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第3章・成分表
◆ 5・トラウマ撃退に恋バナを ◆
しおりを挟む現在――泣き喚く母に、抱きしめられている。
結局、街の惨状で入学式は中止。
即効避難となったらしいフローレンスは一足先に家に戻っていたし、泣きついてきたし、母も小言交じりに胸倉を掴みガクガクと揺さぶってくる。
お母様……首、しまる……っっ!
母と妹が揃うとどちらも金髪碧眼の為、実の親子――いや姉妹と言われても納得する造作である。
性格も趣味も似ており、今も母はクリーム色のドレスを着こなしている。
居場所が分からかったのが私とミランダだったらしく、無事の帰宅に騒がれるのも無理はなかった。
そしてミランダはまだ帰り着いてもいない。
母には形ばかりの謝罪をしたものの、ミランダの不在と行方不明には頭を殴られた心地だ。
あの騒ぎだ。
最悪、巻き込まれて死んだ可能性だってあるのだ。
先輩の事ばかりに目がいってたけど、ミランダも私を殺した人物で、どっちも重要ポジって事になるのにっっ。 つか、学園に向かったスライ先輩も無事なのかどうか……。
もし、どっちか、いやどちらも?
死んでたら、どうしよう……強制リセットしかねないヤツがいるのにっ。
ゴクリと唾を飲み込み、チラリと左手小指を見る。
ヘビのつぶらな赤目が不思議そうに私を見上げている。
ルーファ、まだ失敗とは決まってないからっっ。
目力での訴えを理解したのか小蛇はチロリと舌を見せた。
「あー、の! お母様、私は幸い無事でした!! ええ、確かに混乱する街並みから逃げまどって……戻ってきたので、疲れてはいます!」
かつて出奔した折には、追手から逃れようと雪山行軍した事もある。あれに比べれば整備された街を人垣避けて進むくらい何て事ない。
危うく火事場泥棒のような存在に絡まれたが、ルーファに叩きのめしてもらったので痛手も0だ。
「ですが、我が家のメイド……いえ、むしろミランダは私付きなのですから、私にとっては大事な大事な友ですし?! 本当に心配しているのです、私!!! なので、即刻捜しに戻りたいと思います!」
母は、ハンカチで顔を覆い鼻をすすりながら、何度も首を振った。
妹フローレンスも慌てて腕を掴んでくる。
「姉様、何を仰るのです!! 姉様に何かあったら、私……っ」
「でもミランダが心配だし……他にも無事を確認したい人もいるし」
「では、姉様と一緒にいきます!」
強い口調で言う妹に頷く。
確かにフローレンスは気が弱く、よく泣くし魔法もダメだ。だが、肉体的な強さは私よりも上だったりする。
そもそも風邪とか引いた事ない子で、木から落ちてもピンピンしていた。
まぁ、人間とは違う種類の生命らしいし?
まさかそこらの暴漢に殴られて死亡は、流石にないか……。特にこの子n関しては、目を離しているよりは身近で監視の方が安全かもだし。
「お母様、そういうわけで私たち行ってきます」
「わたくしも……行きます」
「え? お母様、今なんて??」
聞き違いだったと思いたい発言が飛び込んできた。
「わたくしも、行きます! 旦那様との事で、わたくし、色々悩んで……お前たちの事を、ちゃんとみてやれなかっただけでなく、苦労までかけて……! こうしてもっと恐ろしい事がきて、気付いたんです……」
「母様……っ」
意を決したように顔をあげる母と見つめる妹。
いや、待て待て、そこの二人、何を勝手に親子愛爆発させてんだ!!!
「お前たち娘が、死地に赴こうとしているのに……、母として放置するなんてできません!」
母は長い金髪を器用にまとめあげる。
「雇い主は旦那様ですが、わたくしもその伴侶として、お前たちの母として責任ある行動を取りたいのです……、ですから参りますわ」
いや、いらない!!!!
どちらかといえば、すごい迷惑だし……。ってか、元王女様な母と聖女な妹連れて、どうしろと???
「お、お母様は残って、家を取りまとめるのが責務ではないかしら? ほら、お父様だって心配なさると思うし? それにほら、やはり家に誰か主がいないと、ねぇ?」
年嵩のメイド長を見るが、こちらは出来たメイド長すぎた。
「家の事はわたくし共で、取り計らっておきますので奥様のご随意に」
「ありがとう」
「いやいや、待って。お母様もお礼とか言ってる場合?? 元王女殿下な母が出かけようとしてるのよ?! 止めなさいよっっ、誰か!!!!」
「チャーリー、はしたないわ。落ち着きなさい。それに大丈夫ですわ。わたくしはお前たちと違って元王女ですから、斧くらいなら何とか使えますので」
王女だと、斧使えるの??
え? 王族ってそうなの? カエルも斧を? いやいや、あいつは武力0で育ったんだっけか。
呆然としている間に母の支度は整っていく。
と言っても、髪を上げて、やたらゴツく大きな斧を持ってこさせたくらいだが――。
斧を肩に担ぎ、母は先導して屋根のない馬車に乗り込む。
メイド長への言伝も忘れない。
「ミランダを回収した後、わたくしは街の復興のお手伝いをしてこようと思います。そのように旦那様に伝言を」
「はい、奥様。了解いたしました」
座席がむき出しの馬車に腰掛け、暗い顔になるのも無理はないだろう。
きっと今の私は、世界の不幸を背負いこんだ顔だ。
冷たい風が髪をボサボサにしていくし、母は手綱を操り勇ましく道を進むし、妹は母から貰ったという小型の手斧を磨いている。
ちょっと鼻歌まで歌ってる。
待って待って、今までの世界線だとお母様は病んで自殺とか刺殺とか毒殺とかしたりされたりで、妹も大体自殺ENDが多かったよね?
