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9 勇者たちの新たな仲間
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破滅の塔を攻略した勇者ルシアス率いるAランクパーティ「暁の星」は、ギエンナの街から次のネスカの街へと進んでいた。
そして、煌めきの教団ネスカ支部で、「暁の星」は、別のダンジョンの攻略依頼を引き受けた。
「瘴気を撒き散らすあの塔を攻略するとは……『暁の星』がSランクに昇格する日も近いでしょうな」
教団の支部長は、心底感心した様子で、ルシアスたちにそう言った。
自尊心をくすぐられ、頬を紅潮させるルシアス。
当然の賞賛だという顔で鼻息を漏らすエイダ。
提示された報酬の多さに、興奮の色を隠せないサードリック。
そして――後ろめたさと不安に耐えられず、自分の身体を抱きしめるシルヴィア。
支部長直々の依頼を受けた後、ルシアスたちは、以前から手配を頼んでいた新たな仲間を迎えていた。
「高名な『暁の星』に加えていただけるなんて光栄です」
新たな仲間は、女性の賢者だった。
二十代前半くらいの、都会的な雰囲気の美人である。
ふんわりとした亜麻色の髪は、肩にかかるくらいの高さで自然に切りそろえられ、毛先が内側に軽く巻いていた。
その洗練された髪型は、女賢者の顔を小さく見せ、やわらかく、女性的な印象まで添えている。
同じ女性であるシルヴィアは、その女賢者を見て疑問に思う。
(とても手間のかかりそうな髪型ですが……旅先ではどうするつもりなのでしょう?)
シルヴィア自身、長い金髪を櫛づけるだけでも大変なのだ。
魔力の制御に長い髪を使ってさえいなければ、早々に短くしていただろう。
魔法を使うにはセルフイメージも重要だ。
幼い頃からこの髪型で訓練してきた以上、急に髪を切れば、魔法の威力が落ちかねない。
シルヴィアの場合は、髪が優秀な魔力の媒体ともなっているのでなおさらだ。
(あんなふうに、毛先がひとりでにふんわり巻くことはないと思うのですが……)
大きな街の美容室で、「加熱」の魔法を使える特殊な美容師に頼まなければ、こんな髪型は維持できないだろう。
そんな美容師は貴族の婦人からも引っ張りだこなので、相当な金を積まないと担当してはもらえない。
魔王軍との泥沼の戦いが続く中でそんなところに大金をかける女性の心理は、教団で厳格に躾けられたシルヴィアにはわからない。
女賢者は、トパーズの瞳をルシアスに向け、やわらかく微笑みながら一礼した。
「アントワーヌと申します。アンとお呼びください、勇者様」
「うん、よろしく頼む、アン」
「勇者様」と呼ばれたルシアスが、満足そうに小鼻を膨らませながらうなずいた。
「アンには中衛として、サードリックと組んでもらうことになる。
前衛は俺とエイダ、中衛がサードリックとアン、後衛はシルヴィア。
ディーネは……そ、そうだな。後衛で、遊撃を担当してもらう」
「変則的な編成なのですね。ひょっとして、破滅の塔を攻略できたのも、この編成に秘密が?」
「あ、ああ。みんな優秀だからな。アンとサードリックの賢者二枚を中衛に据えることで、このパーティの火力は一気に底上げされるはずだ。これからはもっと楽ができる」
「なるほど……さすがは勇者様です」
ルシアスの説明に、アンがにっこりと微笑んでそう言った。
アンの一見無邪気そうな笑みに、勇者が相好を崩している。
その脇でサードリックが、アンの法衣を押し上げる、均整の取れたプロポーションに、露骨な視線を向けていた。
アンの法衣は、シルヴィアのだぼっとした僧衣とは違って、身体の線を強調するように裁断されていた。
胸を大きく、腰は細く。
ほとんど腰の横まで切れ込んだスリットからは、ほどよく丸みを帯びたふとももがのぞいている。
エイダはそれを見てフン、と笑い、ディーネはアンにデレデレした顔をするルシアスを冷たく睨む。
