真価を認められず勇者パーティから追放された俺は、魔物固有のぶっ壊れスキルを駆使して勇者たちに復讐する。

天宮暁

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プロローグ2 堕天

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「おのれ……おのれ……」

 ダナンストは単調な罵り言葉を口にしながら、切り裂かれた翼を片手で押さえ、鬱蒼とした森の中を進んでいく。

 ダナンスト――ダーナは、人間で言えば二十歳くらいに見える容姿をしている。
 ゆるくウェーブした紫の髪、褐色の肌、金色の瞳。
 女性としては背が高く、見事なプロポーションの身体を、魔獣革の大胆なレオタードに包んでいる。

 男ならふるいつきたくなるような美女だった。
 だが、両耳の上にある巻角や、腰の後ろから生えた大きな黒い翼を見て、それでも手を出そうと思う人間の男はいないだろう。

 魔族。
 ダーナは、人間から「悪魔」と呼ばれ恐れられる存在だ。

 人間より高い身体能力と魔力を持つ魔族の美女は、しかし、暗い森の中を、背後をいくども振り返りながら足早に行く。
 怯えすら滲むその様子は、まるで追っ手をかけられた敗残兵のようだ。

「くそっ……なぜこのようなことに……」

 人間どもの勇者パーティが、ダーナの根城とするダンジョン「破滅の塔」へと乗り込んできたのは、つい先刻のことだった。

 人間には耐えがたいはずの瘴気に満ちた塔を、そのパーティは平気な顔で踏破してきた。
 入念に仕掛けた無数の罠も、そのパーティのシーフ一人によって、ひとつも発動することなく解除されてしまった。
 罠を解除することがべつの罠の起動条件になっているという悪意に満ちた罠すらも、そのシーフは平然と解体してのけていた。

 勇者どもに襲いかかった魔物たちは、魔物の中でもかなり高位とされるものたちだ。
 鎧のような筋肉に覆われたキュクロプス。
 強力な範囲魔法を使う高レベルのピクシー。
 ダーナがマナを注ぎ込んで生み出した強力な魔物たちが、塔内にはひしめきあっていた。

「あのシーフは……何をした?」

 あのシーフが、何の変哲もないマインゴーシュで切りつけるたびに、キュクロプスが昏睡し、ピクシーの術が封じられた。
 人間どもの使う薄弱な状態異常魔法は、レベルの高い魔物には通じないはずだ。
 たしかにボスモンスターではなかったとはいえ、易々と状態異常にかかるような魔物など置いていない。

 勇者どもは難なく破滅の塔を踏破し、そのボスである悪魔ダーナ――魔王軍従三位ダナンスト・フィレドア・エルベローイを、危ういところまで追い詰めた。

「くっ……。傷は負ったが、かろうじて逃げ延びた、か……」

 塔を踏破するシーフの手並みを見て、もはや命運これまでかとダーナは思った。
 だが、直接戦ってみると、勇者パーティはそこまで圧倒的に強いとも思えなかった。

 これにはもちろん地の利もある。
 ダーナは、破滅の塔の吹きさらしの屋上で勇者どもを待ち受けた。
 空を飛べる利点を最大限に生かし、ダーナははじめ、勇者たちを翻弄することに成功した。

 しかし、シーフが網のようなものを放ってきたことで状況は一変する。
 人間の状態異常攻撃など効かないはずのダーナは、その網に特段の注意を払わなかった。
 だが、その白いべとべとした、キラータランチュラの巣網のようなものは、ダーナの翼を絡めとった。
 ダーナは塔の屋上に引きずり降ろされ、一対六での地上戦を強いられることになった。

 そこからは、ダーナの劣勢だ。

 だが、勢いづいた勇者の無謀な突撃に、ダーナの闇の火球が突き刺さった。
 戦線の崩壊した勇者パーティは、ほどなくして全滅する……はずだった。

「なんだったのだ、あのシーフの攻撃は……あれはまるで……」

 ダーナが勇者を追い詰めた瞬間、シーフの男の身体が赤く光った。
 一瞬後には、シーフはダーナの目の前にいた。

 慌てて身を翻したダーナだったが、その翼をシーフのマインゴーシュが斬り裂いた。
 とても斥候職とは思えない鋭い斬撃に、ダーナは勇者への追撃を諦めざるをえなかった。

 そうこうするうちに、女僧侶に回復された勇者が戦線に復帰する。

 しばらく抗戦したダーナだったが、もはや不利は覆せない。
 なんとか飛べる程度に回復した翼を無理やり広げ、ダーナは破滅の塔の屋上から飛び降りた。

 ――何やってる! 逃すな、キリク!