この二人、なんで今、こんな元気なの?
いや、良い事よ??
お母様はともかく、妹は元気でいてくれないとだし、だって聖女だし?
「フロー、お母様に斧とか習ってたの?」
「ええ、姉様にはお断りされたって聞きました」
ことわった?
子供の頃の記憶はどんどん薄れていてあやふやだ。
言われてみれば断ったような気がしないでもない。
確か、晴れた日の中庭で噴水をみていた私に、今フローが磨いているような手斧を差し出された気はする。
あの時、自分が何と言ったか、母が何と言ったかは覚えていないが――確かに『これをどうしろと』って不思議な気分を味わったのは覚えている。
もしあの時、ちゃんと斧を受け取っておけば……その後の世界線で、私の傭兵ランクも目覚ましいくらいの上がり方をしたかもしれない。
「無事を確認したい方々ってどなたですか?」
妹の無邪気の問いかけに、気合いたっぷりに答える。
「スライ先輩! スライ先輩とスライ先輩の妹と、スライ先輩のご両親と」
「え……?」
その疑問がどちらだったのか。
馬車が急停止する。
「チャーリー……」
母が振り返る。
目が血走っていて、美人なだけに怖い。
「は、はい? なんでしょう、お母様」
「お前……やはりお父様の子、と言う事でしょうか……」
え、ちょ、待って!!!!!
斧に手が伸びてんじゃん!!!!
え? なんで?? お父様の?? 浮気? 浮気……。
う、わきぃぃいいい!!!!!
カエル! カエルだ!
「お、母様!!!! 私!!! カエルの友人、いえ、親友なスライ先輩を!!! カエルの親友のスライ先輩を、カエルの為に、しっかり保護をと!!! さっきまで同じ街にいましたし?! ええ、もう、私、カエルが心配で心配で! カエルカエル言ってますけど婚約者ですしねっっ、婚約者の親友ですから!!!!」
こんな所に死亡フラグが転がっているとは計算外だった!!!
浮気=お母様のトラウマじゃないのぉぉぉ!!!! 勿論、完全な誤解ですけど!
「婚約者の、親友、だから? ……そんなことは、人に頼めばよいのではなくて? なぜお前自らがでる必要が? それに午前中の居場所も分かりませんでしたし、同じ街にいたのも気にかかります」
待ってぇぇぇ!!!! 浮気男を問い詰めるような目で私を見ないで!!!
「だ、だって、カエルがショック受けないように、どんな情報だったとしても、悲劇でも!!! まず私が確認をとか、そういう深い考えが私にもありまして、ええ、だってショックな情報だったら可哀想で胸が潰れますから?!」
母の手が斧を掴む。
震える手は怒りか、今からする行動への慄きか。
猶予ない……っっ!!
「だって、……だって、私!!! カエルの事すっごく愛してますからぁぁあ!!!!」
伝家の宝刀を抜いた。
古今東西、恋愛話が嫌いな女は少ない。そして、こういうちょっと、恋愛悩みを抱える人間には刺さる言葉のはずだ。
母の目が驚きに見開かれる。
手が斧の柄から離れて、私はココだと全力投入で己の胸を叩く。
ここが敷地外で往来である事も、命を失う事に比べれば些細な問題だった。
「えええ、普段のアレらは照れ隠しですとも!!!! 愛しかないんですよ! 愛してるから無茶言ったり、殴ったりしてるだけで!? ですから、お母様……愛、なんですよ!!!!」
「……あい……、本当に?」
「えええ、もぉぉお、命かかって、いえ、命かけても言い張れます!!!!」
「……そう、だったのですね」
母は頬を染めて、そっと視線を落とす。
「意外でした……」
「ハハハッ、お母様ったら、嫌だわっ。本当に嫌いなら口も聞いておりませんって! 最初こそ蛙キモって思いましたが、私は王子の心意気に惚れてるんですよ! そう、数年前の嵐の日以来ね!」
周囲から拍手が起きる。
結構人が集まってしまったようだが、生き恥晒しても生き延びれるならOKである。馬車の周囲で人々が「良く言った!」や「若いっていいねぇ」などと野次を飛ばす。
勿論、片手を上げて鷹揚に答えてやった。
「いいのよ! 私は誰恥じる事なく愛してるから!!」
生き延びたのだ……っ。
「お前は、カエルに限らず動物が嫌いだと思っていました」
「そ、そうですか? 別に蛙に限らず、命の危険さえなければOKですけどねっ」
「殿下もお前は動物嫌いと思ってらしたようですし……一度話し合った方が良いかもしれませんよ……と、すれ違い仮面夫婦状態の母は思います」
「……あ、いえ。はぁ、そうします」
母の自虐的忠言に返事を返し、そっと拳を握りしめる。
ゲテモノへの愛を叫び、恥を晒そうとも、生存権は獲得したのだ。
だが念のため、付け足しておこう。
私は大声を張り上げた。
「当人には内密にしてくれるとありがたいですね!!!!!」
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