露骨な視線を向けるサードリックに、アンは一瞬だけ薄い笑みを浮かべていた。
その笑みには、嫌悪と軽蔑に、わずかな自己満足の色が混ざっていた。
はたで見ているシルヴィアは、その笑みにゾッとする。
だが、その笑みが浮かんでいたのはほんの一瞬だけだった。
アンは、すぐにもとの、やわらかく感じのいい笑顔に戻っている。
そのあまりの変わりように、シルヴィアは自分の目を疑った。
アンが、おっとりとした笑みを浮かべてルシアスに聞く。
「それでは、わたしは攻撃魔法に専念してよいのですね?」
「ああ、回復はシルヴィアだけで十分だ。殲滅速度が上がれば、その分回復の手間も減る。回復役のMPが温存できれば、それだけ長い時間ダンジョンに潜れるってわけだ」
「すばらしい戦術です、勇者様」
その後も、アンはルシアスをあの手この手で持ち上げ続けた。
ルシアスに興味のないエイダは、それを冷めきった目で見ていたが、心穏やかでないのはディーネだった。
ディーネがルシアスとデキているのは、そういうことに疎いシルヴィアですら知っている。
ルシアスの親友を自称するサードリックは聞かされてるだろうし、猟色家のエイダも勘づいているだろう。
アンは、パーティの中心である勇者に狙いを定め、自分を売り込みにかかっている。
戦力としても――異性としても。
他人の善意を疑わないシルヴィアにも、アンの狙いははっきりとわかった。
ディーネはいつも通り、冷たい無表情を貫いているが、その肩からは、怒りの気配が立ち上っている。
それに気づいていないのは、当のルシアスだけだった。
そんな波乱を含みつつも、その日のうちに、「暁の星」はネスカの街を発った。
依頼を受けたダンジョン「トロール洞」へと到着したのは、途中でのキャンプを挟んだ翌朝のことだ。
道中、出くわした魔物との戦闘を使って、パーティの新しいポジションを模索した。
さすがに、この時ばかりはどのメンバーも真剣だった。
中衛に二枚の攻撃型賢者を置くという戦術は、魔物との遭遇戦では、かなり有効に機能していた。
賢者二人の攻撃魔法でダメージを負わせたところに、ルシアスとエイダが斬り込みをかける。
開幕の攻撃魔法でHPを減らした魔物たちは、あっけないほど簡単に死んでいく。
ディーネが後衛から矢を放つまでもなく、シルヴィアが回復する必要すらほとんどない。
「ふう。やっぱり早いな。アンが来てくれてよかったよ」
「お役に立てて光栄です、勇者様」
アンに声をかけるルシアスと、ルシアスに微笑みかけるアンに、後衛にいるディーネが、殺意のこもった目を向けている。
元いた中衛が二枚になったので、ディーネは後衛寄りの中衛といったポジションに変わっていた。
ルシアスは「遊撃」と言っていたが、事実上、賢者ほどの火力の出せないディーネが、中衛から後衛に押し下げられた格好だ。
プライドの高いエルフの弓師であるディーネにとって、これ以上の屈辱はないだろう。
おまけにルシアスは、おべっかの上手いアンに夢中で、ディーネのことをほとんど忘れていた。
鉄面皮と呼ばれるディーネにとって、男に愛想をふりまくアンのような女は、もともと気にくわないことこの上ない相手でもある。
攻撃役としても愛人としてもお払い箱になってしまえば、次にキリクと同じ目に遭うのはディーネかもしれない。
ディーネの弓を握る手は、力の込めすぎで青白くなっている。
同じ後衛として隣り合って戦うシルヴィアにとっては、なんともいたたまれない状況だった。
「あ、あの……ディーネさん?」
「……わかってるわ。今は新しい女が入ったから浮かれてるだけ。弓の扱えるわたしは、パーティには欠かせない存在なのだから」
ぶつぶつとつぶやくディーネに、シルヴィアはそれ以上声をかけられなかった。
そんな後衛での問題などまるで気づいてないかのごとく――いや、実際まるで気づかずに、ルシアスが能天気な声を上げる。
「さあみんな! このダンジョンもいつもみたいにサクサク行くぞ!」
