった。

「どうする?」
「埋葬してやりたいが、穴を掘れる道具を持ち合わせていない」

 何もしてやれない彼らは、その死体から情報を集めることにした。着衣は全てはぎ取られ、無造作に辺りに捨てられていたこともあり、水の国の女性騎士だと判明した。

「水の国の女性騎士が守る相手って」

 通称プリンセスガードと呼ばれる彼女達が護衛するのは、水の国の王の一人娘イルカリサ。

「王女と護衛が同じ恰好をしているとは考え辛い……ん? まだ生きているのか?」

 遺体を調べているつもりだったファーベルは、一人の女性騎士の指先が動いたことに気付いた。

「あ……」

 声にも眼差しにも力がほとんどない、死を待つだけの状態の彼女に、

「王女はどこにいる?」

 ファーベルは彼女の護衛対象の行方を尋ねた。
 すると彼女は、少しだけ事情を語ってくれた。ただすぐに声は小さくなり――本人も死期が近づいたことを悟り、紙とペンを欲しがり、必死の思いで書き留め、最後の力を振り絞り、ファーベルの手を強く握り、口や鼻、耳から一斉に血が流れ出し、息絶えた。

 その文面を読み、

「王女を助けよう」

 彼らはイルカリサを救出することにした。
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