 なぜかシーフに向かってそう怒鳴る、勇者の声が背後に聞こえた。

 ダーナは、塔周辺の森の中に、ほとんど墜落するように舞い降りた。

 その後のことは、あまりよく覚えてない。

 斬られた翼は、出血こそ止まったものの、ひどく腫れ上がってじくじくと痛む。
 ダーナの腰から生えた翼は、その気になればどこへともなく「しまう」ことができるのだが、このダメージではそれすらできず、出しっ放しだ。
 森の枝や下生えの草が翼をかすめ、そのたびに細かなすり傷が増えていく。
 しかも、

「くっ……寒気がする。身体が重い……」

 傷から病の素でも入ったか、ダーナの全身を悪寒が走り、頭は焼けそうなほどに発熱している。
 意識がもうろうとしたまま、ダーナは森をあてどなくさまよった。

 ――勇者どもが追ってくるかもしれない。

 そんな恐怖にかられ、何も見えない背後の闇に怯えながら、翼を失った悪魔は、汚れたことのない足を泥まみれにして、森の中を無残に逃げていく。

 どれほどそんな時間が続いただろう。
 気がつくと森は途切れ、ダーナは人間の使う街道へと行き着いていた。
 人間ならばホッとしたところだろうが、ダーナはあいにく魔族だった。

 ――こんな状態で人間どもに見つかれば命はない。

 ほとんど恐慌状態に陥って、ダーナは必死に街道向かいの森の奥へと逃げ込もうとする。

 高位悪魔であるダーナの聴覚は鋭い。
 百歩離れた場所で針が落ちた音にも気づけるほどだ。
 ダーナの頭側部から生えた巻き角は、空気や魔力を共鳴させて、さらに遠くの気配を探ることもできる。

 普段のダーナであれば、その時点で気づいたはずだ。

 だが――

「おい姉ちゃん」

 唐突にかけられた声に、ダーナはぎくりとすくみ上がる。
 霞む目を声のした方へ向けると、そこにはにやけた顔の、人間の盗賊らしき男たちがいた。

 正面に五人。
 側面に回り込もうと森の中を移動している者が、左右それぞれ二人ずつ。

(なぜ気づかなかった……!)

 背後の勇者を恐れるあまり、前方の注意がおろそかになっていたとは……。

(初陣の魔族でもあるまいに!)

 ダーナは歯噛みし、残っている魔力を集めようと身構える。
 だが、熱にやられて視界が歪む。
 ふらつくダーナを見て、盗賊どもの一人が笑みを深くした。

「ずいぶん弱ってるみてーじゃねーか。
 でも、すこぶるつきのいい女だ。
 なあ、俺の女にならねえか?
 そうしたら、命だけは助けてやるぜ」

 盗賊のリーダーらしい男がそう言った。
 魔族であるダーナには、人間の顔の識別は難しい。
 どいつもこいつも同じような顔にしか見えないが、そこに浮かんだ薄汚い欲望だけははっきりわかる。
 そんなところだけは、人間も魔族も同じだった。

「人間の敵を……見逃す、と?」

 ダーナは振り絞るように言いながら、身体をどうにか動かそうとする。

「んなもん、俺たちにはどうだっていいのさ。
 むしろ、悪魔どもが荒らし回ってくれたほうが、俺らの商売もやりやすいくらいだ。俺たちのやったことを、悪魔のせいにできるからな」

 にやにや笑って言う男に、ダーナは嫌悪感を覚えていた。

「ゲスめ……」

「そのゲスに、これからおまえは、たぁーーーっぷりかわいがられるんだけどなぁ! ぎゃっはっはっ!」

 リーダーが下卑た笑い声を上げた。
 だが、リーダー以外の盗賊たちは、そこまで肝が座ってなかったらしい。

「で、でもおかしら! さすがに悪魔はヤバくねえですか!? もし途中で力を取り戻したら……」

「だぁーいじょうぶだって。腕と足を引きちぎって、あの角をへし折っちまえば、悪魔だってどうにもならんだろ」

「うへえ。俺はそういうのはちょっと……」

「そうかぁ? 俺は興奮するけどな。手足をもがれ、角を折られて、それでも俺を睨みつけてくる気丈な女をブチ犯す。これほど男に生まれたことを神に感謝する瞬間はねえや」

「さすがお頭! 悪魔女相手でも遠慮がねえや!」

 盗賊どもが笑い合う。

 ダーナは身震いした。

(これが……こんなのが、私の最期だというのか? 魔王軍の最下位から力を蓄え、ようやく従三位にまで上り詰めたというのに……)

 こんなことなら、せめて勇者に斬られて死にたかった。
 もっとも、塔に現れたような粗忽な勇者はお断りだ。
 あんな、自分の実力以上に自惚れた男ではダメだ。
 人間でありながら、魔族でも感服せざるをえないような真の勇者。
 どうせ殺されるのなら、そんな相手に殺されたい。

 動けないダーナに、盗賊の頭が近づいてくる。

「ん? 抵抗なしか? それはそれでつまらんな」

 盗賊の頭は、濃い顔に反して小柄で、背の高いダーナからは半ば見下ろす格好になる。
 盗賊の頭は、垢にまみれた汚い指で、ダーナの褐色の顎を持ち上げた。

「く……」

「なかなかそそる身体をしてるじゃねえか。こんな男を誘うみたいな格好しやがって」

 盗賊の頭が、ダーナの身体を無遠慮に見た。
 ダーナは魔族の装束である革製のレオタードのようなものを身につけてる。
 ぴったりとしたその衣装は、ダーナの類まれなボディラインをくっきりと際立たせていた。

 盗賊の頭は、手にしたナイフを、ダーナの胸の谷間に差し入れた。

「抵抗するなよ? 綺麗な肌に傷をつけられたくなかったらな」

 頭は、ダーナの恐怖を煽りながら、レオタードをゆっくり切り裂こうとする。


 ――その瞬間のことだった。

 盗賊の頭の手のひらを、赤く太い棘のようなものが貫いていた。
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