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第1章・天使降臨
◆ 10・悪徳 ◆
しおりを挟む何、何、何?????
「悪徳令嬢、お前の所為でこっちは行きも帰りもなくなっちまってる。どんだけ頭悪くて不運なんだ、お前」
突如現れた存在よりも、床から離れた体の頼りなさが何千倍も怖い。
相手が稀なる赤目だろうが、白髪だろうが全くどうでもいい事だ。だが、訂正はしておきたい。
「あ、悪役! 私、割り振られただけの、悪役!! です!!」
「ハッ……」
男が鼻で笑う。
「何だよ、知らねぇの? 悪徳値MAXだったから、お前は悪役になってんだよ」
「あ、悪徳値?!?!」
聞きなれない言葉に戸惑っている事が相手にも伝わったらしく、男は手を離した。浮かんだまま、踏ん張りの利かない体は宙を揺蕩う。
待って待ってっっ、何これ!!!!
男は浮かんだままの姿勢で胡坐を組む。
「魂ってのは循環しててな? 時には植物に、時には鳥に、時には虫よりも小さなモノに。チャンスは7回、7回アウトだと廃棄所に送られる、廃棄所行きの魂は、他の廃棄魂と洗濯されて混ぜられて、千切られて、新たな魂になるんだよ。で、お前は7回目アウト系」
「何で、そんなこと……」
「分かるかって? 俺様がグルメだからだ! そーゆー魂は特に美味い。この世界は大きな食堂のようなもんだ」
「……え?」
大きな羽が彼の背の広がる。
蝙蝠のような羽、途端に頭から突き出る2本の黒い角、スペード型の穂先がついた尾。
「悪魔……?」
どう見ても聞き及ぶ姿にそっくりの特徴を備えている悪魔は満足そうに笑った。
「ご名答」
だが、その顔はすぐに凶悪なモノに切り替わる。変わらず笑みはあるのに、額に浮かんだ血管や、引きつった口元が怒りの深さを表していた。
「100年ほど前に飯喰いに来たらな? 出られなくなっちまった所か、喰っても喰っても『最初の』時間軸に戻されて、腹減り状態続けられてんだわ俺様」
天使の言ってた『ひっぱられた上に干渉できない存在』ってヤツ?!
本当に……悪魔なんているとか……。
「しかもな? 俺様、飢餓ギリギリでこっち来たんだよな?」
悪魔の腹事情など知った事ではない。
「だから……分かるだろ? 毎回毎回毎回毎回、戻された時間軸で飢餓状態のスタート……喰ったと思ったら即効直前に引き戻される事もしばしば……、今回こそと思えば数年と立たずにまたも空腹……。俺様たちの時間間隔での数年なんざ一日にも満たねぇってのによぉ」
流石に、悪魔相手と言えど多少の申し訳なさが生まれた瞬間だった。
悪魔は悪魔らしくイイ笑顔で聞いてくる。
「なぁ、あんたさ、どう責任取ってくれる???」
はい、責任はとれません。苦情は天使に言っていただきたい――面と向かって悪魔には言えない事を思う。
ってか、そんな……っっ、そんな事言われても!!!!
私の所為じゃないっ、この時間戻るって形は天使の所為なんだから!!
あのおっさん天使に言ってよっ。
「さしあたって、悪徳令嬢。お前の思いつく限りの情報を寄越せ」
「え、情報?? 情報って? 天使のおっさんの?」
「はあ? 天使野郎の事なんざ人間に聞くより仲間に聞くわ! お前のだ、お前の! 天使野郎の出現で、気配を辿れたからこそ根源たるお前に行きつけた! 今回のこのチャンス逃せるかよっっ、犯人の情報しっかり貰わねぇとストレス値ハンパねぇんだよ!! てめぇ何処の誰で、何処に棲んでて、何してる小娘だ?! 全部情報言っていけ!」
そんな追いはぎみたいな……しかも私が犯人って、……犯人は天使ですけど?
「情報、勝手に読み取ってくれていいです」
「俺様は天使じゃねぇんだよ! そんな覗き野郎な行為できるか、馬鹿!」
いや分かんないな?! 天使と悪魔の感覚!!!