ルシアスはいかにも勇者らしい明るい声でそう言うと、パーティの先頭に立って、ダンジョン内部へと続く闇色の渦へと飛び込んだ。
――その先に地獄が待っているとは、つゆほどにも想像せずに。
そして、煌めきの教団ネスカ支部で、「暁の星」は、別のダンジョンの攻略依頼を引き受けた。
「瘴気を撒き散らすあの塔を攻略するとは……『暁の星』がSランクに昇格する日も近いでしょうな」
教団の支部長は、心底感心した様子で、ルシアスたちにそう言った。
自尊心をくすぐられ、頬を紅潮させるルシアス。
当然の賞賛だという顔で鼻息を漏らすエイダ。
提示された報酬の多さに、興奮の色を隠せないサードリック。
そして――後ろめたさと不安に耐えられず、自分の身体を抱きしめるシルヴィア。
支部長直々の依頼を受けた後、ルシアスたちは、以前から手配を頼んでいた新たな仲間を迎えていた。
「高名な『暁の星』に加えていただけるなんて光栄です」
新たな仲間は、女性の賢者だった。
二十代前半くらいの、都会的な雰囲気の美人である。
ふんわりとした亜麻色の髪は、肩にかかるくらいの高さで自然に切りそろえられ、毛先が内側に軽く巻いていた。
その洗練された髪型は、女賢者の顔を小さく見せ、やわらかく、女性的な印象まで添えている。
同じ女性であるシルヴィアは、その女賢者を見て疑問に思う。
(とても手間のかかりそうな髪型ですが……旅先ではどうするつもりなのでしょう?)
シルヴィア自身、長い金髪を櫛づけるだけでも大変なのだ。
魔力の制御に長い髪を使ってさえいなければ、早々に短くしていただろう。
魔法を使うにはセルフイメージも重要だ。
幼い頃からこの髪型で訓練してきた以上、急に髪を切れば、魔法の威力が落ちかねない。
シルヴィアの場合は、髪が優秀な魔力の媒体ともなっているのでなおさらだ。
(あんなふうに、毛先がひとりでにふんわり巻くことはないと思うのですが……)
大きな街の美容室で、「加熱」の魔法を使える特殊な美容師に頼まなければ、こんな髪型は維持できないだろう。
そんな美容師は貴族の婦人からも引っ張りだこなので、相当な金を積まないと担当してはもらえない。
魔王軍との泥沼の戦いが続く中でそんなところに大金をかける女性の心理は、教団で厳格に躾けられたシルヴィアにはわからない。
女賢者は、トパーズの瞳をルシアスに向け、やわらかく微笑みながら一礼した。
「アントワーヌと申します。アンとお呼びください、勇者様」
「うん、よろしく頼む、アン」
「勇者様」と呼ばれたルシアスが、満足そうに小鼻を膨らませながらうなずいた。
「アンには中衛として、サードリックと組んでもらうことになる。
前衛は俺とエイダ、中衛がサードリックとアン、後衛はシルヴィア。
ディーネは……そ、そうだな。後衛で、遊撃を担当してもらう」
「変則的な編成なのですね。ひょっとして、破滅の塔を攻略できたのも、この編成に秘密が?」
「あ、ああ。みんな優秀だからな。アンとサードリックの賢者二枚を中衛に据えることで、このパーティの火力は一気に底上げされるはずだ。これからはもっと楽ができる」
「なるほど……さすがは勇者様です」
ルシアスの説明に、アンがにっこりと微笑んでそう言った。
アンの一見無邪気そうな笑みに、勇者が相好を崩している。
その脇でサードリックが、アンの法衣を押し上げる、均整の取れたプロポーションに、露骨な視線を向けていた。
アンの法衣は、シルヴィアのだぼっとした僧衣とは違って、身体の線を強調するように裁断されていた。
胸を大きく、腰は細く。
ほとんど腰の横まで切れ込んだスリットからは、ほどよく丸みを帯びたふとももがのぞいている。
エイダはそれを見てフン、と笑い、ディーネはアンにデレデレした顔をするルシアスを冷たく睨む。
露骨な視線を向けるサードリックに、アンは一瞬だけ薄い笑みを浮かべていた。
その笑みには、嫌悪と軽蔑に、わずかな自己満足の色が混ざっていた。