「いいか、堕落させるのは悪魔の本業だ。傍観するのは天使の怠慢。あいつらの本業更生だからな」
「人間を?」
「そ、人間を。俺様たちは取り合いしてんだよ、領土みたいなもんだと思っていい。地上は白と黒が行う盤上遊戯。人間何匹どっちに引き込むかってな。バランス崩れりゃ調停役の魔王と聖女が生まれて平定。これが俺らより上の時元神が定めた法だな」
聞き捨てならない部分がある。
「魔王と聖女が産まれてって、魔王は眠ってるって聞いたんだけど?! 何、あの天使、やっぱ嘘いってるの?!」
「……え、今の人間の教育どうなってんだ? ちょっと常識が行き渡ってなさすぎてこっちが震えるぜ」
「え、なに、どゆ事?!」
「上の取り決めに抵触すると面倒だから、今の俺様のオハナシはナシで。とりま、お前情報をさっさと話せ。喰うぞ!」
「ちょ……っ! 話す話すって! 情報って、えーっと、シャーロット・グレイス・ヨーク、16才で、今日は誕生日」
「棲み処は何処だ」
求められるまま応える様は、さながら聞き取り調査のようだ。
「よし、大体わかった。次リスタートした時、即効行くから逃げられると思うなよ」
逃げようもない。
「で、このクソ地獄を抜け出すのはどうすりゃいいんだ?」
「妹が聖……じ」
あれ、これ言っちゃダメな気がする。相手悪魔だし。
「あ? せい? 聖女?? あの闇女が?」
耳ざとく聞きつけた男は、一人頷く。
「ほぅ……成程な? 原因に影響を及ぼす存在からのアプローチ、実に分かりやすい。天使野郎のやりそうな事だ。……アレだろ? 聖女の覚醒が条件だな」
少し違うが、頷いておく。
悪魔男は頷くと、同時に体がドッと重くなり――落ちた。
尻もちをつく私に、悪魔が人差し指を突きつけてくる。
「おい、シャーロット・グレイス!」
な、名前っ、ちゃんと言える人だっっ!
思えば今日はずっとまともに呼ばれてない気がしていた。
何とも言えない感動をもよおす私に悪魔は凶悪な笑みを浮かべる。
「さっきから色々聞いて分かった事はアレだな、お前には計画性ってモノがない。対処療法だから失敗してんだわ。こんな馬鹿の所為で、毎回飢餓MAXの地獄展開かよ、俺様!!!!」
確かに悪魔だろうがなんだろうが、空腹は辛い。
素直に謝罪を口にしておこう。
「ごめんなさい、がんばります」
何の感情もこもってない平坦な口調だが、相手は納得したらしく大仰に頷く。
「まぁいい。お前に忠告だ、お前は天使野郎に騙されてるぞ」
「やっぱり?!?!」
「……怪しんでるのかよ、天使野郎を」
「そりゃもう!」
「天使共にとって、聖女は特別だ。だが、それ以外の人間なんて何百何万死のうが生きようが無関心だ。お前も含めてな」
「あのおっさんが天使ってのは、本当なのね……」
「あぁ、本当だ。あれほどの光は隠せないからな。俺様も、だからお前が見つけられた。『悪役令嬢』系はお前が初じゃない。今までにもたくさんいたし、これより先にもたくさんいるだろう。悪徳値MAX7回目のヤツが割り振られる立ち位置だしな。何より……一人とも限らない」
一人、ではない??
もっと聞かなければ、そう思い立ち上がる。
悪魔という存在に聞いた事が本当だとは限らない――分かってはいる。だが、聞かずにはいれない。知らない事も分からない事も多すぎたのだ。
悪魔はスィーと床に降り立つ。
思ったよりも背の高い男は言った。
「という事で、だ。リスタートだ」
「え?」
「死んでくれ、シャーロット・グレイス」
理解できず呆然とする。
この男は今、何と言ったのだろう。
飛び散る赤い雫。
息が詰まり、頭が朦朧とする。
「これからは親しみを込めて呼ぼう」
なんだこれなんだこれなんだこれ……っっ。
こんなのしらない……っっ。
こんな……、……、……、……。
痛いも苦しいもない。
やたら整った顔の男が陶然と私を見ている。
目に写る景色が段々と黒ずんでいく。
数秒後にオチる世界。
何も感じない、無の感覚。
「すぐに会いにいく……チャーリー」
最後の言葉は耳から脳を侵すように響き――黒に埋め尽くされて――終了。
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