はたで見ているシルヴィアは、その笑みにゾッとする。
だが、その笑みが浮かんでいたのはほんの一瞬だけだった。
アンは、すぐにもとの、やわらかく感じのいい笑顔に戻っている。
そのあまりの変わりように、シルヴィアは自分の目を疑った。
アンが、おっとりとした笑みを浮かべてルシアスに聞く。
「それでは、わたしは攻撃魔法に専念してよいのですね?」
「ああ、回復はシルヴィアだけで十分だ。殲滅速度が上がれば、その分回復の手間も減る。回復役のMPが温存できれば、それだけ長い時間ダンジョンに潜れるってわけだ」
「すばらしい戦術です、勇者様」
その後も、アンはルシアスをあの手この手で持ち上げ続けた。
ルシアスに興味のないエイダは、それを冷めきった目で見ていたが、心穏やかでないのはディーネだった。
ディーネがルシアスとデキているのは、そういうことに疎いシルヴィアですら知っている。
ルシアスの親友を自称するサードリックは聞かされてるだろうし、猟色家のエイダも勘づいているだろう。
アンは、パーティの中心である勇者に狙いを定め、自分を売り込みにかかっている。
戦力としても――異性としても。
他人の善意を疑わないシルヴィアにも、アンの狙いははっきりとわかった。
ディーネはいつも通り、冷たい無表情を貫いているが、その肩からは、怒りの気配が立ち上っている。
それに気づいていないのは、当のルシアスだけだった。
そんな波乱を含みつつも、その日のうちに、「暁の星」はネスカの街を発った。
依頼を受けたダンジョン「トロール洞」へと到着したのは、途中でのキャンプを挟んだ翌朝のことだ。
道中、出くわした魔物との戦闘を使って、パーティの新しいポジションを模索した。
さすがに、この時ばかりはどのメンバーも真剣だった。
中衛に二枚の攻撃型賢者を置くという戦術は、魔物との遭遇戦では、かなり有効に機能していた。
賢者二人の攻撃魔法でダメージを負わせたところに、ルシアスとエイダが斬り込みをかける。
開幕の攻撃魔法でHPを減らした魔物たちは、あっけないほど簡単に死んでいく。
ディーネが後衛から矢を放つまでもなく、シルヴィアが回復する必要すらほとんどない。
「ふう。やっぱり早いな。アンが来てくれてよかったよ」
「お役に立てて光栄です、勇者様」
アンに声をかけるルシアスと、ルシアスに微笑みかけるアンに、後衛にいるディーネが、殺意のこもった目を向けている。
元いた中衛が二枚になったので、ディーネは後衛寄りの中衛といったポジションに変わっていた。
ルシアスは「遊撃」と言っていたが、事実上、賢者ほどの火力の出せないディーネが、中衛から後衛に押し下げられた格好だ。
プライドの高いエルフの弓師であるディーネにとって、これ以上の屈辱はないだろう。
おまけにルシアスは、おべっかの上手いアンに夢中で、ディーネのことをほとんど忘れていた。
鉄面皮と呼ばれるディーネにとって、男に愛想をふりまくアンのような女は、もともと気にくわないことこの上ない相手でもある。
攻撃役としても愛人としてもお払い箱になってしまえば、次にキリクと同じ目に遭うのはディーネかもしれない。
ディーネの弓を握る手は、力の込めすぎで青白くなっている。
同じ後衛として隣り合って戦うシルヴィアにとっては、なんともいたたまれない状況だった。
「あ、あの……ディーネさん?」
「……わかってるわ。今は新しい女が入ったから浮かれてるだけ。弓の扱えるわたしは、パーティには欠かせない存在なのだから」
ぶつぶつとつぶやくディーネに、シルヴィアはそれ以上声をかけられなかった。
そんな後衛での問題などまるで気づいてないかのごとく――いや、実際まるで気づかずに、ルシアスが能天気な声を上げる。
「さあみんな! このダンジョンもいつもみたいにサクサク行くぞ!」
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